『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 7

7−α

結果としてクジの組み合わせは最悪だった。長門に操作は頼んだつもりだったが、まさかハルヒがあいつと一緒になるとは。
核爆弾の横にニトログリセリンのビンを倒れそうに置かなくてもいいだろうに。しかも女とはいえ古泉だ、まったくと言っていいほどブレーキとして期待できない。
おまけにキョン子と離れるのも痛い。これで情報伝達に余計な手間をかけなくてはならないからだ。まあ一緒にいるのが朝比奈さん達と古泉なのであまり心配はしていないが。
とりあえず俺としては二人の長門から状況を解説してもらうしかないだろう。それで解決策を模索していくしかない。
「いい? 時間に遅れたりしたら承知しないからね、特にキョン!!」
キョン子もな!」
「わかったわよ、だから大声ださないで」
「同じく」
言うだけ言ってハルヒ達が出発する。そのハルヒの後ろ姿が妙に浮かれて見えたのに言い知れない苛立ちを感じながら、
「それじゃ僕たちも行きますね」
キョンくん、また後でね」
キョン子さんはお任せください」
と古泉達も別方向へ。キョン子が何も言わなかったのが気になったが、後で連絡はしないといけないしな。
そして残されたのが、
「……………」
「……………」
無口な二人組みなんだな、これが。
「やれやれ、行くか長門
揃って頷かれた。そういやどっちも長門だっけか。
とにかく俺は今どうなっているか知りたいんだ、長門なら分かるよな?
「わたしのマンションへ」
どうやら話は長くなりそうだった。二人の長門とマンションへ向かう。
そういや男の長門はマンションだけで分かるのか?
「私のマンションも同じ所になっている」
そういうことになるのか? 揃って頷かれた。
しかしこの組み合わせの最悪さは実はこの時から始まっていたのである。
とにかく俺はその時には自分のことしか考えていなかったのだった。この間でハルヒが、キョン子がと言うのは全て後の祭りというやつで、結局話をややこしくしたのは俺だってことになるんだから。






