『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 4

4−α

あー、つまりはなにか? 目の前にいるポニーテールの少女は俺なのか?! いや、俺は今までも男だしこれからも男でいたいとは思うのだが。
ただ彼女が俺なのかどうかの確認は必要となるようだ。俺は乾く喉を水で潤し、とりあえず思いつく質問をしてみた。
「君がキョン子、という甚だ自分にとって不本意であろうあだ名であることは分かった。それで俺からいくつか質問があるのだがいいだろうか?」
どうやら相手も同じ様な事を考えていたらしい。あっさりと頷くと、
「あんたがキョンっていう間抜けたあだ名に自己嫌悪しながら受け入れなきゃならないのも良くわかったわ。それでどこから確認すればいかしら?」
さすがによく分かってらっしゃる。とにかくまず確認しなければならないのは、
「君は北校に通っているな?」
「ええ。あなたもでしょ?」
俺は頷く。それならば聞くべき事は一つしかない。俺たちは同時に口を開いた。
「SOS団を知ってるか?」
そして二人で沈黙するしかない。そうかい、やっぱりこの女は俺、であることで間違いないようなんだからな。
「でも多分あたし達のSOS団とあんたのSOS団は違うわね」
どういうことだと聞く気にもならない。目の前の現象が全てを物語ってるといえば良いだろう。しかし、違いを見つけるのもいいのかもしれない。これがヒントの可能性もないとは言い切れんからな。
「そうだな、まず朝比奈さんはどうだ?」
あのメイド姿がお目にかかれないなどというだけで俺はそっちのSOS団には入る気を無くしそうなんだが。
「こっちではもちろん男性なんだけど、なんというかこの、可愛いというかふわっとした天使の様な安らぎをもったお方だ」
そうか。朝比奈さんはどこまでも朝比奈さんであらせられるらしい。
「ちなみに朝比奈さんはSOS団専属執事として執事服を着させられてるんだが、そっちはどうなの?」
こっちはメイドだ。そう考えたらそちらの朝比奈さんの方が恵まれてるやもしれんな。
「かもね。あたしはメイド服なんか着たくないわ」
いかん、ちょっとだけポニーテールのメイド服姿が脳内を過ぎってしまった。自重しろ、こいつは俺のはずなんだ!
俺の馬鹿な自己嫌悪はさておいて、キョン子(この呼び方でいいのかは知らんが、ここにいたって彼女ってのは変だろう)は話を続ける。





4−β

朝比奈さんが女の子だったらメイドなのか、さぞやお似合いだろうな。あのカールしたショートヘアにメイド服はさぞや可愛らしいに違いない。
「いや、朝比奈さんは肩までかかる髪の長さだぞ」
それでも似合いそうだなあ。ああ、元がいい人はきっとどのような状態でもいいに決まっているのだ。
「まあ未来から来たってのは共通ってことでいいのかしらね?」
あたしの質問にキョン(この呼び方がいいのかは知らないけど、ここで彼ってのは変よね)は頷いた。いちいち説明しなくても通じるのがありがたいやらってとこかな?
「女の朝比奈さんになら会ってみたいかもね。こいつは別だがまあ古泉は男よね?」
そう、超能力者はどうなんだろう? あたしの知るような奴で男ならちょっと会うのは勘弁なんだけど。
「ああ、超能力はそっちの古泉も持ってるんだよな? それで男だ、古泉は。嫌になるほど爽やかでハンサムな、な」
ははあ、同性から見てもキザなんだろうな、そいつ。こっちの古泉がそうなんだから。
「そっちは女なだけでまだマシだ。いいかげんあいつの似非スマイルを見せられたらそう思うぞ」
そうでもないぞ、なんというかあたしは引き立て役にしかならないからな。それに、
「顔が近い」
「胸が当たる」
………………キョンの視線が一点に集中した。悪かったな、胸がなくて!
「い、いや、それはそれで似合ってるからいいと思うぞ? それより古泉の巨乳というのが想像できん」
あたしだってあのニヤケ面がイケメンになってるなんて……………チェッ、似合ってそうだな。
それにしても似合ってるって、あたしだって女の子なんだから多少は気にしてんだぞ?! そりゃ似合ってるって言われたら嬉しくはないって、こいつはあたしのはずなんだけど!!
なんだか自分が自己愛の亡者ではないかと思えてくるんだけど、キョンの話は続く。






