『SS』小さく呟いて

そうですね、あたしは確かに長門さんが苦手です。
でも嫌いなんじゃないんです、それははっきりと言えます。あたしは………………



それはいつもの放課後でした。あたしは授業が終わると文芸部の部室に向かいます。
「やあやあ、今日もお勤めかい? みくるも甲斐甲斐しいね!!」
そう言った鶴屋さんはあたしの肩をギュッと抱き寄せ、
「今度またお茶をご馳走になりに行くからね!! ほんじゃあたしは帰るから! またね、みくるっ!!」
それだけ言うと風のように走って行きました。鶴屋さんの明るい笑顔に送られながら部活に行けるのはあたしにとっても嬉しいです。
部室に着いたらまずは着替えです、メイド服をクローゼットから取り出すと部活が始まると思うようになっちゃったんですよね。
「よいしょっと」
最近また胸のところがきつくなってきた気がするんですよね、涼宮さんに言ったらまた…………ちょっとあれは恥ずかしいから嫌なんですけど。
でもメイド服を替えないといけなくなったら涼宮さんにも言わないといけないんですよね、あたしもすっかりこの衣装がお気に入りになっちゃいました。
まだバニー服は駄目ですけど。いつになっても駄目だと思います。でも着なくちゃいけないんですよね…………
少しだけ落ち込んじゃいましたけど、メイド服に着替えたら落ち着いちゃいました。あたしって単純ですね。
「ふう」
あたしの最初のお仕事はお茶の用意です。ヤカンをコンロにかけて、お湯が沸くのを待ちます。
その間に今日使うお茶の葉を選ぶのが楽しいんです。昨日使ったのはこれだったから、とか新しい缶を開けるときのドキドキする気持ちとか。
「………………」
ええ、長門さんはいつもの席にいます。最近はお隣にお邪魔させてもらうこともあるらしいんですけど、大体はあたしの来る前には長門さんは本を読んでいるんです。
だから、あたしが淹れるお茶を一番最初に飲んでくれるのは長門さん。そうです、あたしはまず長門さんに美味しいお茶を飲んでもらいたいんです。
お湯が沸くまでの時間、あたしと長門さんの間には沈黙が訪れます。
初めてあたし達が会った頃は、この沈黙が苦痛でしかありませんでした。涼宮さん、キョンくん、古泉くん、誰でもいいから早く来て欲しかったな。
何も話せないあたしと、何も話さなくていい長門さん。
同じ沈黙で全然違う意味。
あたしは時間の流れを正しい方向に修正するために。長門さんは情報統合生命体の更なる進化の可能性を確認するために。
あたし達は自分達の使命のためにここに集まった、それだけの存在。
そのはずだったのに。
そうですね、そのためにあたしはこの北校に来たんですから。




長門さんがあたしの淹れたお茶に口をつける瞬間が、いつの頃からかあたしは好きになっていました。まだ熱いはずのお茶を静かに飲む姿を。
その姿は彼にそっくりだということを長門さんは分かってるんでしょうか。
きっとそんなことをしなくても平気なはずなのに、つい息を吹いている姿を。
それは一杯目のお茶を飲む時だけに見せる姿、あたししか知らない長門さんの姿。
彼が居る時には決して見せることのない仕草。彼が居る時には決して見せてはいけない仕草。
…………彼女を傷つけてしまう仕草。
だから長門さんは静かに、あたししか居ないこの空間だけでその飲み方を無意識にやっているんです。そしてあたしはそんな長門さんの姿を見るのが好きになっていたんです。
彼女の姿は、あたしの姿だから。
あたしには分かってしまう、長門さんの心。きっと長門さん自身も気付いてない心。あたしはそれがなにかを知っています。
でも言えないんです。禁則事項じゃありません、女の子としてのあたしが言えないんです。
その代わりに、
「どうですか、今日のお茶は?」
こういう風に聞けるようになるまでも大分時間が掛かった気がしますね、あたしってそんなとこが駄目だなあって思うんです。
「いつもどおり。」
この答えが全て。最初は物足りなかったこの言葉の本当の意味に気付くには時間がかかってしまいましたけど。
しかし今なら分かります。長門さんの「いつも」の言葉の重さが。
あたしの時間が少なくなってきている今だからこそ。




涼宮さんも、古泉くんも、そして彼もいない静かな部室。
その中で流れる静かな時間。
あたしにとっても、長門さんにとっても大事な時間。
長門さんが小さく、
「……………」
なにか呟いて。
あたしも小さく、
「……………」
と言いました。
そうです、あたし達は同じだから。限られたであろう時間を過ごす仲間として。





「いつもありがとう。」




この「いつも」がいつまでも続きますように……………