『SS』「ヒトメボレらぶぁ〜ず」 そのよん


それは地獄の拷問も裸足で逃げ出すほどの苦痛の時間だったというしかない。
なにしろ俺の目の前にスマイル当社比200%のインチキ超能力者がもう生まれたての初孫を慈しむ祖父母もかくやの温かい眼差しで俺の一挙手一投足を眺めていやがるのだ。これは何のイジメなんだ? 
少なくとも俺には同性に見つめられて喜ぶような特殊な性癖はない。しかも古泉なんぞに見つめられてどう喜べというのだ?!
しかもそれは長門と朝比奈さんという衆人環視の元で行われているのだぞ、こんな居心地の悪いSOS団なんか俺は知らない。知ってたまるか、コンチクショウ!!
その上にだぞ?! コマを動かせば、
「こうやってあなたと共に過ごす時間が僕に与えてくれる幸福をなんと表現してもしきれません。」
ちょっと考えれば、
「ああ、考えるあなたの可憐な姿が僕の目前にあるなんて。」
王手をかけたら、
「これが僕に与える愛の試練なんですね?」
そして負けが分かれば、
「ええ、やはりキョン子さんには歯が立ちません。さすがは僕の女神。」
などといちいち言われながら、将棋を指してみろ。俺がどれほど精神的な苦痛を受けたか分かっていただきたい。おまけにこいつ、相変わらず弱いし。
その中で俺の癒しとなるはずの朝比奈さんは二歩以上離れた所から生暖かい視線を俺達に向けているだけだし、長門は顔すら上げやしない。
悪夢だ、俺は悪夢の中にいるに違いない。誰か俺の頬を思い切り捻り上げろ、絶対に痛くないはずだ。
しかし目の前の現実といえばちょっと赤く頬を染めたハンサムがいるんだから吐き気がする。
あー、たしかこいつはハルヒの望む自分を演じてるんじゃなかったか? ということは男の俺に頬を染めるキャラをハルヒが望んだって言うのか?!
いや、今の俺は女なんだったか? 
「どうですか、もう一局。僕はどんなゲームよりもあなたと過ごすこの時間が大事なのでゲームなどどうでもいいですが。」
おい、お前のSOS団内でのアイデンティティーが全崩壊しそうな一言をサラッと吐くな。ゲームがないお前がこの部屋でどう存在感を主張するんだよ?!
「キョ、キョン子ちゃん………………それはさすがに……………」
「いいえ、僕はたしかにゲーム無しではここにいても仕方ないのかもしれません!」
朝比奈さんがせっかくフォローしようとしてくださった(俺の言い方もどうかとは思うが)のにも関わらず、古泉はハルヒではなく俺のイエスマンと化したかのようで、
「しかしあなたがいるこの空間に一緒に存在する為なら、このあなたの古泉一樹はどのようなご要望もお聞きいたしましょう!!」
てめえ、さりげなく手を握るな! 顔を近づけるな!! 手の甲にキスしようとするなーッ!!!
古泉の握った方の手を振り払うとそのまま脳天にチョップ!!
「グオッ!」
頭を抱える古泉。思い知ったか、と思ったら顔を上げるなり、
「さすがはキョン子さん、そのツッコミこそが愛のスキンシップなんですね?」
などと涙目で言いやがるものだから、とりあえずもう一回殴っておいた。グーで。
「ぐはあぁぁ!!」
今度こそ成層圏まで吹っ飛びやがれ、と思っての渾身の一撃にぶっ飛ばされる変態。
そこにタイミングよく、
「遅れてごめーん!!」
と言って勢い良く開け放たれたドアによって、


ゴワキーンッ!!


と後頭部を痛打するド変態。ざまーみやがれ、いい気味だ。
ただ古泉に大ダメージを与えた張本人が俺にとって大ダメージを与える人間なのが、どうにも頂けん。
「あら? 古泉くん、いたの?」
「ええ…………」
こういうとき謝るという選択肢を持たないのが涼宮ハルヒ涼宮ハルヒたる所以であろう、というか古泉に原因の全てがあるのだ。ハルヒに注意する気すら起こらん。
ハルヒはドカドカと団長席に着いたと同時に、
「みくるちゃん! お茶!」
と喚いた。どうやら不機嫌モードは継続中だったらしい。ドアを開ける勢いもいつも以上だった気もするし。
「は、はい、ただいま!!」
朝比奈さんがバタバタとお茶の用意をしている間にa cockroachばりの生命力で蘇った爽やかハンサムは、
「いやはや、涼宮さんがドアを開けるとは……………ついてませんね。」
などと言いながら、当たり前のように俺の隣に座る、って何でだ?!
「いえ、ここはキョン子さんに慰めていただくのが常かと。」
俺がそんなことするかー!!
「ですが僕はキョン子さんのせいで後頭部に瘤ができたんですよ?」
それ自業自得だから。
「でもキョン子さんがグーじゃなくて平手だったら違った結果になりましたよね?」
まあ、そう言われればそうかもしれんが………………どっちにしろ殴られる前提なのか、お前も。
「ですから瘤の分くらいは責任を取ってもらっても僕にとっても、あなたにとっても損はないと思うのですが?」
グッ…………くそ、こいつに口で勝とうとしても無駄な気もするしな。
「あー、わかったわかったよ! で、俺はなにすりゃいいんだ?」
「おや、口調がいつもと違うのですね。しかしワイルドなキョン子さんも十二分に魅力的です。」
朝比奈さんがクスリと笑う。たしかにこの馬鹿には通用しないようですね、というか今までの女の俺の話し方なんか知りませんが。
不機嫌そうにモニターを見ていたハルヒまで俺を見ているところを見ると、このしゃべり方ってのは俺のイメージじゃないらしい。ヤマトナデシコだったのか、俺?
「そうですね、「痛かった?古泉くん?」なんて言いながら頭を撫でてもらえれば言う事はありませんね。」
調子乗りすぎだ、てめえ。しかしもう何を言っても無駄な気しかしない。仕方なく、
「あー、大丈夫か? 古泉。」
と言って頭に手を置いた。正直なんで男の頭に手をやらなきゃならんのだ?
「ああ!! キョン子さんの手が僕の頭の上に!! この至福の時が永遠に続けばいいのに!! 僕の脳内に爽やかな涼風が流れていくようです! あぁ、瘤が出来てよかった……………」
うわ、本物の変態だ。というか俺が頭に手を置いた時点から泣きそうなこいつに、手が固まって逆に動けないんだよ!!
しかも、
「…………………」
「…………………」
朝比奈さんの苦笑いはまだ分かる。だがお前らの視線はおかしくないか?
なあ長門、自業自得ってのはこの羞恥プレイだけで終わりだよな? だからその凍えそうな視線の前に俺に脱出の為のヒントをくれよ。
ハルヒ、これはお前の望んだ世界なんだろ? なんでそんなに人を殺せそうな視線で俺を睨むんだ?
ああ、もういつものため息と口癖さえ出てこない。
俺は古泉の頭に手をやった間抜けな姿で固まらざるを得なかった。
「もういいでしょ、キョン子!!」
ハルヒの怒鳴り声がなかったら昇天してたかもしれん。






古泉のアホが。