『SS』キョン……、の消失 24

その瞬間、あたしは白い光に包まれた。あまりの明るさに目をつぶってしまったあたしが次に目を開けた時には周囲の風景が一変していた。
「なんだここ?」
あたしは確か北校のSOS団部室に居たはずだ。そしてあたしはエンターキーを押した。
ならばあたしはあたしでなくなっているはずなのに、何故まだあたしなのか? というかここは何処だ?
辺りを見回す。何もない、ただ白い世界。段々と思い出す、あたしはここを知っている。
「佐々木の閉鎖空間か?!」
自然と使う言葉。そう、ここは閉鎖空間だ。しかし何故佐々木の?
「――――――――――あなたを此処に閉じ込める。」
白い空間に黒い影。
「九曜?!」
それは見間違いのない周防九曜だった。ただ少し様子がおかしい。
「私は――――観測者――――であり、それ以上ではない―――――はずだった。」
しっかりとした足どりであたしに近づいてくる九曜はまるで別人のような迫力を持っている。
「しかしこの世界に於いて――――私の中にエラーが発生した――――」
あと一歩であたし達は抱き合えるほどの距離で九曜の足が止まる。
「私という個体は―――――あなた達と過ごした時間を貴重だと感じている――――――」
ああそうだ、初めて会った時に比べて九曜は変わった。無表情の中にも感情の揺らぎってやつぐらいは感じられるほどに。
「あなたの――――おかげ――――――」
ううん、あたしは大した事してないよ。佐々木たち皆がお前と一緒に過ごして楽しいと思ってくれたんだ。
「天蓋領域の実験はある一定の成果を果たした――――――情報統合思念体の妨害も許容範囲内―――――」
つまり長門や喜緑さんが出てくるのは織り込み済みだったってことか? 九曜は小さく頷く。
「―――鍵の効力は予測以上―――今回の成果によって天蓋領域は観測対象のより詳細なデータとともに新たなる可能性を考慮する機会を得ることが出来た。もはやこの次元に我々の存在すべき理由はない―――――」
それなら何で閉鎖空間にあたしはいるんだ?
「でも―――――」
九曜は俯いていた。長い黒髪のせいもあってそれでなくても無表情な顔がまったく見えない。
「私は――――あなたといたい―――――ずっと一緒に――――――」
背筋がゾクリと寒くなった。こいつ…………何を考えてる?
「佐々木もそれを望み――――私はその力を借り受けた―――――それがこの空間――――――」
ここが? これは佐々木じゃなくて九曜が作った空間だっていうの?! あたしが辺りを見渡してもただ白い平原が広がっているだけだった。
九曜が顔を上げる。そこに浮かんだ表情は………………確かに微笑みだった。
「――――あなたが望むなら――――佐々木も呼んでもよい――――――」
違う、それは間違いなく佐々木であって佐々木ではないものだ! あたしは九曜に背を向けて走りだした。とにかく逃げないといけない!!
あたしは白い地平をただひたすらに走る。頼む、誰か来てくれ!! しかし全力で走っているはずのあたしの真横に無表情の顔が並んだ。
「逃げても無駄。ここは私の情報操作空間内。」
!!あたしは転げそうな勢いでブレーキをかけた。
「うわっ!!」
実際に転んでしまったあたしの傍らに九曜が立つ。
「どうして――――逃げるの―――――?」
それはあたしに帰らなきゃいけないとこがあるからよ! それにこんな何もないとこでお前と二人きりで過ごさなきゃならないのも勘弁よ!!
「それなら―――――足でも切れば――――動かずに済む―――――?」
そう言うと九曜はどこからか大振りのナイフを取り出し、構える。ちょ、ちょっと! どこからそんなもんを?!
「私は―――――あなたとともに―――――」
九曜がナイフを振りかざし。
あたしは思わず目をつぶった瞬間に。


轟音と共に空間の一部が崩壊した。


その衝撃であたしの身体が吹っ飛んだ。
「痛あっ!!」
しこたま身体を地面にぶつける。あー、もうちょっと優しく救出に来れないのか、お前らは。
「あらら、ちょっとやりすぎたかな?」
!?なんだって?! あたしの耳に飛び込んできたのは長門でも、喜緑さんでもない、しかし確かに聞き覚えのある宇宙人の声だったのだ。
おい、ここは長門なんじゃないのか? この声の持ち主にはあたしは会いたくなかったんだが。
「うーん、長門さんは向こうの空間の固定に手一杯なの。で、バックアップ参上ってね。」
九曜のナイフを手づかみしたまま。
朝倉涼子はあたしに向かって微笑んだのだった。人手不足なのか?
「せっかく助けに来たんだから、もうちょっと喜んでくれてもいいんじゃない?」
ニッコリ笑ったままの朝倉がナイフを掴んだまま手を振る。
九曜がそれに振り回されて吹っ飛んだ。しかし何事もなかったように綺麗に着地する。
「何故――――――ここが――――――」
九曜の声に朝倉の笑みが深くなる。そして胸を張ると、
「一つ一つの情報操作が甘いわ。だから私に気付かれる。進入されるってね!」
そう言って、その手に持ったナイフを持ち替えると九曜に向けて投げつけた。九曜は身じろぎもせず、ナイフを目前で掴み取る。
「あー!長門さんに言われて以来、一回言ってみたかったのよね。うん、気分いいな!!」
おい、お前の自己満足よりこっちの方を優先してくれよ! 九曜は黒い瞳に炎のような輝きを宿して朝倉を睨みつけている。
「大丈夫、長門さんに言われなくても、」
朝倉もいつの間にか右手にナイフを握っていた。あの教室の光景が嫌なフラッシュバックとして蘇る。
「あなたは私が守るからっ!!」
朝倉は九曜に向けて飛んだ。九曜も。
空中で二人の美少女が交差する。
「ははは………最後までこれか……………」
あたしは腰が抜けて歩けないよ、頼むから夢中になりすぎないで欲しいわ………………