『SS』なんと素敵な紆余曲折 4

それから後の話なんだが、正直俺があずかり知らんことが多いのだ。別にハブられたんじゃねえぞ? 何と言うか……………俺が口を出す事じゃなかったんだと思う。
だから俺が知る限りの出来事を掻い摘んで話そう。後は古泉にでも聞いてくれ。朝倉に聞くなら、わき腹には注意しとくんだぞ。
そうだな、まずは放課後の話か。
俺は正直ハルヒが目を覚ますまで途中で合流した朝比奈さんと保健室に缶詰めになっていた。よって長門からの情報が主となっている。
とにかく長門は俺のクラスに到着次第、朝倉と古泉を連れて生徒会室へと向かったらしい。喜緑さんもここまで関与するつもりは無かった様で(古泉いわく)困惑気味だったようだが、長門が強引に押し付けたらしい。
朝倉が無抵抗だったのが気になったが、
古泉一樹が左腕を拘束していた」
との長門の言葉に、そりゃ単に手を繋いでただけじゃねえのか? というのは野暮なので言わないでおいた。
とりあえず朝倉を隠すと、長門と古泉は俺たちと合流。その時にはハルヒも目が覚めていて、何故か俺がヘッドロックをされているのを長門が無表情に、古泉が笑って見ているので「ああ、終わったんだな」などと頭部の痛みを誤魔化すように思ったりもした。


そこから長門たちの情報操作と、古泉の『機関』との強力タッグが、朝倉のカナダからの帰国というハルヒいわく、
「謎の帰国よ!!」
というサプライズ(ハルヒにとっては)をスムーズに演出して見せた。事件からわずか1日のことである。
その日の夜に長門、喜緑さん、朝倉で何らかの話し合いはあったようだが、朝倉が消えてなくなるという心配が無くなったという長門の言葉を信じるしかない。
ちなみに古泉が携帯を片手にペコペコと頭を下げる姿を何度か目撃したのだが、多分怒られてるんだろうな。まあ『機関』からすれば頭痛のタネが増えたわけだから。
ああ、朝倉と古泉よ、携帯で話しながらアイコンタクトしなくてもいいぞ。アイコンタクトなら俺も長門相手に散々やってるから、大体お前らがなにやってるのか分かるからな。
「何故それが涼宮さんには出来ないのでしょう?」
知らん、ハルヒに聞いてくれ。
なんにしろ、朝倉涼子は俺達のクラスに予想以上に早く溶け込み、あっという間にクラス委員長の座に返り咲いた。


意外だったのはハルヒが思ったよりも朝倉を追求しなかったことぐらいか。
最初の2・3日は他の人間を排除しそうな勢いで朝倉に質問を繰り返したハルヒだったが、
「うーん、カナダも大した事無いのねえ…………」
などと呟くと興味を無くしたようなのである。ただ、
「親の都合なんかで行ったり来たり大変だったのよ?! あたしたちが慰労してあげなくて誰がやってあげるの!!」
という何故お前が? という俺の疑問などどこ吹く風、SOS団による『朝倉涼子お帰り&お疲れ様パーティー』は部室において華々しく催され、恐らく初対面のはずの鶴屋さんや同じく初対面の朝比奈さんも巻き込んでえらく大騒ぎをしたもんだ。
俺はといえば、クリパ以来の一発芸を強要されたあげくに鶴屋さんの笑い声だけが響く室内に、心から窓の外に向かってダイブを考えた。
ん? 朝倉と古泉が隣に座っていたのはハルヒの命令じゃないぞ? なんとなく全員がそれでいいんじゃないかと思ったんじゃないか? もちろん俺も何も言わなかったさ。
そう言えばお情けで呼ばれていた谷口が泣いていたけど、国木田がいたからまあ大丈夫だったろう。


朝倉はこうして俺達の日常へと戻ってきた。住まいはあの長門のマンションの5階、消える前と同じ部屋のようである。
「結構気に入ってたんだ」
らしい。長門の部屋との往復も再開したようで、長門が珍しく弁当を持っていた時には朝倉の存在の大きさを実感した次第だ。
長門も今の環境には満足のご様子で、
「おでんを食べた」
などと毎日のように夕食の献立を俺に披露してくれる。ただなあ、お前、それ食生活を朝倉に依存しきってないか?
それとある日、
「はあ、ここまで関わるなんて…………長門さんはいつの間にあんな子になったんでしょう……………」
と、疲れたお姉さんが生徒会室の前の窓辺でため息をついていたのは見なかったことにしよう。


それとな? 長門の部屋に俺がちょくちょく行くからか、朝倉の部屋の隣に住んでいる男の子にいきなり相談されたこともあった。
なんでも一人暮らしのはずの朝倉の部屋に頻繁に出入りする奴がいるらしい。
それはお隣の、しかも思春期の男子にとっては大問題だろう。しかも出入りしているのは男のようなのだ。
あのお堅い委員長がねえ? そうか少年、心配するのはよく分かるぞ。
おまけにそいつは長身で、いつも笑っている爽やかそうな美男子なんだろう? そう、同じ学校の制服まで着てたのか。
よーし、俺がきつくそいつに言っておいてやるよ。なーに、任せとけ! 奴には怖いメイドさんだとか弱点も多いんだからな。
だから少年よ、あの黄色いカチューシャの女に俺が一人で長門の部屋へ行ったなどと言うのはやめてくれ。こっちにだって已むに已まれぬ事情というものがあるんだ。
男と男の約束だからな?


