『SS』たとえば彼女を………

学生の週休が2日となって、早やどのくらいかトンと検討も付かないものであるのだが、俺にとっての週休は世間の学生の方々とは違うところの1日しかないというのが現状であったりもする。
とは言え、それが現代社会の弊害たることの学習塾への強制的な通学でも無ければ、社会勉強という建前の金銭獲得の為のアルバイトで無いところが不幸なのかどうかね。
いや、バイトの方がマシだろう。なにしろ労働の対価としての金銭の授受という行為があるんだからな。
翻って俺の方といえば、精神的にも肉体的にも十二分に過酷な労働の対価として毎週土曜日に財布の中身が軽くなるという甚だ不本意な結果に落ち着いている次第だ。
などと俺が言えるのは土曜日という高いハードルを乗り越えた安心感を日曜日に感じているからに他ならない。安息日よ永遠なれ。
そして安息日とは正に安息することであり、俺は一人散歩などをしてみようという自己の欲求に素直に従ってみたりしたのである。ああ、暇なんだよ。
さて、日曜日に男一人でただただブラブラ歩くなどという、あまりに非生産的な行為に終始する俺なのだが、歩行するという事は運動するということである。
運動したらどうなるか? もちろん腹がへるのである。
と、言うわけで長々とくだらない事を考えながら俺はとある店へ飯を食いに向かう最中なのであった。
ポケットの中に1枚の紙切れが入っているのを何度も確認しながら。
これが今回の最大の肝なんだからな、万が一落としでもしたら目も当てられん。
その俺の命綱こそが、母親が新聞のチラシから見つけただか何だかの所謂割引券なのである。なんでもビュッフェ形式のレストランの食べ放題の割引とやらで、1度家族で行ったのだがなかなかの味だったのを覚えている。
それでチラシに3枚付いてた内の1枚を拝借して、休日の贅沢として一人優雅なランチを目論んだのである。
もちろんこういう情報に人一倍目が無いウチの団長が大号令を発生させることは容易に想像できるのだが、なにしろ俺も一人の時間が欲しくなる事もあるのさ。
値段も手頃、場所もそこそこ近い、あとは適度に元が取れるぐらい食えれば言う事なしってもんだ。
そんな気楽な俺の思いはあっという間に吹き飛んで遙か彼方へ見えなくなるのは誓って俺のせいではない。


………………一体いつからそこにいたんだよ?

まるで白い半紙に墨でも落としたかのような白皙の顔に黒く大きな瞳。
その顔をぼんやりと浮かび上がらせる長く異様な量の黒髪。
そして服装まで黒を基調とした学校の制服ときたもんだ。
そうさ、周防九曜はいつも俺の知らないうちにそこにいるんだよ。
「…………………」
「―――――――」
そして沈黙って、これ何回やるつもりだよ! 仕方ないから俺から話しかけるしかない。
「おい、お前なんでこんなとこいるんだよ?」
「―――――――」
小さく首を傾げる九曜。ううむ、段々と知り合いに似すぎてきている。
「お前なあ、俺んとこじゃなくて佐々木はどうしたんだよ?」
「―――――彼女は塾。私は―――――暇?」
いや、知るかそんなこと。というか佐々木は日曜日まで塾通いか、進学校も大変なこった。
「暇なら橘か藤原とやらにでも相手してもらえよ、俺は今から行くとこがあるんだからな。」
「観測対象は――――――複数―――――あなたは―――――鍵―――――」
お前、いま露骨に言い訳作っただろ? さっき暇って言ったじゃねえか!
「一人が―――――つまらない―――――」
なんだそりゃ、だから誘拐犯とか嫌味ったれとか居るだろうが。そっちに遊んでもらいなさい。
「―――――――おもろない――――」
ん? なんかこいつ変な事呟かなかったか?
「あなたは―――――どこへ――――――?」
ああそうだった。俺は今から優雅なランチタイムを堪能するためにだな……………


