『SS』キョン……、の消失 21

しかしこの世はあたしの想像の常に斜め上をいくものなのね。
いつもの部活は九曜の本を置く音で終わり、あたし達が学校を出た時には事態はすでに進行していたのである。
「よう、遅かったなキョン。」
な、な、なんでお前がここにいるのよ?!校門の前には黄色いヘアバンドに北校の制服の男がそこに立っている。言わずと知れた涼宮ハルヒコが何故か光陽園学院高校の正門の前にいるのだ、しかもまるで自分の学校のように堂々と。
「おや、北校の男子と知り合いなんてキョンも隅に置けないな。」
心にもない事言うな、大体お前だって知ってるわけなんだろ。とはいえ直接佐々木がハルヒコと会うのは初めてなんだけど。いや、あたしだって二度目のはずなのにそう思えないだけで。
「なんだよ、今日はSOS団でお前の歓迎会やるって言ってたろ? だから団長自らわざわざ迎えに来てやったんだぜ。で、そっちの連中はなんだ?」
おい! 歓迎会なんて初耳だぞ?! 見ろ、佐々木はともかく橘はあっけに取られてるし、藤原さんも不機嫌そうなのはいつものことだし、九曜は我関せずなのも当たり前ってあれ?
「あ、あなたこそいきなりなんなのですか?!」
こういうときにまずは橘が大声を上げるのも当然の反応だな。しかし相手はあの傍若無人の塊のようなハルヒコである。
「おう、俺はキョンの………………なんだ? うーん………………そうだな、ご主人様だ!!」
ってそれはないんじゃないの?! あたしはいつお前のメイドとかになったんだ! というかメイド服がすぐに浮かぶあたしもなんなんだか。
さすがの橘が開いた口が塞がらなくなっている。藤原さんすら毒気が抜かれたのか目が丸くなってるんだから、こいつは凄いとしか言い様がない。
「まあとにかくウチのキョンが世話になってるらしいな! 悪いがちょっと借りてくぞ!」
10万ワットの笑顔であたしの返事なんか待つ気もなく、ハルヒコがあたしの手を引っ張ろうとした時、
「ちょっと待ってもらえないかな? キョンは私たちとこの後帰る予定なんだけど。」
こう言い出したのはやはり佐々木だった、このハルヒコの勢いに対抗できるとはこいつも流石だ。ただ何故あたしを挟んで向かい合わねばならないのだろう?
「あん? いいだろ、キョンはこの後俺達と団活の予定なんだ。お前は誰なんだよ?」
「自己紹介するのならまずは自分からなのが常識なんじゃないかな? キョン以外は君のことを知らないんだから。」
実は全員知っていたりもするんだが。しかし佐々木は名前とかまでは知らないか。
「俺か? 俺は涼宮ハルヒコ、SOS団の団長だ!」
「私はキョンの親友の佐々木といいます、よろしく。」
ん? 佐々木のやつが妙に親友という部分に力を入れたような。そしてにこやかに手を差し出しているが何故か人を圧倒する迫力を感じてしまうのはあたしだけなんだろうか?
「ん? ああ、よろしく。」
ハルヒコも握手はしたが何だか変によそよそしい。こいつの辞書に遠慮なんて言葉があるとは思えなかったが。
「それでキョンのことなんだけど、誘うなら私たちの都合も考えてくれると助かるんだけど。一応私達も部活帰りだしね。」
丁寧な口調なのに、なんだこの背筋を伝わる寒気は? それに対し、
「だから部活終わりなんだからいいだろ? キョンの自由じゃねえか!!」
あたしに自由があるとは思えないんだけど。こいつから発せられる熱気に当てられたらそう思わざるを得ない。
それより二人とも、あたしが間にいるのを忘れてない? なんなのこの居心地の悪さは。
「ふむ、キョン本人はどう思っているのかな?」
「当然、これから団活だよな?!」
うわ、ここであたしに振るのか。
どうしよう、佐々木たちと帰るのが当然のはずなのに何故かその言葉が出てこない。
「あたしは…………」
「す、涼宮く〜ん!!」
あたしたちの緊張を解くのは癒しの天使のソプラノボイスだった。
「なんだよ、みつる?! お前らまで! 部室で待ってろって言ったじゃねえか!」
そこに現れたのは通称SOS団。涼宮ハルヒコの周りに集まった宇宙人と未来人と超能力者の連中だったんだから始末に終えない、あーもう! これ以上話をややこしくするな!!
