『SS』ごちゃまぜ恋愛症候群 3

3−α

歓談というよりも、親同士の世間話としか表現できない話を聞こうとも思わず聞きながら、俺は目の前のポニーテールから目が離せないでいた。
ここまで大した話もしてないが、どうやら俺と同じように親父の仕事の都合だ何だの犠牲となっていることだけは理解できる。お互い扶養家族の立場は辛いものだ。
しかし声が高めというか、可愛い声の子だ。ポニテの魔力もあるのかもしれんし、このような特別な席のせいかもしれん。
俺だって結構緊張してるし、何かカッコをつけている気がしなくもない。
そうして両親だけが意気投合していき、肝心の主役であるはずの息子はほとんど相手と話しなんぞ出来ないままに時間だけがある程度経っていった。
その内に自分達が話し足りないのか、それとも今回の目的を思い出したのか、親父の奴が急に、
「ではこの先はお二人で話してもらいましょうか」
などと言い出したのである。おい、何も前振りが無さ過ぎだろうが!
そんな息子の声なき声など一仕事終わった(大体何で見合いが必要なのか俺はまだ聞いていない)ウチの両親は、
「それでは我々はしばらく席を外しましょう」
と相手の両親を連れて出て行ったのだ。我が親ながらその無責任は誰の影響なのか問いただしたい。
しかし相手も相手だろう、年頃の女の子を置いていくことに不安とかはないのか? まあ見合いの席でなにか不埒な事なぞ無いだろうが。
こうして俺は豪華な部屋の中でポニーテールの少女と同席している訳なのだが、正直何を話していいのか見当もつかない。
ただし、こういう場では男の俺から話しかけないとどうにもならないことくらいは承知しているつもりだ。こう見えても空気を読むことには長けているつもりなんだ。
とにかく話しかければ何か話題も出てくるだろう。俺は思い切って正面の少女に話しかけた。
「あの………」





3−β

「あの………」
あ、向こうが話しかけてきた。とにかく場を繋がないといけないわ。
しかしこれはなんなのよ、歓談してるのはウチの親だけだったし。向こうのご両親はいい人みたいで、よく付き合ってくれてるわ。
まあ仕事の関係だの何だのはあるんだろうけど。あたしなんかはその犠牲になっただけだし、向こうもそうみたいね。
まあ見た目よりも渋めの声でボソボソと話してたんだけど、緊張してるのはお互い様なのであたしもかなり作った声をしていたかもしれない。
そんな中で両親だけが意気投合していった結果、向こうの親御さんが、
「ではこの先はお二人で話してもらいましょうか」
てな具合になり、
「そうですね、若い者同士で話して見たほうがいいかもしれません」
なんて相槌を打たれた挙句に、
「それでは我々はしばらく席を外しましょう」と相手の両親を連れてウチの両親は出て行ったのである。その間、あたしの意見などどこにも挟めなかったのは何でかしら?
しかし年頃の男女を二人きりにするなんてウチの親も何考えてんのかしら?! あ、これはお見合いだから何かあった方がいいとか? いや、それないから。
こうして豪華な部屋の中で二人きりになってしまったあたし達なんだけど、空気を読んでくれたのか彼から話し掛けてきてくれたのだ。正直助かった。
が、何を話題にしたらいいのよ?
「あ、はい。なんでしょう?」
というあまりに無難な切り返しに出るあたし。
「あー、いや、特に話す話題がなくて困ってるんだが」
それ言っちゃ駄目でしょ?! でもなんとなく頭を掻いて本当に困っている様子が面白いので、ついあたしは笑ってしまった。
「そうですね、あたしも話題がないですから」
「そうか? いや、女性と話す機会がないとは言わないんだけど何しろ見合いなんて初めてなもんで」
あたしだって初めてだけどね。まあこの年で何回もお見合いしてる人がいたら、それは余程愛に飢えているか、お金持ちかどっちか、な感じだけど。
そう思った時に、何故かWAWAWAっ言いそうな女と何でもお見通しされそうな先輩が頭に浮かんだけど、まあ今のあたしには関係ないか。
「そうなのか。なら良かった、いらんこと言って恥をかいてもたかが知れてるだろうな」
しかしこの人、敬語とか使ってないんだけど。
「あー、いや、ほら同い年に敬語ってのも無いし、かといって初対面だしな? それも考えたんだが、まあ話すにはこの方が気楽でいいだろうと思ってな」
そうね、それでいいならあたしも話しやすいから大歓迎なんだけど。しかし本当にそこまで考えてたのかな? まあなんか憎めない人だ、この人。
「それで話題は思いついた?」
「いや、まったく。どうなんだ? ここはやっぱ趣味とか聞くべきなのか?」
あたしだって知らないわよ。それに趣味ったって大して履歴書に書けそうなものはないしね。
「それは俺も同じだ、趣味らしい趣味を挙げろと言われれば少々答えに窮するな」
はあ、それはお粗末様で。さあ、話題なんか普通に暮らしてそんなにあるわけじゃないことが判明してその後ね。
「うーむ、ここは無難に学校の話題なんかどうだろう?」
相手の提案にあたしもなるほど、とは思ったが、ここで一つ問題がある。あたしはどこまで隠しながら話をすればいいのかしら?