魔が刺す、という瞬間が人にはある。特に若かりし日々のことを思い返したとき、懐かしさと共に『ああ、なんであの時俺はこんな事したんだろう』といって思い出す類のことはよくあるに違いない。
そうだ、俺はその年齢にふさわしい若者として当然の反応だったんだ。つまり魔が刺したんだ。
「なあ九曜、お前腹減ってないか?」
俺の良く知る宇宙人のインターフェースとやらは、なんというか非常によく食うやつでな。
もしもこいつがそのインターフェースの対抗馬として現れたのであるならば、その食欲とやらに俺が興味を持ってもおかしくないと思わないか?
しかも偶然にも俺は食べ放題の割引券を持ち、おまけに4人様までご利用できるという代物だ。家族で行ったんだから証明済みだしな。
ということは財布の負担がかからない状態でこの宇宙人の生態が分かるという訳なのだよ。
何故そこまで俺が知りたいのかと言えば、これも不思議探索とやらを日常にさせられた者の運命とでも言ったらカッコいいだろうか。
そして何とか領域のインたらかんたらは、
「―――――――ペコペコ――――」
と言ってその手を腹に持っていったのだった。決まりだな。



そこは休日のランチタイムだ、それに俺達のような割引使用者も多いことだろう。かなり店内は混雑しているように見えたのだが、幸運にも俺達は二人分の席を確保できた。
なによりも九曜がその存在感の無さを存分に発揮して、フラフラと店員の誘導すらないままに、いつの間にかちょこんと椅子に座っていたんだからな。
「ここは―――――賑やかね―――――」
そうだな、まあ昼飯時のレストランが閑散としてたら大問題だと思うが。
「――――音が――――ひしめいて―――――調和が―――――ない。」
まあ多少はうるさいのは勘弁してやれ。それより俺達も行くぞ。
「どう――――するの――――?」
ん? お前はバイキング料理とかは……………まあ初めてだろうな。ならばここは地球という星の先住民族としての威厳を示しておかねばならん。そうだ、俺は地球人代表として宇宙人に人類の偉大さを証明してみせるのだ。
というわけで、
「まずはここにある皿を取ってだな……………」
俺は妹が始めてこのような店に来た時と同じ様に九曜の手を引き、バイキングの何たるかを懇々と説明してやることになったのさ。
「――――――これも?」
「ああそうだ、それも好きなだけ取ってもいいぞ。ただし食える範囲というものを自分で把握しておけよ、残したりするのは駄目だからな。」
「了解―――――した。」
さすがは九曜だ。あっという間に俺の説明を飲み込むと、皿を片手に群がる人々の隙間を縫って目的の食べ物を取ってくる。
「おい、それはソースが混ざるから別の皿に取れよ。」
しかしそこは初心者、鮭のホワイトソースグラタンのすぐ横に若鶏の和風ピリ辛煮を持ってくるなんてな。
「―――――いいの?」
皿を両手に持った九曜が小さく首を傾げる。なんというか、あいつと妹を足して2で割ったような雰囲気なんだが。
「おう、皿は何枚使ってもいいんだ。だからとりあえずそいつを置いてこい。」
「―――――――――」
1ミリだけ頷いた九曜はフラフラと俺達の席に皿を置き、フラフラと新しい皿を持って、フラフラと人の列に混ざった。うむ、場所こそ違うが恐ろしいほどのデジャブを与える姿だ。
どうやら宇宙人は興味のあるものに対してはフラフラと行動するらしい。これは新たなる宇宙の真理なのか?
だが俺だって大宇宙の深遠たる謎にばかり思いを巡らせてばかりはいられない。何故ならば食べ放題には時間制限というものが存在するからだ。
しかも九曜のような天然ステルス能力のない一平凡人たる俺は人の間など縫うこともなく並ばねばならないのだから。
俺は皿を手に、長くなってしまった列の最後尾に並んだ。とにかくミートローフだけは確保せねばならんのだ。



