『SS』ちいさながと 「怪談?」

「怪談をやるわよ!!」
などといきなり言い出すのはSOS団の団長以外にはいないのだが、何ゆえに梅雨まだ明けやらぬこの時期に季節外れの怪談をやらねばならないのか。
ひげ面の親父が死にそうになりながら怖い話をする季節ももう近いのだな、などと俺が考えながらもとりあえずハルヒの考えの真意は知らねばならぬ。
俺が聞かねば、上級生のメイドさんは涙目のままだし、ハンサムの笑顔は苦味を何パーセントか加えたままになる。ああ、あいつは本から目を離しやすくなるしな。
そして肩の上にいる俺の恋人であるもう一人のあいつも、
「………………」
無表情に困惑しながら団長を見つめていたりしていた。つまりは彼女の疑問を晴らす為にも、俺は虎穴に飛び込まねばならない訳なのだ。
「なあハルヒよ」
「なに? 反対意見なら全て却下よ!」
反論すらできんのか、なんという専制ぶりだ。だが今聞きたいのはそれじゃない。
「なんでこんな時期に怪談なんだ? まだシーズンには少々早すぎるような気がするんだが」
するとハルヒは母親が出来の悪い子供を見守るような目で、
キョンはこれだからキョンなのよねえ…………」
などと抜かしやがった。どこのオカンだ、お前は。
そして古泉に、
「ねえ古泉くんは分かるわよね、今日は怪談なの」
「ええ、もちろん」
嘘つけ、さっきまですがるような目をしてやがったくせに。しかしこの天然詐欺師はヌケヌケと、
「カレンダーを見なければ気付きませんでしたよ、さすがは涼宮さん」
ん? カレンダー? 俺は肩の上の有希を見た。有希は気付いたのか、自分の左腕を指した。左………時計か?
と言っても俺は古泉のように腕時計はしていないので、携帯を取り出して開いて見た。
そしてカレンダーを見て気付いた。なるほど、そういうことか。
「だって13日の金曜日なのよ!!」
あー、メタな話は風化するぞ、これは絶対なんだ。しかし怪談ねえ、別にホッケーマスクの化け物とか出ないだろうな?
「さあ、それじゃ夜中に再集合よ! みくるちゃん、欠席は無しだからね!!」
「ふみゅう〜〜………」
そのハルヒの台詞だけで気を失いそうなマイエンジェルはムカつくことに古泉に支えられている。今すぐ駆け寄りたいが、その瞬間に俺は見えない何者かにほぼ真横に吹っ飛ばされるに違いないのだ。
だから有希、その振り上げた右手は降ろしてくれて構わないんだぞ?
という訳で、俺達は一旦解散した後に再びこの部室へと忍び込まなければならなくなったのである。
やれやれ。
俺が肩をすくめようとしたら、有希が上手く頭に飛び乗ったので肩が綺麗にすくめた。ありがとよ、だがクセにはしたくないもんだぜ。





そんな帰り道のことだ。
とにかく嘘でもいいから怪談話をでっち上げねばならなくなった俺が頭を痛めながら坂道を下っていると、
「名案がある」
と、肩の上から救いの声が。ううむ、こんな馬鹿馬鹿しい話にもお前の助けを借りるというのも何だかなあ。
「気にしないで。これは私にもチャンス」
なにがだ? 
涼宮ハルヒの心情を観察する」
だがなあ、怪談ごときであいつが何かあるなんて思えんぞ。それならこの話そのものを無しにするほうが…………
「それについても考えがある」
そうか。では任せようか、俺はアホらしくて何も言えんわ。
「では私のマンションで打ち合わせを」
そんなに本格的なのかよ? 前を歩く長門は承知してるのか?
「私がいいのだから彼女もいい」
そういうもんか? とりあえず俺は帰ってから休む暇もなく長門のマンションへと向かうことになったのだ。
やれやれ。
自転車に乗る前に肩をすくめたタイミングで有希が頭へ。あー、上手いな、お前。





