『SS』ヒトメボレらぶぁ〜ず そのご

ああ、早く過ぎてくれ時間よ。奇跡的な立ち直りを見せた古泉は相変わる事無く俺の真正面で訳の分からない愛の讃歌を奏でてるし、長門の視線で凍らされそうな上にハルヒが朝倉のナイフが可愛いと思えるくらいの眼力で俺を睨んでやがるんだ。
朝比奈さんが時々淹れてくださるお茶のお代わりのなんとありがたいことか、あなたこそ地上に降り立った最後の天使です。あなたの視線なら例え1万ボルトでも耐えられる自信があるんですが。
ただもっと俺たちの会話に参加してくれたら本当にありがたいんです。そうやって乾いた笑いで2歩離れたとこから古泉の暴走を見守らないで下さい。
兎にも角にも、古泉のマシンガントークは止まることがない。
「それにしてもキョン子さんがポニーテールをしているというのは世界遺産に認定されても当然ですね、いや、ルーブルに肖像がある風景の方がよろしいでしょうか?」
どっちもいらん。大体髪が長いし、これしか女の子の髪型をよく知らんのだ。決して俺自身がポニーテール萌えだからなどという理由ではないぞ。
「それにその常に眠たげなあなたの瞳を見ると、僕の腕の中で安らかに眠っていただければと想像してしまうのです。」
するな気色悪い。それに眠い訳じゃないんだぞ、ちょっと瞼が重いだけだ。特に今日は昼寝すらできなかったんだからな。
「それにしてもカーディガンが良くお似合いです。ただ、僕の腕の中ならばそれ以上の温もりを与えられるのですが。」
断じて断わる!! というかやはり朝比奈さんですら上着を羽織っていないところを見ると、俺の冷え性はある意味異常と言えるのかもしれない。まさかハルヒがカーディガン姿の俺を望んだってのもよく分からんしな、何かの意図があるのだろうか?
しかし何なんだこの古泉の異様な積極性は? さっきから俺を抱きしめたいとしか言っていないんだよな? どうしようもないほどの壊れっぷりなのだが?
おまけに非常にむかつく事なのだが、こいつの言葉に嘘がない。
長門の表情鑑定士としての俺もなかなかなものとなったが、それと同じくらい古泉の笑顔の裏読み名人と化した俺には分かってしまうのだ。
こいつの笑顔に嘘がない。なによりも仮面であるはずのこいつの笑顔が俺が見てきた中で一番自然に思えるのだ。
どうしたんだ、お前? 俺なんかと話してそんなに楽しそうにするお前じゃなかったはずだろ? 見た目はともかく。
「いえいえ、僕にとってあなたの事を考える人生ほど素晴らしいものはありません。何ゆえに北校に転校したのか、全てはあなたの元へと僕が導かれたのだと今なら断言できるのです。ただ僕が9組に転入してしまったのは知らなかったとはいえ、痛恨の極みでした…………」
そこでガックリとうなだれるな、阿呆。
「しかしSOS団に入ることによってあなたとこうして一緒の時間を過ごせるのですから、涼宮さんには感謝の言葉もありません。」
そう言って古泉は散々俺を穴だらけにしそうだった視線を初めてハルヒに向けた。ところがハルヒの奴は露骨といえるほどの苦虫を噛み潰した顔をしたのだ。
おかしい。何かが間違ってる。
大体、ハルヒ精神安定剤として存在するはずの古泉が何故ここまでハルヒの神経を逆撫でするような態度を取れる? こんな顔のハルヒなら今頃閉鎖空間は開店大売出しの最中になっていないとおかしいだろ。
それにも関わらず古泉の笑みは消えることがない、こいつは今の状況が分かってるのか?
だが古泉の携帯はまったく鳴る気配すらない。『機関』はどうなったんだ、新川さん、森さん、田丸兄弟は?!
思わずハルヒに聞こえないように古泉に顔を近づける。その時、長門がスッと目を細めたのには気付かなかった。
「おい、古泉。どうなってるんだ?」
「ああ、キョン子さんの顔がこれだけ近くに! もう思い残すことはありません!」
ふざけるな、お前、閉鎖空間は発生してないのか?
「なんですか、それは?」
予測はしていたが、それは衝撃的な言葉だった。こいつ、閉鎖空間を知らない、つまりは古泉は超能力者ではないということになる。
「ちょっと! 何話してんのよキョン子!!!」
ハルヒの怒声が響く。しまった! 男同士ならいくらかでも言い訳が思いつくが、こと今は男女が仲睦まじく話しているようにしか見えないのだろう、傍から見れば。
「い、いやなんでも………………」
「ええ、キョン子さんが思わず積極的だったので期待してしまったのですが、何もありませんよ。」
待て古泉、それはフォローになってない……………
「団長のあたしにも話せない訳?!!」
やはりだ、こいつは内緒話をされたことにやけにご立腹だったのだ。普段男同士だと遠慮をしていたのかもしれん、あの涼宮ハルヒでさえ。
だが今は違う。女の俺が男の古泉と内緒話をしている姿は、恋愛が精神病と言い切る(古泉に言わせると怪しいものらしいが)ハルヒからすればかなり不愉快な光景だろう。
「いやハルヒ聞いてくれ、別に俺は古泉なんぞと……」
キョン子は黙ってなさい!!」
ハルヒに一喝される、もはや何に激怒しやがってるのか分からん。
「ちょっと古泉くん、確かにあんたのその無意味なまでの行動力は不思議探索に必要不可欠なものだと思ったから、あたしはSOS団にスカウトしたわよ?」
うむ、どうやら古泉のポジションは謎すぎる転校生らしい。本当に『機関』とは無関係なのか?
