『SS』なんと素敵な紆余曲折 3

俺達が戻ってきたのはもちろん俺のクラスである。机も椅子も元通り、何事もなかったと言われれば俺だって信じたいくらいだ。
しかし、
「それで、彼女はどうしますか?」
その声が現実の厳しさを物語ってるんだよな。そうだ、俺は朝倉涼子を抱いたままクラスの俺の席の近くでしゃがみ込んでいる訳なんだ。
傍らに立つ古泉の声に笑いが含まれているのがどうにも癪に障るのだが、
「とりあえず長門を呼ぶしかねえだろ。それに万が一、ハルヒにでも見られたらシャレにならん」
そう言いながら俺は朝倉を床に寝かせた。
「そうですね、おそらく長門さんも朝倉涼子が作り出した異世界からは脱出できたはずです。涼宮さんの体調が心配ですが、僕の感じるところでは異常はなさそうですね」
そうか、ハルヒも無事か。古泉がそう言うなら間違いはないんだろう。
「それでは長門さんと連絡を取りましょうか。お願いできますか?」
ああ、分かってる。しかし長門は携帯を持っていないから直接長門に会わねばならないのだが、
「保健室で間違いないでしょう。涼宮さんはどうも気を失っているようです」
そりゃ異世界に行ってたんだから仕方ないが、どうも古泉が冷静すぎるな。
長門さんが今回の件で情報操作するために涼宮さんに眠ってもらいましたので。その辺りは僕がここに来る前に長門さんと話をつけています」
準備万端ってことだったのか、いつの間に長門とそこまで仲良くなったんだ?
「正確には長門さんじゃないんですよ」
古泉が苦笑する。ということは、
「ええ、喜緑さんに生徒会室に呼び出された時には会長関係でなにかあったのかと、こちらはヒヤヒヤものだったんですよ? まあどちらにしろ冷や汗物だったのは変わりませんでしたが」
なるほど、あの方は生徒会経由で古泉を呼び出したのか。それなら古泉があれだけ用意できていたのも分かるな。
「まあ長門さんは、あなた以外にはまだ心を開いてくれませんから。それともヤキモチでも?」
アホか、なんで俺が長門とお前が話したくらいでそんなこと思わなきゃならんのだ。それに長門長門なりにお前にだって信頼してるんだぞ。
「それが分かるあなたが凄いんですがね。まあその話は措いておきましょう、とりあえずあなたが長門さんを呼んでくるということでよろしいですね?」
おい、それなら別にお前でもいいんじゃないか?
朝倉涼子が目覚めた場合、あなたがいればまた狙われますしね。それならば長門さんの保護下にあるほうがいいですから。それに、」
なんだ?
「涼宮さんが保健室で寝ているんです、起きた時にあなたがいないというのは都合が悪いと思いませんか?」
何故ハルヒが起きた時に俺がいないと都合が悪いんだ? 俺はお前みたいに上手くあいつを誤魔化しきれんぞ。
「あなたがいてくれる、という一点が重要なのです。それはあなたが行けば分かりますよ」
まあいい、それでお前はどうするんだ?
「このまま朝倉涼子を監視しながら長門さんの到着を待ちます。もしも朝倉涼子が行動に支障がない状態だった場合、せめて盾にはなれるでしょう」
おい! そんなことを俺がはい、そうですか、って言うと思ってんのか?!