こうして長門のマンションで主に有希と長門が打ち合わせらしきものをしていたのだが、傍目には長門がそっくりの人形を持ち上げて目を合わせていたようにしか見えなかった。
おまけに俺には、
「その場で指示するから」
ということで大してなにも教えてもらえなかった。不満の一つも言いたいとこだが、
「私が傍にいるから大丈夫」
と有希に言われてしまえば何も言えなくなるわな。
結局、着替える事もなく急いで来たわりには俺には何も得るものが無いまま、ハルヒが言っていた集合時間が迫ってきてしまったのである。
「5分後に来て」
長門に言われたので、マンションの駐輪場でぼんやり有希と立ち尽くしながら、
「なあ、なんで俺はこんなとこで無駄な時間を使わねばならないんだ?」
と有希に聞いてみた。
「あなたと私が一緒に集合すると都合が悪い」
なんでだ?
涼宮ハルヒの機嫌を損ねる可能性が高い」
だから何でだよ?
「…………………そのままのあなたでいて」
なんだか馬鹿にされた気分なんだが、有希がそういうならそうするさ。
やれやれ。
もう夕闇が押し迫る中を肩をすくめる前に有希が頭上に。先取りしないでくれ。





「遅い! 罰金!!」
という理不尽な声が俺を迎えて、校門前にSOS団が勢揃いする。俺を置いていった長門が当たり前のようにつっ立っているのを見ると、いささか釈然としないものは感じてしまうのはしょうがないだろ?
涼宮ハルヒがそう望んでいる限り、これは必然」
いや、今回はお前らのせいだろ。
「あら? 有希はともかく、あんたまで制服なの?」
不思議そうなハルヒの声。見れば長門以外は確かに私服姿だ。朝比奈さん、今から忍び込もうというのにスカートはないと思います、ハルヒですらジーンズなんですから。
「あのなあ、学校に入るのに私服に着替えてるお前らの方がおかしいと思わんか?」
唯一と言っていい、長門たちとの打ち合わせどおりに俺は話す。その上で1冊の本を取り出し、
「ほれ、団長様のお達しどおりのネタ探しもやってたんだ、着替える暇なんかあるかい」
ハルヒに見せ付けた。
「むっ?! キョンのくせにやるわね」
くせには余計だ。
「確かに何かあったときのために制服は着ておくべきでしたね、これは彼の言う事の方に一理ありますか」
と、古泉がフォローを入れたところで、
「それなら先生が見回りに来たらキョンが対応するってことでいいわね。それじゃ行くわよ!!」
おい、責任を負い被せる気かコイツ!!
俺が抗議の声を上げる暇もなく、ハルヒの奴は早くも門を乗り越えて、あたふたしている朝比奈さんを引っ張り上げていた。
古泉と長門なんかはすでに門の向こうという素早さである。こいつら分かってやってないか?
やれやれ。
一人、門の外にいればまたハルヒが騒ぎ出す。門に手をかける前に肩をすくめようとしたら有希が頭の上にいた。だから早すぎるって。





「さあ、話す順番を決めるわよ!」
何故か、恐らく『機関』だか宇宙的力だかのおかげで奇跡的に誰にも見つかることなくSOS団の部室にたどり着いた俺達だったが、一息つく間も与えず団長はクジを取り出してこうのたまったのである。
「おい、クジが足りないだろ」
4本しかないクジを見て俺がそう言うと、
「あたしは真打だから当然最後よ! その前までに場の空気をよくしなさいよね?!」
などとさも自分が主役のように話される団長閣下。まあ確かにお前が言い出したんだから順番についてはそれで構わないんだが、場の空気って怖い話をするんだからよくなるはずないと思うぞ?
などと言う俺の意見は聞かれる事があったことはないんだが。
とにかくクジは引かれ、朝比奈さん、古泉、俺、長門という順番になった。これは長門が操作したんだから間違いない。
要するに俺の話が今回における肝ということだ。
あのハルヒを驚かすという、くだらない今回の宇宙人の企みは果たして成功といくのであろうか? かなりどうでもいいことなんで、それに協力しなくてはならなくなった俺はため息をつくしかない。
やれやれ。
やれや、の部分で有希の感触が頭に。そりゃないんじゃないか?