「でもね? ちょーっとばかりやりすぎじゃないのかしら?! あなたキョン子とばっかり話してるし。」
そうか、こいつのこの行動は今回の世界では当たり前すぎるのか。苦労してたんだな、俺。
「いくらなんでもSOS団内でこれ以上の恋愛話は厳禁だわ!! もう古泉くんはキョン子との会話禁止!! もっと節度というものを持ちなさい!!」
うわ、ハルヒが節度なんて言ってるぞ。一番縁遠い言葉だと思っていたんだが、これを引き出しただけでもこの古泉は一味違う。
それにしてもハルヒと古泉の間でこれだけ悪い空気が流れるなんてあり得ない話だと思っていた。朝比奈さんも先程までの苦笑いが恐怖で引きつったまま固まってしまっている。
おい、この状況を打破するには無理やりにでも団活を終わらせるしかないんじゃないか? そう考えた俺は急いで長門の顔色を伺う。
しかし長門の本は閉じられる事はなく、むしろ本から目を離してハルヒたちを見つめているのだ。
どうしたんだ長門?! まさかお前はこの事態を期待すらしていたのか?
俺が焦ってるのを尻目に、ハルヒの興奮は止まらない。
「大体キョン子はあたしが最初に連れてきたSOS団の1番目にして団長専用の雑務係なの! 古泉くんは副団長なんだからそんな雑用をいちいち気にかけない!!」
おい、女になってまで俺は雑用なのか? そしてそれって俺がお前に独占されていることに、
「お言葉を返すようですが、僕はキョン子さんの事が好きでSOS団に入りました。キョン子さんとお話すら出来ないようならここにいる理由がありません。」
なっ?! なんてことを言い出すんだこの馬鹿!! それを聞いたハルヒの肩が小さく震えている。
「そう…………そういうつもりなの…………小泉くん、あんたSOS団をクビよ!! 今後この団室に立ち入る事は禁止するわ!! わかった?!」
言ってしまった、これだけは言っちゃいかんだろハルヒ!! 周囲の空気が最悪を越えて一気に凍りつく。
古泉、お前も言いすぎだ、今なら間に合う、謝れ、謝ってくれ!!
「構いませんよ、ただしキョン子さんは渡しません。なにがあろうと僕はキョン子さんのことを生涯をともにする伴侶として………涼宮さんにお渡しするわけにはいきません。」
なあーッ?! こ、古泉? お前何言ってんのか自分で分かってるのかよ?!
ありえない、ありえない光景だ。古泉とハルヒが真正面からにらみ合っている。朝比奈さんが緊張のあまり倒れそうだが、俺も一緒に倒れたいくらいだ。
SOS団が分裂する、しかもハルヒと古泉というありえない組み合わせで。
それがどれほどの恐怖か、俺だけは痛いほど判る。あれだけ苦労してきた仲間達があっさりと喧嘩別れしそうなのだ。しかもその原因がおれだと?!
「古泉、ハルヒ! いいかげんにしろ!!」
俺はそう叫ぶしかなかった。するとハルヒは俺をキッと睨みつけ、
「なによ! 大体あんたが古泉くんに甘すぎるのが大問題なんじゃないの!!」
キョン子さんが悪いわけじゃないですか! 涼宮さんこそキョン子さんの自由を束縛しすぎなんじゃないですか?!」
「なッ?!」
いかん、また言い争いになってしまう!! だが俺の話など聞くような二人ではなさそうだ。
しかし頼れるSOS団最強の存在はここでもその威力を発揮したのである。
朝比奈みくるが倒れた。」
長門は朝比奈さんを支えたまま、無表情にそう言った。
「みくるちゃん?!」
「あ、朝比奈さん! ご無事ですか?!」
さすがの二人も朝比奈さんが倒れたのをほおって置くほど心が狭い奴らじゃない。俺たちは朝比奈さんと長門の周りに集まった。
「だ、大丈夫なの、みくるちゃん…………?」
「大丈夫。気を失っただけ。」
ホッとした空気が俺たちの間に流れる。
「しかし原因はあなたたち。」
冷静な長門の声に俺たちも押し黙るしかなかった。
「特にあなた。」
う、長門の漆黒な瞳が俺をしっかりと捉えている。
「あなたの曖昧な表現が涼宮ハルヒ古泉一樹の誤解を招いた。あなたははっきりと自分の言葉を述べるべき。」
そんなこと言われても俺は結構はっきりと意見は言ってきたつもりだ。
「あなたは言葉として古泉一樹涼宮ハルヒに伝えなければならない。」
長門の言葉には何かある、俺に何かを伝えようとしている。俺はそれを読み取らなければならないようだ。
どうやらまた世界とやらは俺の言葉なんぞで左右されたがっているらしいからな。
「あー、なんといえばいいんだ?」
古泉一樹に対しては自分の感じる言葉を。涼宮ハルヒに対しては自分の思いを。」
なんだそりゃ、確かに女にさせられたことでハルヒに言いたい事は山のようにあるが。
「あなたの言葉を伝えるには時間と場所が必要。わたしは朝比奈みくるを保健室へ輸送する。」
そう言って長門は軽々と朝比奈さんを抱え上げると、スタスタと部室を出て行こうとした。
「ま、待って有希!! あたしも行く!!」
「必要ない。あなたはここにいるべき。」
「それなら僕が…………」
「あなたも。」
二人の足を止めると、長門は出て行ってしまった。しかし小柄とはいえ、朝比奈さんをお姫様抱っこした長門が保健室まで無表情で歩いていくのはかなりシュールな光景な気もする。
だが長門が時間を作ってくれたのは確かだ。俺は二人に何を話せばいいのだろうか……………