『SS』キョン……、の消失 16

オーケー、まずここまでの情報を整理しよう。
ある時からあたしは自分に不思議な違和感を覚えるようになった。まるで自分が二人いるような、とでも言えばいいのかしら?
そんな中であたしはたまに変な風景すら見えるようになってしまったのだ、助けてフロイト先生。
それを相談したのは宇宙人の九曜に超能力者の橘、未来人の藤原さんというプロフィールだけ見ればお前らが医者に行けと言いそうな面々なんだけど。これが嘘偽りがないという環境もなんだかなあ。
しかし状況は好転せずにどちらかといえば悪い方に転がりそうな雰囲気を見せてくるわけよ、なぜかね。
あたしの見た謎の光景にいた人物があたし達の通う光陽園学院じゃない北校の生徒だと分かってからは、図書館で謎の女生徒と遭うわそこにいた美形は宇宙人だわニヤケ面の美少女超能力者に拉致られるわ天使のような美少年の未来人に呼び出されるわでなんとも密度の濃い日常となってしまったのだ。
しかもそれを当然のように受け入れてる自分ってのも何なんだか、いくら非日常に慣れ親しんだからってこうも簡単にあいつらを認めそうなのはおかしくない?
まるであるべき場所に帰るかのように、とまでは言いすぎだけど。
「ふう………」
混乱しそうな頭を振ってベッドに倒れこんだあたしは壁にかかったカレンダーをなんとなく眺める。あぁ、今日は日曜日だってのに何やってんだろうあたしは。
そう、貴重な休日の午前をあたしはこんな不毛な思考に捉われてしまっていたのだ。なんともったいない、いつもならこの後の午睡にまで思いを馳せているというのに。
ただしあたしが焦りに近い思いを抱くのもそれなりの理由がある。佐々木だ。
土曜日にいつものように集まったあたし達は喫茶店でお茶をしたり、ウィンドーショッピングに興じたりといつもの週末を過ごしたはずだった。
佐々木の憂いを帯びた表情を除けば。橘やあたしが何を話しても相槌は打つのだがどことなく興味が散漫としているように思った。
帰り際に佐々木に言われた言葉が胸に突き刺さる。
「ねえキョン、僕は君の相談を受けるに値しないほどの存在なのかい? 少なくとも僕には君の不安を軽減できるくらいの聞き役に徹することは出来ると思っていたんだが。」
ごめん、お前のそんな顔をあたしは見たくなかったのに。あたしは笑って、
「お前に隠し事できるほど器用じゃないって。それよりお前の方こそ塾とかが負担になってきてんじゃないの? サボりならいくらでも付き合うわよ?」
そう言った。そういうしかなかった。
「やれやれ、せっかく心配してやっているのに君ときたら。ただ提案の方は心して考えさせていただくよ、その時は両親に一緒に頭を下げてもらうからね?」
いいよ、そのくらいお安い御用ですとも。
「くっくっく、やはり思い過ごしのようだったね。僕はどうも疑心暗鬼に陥りやすいようだ、こと君に関しては。」
おいおい、そんなに信用ないのかあたしは。
「いや、むしろ逆さ。僕のような人間には過ぎたほどの奴なのさ、君は。」
それはこっちの台詞なんだけどな。
「さて、ではまた学校で会おう。明日はみんなゆっくりしておいてね。」
佐々木が帰っていくのを見送りながら、これじゃいけないと固く思ったんだった。そして現在に至るってわけ。
これで何も考えないほどあたしは薄情ではないんだからね。なにより勘の鋭い佐々木相手にこれ以上の誤魔化しが効くとも思えない。
だからと言って何か出来るかといえば何も出来ないのが普通人のあたしだよ……………と自分を卑下するのはやめよう、実はあたしにも選択権があるんだから。携帯を取り出し、新しい電話番号を見つめる。
間違いなく今回の件には北校のこいつらが関わっている。ならばあたしはこいつらと話をしなければならないってことね。
メモリを見ながら誰に電話をかけるか考えてみる。
朝比奈さんは………………なんとなく的を得なさそうだし、長門はコミュニケーションを取れる自信がイマイチ沸かない。
となると残るは一人しかいなくなるんだな、これが。胡散臭い笑顔だが、事情説明させるなら一番適任そうだ。
嫌々ながら、本当に不本意ながらも古泉の携帯に電話をかけてみる。
あいつのことだ、ワンコールもかかることなく電話に出るかと思いきや意外なことに圏外の通知があたしの耳に飛び込んできた。なんなのよ、結構覚悟したのに。
一度固めた決意が肩透かしを食らってしまうと後はどうでもよくなるものだ。あたしは他の奴に電話をする気も起きずに再びベッドに倒れこんでしまったのだった。
やることもなく視線をただ動かすと本棚に目がいってしまい、そこで1冊の本を見てしまった。そういや返すのを忘れていたんだっけ。
あたしは図書館で借りた分厚い小説を手に取ると家を出た。することがないなら出かけた方がマシな気がしたんだ。そしてそれはあたしの運命を大きく回転させていく………

それはカバンの中の本の重みにいい加減うんざりしながら図書館に向かう途中のことだった。
交差点で信号待ちをするあたしの道路を挟んだちょうど正面にそいつはいたのだ。
なんのことはない、目に入らずにはいられない。
一度もあったことはないのに、一度たりとも忘れたことはない。
少し長めの髪を黄色のヘアバンドで止めていて。
信号が青に変わり、あいつはわき目もふらずにまっすぐにこちらへ走ってくる。そうだ、いつだってこいつはまっすぐにしか走らない。
その口はアヒルみたいにとんがっていて。また不機嫌なのかね?
「おい!あんた何で俺ばっか見てんだよ?!」
「はあ?」
第一声がそれかよ、まったくお前らしいわね。
「まあいいや、あんた暇なら付き合えよ!」
おいおい、いきなりか! とか言う間もなく手を引っ張られた。
「別に誰にでもこんなこと言わねえよ、ただなんとなくあんたならいいやって。」
それは世間ではナンパっていうのよ? と言いながら手を引かれてるあたしって一体………
初めて繋がれてるのに当たり前過ぎる手の感触。あまりにも馴染んだ光景。
あたしは……………この笑顔を知っている。太陽のような100万ワットのこの笑顔を。
あたしと涼宮ハルヒコはこうして出会ってしまったのである。
やれやれなのよ、手を引かれながら笑ってしまっている自分に対してもね。