3−α2

さて、とっさに学校の話題など持ちかけたはいいが、俺は何をどう話せばいいのかをまったく考えていなかった。
まさかあのSOS団なる非公認団体における日常などを語るわけにもいかないし、かといってそれ以外は平凡極まりない学生生活を送っている自信がある。
つまりはSOS団抜きで俺は語れないという大変矛盾したパラドックスがここに発生するのである。見れば彼女も『うーん、それはどうだろう?』といった顔をているではないか。
そうだ、俺達平凡な学生代表がそんなに見合いの場を盛り上げるような話題を一つ一つ提供できるはずがないのである。しかしてこれ以外にネタもない。
その時、俺の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。感謝するぞ、世の中にはやはりお前のような立場の人間は存在するべきだ。主に笑い話担当としての。俺は話を切り出した。
「いや、実は俺の学校に谷口という奴がいるんだが……………」
すると彼女の顔色が見る間に変わっていく。しまった、馬鹿男のナンパ話なんかじゃネタとしては不適当だったか?
「谷口?!」
ん? どうやらその名前お気に召さないようなのだが、何でだ?
「もしかして谷口を知ってるのか?」
「い、いや………」
そうだ、あの女の子に声をかけることを至上の命題としている男のことだ、可能性からして彼女に声をかけていたとしても、確率としてどのくらいかは長門にでも聞かなければ分からんがまったくないとは言い切れん。その場合、いちいち名乗っているのか、あの馬鹿は。
「すまん、あいつのことだから変なナンパでもしたんだろうな。友人代表として俺が謝っとくよ」
何ゆえ俺が、と言う気がしなくもないが、話を振ったのは俺なので仕方が無いだろう。するとポニーテールは益々眉をしかめ、
「ナンパ?! すまないけどあたしにもあの馬鹿にもそんな趣味はないはずよ、それならとっくに友人の縁を切ってるわ」
はあ?! 何を言い出したんだこいつは? あの谷口と友人でもあるようなその口ぶりは何なんだ、もしやこいつ東中出身なのか?
あーすまん、まさかあんた東中出身か?」
それに対する女の答えに、今度こそ俺は驚愕するしかなかった。
その女は俺が卒業した中学校の名前を挙げたからである。しかし卒業アルバムにこんな女がいただろうか?!





3−β2

彼の口から谷口という固有名称が出てきただけで驚愕ものだったが、それに加えて中学校も同じというのは驚きを超えて身震いすら感じてくるものだったわ。
そこであたしは積み重なった疑問を思い切ってぶつけてみる事にした。
「ねえ、その谷口って男?」
「当然だ、俺はそんなに女の友人というものは持ってないぞ」
はい、これで谷口という同姓の友人がいること判明。
「もしかしたら国木田って友達もいない?」
すると正面の男の子の顔色が変わるのが分かった。どうやら気付いたみたい。
「あ、ああ。そんな名前の友人なら確かにいる」
「ということは…………」
「中学からの同級生だ」
やっぱり。そうなると当然、
「ああ、そいつも男だ。顔立ちは女っぽいがな」
はあ、そうなの。まあ国木田は可愛い顔してるからね。ここまできたらあたしにも彼にも分かってくる。
これは異常事態なのだと。またあたしは、彼は何かに巻き込まれたんだってことを。
そして彼が重苦しい雰囲気の中で口を開く。
「なあ、俺と君とは名前が良く似ているよな?」
そうね、その可能性しかないわよね。
「思い切って、自分がどういうあだ名で呼ばれているか言ってみないか?」
嫌な予感しかしないけど、それしかないわよね。
はあ、やれやれだわ。相手も同じ様に肩をすくめ、あたし達はお互いのあだ名で名乗りあった。






彼のあだ名はキョン、と言った。
彼女のあだ名はキョン子、と言った。

ああ、またややこしくなるのか。二人はまったく同時にため息をつくしかなかったのである。