「冗談です。実は喜緑さんからもらっているカプセルはもう一つありまして。長期戦になったときの用心だそうですが、この気遣いは人間以上ですね」
そう言って、古泉はその手に乗せていたカプセルを俺に見せた。
「と言うわけでして、僕の方はなんとかなります。ですが今度朝倉涼子と戦えば、あなたが望むようにはいかないと思いますので、出来れば早めに長門さんをお願いします」
その顔はいつもと何一つ変わらない笑顔そのものだ。表情から古泉の真意を読み取ろうとしたが、結局やめた。
まあこいつの事を信用していないといえば嘘になる。だからこいつの言うとおりにしておいてやるさ。
「わかった、急いで行ってくるから朝倉が起きたらまず逃げろ。保健室に向かってくれば俺と長門と合流できるはずだからな」
「了解しました。お心遣い感謝しますよ」
俺は古泉を置いていくことに一抹の不安を残しながらも、とにかく長門を呼ぶために教室を飛び出した。





ここからは俺が古泉から聞いた話だ。あいにくと立ち聞きするほど悪趣味じゃないしな。なにより長門を呼びにいくのに必死だったんだから。
なので少々語弊や俺らしくない表現もあるが、それは又聞きなので仕方ないと思ってくれ。
俺も古泉のしゃべり方なんか虫唾がはしりそうなんだが、まあ聞いてくれれば幸いだ。


俺が教室を飛び出した後、
「本当に彼はああいう人なんです。少しは分かってもらえましたか?」
古泉がそう言うと、
「なんなのかしら、あなたはともかく私まで助けたいなんてね」
朝倉はパッチリと目を開けると、何事もなかったように起き上がった。
「それが彼なんです。だからこそ、」
長門さんが感情を持てた。私のような作り物じゃない、本当の感情というものを」
そう言った朝倉は先程と同じ机の上に座った。
「うーん、まだよくわからないわね………………」
足をぶらつかせながら朝倉が呟く。古泉は笑みを崩さず、
「それはあなたがまだ彼を、涼宮さんを知らないからですよ」
そして朝倉の傍らに立ち、
「だからこそあなたは彼を殺せなかった。違いますか?」
とんでもない事を朝倉に言った。
「…………………」
「いくら喜緑江美里の情報プログラムが凄くても、一人間である僕がインターフェースと互角以上に渡り合えるはずがないじゃないですか」
古泉は肩をすくめ、
「あなたは迷っていました。それはあなたが急進派ではなく、主流派から作られたからというのもあるのかもしれません。主流派というのは、つまりは長門さんの情報をあなたにインプットしている可能性もあるわけですから」
それに朝倉は困ったように微笑み、
「そうね、私が消滅してからの時間を埋める為の情報は全て長門さんの情報がベースだもの」
手持ち無沙汰なのか、制服のリボンを触っていた。
「だから夏服も初めて着たのよ。何でだか分かんないけど、嬉しかったなあ」
半袖の袖口を見つめて朝倉が小さく呟いた。
それを見た古泉も小さく、
「よくお似合いですよ」
なんて呟いた。とたんに朝倉の顔が赤くなる。
「な、何言ってんの?! 私の事なんか知らないくせに!!」
「いいえ、朝倉さんの事は『機関』も情報として十分に把握しているつもりですが。なにより長門さんよりも先に涼宮さんと接触した、最初のTFEIですから」
「あ……………」
朝倉が俯いた。その表情が消えている。
「あなたはもしかすると長門さんの位置にいたかもしれない人です。僕らもそう思ってあなたの事を見ていました」
「…………………」
長門さんが選ばれたのはあくまで結果です。僕らは未来の事は知りませんから」
「でも…………長門さんが選ばれたのは過去からの規定事項よ…………」
俯いた朝倉の顔はどのようだったか、古泉にも分からない。ただ、声が沈んでいただけだった。
「だからあなたは長門さんが選ばれるように彼を襲ったと?」
「!!!!!」
朝倉が顔を上げた。その顔に浮かんでいるのは驚愕とも、悲哀ともとれるものだった。
「あくまでも僕の推測ですが。しかし、結果として彼はその後の僕らの接触にも大きな抵抗感は持たなかった」
