『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 10

10−α

結局午後も長門のマンションへと赴く事となった。今日はほとんどここに居ると言ってもいいかもしれんな。
キョン子もここは記憶にあるのだろう(男の長門の態度からはそう推測できる)、まったく違和感無くエントランスへと向かう。ここに来るまで長門はずっとキョン子に付き添っていたしな。
それにキョン子の顔色が沈んでいるのが気になるが、それも無理はないだろう。長門と俺の説明で何とか気を持ち直してくれればいいのだが。
説明の前に少し休ませた方がいいのかもしれない、なによりも俺がクールダウンしたいというのもある。なんと言っても俺の脳細胞には負荷がかかり過ぎなんだからな。
まずはどうにもハルヒの態度が引っかかる。あいつは図々しさなら引けを取る者はいない奴だが、それにしても初対面であるはずの男とあそこまで打ち解けられるようなタイプの女じゃない。これでもハルヒについては理解しているつもりだぞ、俺の勘違いでなければ。
これもハルヒが望んだというのか? そんなにSOS団や俺に不満があるなら直接ぶつけるような気がするのだが。
あれじゃまるで………………いや、考えるのはよそう。あいつが精神病だと言ったものにそう簡単にかかるはずはない。ないと思いたいんだろう、俺は。
それに気になるのが古泉(♀)の態度だ。何か意図のようなものを感じてしまうのは俺の気のせいではないはずだ。これも長門に確認するべきなのかもしれない。しかし性別が変わっても古泉というものは変わらないのか、何を考えているのかまったく読めない。
古泉といえば、こっちの古泉もおかしい。なんと言えばいいのか、あいつが一番らしくないのかもしれない。普段の奴なら俺がここまで混乱する前にしゃしゃり出てきて嬉しそうに俺の混乱に拍車をかけるに違いないのに、なんとも歯切れが悪い。まるで俺の知らない古泉だ、お前の付けている仮面はそんなに脆く外れるものだったのか?!
どうにもこちらのSOS団は朝比奈さんはともかくとして、あとは長門にしか期待出来ない。向こうのSOS団に到っては朝比奈さんしか信用出来そうにない。男長門も話を聞いている限りは大丈夫そうな気もするが、何か長門とは違う気がするんだ。これは俺がこの摩訶不思議連中と付き合いだして身に付けた第六感のようなものなのだが、それが長門であるはずの長門に危険信号を発している。
気のせいだと思いたい。だがそれが的中してしまったにも関わらず俺は何も出来なかったのだった。
その事を思い知るのはまだ後の話であり、とりあえず今は、
「入って」
長門の言葉に従ってキョン子と共に部屋に上るしかなかったんだ。






10−β

長門のマンションへ向かう途中、ずっと長門(♀)はあたしの傍にいてくれた。それにしてもマンションまでの道のりもあたしの知る長門が住んでいるマンションへの道と変わりが無い。
まったく違和感なくエントランスを通り長門の部屋へとエレベーターに乗る。その間キョンはずっと何か考え込んでいた。
少しはあたしの心配もしてくれてもいいのに。きっと考えてるのはハルヒの事。それが分かるのが辛くなってくる。
どうしてなんだろう、あたしは考える。ハルヒコはまるで導かれるようにハルヒと違和感なく話している。あたしの知るハルヒコとは何かが違う。
古泉も何を考えてるのか元々分からない奴だったが今となっては沈黙が不気味ですらある。
長門と話がしたい、あいつならあたしの悩みが分かるかもしれないから。朝比奈さんの笑顔に癒されたいわ、あの人だけは変わらないでいてくれる。
でも、それでも。
あたしは思ってしまうのだ。出来れば隣にいる男の子の笑顔が一番見たいのだと。
それがあたし自身の本当の気持ちなのかすら分からない、ただ、
「入って」
長門の言葉に従ってキョンと共に部屋に上るしかなかった。