「ふん、金魚のフンどもが勢揃いか。」
「ふぇ〜ん、す、すいません涼宮く〜ん………」
「まさか正面切って現れるとはいい度胸なのです。」
「いえいえ、涼宮さんの行動力には私達も驚かされてばかりですよ。」
「………………」
「――――――」
これで誰が誰か分かってくれるかしら? とにかく学校の前が異空間になったかのような混雑っぷりだ。
「やれやれ、ずいぶんと賑やかなご学友だね。」
「あんたのとこもな。」
しかもこいつらの緊張感は解けるどころか高まってるようなのがたまらない。誰かあたしを助けて。
「あらあら、他校の正門で騒ぎになるのは感心しませんね。」
ああ、ここであなたまでご登場なんですか…………
「ゲッ! なんであいつがここにいるんだよ?!」
「だ、だからすいませんって……………」
SOS団の後ろから出てきた喜緑さんにハルヒコが嫌そうな顔をする。こいつら知り合いなの?
『生徒会の手先扱いだからな』
そんな情報知ってるはずないのにあたしはそう思った。
『カマドウマの事はどうでもいいらしい。というかこいつは知らないんだっけ』
あたしだって知らない、なんでカマドウマなのよ?
またあたしの中で知らない記憶が駆け巡る、喜緑さんのせいなの?
「なんにしろ生徒会としてはあなた達を放置しておくことは出来ません。それとも何か理由があるのですか?」
「あるに決まってんだろ! キョンを、俺達の団員を迎えに来たんだ、それ以上の理由があるか?!」
いや、それに納得できる奴がいるのか? 喜緑さんだってそうだろう、
「それはあなた達が校外での部活動の活動の交流を図っているという事ですか?」
ん? なにかニュアンスが違うような…………
「そうじゃねえ……」
「その通りです、我々は他校との交流により部活動の充実化を目指しておりまして。」
ハルヒコの反論を制して古泉が話に上手く乗っかった。こいつら作戦でも練ってたんじゃないの?
「たしか…………文芸部でしたね?」
「ええ、そしてこちらの光陽園学院さんの文芸部にご挨拶をと思いまして。」
まるで芝居だ、古泉と喜緑さんは打ち合わせたように話を合わせる。
「おい、古泉!!」
ハルヒコが何か言いたそうなのを目で制する。こいつは後でハルヒコに都合のいいような言い訳もすでに用意しているのだろう。
「そうですか、ではこちらの方が光陽園側の部長さんですか?」
そう言って喜緑さんは佐々木に目をやる。さすがの佐々木も展開の速さに付いていけないのかと思ったら、
「はい、部長の佐々木といいます。北校の生徒会の方なんですか?」
「はい、書記の喜緑江美里と申します。以後お見知りおきを。」
なんともスムーズな挨拶を交し合った。
「おいお前ら!」
「涼宮くん、落ち着いてください!」
自分の存在を忘れられたかと思ったのだろうハルヒコを朝比奈さんが必死に止めている。その上で古泉は佐々木と話を進めようとしていた。
「では不躾ながら我が校の代表として光陽園学院さんの文芸部さんとの交流のお話などをさせていただきたいのですが?」
「ええ、当方としては特別な活動などはしていませんがそれでもよろしければ。」
「結構です、こちらもこのような形で他校の生徒の方々と接する事が出来て光栄です。」
なんだ? いつの間にこれだけ話が進んでるんだよ?! まるであたしなんか取り残されてるんですけど。
「ウチの部員の意見も聞かなくてはいけませんがね。」
「わ、私は佐々木さんがよければ!」
「ふん、聞いても無駄だ。僕は自分が嫌なら勝手にさせてもらう。」
「――――――――」
こいつらは基本的に佐々木の意見に反論することはないしね、予想できた反応だわ。
「こちらは大歓迎ですしね。」
「ぼ、僕も皆さんとお話してみたいです。」
「……………光陽園の図書館に興味がある。」
「な?! 有希、お前まで!!」
ハルヒコが多数決で負けるというある意味ありえない光景が目前にあるなあ。しかしこの流れだと、
「ではそれでいいかい、キョン?」
あたしに何が言えるのよ……………
こうして何がどうなったのか分からないまま、明日にあたし達は北校に交流という名の訪問を果たすことになっていたのだ。
恐るべきは古泉の策略か、はたまた喜緑さんの出現なのか。
「ようやく繋がりましたか。」
喜緑さんがそう呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。そういえばこの人は北校には居ないんじゃなかったのか? それが橘すら当たり前のように受け入れている!!
今度こそあたしの視界は真っ暗になった。何かが、確かに何かが動きだそうとしている。
一人愕然とするあたしを見守る九曜の瞳に小さな光があったのを見逃すほどに。