7−β

あたし達は別段目的もないままに街中をぶらついている。朝比奈さんズがあたしの前を歩いてるんだが、なんというかこう、和む景色なのよ、これが。
二人は同じ苗字だとか一文字違いの名前だとかにまったく違和感がないのだろうか、並んで和気藹々と話している。
「みつるさんはお茶とかお好きですか?」
「はい、涼宮くんから無理にお茶くみ係りにさせられちゃったんですけど、それで勉強しているうちに段々と…………」
「うふ、あたしもなんですよ。それにみんなが美味しいと言ってくれればやっぱり嬉しいですし」
「そ、そうですね! 僕もそう思います!」
「そうですか、それじゃ古泉くん」
クルッと朝比奈さん(♀)が振り返る。うわ、女のあたしから見ても可愛いなあ。これはあいつだって………………なにか間抜け面が浮かんでしまったので、ちょっとだけムッとしたが朝比奈さんには罪はない、うん。
「はい、わかってますよ。それじゃキョン子さん、行きましょうか」
と古泉(♂)は朝比奈さん(♀)の言葉ですぐに理解したのか、あたしを促すように歩き出した。朝比奈さん(♀)も分かったように歩いてるし、朝比奈さん(♂)がそれにくっつくようについて行っている。
「なあ、どこにいくんだ?」
あたしは笑顔を絶やさない古泉(♂)に話しかけた。そういえばこいつとまともに話をするのは初めてではないだろうか。
「ああ、朝比奈さんはですね、デパートにお茶の葉を見にいかれるのではないかと」
「よく分かるもんね」
すると古泉(♂)は笑いの中に苦笑を込めるという器用な顔で、
「実は朝比奈さんと組み合わせが一緒になるとこのようなことが多いものですから」
そう言った。そんなに組み合わせが多いのかしら?
「気になりますか?」
別に。ただそうなるとあいつといる時も、でもそれってデートみたいじゃないの? いかん、間抜け面が鼻の下を伸ばしてるのが目に浮かぶ。
「ご心配なく。彼と朝比奈さんの二人だけの組み合わせのパターンというのは実は非常に少ないのですよ」
な?! 別にあたしは何もそんなことは考えてないぞ! というかお前はあたしの心でも読めるつもりなのか?
「そうですか? それよりもあのお二人は仲が良さそうですよね」
あたしたちの少し前を歩く朝比奈さん達を眺めながら急にあたしにそう話しかけた。たしかに朝比奈さん同士は時折笑顔を見せながら仲良く歩いている。それは眼福と言ってもいいほど安らぐ光景だった。
「まるで姉弟のようですね。こちらの朝比奈さんが我々よりも年上の先輩であることを実感しますよ」
それを言ったらウチの朝比奈さんだって一応先輩なんだが。でもあれを見ればどちらが年上か聞かれるまでもない気もするわね。
すると古泉(♂)はさりげなくあたしの度肝を抜くようなことを言ってのけた。
「本当に同一人物だとは思えませんね」
!!!こいつ! あたしは古泉(♂)の顔を真剣な顔で見つめた。が、こいつのスマイルは崩れることはない。
「おや? どうされたんですか? あなたなら当然ご理解していると思いましたが?」
それよりもお前だ。薄々は分かっていたが、やはりこいつとウチの古泉は気付いていたか。
「ええまあ。あのような自己紹介でしたし、彼が長門さんにコンタクトを取ったのも分かりましたからね」
やっぱり古泉と名乗る奴には油断できないわね。
「それであんたはこの状況をどう思っているわけ?」
「それについてはもう少し歩くペースを速めながら話しましょうか。朝比奈さん達を見失うわけにもいきませんしね」
たしかにあたし達と朝比奈さんたちとの距離が少し広がっている。話が盛り上がっている朝比奈さんたちは気付いてないようだけど。
仕方なく古泉(♂)とあたしは並んで歩くペースを速めた。ふと、これって男女二人で歩いてるようにしか見えないんだよな、とか思ってしまい、急に足どりを早めすぎて朝比奈さん(♂)にぶつかりそうになってしまい、
「わわっ?! きょ、キョン子ちゃん大丈夫?」
などと言われて朝比奈さん(♀)にも心配されてしまい、それを古泉(♂)に温かい目で見られてしまった。ああ、あたし何やってんだろう…………