こうして俺と九曜はランチタイムを二人で過ごした。フラフラと漂い続けた九曜なのだが、意外なことに最初の2皿を食べると後はデザートにアイスクリームを取っただけで満足したようなのである。
「ああもう、ちゃんと食べなさい。」
何でか分からんが鼻の頭だの、ほっぺただのにアイスクリームをベタベタとつける九曜の顔をナプキンで拭く作業に追われて俺まで予定よりも食べきれてないのが甚だ不本意なのであるんだがな。
「―――――ごちそう――――さま――――――でした?」
いや、そこは疑問系ではないだろう。口の周りをナプキンで拭いてやる。お前はまともに食事が出来んのか?
これが妹で慣れている俺だからいいものを、他の連中なら恥ずかしいぞ? そんな友人がいたら。
まあそんな俺に顔を向けている九曜は本当に幼い子供のような素直さで、俺としても妹の世話をしているようで心が和んでくるものだ。
目当てのミートローフは無事食べたことだし、こいつが想像よりも小食であることが分かったってだけで元は十分取れたんじゃないか?
そう思ったら俺も満足した気分になってきた。
「九曜、食べ終わったら手を合わせるんだ。それが日本人のルールってもんなんだぞ。」
「―――――こう?」
そうだ、俺は妹にもこうやってご馳走様ってのを教えてやったんだぜ。
二人できちんと両手を合わせ、俺達の食事は終わりを告げたのだった。

まだ日は高いが、飯も食ったことだし俺は帰って陽気なラテンのオッサン連中よろしくシエスタを楽しもうかと思っている。
九曜もなんとなくだがうつらうららかな感じだしな。というかこいつはいつでも眠そうに見えるといえば見えてしまいそうなんだけどな。
「――――今日は―――――ここで―――――」
そういう九曜の頭が、少しだけゆらゆらとしているのは本当におねむなのかもしれんな。
「ああ、今日は付き合わせて悪かったな。」
「いい―――――私も―――――楽しかった――――――?」
だから何で疑問系なんだよ、そこで。
「美味しかった――――から―――――」
そうかい、そりゃなによりだ。まあ俺もそこそこ楽しめたよ。
「また――――――」
ああ、今回は特別だぞ? さすがに通常料金のあそこは高校生には敷居が高いんだからな。
「――――あなたとならば―――――どこへでも―――――いい。」
待ってくれ、それはちょっとばかり誤解を生みそうなんだが………………
「あなたの手は――――――温かいわ―――――――」
そう言って九曜はまた突然に俺の前から姿が消えてしまったのだ。いや、あいつの気配が感じなくなって初めて消えたと分かるんだが。
「やれやれだ、もうちょっとちゃんとした礼が出来ないのか。」
肩をすくめて、さて家にでもと思った俺は、その亀が首を引っ込めたような間抜けな姿のまま固まらざるを得なかった。
何故か? 言うまでもないだろうよ。
「…………………胃の内容物の消化具合から推測して42分26秒が経過している。」
そうかー、いやー、食後のコーヒーをゆっくり飲んでいたからなあ。
「その間、天蓋領域との接触回数は8回。」
だから口の周りをベタベタにしてたら誰でも気になるじゃありませんか? いやだなあ、俺は妹にだって同じ事をしますよ?
「………………何故、彼女と?」
あー、それはですねえ、まあ単純な知的好奇心といいますか。ええ、宇宙人ってのは皆、食欲旺盛なのかなーって。
「それならば比較対照が必要。」
あれ? さっきから何を言ってるんですか長門さん。あなたが食事しているのは俺は何回も見てますが…………
「比較対照が必要。」
そうですね。はい、比較しないと何もわかりませんよね。



我が家にあった最後の割引券はこうして俺の手により消費された。
その後、無表情なショートカットの小柄な女の子と、それを連れた間抜けな男の二人連れがとあるバイキング料理の店のブラックリストの最前列に記入されたことは言うまでも無い。
そして俺は翌週の不思議探索の奢りを土下座で回避しなければならなくなったことも明記しておこう。