『SS』キョン……、の消失 19

月曜日の朝とは1週間の始まりであり、学生・社会人にとっては学業・仕事の始まりを意味する。ここで大事なのは社会人ともなると職種により日曜日などに仕事をすることもあるということであり、基本的には学生にはそれが無いということである。サービス業というものに従事されている方々には感謝の念を禁じえない。
ただしサービス業の連中だって一応は休日というものがあるはずであって、まあ詳しくは知らないが平日に休みが振り替えられたりしているはずだ。
ところが学生には例えば日曜日に塾に行ったから木曜日が休みになるということはないわけで。
つまり何が言いたいのかと言えば、あたしは月曜日の朝を疲れきった顔で学校に行く羽目になってしまったことをつくづく呪う事になっているのだ。
あぁ、足どりが重い…………か弱き乙女がなにが悲しくて日曜日に見知らぬ連中と(しかも男に囲まれて)散々歩き回らなきゃならなかったのか。

結局日曜日は、
「よっしゃ! じゃあ早速恒例の不思議探索と行くか! 今日は新人のキョンがいるから全員で行動するぜ!」
などと言うまったく説明にならない御託を述べた涼宮ハルヒコと愉快な仲間たちに引きずられ、SOS団なる珍妙な団体の活動初日を否応なく満喫させられたのだ。
内容? なんか街中をグルグル歩いて朝比奈さんが緑茶の缶を買った。未来人とお茶との関連性についての論文が完成したら、あたしは何らかの影響を未来に残せそうな予感がする。文才の無さを呪うべきか感謝するべきなのかね。
先頭を風を切って歩くハルヒコ、襟首を持たれて引きずられるような朝比奈さん。なにか既視感を感じる。長門が黙々と本の束を抱えて歩き、仕方ないので女同士のあたし達が後方を歩く。それは当たり前じゃない?
「いやはや、実は閉鎖空間が発生したので是非貴女をご招待しようと思っていたら急に収束しましてね。原因が不明だったので『機関』としても事態を重く見ていたのですがまさか貴女がいるとは予想外でしたよ。」
なにか取って付けたような気がしてならないのは何故かな。というかお前、あたしをどうしてもその閉鎖空間とやらに閉じ込めたかったのか。そして胸が押し付けられてる気がするのは何の嫌味なんだろう?
「しかし貴女もこの状況を見事に受け入れていますね。まるで確定していたかのように。」
そうなのだ、あたしも不思議なくらいにこの状態には違和感がない。それを認めるのは気に食わないけど。
「我々としては今後もこうあって頂きたいものですが。」
あたしはお断りよ、せっかくの休日までウォーキングをしなくてはいけないほどダイエットに興味ないの。
「あはは、私もそこについては同意したいですね。しかし涼宮さんのあの笑顔を見たら、そうも言えないのも辛いところで。」
ふん、お前はそうやって太鼓持ちでもやってればいいのよ。
「ええ。ただし今回、涼宮さんの笑顔を作ったのは貴女なんです。これだけは覚えてもらいたいのです。」
あー、脳内メモリに空きがあれば片隅にでも置いといてあげるわ。ただ、あたしのメモリが自分でも言うのもなんだけど期待しないほうがいいわよ。
古泉は作り笑いに苦笑を重ねて、
「それで構いません。私たちは貴女と涼宮さんを見守るだけなのですからね。」
……………なによ、その誤解されそうな言い方は。ニヤニヤするな、気色悪い。
そして疲れ果てたあたしは晩御飯もそこそこに、シャワーを浴びたらベッドに一直線。そこから見事に記憶がない。
などと肉体的にも精神的にも多大なる損害のみを被ったあたしだったのだが、特筆すべき出来事が一つだけあったので明記しておきたい。
何故こんな事に感動すら覚えているのか、あたしにもわからないのだけど。
あの涼宮ハルヒコが喫茶店を出るときに、
「おう、キョンの分は俺の奢りだ。団長様に感謝しろよ!」
そう言って伝票をヒラヒラと振りながらレジに向かっただけの話なのよ?
ただそれだけのことにあたしは感慨深いものを感じてしまったのが自分でも不思議だった、そんだけよ。

こうしてなんとも言えない疲労感に包まれたあたしを同じく日曜日に塾などという激務を乗り越えたはずの友人が笑顔で迎えてくれる。どうやら基本的なスペックそのものが違うと休日が潰れたぐらいでは影響というものを感じさせることがないらしい。
まあ佐々木がその程度で疲れた顔を見せるなど想像すらも出来ないんだし。
「やあキョン、どうやら日曜日は君も出かけていたようだね。弟くんのお供だったのかい?」
あー、それも遠慮したい事態だなあ。しかし弟連れでもなければ出かける用事もないと思われてるのも少々情けない話な気がするなあ。
「これはすまなかった、つい僕のように友人関係について希薄な者は自分を基準に考えてしまうのだよ。」
いや、お前はむしろ社交性に溢れているイメージしかないが。誰とでも気軽に会話してるし、その上率先してリーダーシップを発揮さえしている。こいつが生徒会やクラス委員などでないのは単に塾などで時間を取られているか、遠慮しているだけだと思う。
「ずいぶんと僕も買い被られたものだね。それに僕は社交性があるとは自分ではとても思えないんだ。確かに誰とでも話を合わせようと知識の収集に余念がないが、それは逆に僕の本質ではない部分を相手は見ているにすぎないと思わないかい?」
そう? ややこしい理屈をこねくり回そうと佐々木は佐々木じゃない。
「くっくっくっく、いや、確かにそれも僕なんだね。でもキョン、すべてが君のような人間じゃないんだ。」
そりゃあたしは単純だけどもね。
「いいや、君は君が思っている以上に素晴らしい人なんだよ。たとえ僕がどんな仮面を被っていたとしても、君は僕の本質を見つけてしまうだろう。それは君が僕というものを表面的にではなく僕として接してくれているから分かるのさ。」
よく分からんが褒められていると思っていいんだろうね。
「そうさ、そして僕は友人というものは君のような親友が一人か二人もいれば十分なんだ。たとえ周囲が変わろうとも、君は変わらずいてくれる。そう信じさせてくれる人がいればね。」
そうね、あたしみたいな人間が急激に性格とか変わるなんて思えないし思いたくもない。どうなろうとあたしはあたしだ。
「ああ、だから今後もよろしく頼むよ。」
佐々木はそう言ってこの話を打ち切った。握手でもされそうな感じだったわ。
その佐々木が席に着いて俯き、
「だから……………私の前からいなくなったりしないでよ…………………」
と小さく呟いたなんて知らなかったのよ、もしこの時聞こえていればまだあたしにも何か出来たのかもしれないのに。