7−α2

長門のマンションに着くと、住人である長門(♀)がオートロックを外す。
「中へ」
連れられて俺と長門(♂)がエントランスへ入ろうとした時に、ほんの一瞬なのだが長門(♂)が消えた。そう、手品でコインを消すように隣にいた人間が消えて現れたのだ。
「おい長門!」
俺はこっちの長門にそれを告げようとすると、
「なに?」
双方の長門に同時に聞き返された。しかもなんの抑揚もなく、何もなかったように。
「あ、ああ、なんでもない」
そう答えるしかなかった。多分長門からしたらなんでもないことなのだろうし、それが何かあるのなら俺に説明があるだろう。そのくらいの信用は俺と長門の間にはあるのさ。
なのでそれからは会話も大してないまま長門(♀)の部屋へ。大して会話のないまま席というか何もないリビングに座り、大して会話のないまま長門(♂)と二人で長門(♀)がお茶を淹れてくるのを待つ。
そして大した会話のないまま長門(♀)がお茶を淹れてきて、
「飲んで」
そのまま大した会話のないまま三人でお茶を飲む。うん、いい加減にしろ!
「あまり時間はないんだ、手短に説明してくれ」
二人の長門が同時に頷く。が、二人ともそれで頷いてるのが分かるのは俺かあいつしかいないと思うぞ?
まずは俺達の長門が口を開いた。
「いまから一週間前に小規模な時空震が発生した」
もう一人の長門がそれに続き、
「その時空震により多数の平面世界の中から一部の空間が局地的に接触し、融合するという事態が発生した。それがここ。」
長門(♀)、
「原因は涼宮ハルヒの可能性が82%」
長門(♂)、
涼宮ハルヒコの確率は16%」
そうか、のこりの2%はなんなんだ?
「……………」
「……………」
いや揃ってそんな目で見られても俺なんかに答えは出せないぞ? まるで俺が非難されてるみたいじゃないか。
「と、とにかくハルヒが原因といっていいのか?」
揃って頷いた。長門(♀)が話を続ける。
「ただし涼宮ハルヒ単体での活動では今回ほどの特異点の創生はほぼ不可能」
なんでだ? それに長門(♂)は答える。
涼宮ハルヒコ単体でも当然そうなる。よって涼宮ハルヒの願望に涼宮ハルヒコの能力が呼応したというのが推測される可能性で最適と思われる」
つまりハルヒが何か望んだことに同じ力を持つハルヒコが力を貸しちまったということか?
長門(♀)が小さく首を振り、
「その仮定の場合、涼宮ハルヒの世界構築能力とほぼ同等の力を持つ並行世界の涼宮ハルヒ同士がリンクし続けるというループが発生し、涼宮ハルヒの能力は全次元へと影響する」
あのー、長門さん? 俺にでももう少し分かるようにですね?
涼宮ハルヒコ個体の能力は涼宮ハルヒよりも若干ながら微力の可能性がある。それにより涼宮ハルヒの存在する次元こそが並行世界の中心となる。それは涼宮ハルヒが全次元を支配できるということになり、情報統合思念体の能力を遥かに凌駕する」
えーと、長門(♂)よ、それはフォローのつもりなんだろうが、余計混乱しかしないんだがな。
それから何度も両長門からサラウンドで説明を受け続けたのだが、俺なんぞの小さな脳みそに宇宙の真理が把握できるはずもなく、古泉のニヤケ面がここまでいて欲しいと思ったことが今まであったのだろうか? いや多分混乱が増した挙句に古泉だけが知った顔をするだけなんだろうが。
とにかく精一杯俺の全知識と記憶能力を全開にした結果、分かったことは主にこうだ。
ハルヒが何らかの理由で俺とキョン子のいる世界を繋げた。
俺の世界とキョン子の世界はなんでも並行世界という、そうだな鏡のようなトランプの裏表のような、そんな世界なのだそうだ。
そこには俺達と同じ様なドタバタを繰り返している俺達と性別が逆転した俺達がいる。それは逆転したあいつらから見た俺達もそういう扱いになるんだが。
そしてハルヒが何故そんな別の世界を繋げようとしたのかは不明。
よってこの現象をどう解決するかも不明、ってことだ。結局何も分かってないのと同じじゃねえか。
涼宮ハルヒの願望が何かを探り、それを解決するのが最有力な解決法と思われる」
そうだな、それしかないか。で、長門
「……………あなたに賭ける」
はあ、やっぱりそうなるのか。俺は散々使いすぎて頭痛が起こりそうな頭を再び抱えるしかなかった。その上に長門(♂)がとんでもない爆弾を落としてくれたのである。
「このままいけば世界は完全に融合する。すなわち涼宮ハルヒの能力を持った人物が二人居るという状況が生み出される」
なんだと?! あのハルヒのトンデモ能力が倍化、いや二乗するかもしれんだと?
「それだけではない。その能力が無意識下で別次元を召還し続け、最終的に平面次元全てが一点に融合しようとする事態を生み出しかねない。それはすなわち次元の崩壊を意味する」
待て、時限の崩壊ってことは、
「世界が終わる。涼宮ハルヒが改変するわけではない、次元そのものが消失する。宇宙も何もない無のみが残る。それは情報統合思念体も望んではいない」
当たり前だ! そんな馬鹿馬鹿しい世界の終わりがあってたまるか!
涼宮ハルヒコは無意識に能力を涼宮ハルヒの為に使っている。私がここにいるのはそのせい」
男の長門はそこまで告げるを眼鏡のずれを直し、お茶を啜った。おい長門、それならお前らの親玉の力でなんとかならないのかよ?
「現在の状態で次元を切り離せば双方に何らかの影響が大きい。涼宮ハルヒが無意識に使用している能力の沈静化のタイミングを見計らって次元切断を敢行する」
つまりはハルヒの望みを叶えるしかないわけか。
「そう」
二人の長門は同時に呟き、同時に茶を飲んだ。
そしてその原因を調べるのが一般高校生の俺の役目にいつの間にかなってるんだ。
大小並んだ宇宙人を見やりながら俺は大きなため息をつくしかなかったのである。