「それはあくまで結果よ…………私は私の独断で、」
「つまりあなたは長門さんよりもはるかに早く自我に芽生えていたとも言えるのですね」
「あ…………………」
再び朝倉が俯いた。古泉は話を続ける。
「そんなあなたが涼宮さんや彼と上手に接触が出来ていたら、などと僕ごときが考えるのもおこがましい話なのですがね。ですが、今その機会が目の前にあるというのは僥倖ではないですか?」
「……………」
「『機関』としては余分な障害になりそうなものは出来る限り排除したいところなのでしょうが、僕個人というのはどうにも彼の悪影響を受けすぎてしまいまして」
古泉は俯いたままの朝倉に手を差し出した。
「どうです? せっかくですから僕らとお付き合いしてみませんか?」
そうだな、その時の古泉は多分俺の知らない顔をしていたんじゃないか? 少なくとも俺はあいつの素の笑顔というものをこの時は見てなかったからな。
「……………なんで?」
「はい?」
俯いた朝倉が古泉に問いかける。
「どうして私を消さなかったの?」
「先程の理由ではなにか不足でしたか?」
「分かんない、分からないのよ!!」
突然、顔を上げた朝倉が叫んだ。その目に光るものがあった、という。
「私はキョンくんを殺そうとしたの! それが目的で作られた! そのために存在するだけなの! なのにどうして?!」
興奮して叫ぶ朝倉の手を、古泉の手が優しく包むように握った。
「!!」
「それでもあなたは彼を殺せなかったじゃないですか」
古泉は優しく言った。朝倉の目を見ながら。
「それは…………あなたが……………」
「いいえ、たとえ僕が彼を助けられなかったとしても、きっとあなたは彼を殺せなかったでしょう」
古泉の手が朝倉の手を包んだまま、朝倉の膝の上に置かれる。
「それがあなたの自我が長門さんの経験を加えて出した結論なのではないですか?」
「う………………」
朝倉の表情が歪んだ。今度こそ誰が見ても分かるほどに。
「なんであなたはそんなこと言うの?!」
すると古泉の奴は、
「実はですね、彼が涼宮さんと閉鎖空間から脱出する際に朝倉さんの名前を出したらしいのです」
などとぬかしやがった。
「え? えぇ―――――ッ?!」
驚く朝倉。そりゃそうだろう、俺だって驚いた。古泉の野郎がここでそんなこと言うなんてな。しかも、いけしゃあしゃあと、
「ええ、クラス委員長としてのあなたはそれほど彼の記憶にあったんでしょうね。もしかしたら涼宮さんもあなたが居てくれることをどこかで望んでいたのかもしれません」
「そ、そんな…………?」
動揺する朝倉に畳み掛けるように、
「もしかしたら今回のことは朝倉さんが蘇るために涼宮さんが無意識の内に操作したのかも」
「う、嘘……………」
悪魔か、こいつ。あの朝倉がだぞ? 男に手を握られたまま、オロオロしてるんだぜ?
「ですからあなたは何も気に病む必要はないのですよ」
「え、あ、あの……………」
そして古泉の阿呆は朝倉涼子にこう言ったらしいのである。
「僕はそこまで印象に残った、朝倉涼子という存在に会ってみたかった。そしてそれが叶いました。しかも想像以上にお綺麗なので、驚いていますよ?」
「え? あ? え、えぇぇ――――――――?!!」
ボンッ! という擬音が聞こえそうな勢いで朝倉の顔が真っ赤になり。
言った古泉の顔色までは、
禁則事項です」
と言われて聞けなかったんだがな?





「心拍数が通常の数倍になっている」
と言うのが、あの後俺にハルヒを任せて教室に行った長門が二人を見て言った第一声だそうだ。
まあそんなわけで朝倉涼子はこの世界に戻ってきちまった。
やれやれだ、古泉の奴はどう責任を取るんだろうね?
「あなたが彼女を消すなと言ったんじゃないですか?!」
さあね、俺は殺すなとは言ったが一緒に居たいなんて言ってないぞ。
「……………………」
世にも珍しい古泉の赤くなって俯く姿なんぞ見ながら、俺は帰ってきた委員長が団長からどんな尋問を受ける事やら、などと呑気に考えていたのだった。