『SS』キョン……、の消失 25

「よっと!」
朝倉が九曜のナイフをかわしざまに自分のナイフを一閃する。が、九曜も紙一重でかわし続ける。
「さすがにやるわね!」
サッと距離を取った九曜が右手を上げると、空中に漆黒の巨大な水晶のような結晶体が多数浮かび上がった。
「――――――!!!!」
九曜が右手を振り下ろすと黒水晶の槍があたし達に襲い掛かってくる!!
「下がって!!」
朝倉の声に、あたしは朝倉の背後に回る。そして朝倉は槍に向かい両手を広げた。

バシュウッ!!

大量の槍が朝倉の目前で音と共に崩れていく、朝倉の広げた手から青白いシールドが張られているのが分かる。
「ちょっと! 危ないわね、キョンくんに当たったらどうすんのよ!」
まさか朝倉からあたしを気遣う台詞が聞けるとはね。しかしあたしを庇う朝倉が徐々に押されているようだ。
「どうも情報構成のやり方が違うから、やりにくいったらないわ、ねっ!!」
シールドで九曜の槍を叩き落していた朝倉が左手を振ると、地面からあたしも知っているあの青い槍がこれまた大量に生えて黒い槍を迎撃していく。
「攻性情報で私に勝てると思ってんの?!」
などと言いながらシールドを解除して槍を連続で打ちまくっている。
あたしといえば腰が抜けてるから朝倉の背後でポカンと間抜けに口を開けてそれを見てるしかないわけで。
「邪魔ッ!!」
と言って朝倉に思いっきり蹴飛ばされた。腹部に痛みを感じたときには、あたしは3メーターほど吹っ飛んだ。

ガガッ!!

さっきまであたしがいた位置に黒い槍が突き刺さる。危なかった! けど痛いし、まだあたし吹き飛んでるし!!
「っと、ごめんね。」
ふわっと蹴飛ばした相手の朝倉に抱きかかえられた。いつの間に移動したのよ?!
そのままあたしを背中に隠すようにした朝倉は、
「もう少し頑張って、必ずあなたを助けるから。」
その背中から決意が滲み出ている。あたしは頷くしかなかった。
その間も青と黒の槍が白い空間で激突しては弾けていく。
「――――あなたは――――とても優秀――――」
高く飛び上がり、空中で静止した九曜がまるで褒めるように言った。
「ありがと、でもその台詞は長門さんにだけ言われればいいの。」
こんな状況でも朝倉の笑みは消えることがない。
「でも――――邪魔はさせない――――――」
九曜がそう言いながら物凄い勢いで急降下してきた。
「なっ?!」
あたしは息を飲む。九曜の髪が、あの長い黒髪がまるでドリルのように鋭い切っ先で朝倉に襲い掛かったのだ!!
うん、それ無理。」
朝倉の右腕がこれも鋭い槍状になって九曜の髪を受け止めた。

ギャリィィィィッッッ!!

まるで金属をぶつけ合ったような音が静寂な空間にこだまする。
「今度は接近戦? 望むとこなんだけど!!」
キン、キン! と刀の打ち合いのような音を立てながら九曜の髪と朝倉の腕が交差しあう。しかし朝倉はあたしを庇っているためか動きが悪い。
「おい朝倉! あたしのことはいいから!!」
「大丈夫、もう少し…………」

ザシュ!

九曜の髪が朝倉の腕を掠めた。紅い、そうだ、あたし達と同じ赤い血が朝倉の腕から迸る。
「くっ!!」
「朝倉ぁ!!」
それに勢いづいたのか、九曜の髪は朝倉の全身を攻撃していく。
なんとか紙一重でかわし続ける朝倉だが、所々傷が走り、血が流れていく。
気付けば朝倉は服もあちこち破れ、全身が紅く染まっていた。
「あ、朝倉……………」
それでもあたしは動けない。チクショウ、動けよあたし!!
「大丈夫、大丈夫だから……………」
朝倉はそれでもあたしを庇いながら九曜の攻撃を受け続けた。
「―――――これで終わり――――――」

ドシュッ!!!