10−α2

長門の部屋に上るとすぐに長門は台所へ向かおうとする。あー、お茶はもういいぞ。さっき飲んだばかりだし飯も食わずに茶ばっかり飲んでも仕方が無い。
「待ってて」
それでも台所へ向かう主を止める術はないわけで。ああそうですか、長門さんは何も変わらないな、おい。
そして残されたのは、
「……………………」
何故か黙り込んだままのキョン子と二人きりという訳だ。ああ、あの見合いから結構時も経っているんだなあ。それにも関わらず何故にあの時よりもこんな緊張感を遭わないといかんのだ?
「あー、キョン子?」
とりあえず俺から話しかけないと拙そうなので話しかけてはみたものの、
「……………」
何故だ、何で黙り込んでんだよ、お前まで? 
「まあ何だ? お前も疲れてんだろ、なんなら長門に頼んで奥で休んどくか? 話ならその後で、」
「なんで?」
は? いきなりの第一声が質問ってどういうことだ?
「なんであんたは長門とそんなに信頼し合えるの?」
ますますわからん。それになんでお前が泣きそうな顔してんだよ? 同じ人間であるはずのキョン子の言ってる意味が俺には理解出来ない。
「そりゃお前だって分かってるだろ、長門は…………」
「女の子なんだよ?!」
いきなり怒鳴られた、涙を浮かべた顔で。俺は訳も分からず戸惑うしかない。どうしたんだ、こいつは俺なんだろ? 俺はこんな奴じゃないよな?
しかし目の前のポニーテールの泣き顔は俺の精神状態には大変宜しくなかった。自分だから、というのじゃない、女の子が目の前で泣きそうなんだから男として当然気分がいいものじゃないんだ。
「すまん、なにか分からんがすまなかった」
とにかく頭を下げるしかない。なんとも情けない話だがこんな時どうすればいいのか、経験などチリほどもない男としては謝るしかないのだろう。
「とりあえず俺には長門ぐらいしか頼れるやつがいなかったんでな。自分で何とか出来れば良かったんだろうが、」
「そうじゃない…………………違うの」
激しく首を振るキョン子。ポニーテールが合わせて揺れる。
「あたし…………あたしが悪いの。分かってるの、あんたは悪くない」
それなら何でお前が泣かなきゃならん? 俺には何も出来ないのに。こういう時、男としてどうすりゃいいんだ?
何かしなければ、でもどうすれば。俺は激しく混乱したんだろう、気付いたらキョン子の頭を妹にするように撫でていた。
うわ、何やってんだ俺?! 動揺のあまり取った行動は年頃の女性に対して失礼極まりないだろ! というか俺が俺に何やってんだって話なのか?!
とにかく手を退けないと、と思いながらもキョン子が何も言わないので手を退けづらい。結局そのまま頭を撫で続けている、何なんだこれは?
そこに、
「……………」
この沈黙は、長門である。正直助かった、なんとかしてくれないか? 長門は黙ったままキョン子に近づき、
「奥へ。あなたは疲れている、休養が必要」
と言ってくれた。キョン子も素直に頷く。そのまま長門に促されて奥の俺も寝たことがある寝室へ。
やれやれ、というかあれは何だったんだろうか。なんとなくキョン子の頭を撫でていた手をジッと見つめる。
ああ、あいつも女の子なんだな。当たり前の事がしみじみと心に染みた。
ついポニーテールの感触に浸りそうになった俺に、
「彼女は今休んでいる」
うわっ! いきなり後ろに立たないでくれ長門
「とりあえず睡眠を取ってもらう事にした。あの部屋の時間軸を凍結し、十分な睡眠が可能」
あのタイムワープか。それなら安心だ、あいつも色々あったからな。少しでも休めるならそれがいいだろう。
「……………あなたは」
なんだ?
「あなたは彼女とは違う」
どういうことだ? あいつは別の世界の俺なんだろ?
「彼女が混乱しているのは彼女が有機生命体における女性体として存在することに起因する」
う、な、なんだか分からんが要はキョン子が女だからああなってるということでいいのか? 長門は小さく頷き、
「わたしには彼女の思考が理解できる」
とだけ言った。そうか、流石は長門だ。俺なんかじゃとても分からないがな。
すると長門はかすかに首を振り、
「わたしが理解できるのは、わたしもまた女性体として存在しているから」
そう言って再び台所へと戻っていったのだった。おい、どういうことだ?!
その俺の質問には長門は答えず、代わりに、
「食べて」
その手には大盛りのカレーが乗った皿を持っていた。そうか、思い出せば飯を食ってないんだったな。
「ああ、ありがとうな」
俺と長門はそれから黙々と大量のカレーを消化する作業に没頭した。
キョン子の分はあるのか?」
俺の質問に、
「十分に」
長門が答えただけで。そうか、それならいいさ。俺はレトルトのカレーを口に運びながらキョン子が泣きそうな理由が未だに思いつかず、その上どうやってあいつに説明するのか頭を悩ませていた。





10−β2

なんてこと言ってしまったんだろう、あたしは。長門に連れられた寝室にはまるで予期していたようにキチンと一組の布団が敷かれていた。
そんな事を疑問にも思わず、あたしは布団へと倒れこむ。自己嫌悪の念が後から次々と湧いてくる。
あたしは最低だ。あいつはあたしを心配してくれたのに。
長門もあたしを助けてくれるのに。
そんな二人にあんなことしか言えなかった。また涙が溢れそうになる、あたし涙腺弱かったんだ。そんな馬鹿なことを考えられるあたしはやっぱり馬鹿なんだ。
「大丈夫、彼はあなたを軽蔑したり不審に思うことはない」
まだ部屋にいた長門にそう言われた。ううん、あたしがあたしを許せないの。
「それは彼を悲しませる。わたしはそれを推奨できない」
長門…………………あんた、あいつのこと…………………
「わたしにはそのような感情を表現することは出来ない。ただしあなたの気持ちは理解できる、と言える」
そう、あんたは凄いね。あいつが信頼する訳が分かった気がするわ。
「あなたは彼とは違う」
そうね、あいつがどこまで気付いてるか分からないけど。
「だからこそ、あなたの世界と我々の世界の崩壊を止めなくてはならない。ただし今のあなたには休養が必要、これからこの部屋の時間軸を凍結する」
あたしも自分の世界で経験したことがある。あの時は朝比奈さんが一緒だったっけ。
「ありがとう長門。大丈夫、ちょっと寝たら何とかなるわよ」
そうだ、とりあえずは寝ることにする。それから長門とあいつの話を聞く。
それからは……………なるようになる、と思うことにするわ。あたしが落ち込んだりしててもしょうがないもの。
おとなしく髪をほどき、布団に入ると長門が寝室を出ようとする。
「おやすみ、長門
「いい夢を」
なんと、長門からこんな事言われるなんてね。まだ外は明るいはずなのに、長門が部屋を出ると周囲が暗くなった。
あたしは目を閉じる。
あいつに撫でられた頭の感触がとても心地良かった気がしたのは気のせいじゃないはずなんだ。
あたしはそのまま意識をなくしていった…………………






この間も世界は動いていた。しかし俺は待つしかなかったんだ。
この間も世界は動いていた。しかしあたしは休む事がまず先だったのよ。