部屋の電気が消され、どこから持ってきたのかハルヒが取り出したロウソクに、これまたいつ用意したのか分からない火を点けて怪談はスタートとなった。
何かごちゃ混ぜな感じもするが、それなりに雰囲気を持ってくるもんなんだな。肩の有希が見えにくくなるのが気にはなるが、上手くやるんだろう。
さて、朝比奈さんが泣きそうになりながら、怪談というよりもファンタジー小説にでも出てきそうな妖精さんの話で妙に和んだ場に、古泉がそれは怪談じゃなくてマジで怖い話だろ! と俺に真顔でツッコミを受けた医療現場の裏話を経由して、
「もう! みんな怪談ってのが判ってるの?!」
と、いい感じで(まあ悪いことなんだが)ハルヒの機嫌も悪くなってきた時に、俺の順番が回ってきた。
非常に重苦しくなった室内に、
キョンは本まで読んできたんでしょ? そこらへんにあるようなつまんない話だったら承知しないんだからね?!」
などとハルヒの余計なプレッシャーまでかけられながら、俺は話を始めなければならなくなった。頼むぞ、有希、長門。こんなことで閉鎖空間なんてやってられないからな。
有希が俺の耳に身体を寄せ、これから話す話を耳打ちしてくれる。あとは俺の演技次第ってことか。
「あー、俺の話なんだが、まあ中学時代の友人の話なんだが」
途端にハルヒはともかく、朝比奈さんや古泉まで聞き耳を立てるように注目してきた。長門は今回の首謀者なので無反応だが、それでも俺の演技が気になるのか、無表情で俺を見ている。
「いや、そいつが行っている高校ってのもウチと同じような形で旧校舎というのが残ってるんだが、まあそれは木造の本当に古い校舎なんだよ」
「ふーん、でもそういうのが残ってるってよくある話じゃない」
「まあ聞け。その旧校舎の4階、まあここも4階だが。その一番端は文芸部の部室だったらしいんだ」
見ると朝比奈さんは震えているが、古泉は苦笑してやがる。まあ仕方ないか、ハルヒも興味なさ気に、
「それで?」
「うむ、その部室である日、文芸部の部長が自殺するという出来事があってだな?」
「あーもう、それで出るって言うんでしょ? なにそれ、定番じゃない」
そう言ったハルヒは話を打ち切ろうとした。
「そうは言うがハルヒよ?」
「なによ?」
「この自殺が3人目だと言ったらどうだ?」
「え……………?」
出来る限り抑えた声で俺がそう言うと、ハルヒの顔色が変わった。
「そうなんだ、そこで死んだのは3人目なんだよ。戦前からその旧校舎はあったらしいんだが、戦争の時に駆りだされた学生の怨念かもしれんそうでな」
「ひぃぃぃ……………」
朝比奈さんには申し訳ないが、まだ古泉の苦笑面も取れてないからな。ここからが本番なんだぜ?
「バッカじゃない? それならもっと人が死んでてホラーハウスにでもなってるわよ!」
「そうかもしれんな。だがそれでもその部屋で3人の、無関係の人間が死んでいる。その意味が分かるか?」
ハルヒのツッコミをスムーズに流してしまったことで増していく緊張感。
「そ、そんなの……………」
さしものハルヒが口ごもる。古泉から笑顔が消えた。よし、俺の演技もなかなからしいな。
「そいつが言うには、死んだ人間が死ぬ人間を呼ぶんだそうだ。だから呼ばれない人間は死なないよな?」
「う…………」
「きょ、キョンく〜ん、もうそのくらいに………」
「駄目よ、みくるちゃん! それでどうなったの、キョン!」
朝比奈さんが泣きそうなので俺も気が引けて仕方ないのだが、肩の有希が続きを促す。
「それで、だ。そういう『呼ぶ奴』ってのは何でも自分の話にも敏感らしいとのことでな?」
「……………で?」
「何故かここは旧校舎で、しかも4階の端の部屋なんだよ」
ゴクリと唾を飲んだのは、朝比奈さんだったのかハルヒなのか。
「ここまで話をしてよかったのか、俺にも分からん。だが、似たような場所でそいつの話をしている………………」
俺が静かにそう告げた瞬間、

パッ! パパッ!!