4−α2

なんというか古泉はやはり女になっても美人らしい、しかもスタイルも良さそうだ、世の中は大いに間違って出来ている。
いや、キョン子に同情してるわけではないんだが、俺としてはこのくらいが性にあってるって何言ってんだ俺?!
とにかく残りは、
長門は? こっちじゃ無口で小柄な女の子だ」
するとキョン子は少し首を傾げ、
「それは大分見た目が違って見えるわね。こっちの長門は無口な男の子だけど、身長はあんたよりあるわ」
なんと、長門は長身らしい。もしやこっちの長門の願望が混じってるのかなどと邪推したくもなってくる。すると、
長門のことだから自分の願望が入ってるのかしら」
そうだ、まだこっちの世界が正しい世界なのかは決まっていないんだな。ということをキョン子のセリフで実感しつつ、
「それで長門が宇宙人ってのは間違いないのか?」
「うん、何とか思念体のインターフェースでいいのよね?」
何とかって………………まあ俺もあいつの親玉をフルネームで言えと言われたら自信はないが。
「ということはそっちの長門も万能選手なんだ」
そうだな、ただ万能というのは今の長門には使いたくはない。つい頼りがちになりそうな俺への自戒も込めて。
「あたしだってそうよ。あいつはあいつなりに自分の考えってのを持ってるはずだもん」
そうだな、ただ今回もあいつには頼らねばならないようなのが如何ともし難いもんなんだが。
「同感ね、でもあいつにしか話せそうな相手もいないしね」
はあ、なんとも言えないな。ただおぼろげながらお互いのSOS団ってのがあるのも分かってきた。
となると、今回の原因は、
ハルヒだろうな」
「いや、ハルヒコかもしれん」
ハルヒコ? それがそっちでの団長か、当然男になった。
「そうよ、涼宮ハルヒコ。こいつに関わってしまったんだから諦めるしかないわ」
そうか、お前もその境地に達してしまってるんだな。
俺は明るく笑う黄色いカチューシャの女が、男の姿になっているのをどうしても想像できないでいた。





4−β2

涼宮ハルヒ。それがキョンの世界のハルヒコらしいのだが、あいつが女になってるなんてどうにも想像が出来ないでいる。
そんなあたしに、
「とりあえず今日のところは情報交換はこのくらいにしておかないか? これ以上話したらお互いのアイデンティティーが崩壊しかねん状況を生み出しそうなんだが」
キョンが提案してきた。いいタイミングだ、あたしからもそれは言いたかった。これ以上ハルヒコの女装姿が頭をちらついたら本当にあたしが崩壊してしまう。
「そうしましょう。それに今日を限りって可能性も否定できないんだから」
そうよ、これで帰って寝てから朝を迎えたら、はい、いつもどおりってのが一番理想なんだから。
するとキョンは心底疲れた顔で、
「お前も俺なら分かるだろ? このままでいくと思うか?」
分かってるわよ、それでもあたしは平穏を望むのよ。ああ、平凡な人生バンザイ。
二人でタイミングをあわせた様に肩をすくめ、
「しかし何故俺達が出会ったのかだ」
ハルヒさんだっけ? が望んだにしてもハルヒコの馬鹿が望んだにしてもね」
それが一番の謎なんだ、わざわざこんな機会があるのが理解出来ない。
しばらく二人とも黙って考えていたが、キョンが唐突に両手を挙げた。
「降参だ、これ以上ここで考えていても埒が開きそうにない」
そうね、二人いたってどっちもあたしなんだから考えも同じとこで止まってるみたいだし。
「とりあえず電話番号を交換しない? 万が一明日が変わってても連絡が取れればなんとかなるでしょ」
これくらいしかあたしも思いつかなかったんだからね。
「そうだな、もし明日に元に戻っていればお互いの番号は消えてるはずだ。それが確認できるだけでもやる価値はあるかもしれん」
ということでキョンとあたしは互いの携帯番号を交換した。番号も一番違いなのが笑っていいとこなのか考えちゃったけど。
それにメモリに『キョン』ってあるのも変な感じね。相手もそうだろうけど。
「しかし子ってなあ……」
て呟かないでよ、好きでこうなったんじゃないのはあんたが一番よく知ってるくせに。
理不尽なメモリが増えたはずなんだけど、ちょっとだけ楽しい気分にもなった。まさか自分の携帯番号を自分から聞く機会があるなんてね、これが時間移動じゃないってんだから。
キョンも同じ事を考えてるに違いない。だって顔がニヤけてるからね。
そしてお互いの番号を携帯がメモリしたとほぼ同時に両親が帰ってきた。
「まあ結果はどうであれ、いいお付き合いが出来れば」
などと言っていたので、父親同士の話は上手くいったようだ。
次が無いというのを祈りながら。
しかし絶対に『続き』はある、よいう確信を持ってあたし達は家路へと着く。







せめていい朝が迎えられるように。
俺はネクタイを外しながらそう呟いた。
あたしはブラウスのボタンを外しながらそう呟いた。

まあ神様ってやつはそうもいかないらしいんだけどな。それは明日を迎えた時に考えればいいのさ。
という考えはやっぱり甘かった。