九曜の髪槍が朝倉の腹部を貫いた。
「朝倉ぁぁッッ!!」
あたしの叫びに九曜が笑う。しかし、、
「あなたがね。」
朝倉がニコッと笑い、
「情報解除開始。」
「!!!!!」
九曜が朝倉を払いのけた。まるで人形のように地面に叩きつけられる朝倉。あたしは無我夢中で朝倉に駆け寄った。
朝倉を抱き上げる。
「朝倉! おい、大丈夫か朝倉!!」
「………なんとかね。攻撃プログラムを直接送り込むには私との直接的な接触が必要だったから…………」
よろよろと後ずさる九曜。
「―――いつの間に―――これだけの―――――」
「ずっと防御だけなんて性に合わなかったんだけどね。私長門さんみたいに上手くプログラムを侵入させられなかったから、体内で構築したプログラムを貫かれた時に直接叩き込んでやったのよ。」
「―――――――迂闊。」
九曜がそのまま前のめりに倒れた。消えたりはしないのか?
「私たちとは構成に多少の違いがあるからね。それに…………」
なんだ?
「もう誰かが消えるのは見たくないでしょ?」
血が流れている顔で朝倉は優しく微笑んだ。お前……………
「もうちょっと待って。今、インターフェースの再構築してるから。」
あたしに抱かれたまま、朝倉の傷ついた体が少しづつ元に戻っていく。
「でも、男の子のキョンくんのほうが良かったかな、なんて言ったら長門さんに怒られるかな?」
おいおい、こんな時に冗談が言えるのかお前は。
「フフッ、結構本気なんだけどな。さて、再構成完了っと。」
そう言って朝倉は立ち上がった。ほんとに傷一つ付いてない。
「さあ、そろそろここを出ましょうか。」
朝倉は九曜の元に近づく。何をする気かしら?
倒れている九曜の横に立った朝倉は九曜に向かって手をかざすと、なにやら高速で呪文のようなものを呟いた。
見る間に九曜の身体が掻き消えていく。おい、九曜に何をしたんだ?!
「彼女には元の次元に戻ってもらったわ。多分、彼女の中のもう一人の彼女も。」
「どういうことだ?」
「彼女もあなたのようにもう一人の自分がいたのよ。あの次元と、あなたが元いた次元とね。」
よく分からないけど九曜は無事なのね?
「ええ、でも命を狙われたのに相手のこと考えるなんて有機生命体ってほんと分かんないわね。それともあなただけなのかしら?」
それは知らん。ただ誰も居なくならなくって良かったと思うだけよ。
「あなたらしいわね。」
朝倉が笑った、というかお前笑ってるだけだったな。
「そう作られてるからね。長門さんみたいにはいかないわ。」
再び静寂が訪れそうな閉鎖空間だったが、上空に亀裂が入った。これは?
「閉鎖空間を作っていた存在が消えたから、空間が元に戻ろうとしてるの。私の出番もここまで。」
なんですって? 見ると朝倉の足元からキラキラと輝く砂が流れ、朝倉の足が消えようとしている。
「おい! お前まさか?!」
「言ったでしょ? 私はあなたを助ける為に出てきたバックアップだって。」
それでもこんな消え方はないだろ?! あたしはまだお前にお礼も言ってないのに!
「いいのよ、私は長門さんの中に、そしてあなたの中に確かにいるんだから。だからあなた達が望んでくれるならまた会えるわ。」
サラサラと朝倉の下半身が消え、もう上半身も半分は消えていた。
「ごめんね、これで少しはあなたにしたことが償えたかな?」
十分だ、だからお前が消える必要はないんだぞ!
「ふふふ、ほんとキョンくんは優しいなあ。できれば男の子の姿だったら良かったってまた長門さんが怒るか。」
朝倉の身体はほとんどが消え、顔が残るだけになっていた。
「それじゃ、また会いましょう。涼宮さんと、いえ、SOS団のみんなと幸せにね。」
そう言うと朝倉涼子の身体は綺麗に消えて無くなっていった。
それと同時に白い閉鎖空間中に亀裂が走り、裂けていく。その亀裂にあたしも飲み込まれていった。
ありがとう朝倉、また会おうな。
あたしの意識は亀裂の中に落ちながら消えていった……………