「ひいぃぃぃ〜〜!!!」
部室の電気が点いたと思えばすぐ消えた。朝比奈さんの悲鳴が響く。
「コラ、キョン!! なんの悪ふざけよ!!」
思わずハルヒに胸倉を掴まれたが、
「おい、俺がここから何かしたか?」
俺が平静に言うと、その手を離して床に座り込んだ。ふん、何も言えなくなってやがる。
俺はここで駄目押しに、
「古泉、一応外の様子を見てくれ」
多少放心気味の古泉にそう言ってやった。
「あ、はい、そうですね。ブレーカーの異常の場合もありますから」
そう言って古泉は廊下に出ると、廊下の電気を2・3回点けてから、
「どうもブレーカーの異常ではないようです…………」
と、焦燥気味に戻ってきた。こいつがここまで笑ってないのも珍しいんだがな。
「す、涼宮さ〜ん……………」
朝比奈さんがハルヒの肩にしがみついている。できれば代わって……………なんでもないぞ、有希。それよりよくやった。
もちろんタネは有希が飛んで電気を点けたり消したりした、という単純なものである。有希が長門と俺以外に見えないということを除けば。
それでもハルヒはまだ強がって、
「あー、キョン? あんたにしてはよくやったわ? それじゃ次は有希………」
しかしそれを許す俺じゃない。
「それがまだこの話には続きがあるんだ」
「!!!!」
「あれだ、話というのは中途半端にすると逆によくないだろ? なんなら電気を点けて話すか?」
これが最後の罠だ。そしてハルヒは必ず掛かるんだよ、こういうのには。
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! か、怪談なんだから明かりは消えてるの! あったりまえじゃない!!」
その割りに声にいつもの力がないがね。朝比奈さんをしがみつかせたまま、ふんぞり返るハルヒ。ああそうかい、それなら最後までいくとするか。
古泉の携帯も鳴らないようだし、有希は準備万端らしい。
「そうか。それでそいつから話を聞いていた時にな? なんでもその自殺した部長が元々俺達の中学出身だったらしくて」
「え、えぇ……………」
「だから言われたよ、気をつけろってな」
「な、なに……………」
「お前も…………………………呼ばれるなってな!!」
その瞬間、俺の肩から有希が消えた。

「おいで……………」

ハルヒの耳元で低い声が。
「キィヤアァァァァァァァァァ―――――――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!」
誰のものか分からない悲鳴が部室中に響き渡り、

ゴンッ!!

「痛ってぇーッ!!」
俺は何かに押し倒されて後頭部をしたたかに痛打した。

パッ!!

古泉が電気を点けた時の惨状はもう思い出したくもない。朝比奈さんを肩にぶら下げたハルヒが、俺を押し倒して腰にしがみついたまま震えている状況なんてな。
「う〜、うぅ〜…………」
思いっきり涙をこらえて俺の腰をへし折らんばかりにしがみつくハルヒと、器用にハルヒの肩にぶら下がったまま気を失った朝比奈さんを離すのに古泉がえらく苦労したのを含めて、だ。






こうして季節外れの怪談話はうやむやの内に終了となった。
まだウーウー言ってるハルヒと気絶した朝比奈さんを新川さんのタクシーで送る際に、
「まったく、閉鎖空間が出る隙さえないくらい動揺させてどうするんですか?! 明日きちんとフォローしてくださいね!」
などと真顔な古泉に妙な迫力を持って言われてしまったのが痛恨の出来事だ。これは借りを作っちまったんだろうか?
結局疲れるだけだった俺は何だったんだよ?
「やれや…………」
長門に頭をこずかれた。何でだよ?
「他の女に抱きしめられた」
それ、お前が原因じゃねえか!! 俺は被害者だぞ?
まったく、やれやれだ。
と肩をすくめたら、有希に頭をふんずけられた。お前もか?
浮気者
お前ら――――――ッ!!!
俺の嘆きなど関係なく、その夜は有希は俺の頭の上から降りてきてくれなかったのである。
ああ、世の中はなんと理不尽だけで出来ているんだ。
がっくりと肩を落とし、ため息と共に呟いた。
やれやれだ、と。


言い訳めいたもの

今回もSSの中に遊びを入れてます。メタネタというには分かりにくいかな?