『SS』ヒトメボレらぶぁ〜ず そのろく

長門と朝比奈さんがいなくなった部室に重苦しい沈黙が流れる。ハルヒですら言葉を選んでいるようだ。
「ねえキョン子…………?」
しかし沈黙にまず耐えられなくなったのもまたこいつだったのも仕方がないだろう。
「あのさあ、もしかしたらあたしの方が古泉くんとあんたの邪魔をしてんのかな?」
!!!!!
まさか、まさかだろ?! ハルヒがこんなこと言うなんて俺は思いも寄らなかった。こいつが誰かに遠慮のようなものを見せるなんてな。
しかも方向性がまったく間違ってるし。何故古泉なんぞに気を使わなきゃならんのだ?
「そ、そりゃあね? あたしは恋愛なんて精神病の一種だと思ってるけど、だからといって他の人の恋愛事情に口を出すほど野暮なわけじゃないの!」
それなら何でそんなに顔を真っ赤にしているのか聞きたいもんだね。
「いえ、僕はキョン子さんと居られるだけでも今は十分満足しているのです。それにこのSOS団というものの活動にも僕なりに愛着というものも湧いていますからね。」
古泉もようやく落ち着いてきたのか、口調もしっかりしてきている。
「だからこそキョン子さんに伺いたいのです。」
は? 何だ? こっちに話が来るのかよ?!
「そうね、あたしもキョン子の態度が問題だと思ってたの。」
何がだよ? 俺がなにかしたって話にいつの間にかなってるのは何でなんだ?
「ようするに僕はあなたに対してこれだけの好意を向けているのにも関わらず、あなたの態度は曖昧なのではと涼宮さんは思ってらっしゃるのではないかと。」
「そうよ! あんただって女の子なんだからこれだけの美男に迫られて何とも思わない訳?!」
なに? それならお前だったら古泉に迫られたらオッケーなのか!!
いかん、何かムカついてきた。選りによってハルヒに応援されるような事を言われるとはな。
そうかい、お前は古泉にそういうことを言われたい訳だったんだな。
「いいや、俺は古泉に何か言われたところで何とも思わんな。」
「キョ、キョン子さん、それはちょっと傷つきますが。」
お前の事なんか知るか! そんなことよりこの女だ。
「それよかハルヒ、お前が古泉のことが好きなんだろ? だから俺が何か言われるたびに嫉妬でもしてたって訳だ!」
「な?! あんた何言って、」
「だから古泉を応援するふりしてんだろ? お前が古泉の奴にそう言われたいからなんだろ?! それなら俺がここを出て行くから勝手にやってろ!!」
頭にきた。そうか、俺が男だった時からハルヒが古泉のことをそう思っていたってことなんだろうからな。なんと言ってもハルヒが望んだ世界なんだから。
つまり当て馬か、俺は。ふざけるな! そんなことのために女にまでさせられた俺はどれだけ馬鹿にされればいいってんだ!!
もういい、世界のなにかに異常が起ころうが長門の力で元に戻してもらおう。それでSOS団なんてくだらないものを辞めてこの話は終わりだ。
俺はもうこんなとこにいる必要はない。とっとと長門のところに行かないとな。
俺は部室を出た。あんなとこ居られるか。
なにか古泉とハルヒが呆然としていたが、これから愛の言葉でも囁きあっとけ。
腹が立つ。ここまで頭にきたのは過去にもないかもしれん。ハルヒに馬鹿にされたことだけが脳から離れん。
とにかく長門だ、あいつだけが今の俺にとっては頼りなんだからな。
「ちょ、ちょっと待ってキョン子!!」
なんだ? ハルヒが叫んでいる。無視だ、無視!! それより保健室の長門の方が俺には大事なんだからな。
俺はあの馬鹿に追いつかれないように全力で保健室へと走った。
後を追ってくる気配もない。そうだろうな、今頃お互い慰めあいながら告白の最中だろう。ああ、頭に血が上ってるのか顔が熱い。
おまけに女の身体ってのはこうも涙腺が弱いのか? なにか頬を伝わってくるのが気持ち悪い。
とにかく俺は怒っていながら、そして泣きながら保健室にいるであろう長門の元へと駆け込んだのだった。







「……………これを。」
朝比奈さんが寝ているベッドの傍らに居る長門からハンカチを渡されると、俺は涙を拭いた。なんとも情けない話だ、女ってのはこうも扱いづらいもんだとはな。
長門、世界がどうなっても構わん。とにかくこの状況をどうにかしてくれ、もう女でいることに耐えられん。」
「推奨しない。それに涼宮ハルヒがそれを望んでいるとは思えない。」
あんな奴の事なんかもう知るか!! それで世界が滅びるならもう滅びちまえ!!
俺自身がもう冷静さなんか当の昔に失くしてしまっていたんだろう。自棄になったようにそれだけ言い放った。
「…………………」
長門はそんな俺を冷静な瞳で見つめ、
「情報の伝達の齟齬が生じた。」
冷酷といえる口調でそう言った。もういいんだ、齟齬だろうが何だろうがハルヒが望んだ世界でハルヒが言ったことなんだから、それがハルヒの本音ってことだろ? 違うか?
「違う。」
長門は断言した。その上で、
「あなたたちは間違っている。」
何? あいつは間違いだらけだが俺まで間違ってるというのか?!
すると長門は俺の顔の前に手を出すと、
「・・・・・・・・・・・・・」
あの謎の高速呪文を唱えだしたのだ、何をする気だ!!
「これがわたしに出来る限界。最後のチャンス。」
何を言ってる?
「あなたたちはもっと素直になるべき。」
空間が歪んでくる。これは?!
「あなたはもっとあなたの言葉を、涼宮ハルヒの言葉を信じて。」
その長門の言葉を耳に残し、俺の意識は歪んだ空間と共に消えた。