というような事くらいだ、俺が知っているのは。そこからはまあ、ハルヒがなにか言うたびに俺が苦労したり、長門が俯いたといえば俺が苦労したり、朝比奈さんが泣きそうになって俺が苦労したりした。
そのときに古泉は笑ったり、黙ったり、時に怒りを見せたりもしたが、それはもう別の話だ。
ただし、古泉の傍らには常に笑顔の俺達のクラス委員長(結局卒業まで委員長だったな)が、ある時は長門をサポートしたり、ハルヒを説教したり、朝比奈さんを慰めたりもした。
あくまでも古泉の傍らということで、ハルヒいわくSOS団の正式メンバーではなく、
「名誉委員長よ!!」
などと訳の分からんレッテルとなってはいたが。腕章を嬉しそうに受け取った朝倉と、それを見ていた古泉に免じて永久ヒラの俺のコメントは無しとしておこう。
このくらいで俺の話はいいか? あとはどういうことになるのかまでは俺には分からない。それでも朝倉を加えたこの風景は俺にとっても楽しいものだった、とだけは言っておこう。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ふと、テーブルの上に立ててある写真立てを持ち上げてみた。
明るく笑う黄色いカチューシャの少女を中心に、彼女の腕を首に回され、迷惑そうな、しかし楽しそうな男子。優しく微笑む美少女。傍らの無表情に見える小柄な少女。
彼女達の一歩後ろには男女が立っている。この二人も笑顔で。
その姿はまるで見守るかのような優しい微笑みで。
決して作られたものではない、心からの笑い。
「ああ、懐かしいですね」
そう、これは朝比奈さんが卒業されたときのものですね。鶴屋さんに写真を撮っていただいたのが『機関』の一員としては申し訳ないと思っていたら、
「あら? このあとツーショットで撮って貰おうと思ったのにな」
などと言われて非常に困ったのもいい思い出なのですかね。
「あ、気がついた? それ、アルバムを見てたら懐かしくてね。つい飾っちゃった」
それなら二人の写真でもいいのに。わざわざ僕らが後ろにいる写真じゃなくてもいいじゃないか。
「ん? でもこの時のあなたの顔、私好きなんだけど」
あー、そう言われると………………
「ふふっ、でもみんな元気かしら?」
そうですね、僕も涼宮さんの力が沈静化して以来お会い出来る機会は減ってしまいましたし。
「その分、二人でいられるから私はいいけどね」
ふっ、そう言われて光栄、なのかな?
「でも私たちよりも涼宮さんの方が早く結婚すると思ったのにね」
いやいや、あのお二人から選ぶなんて僕なんかには出来そうもありませんね。
「うーん、心情的には私はどうしても長門さん寄りになっちゃうしなあ」
僕も彼女でなければ涼宮さんを選べない彼を罵倒しそうなんですが、どうも君の影響もあるのか強く言えないんですよ。
つい苦笑してしまう僕に、
「だって長門さんにも幸せになって欲しいもの。私がこうなることが出来たみたいに」
黄色いエプロン姿の僕の妻は明るく笑ってくれる。
「そうだね、今度一緒に彼や涼宮さんに会いに行きますか?」
僕の言葉に、
「あら、きっと長門さんも一緒よ。朝比奈さんや喜緑さん、鶴屋さんにも会いたいな」
そうですね、それはとても素晴らしい提案です。
「それでお仕事の方はいいの?」
ん、なんとか一段落してますよ。髪型を気にしなくていいIT関係の会社のおかげで、随分と長くなってしまった後ろ髪を少し撫でると、
「あ、もう! いつも身なりはきちんとしてって言ってるのに!」
と言って髪を整えようと僕に寄って来る奥さん。彼女にいつも髪はくくってもらってるんですがね。
その姿がとても愛らしかったので、つい寄ってきた彼女を抱きしめる。
「ちょ、なんなの?」
困ったような、くすぐったいような胸の中の声。
「いえいえ、あなたが可愛かったものですから、つい」
「もう、いっつもお世辞しか言わないんだから」
お世辞なものか、僕ほど幸福な人間は彼以外では知らないですよ。
「ふふふ、本当に会えるのが楽しみになってきちゃった」
顔を上げた彼女の本当に楽しそうな笑顔。
それを見る僕の作られてない笑顔。
「愛してますよ、涼子」
「愛してるわ、一樹」
そうですね、素直に言える分だけ僕の方が彼よりも幸福なんだと思いませんか?


キッチンからはおでんの香り。
ああ、涼子はご機嫌がいいようだ。
僕は涼子の唇に自分の唇を重ねる。
さて、おでんが食べごろになるまで、どうやって3人を驚かすかサプライズの相談でもしましょうか。
美しい、僕の奥さんと共に、ですね。