『SS』ヒトメボレらぶぁ〜ず そのさん

いつもの廊下がいやに遠く感じる。恐らく歩幅のせいだろうな、登校時にあの登り坂を遭難しかけるほど、俺は歩幅の短さというのを失念していた。
そしてどうにかSOS団の団室までたどり着いた俺はいつものようにノックする。別に女だからってやらなくていいとは思わないぞ、これは着替えている人がいるという前提での最低限のマナーだ。何故着替えている前提なのかは、あえて問わないでくれ。
「はあ〜い、開いてますよ〜」
いえ、あなたが鍵をかけて着替えている姿を俺は見た記憶がないのですが。だからといってあなたの着替えをみてませんよ? 神に誓ってもいいですが、あいつに誓うと別の意味で罰が当たりそうだな。
とにかく俺は無事に部室に入室する許可を得たわけで、ありがたく天使の淹れたお茶を飲むべく中に入った。
「あれ? キョン子ちゃん、ノックなんて珍しいですね。てっきり古泉くんかと。」
そんな、俺のような紳士がノックをを忘れるなんてありえるわけないじゃないですか。
はい、もう気付いたな。おかしいよな、この朝比奈さんの台詞は。
「え、えーと、朝比奈さんから見て俺ってどう見えます?」
「どうしたんですかキョン子ちゃん? 俺なんて言っちゃ駄目ですよ、女の子なんですから。」
……………やっぱりか、どうやらこの未来人にとって俺が女の子なのは規定事項にでもなってしまっているらしい。
思いっきり頭を抱えたい俺の目の端に頼れるあいつの姿が。頼む、この状況を朝比奈さんにも分かるように是非伝えてくれ!!
「………………彼女は彼の心象を悪くする為に言葉遣いを変更している。」
はあ? なにを言ってんだお前は? しかし朝比奈さんは苦笑いを浮かべると、
「ああ、なるほど。でも、そんなことで古泉くんの印象が変わるとは思えないなあ。」
などと言い出す始末である。おい長門! 俺に説明もなく何を言ってんだ?!
「じきに分かる。」
いや、今分からせろ! 俺はこんなに酷い目に何ゆえ遭わねばならんのかをな!!
長門はじっとりとした(俺の知る限り長門がこんな目を出来るとは思わなかったが)視線を俺に向けると、
「自業自得。」
とだけ言って、そのまま本の世界へと旅立っていってしまったのである。おい、それはどういう意味………
俺が長門を問い詰めようとその本に手までかけようとした時に、


バタバタバタバタ!!!


などという大きな足音が旧校舎中に響き渡りそうな勢いで廊下を走ってきたのである。なんだ? ハルヒにしても慌しすぎるだろ?!
するとその音を聞いた朝比奈さんは苦笑し、長門は視線を細めてドアを注視したのである。やっぱりハルヒなのか?


バターンッ!!


まさにハルヒばりの大音量で部室のドアが開け放たれた。そこには……………
キョン子さん!!!」
なんだぁー?! 勢いよく飛び込んできた人物はわき目も振らずに俺の足元に跪き、
「ああ、お会いしたかった!! あなたと校外でお別れしてからもう12時間以上も経過してしまい、この僕の心は張り裂けんばかりでした! 1分1秒たりともあなたの事を忘れた事などございません! ああ、再びあなたに会えたこの幸福、この喜びをどのような言葉にすればあなたに伝えきれるのでしょう?!」
知るかあああああ!!!!! 俺はちょうど跪いていい位置にある顔に渾身の力を込めて膝を叩き込んだ!!
「ぐはあぁぁぁッッッ!!!」
ジャストミートで吹っ飛ぶド変態。
「あはは、古泉くん、そんなに興奮しなくても…………」
乾いた笑いの朝比奈さんに支えられて起き上がってきたのは、俺の目が腐ってても古泉一樹にしか見えんのだから、もうどうしようもない。
「大丈夫ですよ朝比奈さん、キョン子さんのスキンシップを味わえる僕は幸せ者なのですから。」
あー、そのスマイルだけは古泉そのものなのだが。ただなんだ? こいつは頭の中になにかおかしな宇宙生物でも埋め込まれたのか?
「どうもお見苦しい所をお見せしてしまいました。それもこれもキョン子さんが可愛すぎるからなんですが、それは世界の常識なので措いておきましょう。」
措くな、どんな常識だそれは? こいつ、古泉で間違いないんだよな?
「ええ、あなたの古泉一樹です。」
あなたのは余計だ!! 何なんだよ、どうなってんだよ、俺が何したって言うんだよ!?
しかも朝比奈さんはもうお茶の準備に入ってるし、長門はハードカバーから顔を上げようともしない。え? これ日常会話なの?
「さあ、僕らもいつものように愛を語り合いながらゲームでもしようじゃありませんか。」
誰がおのれと愛を語り合わねばならんのだ?! という俺の言葉をスルーしながら、古泉はいそいそと将棋板を用意してやがる。
なあ、誰もこの状況をおかしいと思わないのか? 朝比奈さん、助けてくださいよ!
「えー、でも古泉くんがキョン子ちゃんを好きでこのSOS団に入ったというのはもう学内で知らない人はいませんし。」
何だとーッ!? 
涼宮ハルヒはその積極性を買ってスカウトした。」
長門までーッ!?
「ええ、正にあれが運命というものでした。あの日、あなたを見た瞬間に僕に流れた電流のような刺激を何と例えればよろしいのでしょう? これが恋に落ちるということなのだと、十数年生きてきて初めて知ったのですから。」
ニコニコと俺も良く知るスマイルで将棋のコマを並べながらこの馬鹿は切々と俺に訴えかける。
かたや俺は恐らく真っ青な顔で、この歯が成層圏を突破しそうな台詞を聞いていたに違いない。
「さあ、あなたからどうぞ。」
いつのまにかコマを並べ終えた古泉がキラキラとした瞳で俺を見てやがる。キモい、というのを越えて怖い。
ここで俺が逃げ出そうものなら、今度はハルヒがどうにかなっちまうんだろう。長門の言葉を信じればそう言わざるを得ん。
やれやれ、女になってまでこんなアホなことに付き合わねばならんのか。
仕方なしに俺は席に着くとコマを動かした。
「ああ、やはりあなたの指は美しい。」
という言葉に鳥肌を立てながら。
生まれて初めてかもしれん、俺がハルヒが部室に来ることを心から願うなんてな。
「そうやって憂慮する姿も素敵ですね。」
だからやめてくれ。