7−β2

「平和なものですね」
古泉(♂)の言葉にあたしは頷くしかなかった。
目の前のショーウィンドウでは二人の朝比奈さんが真剣な目つきでお茶の葉を見ている。あたし達はそれを待合のベンチで座って見ているのだった。
それよりもさっきの話の続きが気になる。あたしは古泉(♂)に話しかけた。
「ねえ、さっきの話なんだけど」
「なんのことですか?」
とぼけるな、あんたはこの世界がどうなってんのか分かってるんでしょ?
「もちろん全てを把握しているとは言いませんが、おぼろげながら。恐らく涼宮さんの能力でしょう」
それならあんたはなんでそんなに呑気でいられる訳? 世界がどうなるとか、いつものあんたなら大げさに言うはずなのに。
「そちらの僕、というか彼女もそのような役割なのですね。でもあちらの彼女も今回の件については静観する予感がしますが」
それはなんで?
「簡単に言えば涼宮さんのご機嫌がよろしいからですね。もちろん、あまりに良すぎるとそれも問題が起こることは承知してますが」
なるほど、閉鎖空間が出来ない限りはあんた達は何もしない、ということね。
「そう言われると見も蓋もありませんがね」
古泉(♂)が苦笑する。
「しかし彼がいるとき以外でここまで涼宮さんの精神状態が安定したのはほぼ初めてなのです。我々が静観したくなるのも分かっていただきたいのですが」
そんなにハルヒが嬉しがってるのか。何故かキョンが苦虫を噛み潰したような顔をしている姿が目に浮かんだ。
「だからあなたもハルヒコさんのお守りから解放されてもいいと思うのですよ? 少々あなた方は心配性のようですから」
お前ら『機関』が過保護すぎるんだろうが。いや待って、なんで古泉(♂)はこんな事言ってるんだ?
「なあ、お前は古泉だよな?」
「はい、古泉です。ただしあなたが知る古泉と多少は違うかと思いますが」
そう言って笑う古泉は確かにあたしの知る古泉とは違う。男女の違いというのではなく、何かが違う。
「いえ、僕自身の素直な感想です。あなたもどうやら彼のように苦労をしているようなので、たまには息抜きでもどうかと思っただけで」
そうか、笑顔が違うんだ。古泉ってこんなに自然に笑える奴だったのか?
いかん、何を古泉なんかに意識してるんだあたしは! しかし古泉(♂)は笑顔のまま、
「どうやら朝比奈さんも買い物が終わられたようですし、行きましょうか」
などと言って、先に立ち上がるとあたしに手を差し出してきたのである。どこの紳士スタイルだ、こいつは。
しかしあたしは何も言わずその手を取って立ち上がってしまったのだ、うわ、あたしも何やってんだ!!
それも古泉(♂)が悪いんだ、そうだ、そういうことにしておこう、うん。
そのまま手を繋いでるわけでもないのに並んで朝比奈さんたちのところに向かうあたし達。
その時、古泉(♂)の笑顔が少し赤らんで見えてしまったのも、あたしの気のせいのはずなんだ、絶対に気のせいなんだ!
しかもその時に間抜けなもう一人のあたしの顔が浮かんだり、それを慌てて否定したりしたのも全部古泉(♂)もせいなんだ!!
なんだろう、あたしこの事態に巻き込まれてからどんどんおかしくなっていってる気がする。





こういうとき自分がもう一人欲しいはずなんだが。
こういうとき自分がもう一人いればいいのに。