『SS』キョン……、の消失 15

それはあたしが古泉一姫という自称超能力者の一方的な告白を受けてから2〜3日たった、週末までのカウントダウンを心の中で数えていた日の放課後の話である。
あたしはいつもの部活を終え、下駄箱へと向かう。するとあたしの下駄箱が少し開いている、あれ? あたしちゃんと閉めたと思ってたのに。
不審に思いながら開けてみると一通の封筒が入っている。ああ、こういうパターンなのね。
まったくドキドキしないのは何故だろう、少なくとも愛の告白というのは無さそうなのよね。なんとなく、なんだけど。
だからと言って佐々木や橘なんかに見つかったら何を言われるか分かったもんじゃない。あたしは封筒を急いでポケットに忍ばせた。
藤原さんが洗い物を終わらせるまでもう少し時間がありそうなので、あたしはトイレに行くふりをして個室の中で封筒を開けた。本当に何度こんなことしてんだろ、いや初めてのはずだけど。
シンプルな白い封筒の中にはこれもシンプルな白い便箋。それに小さくかわいい字で
『7時に川沿いの公園で待ってます』
と書かれている。これは…………まさかほんとにラブレターというものなのでは?
いやいや、もしそうだとしてもこれは間違いなく女性の書いた字だと思うし、女性だとしたらその、いわゆる特殊な嗜好の方だと思われるのだが。
たしかにあたしは佐々木や九曜、橘など比較的というにはもったいないほどの美人に囲まれてるとは思うのだが。それなら狙うのはその中の誰かであるべきではないのかしら?
いかん、これはきっと何かの罠に違いない。そしてあたしは特殊な嗜好など持っていない至って普通の人間なんだから。
悄然とした思いで玄関に戻ると藤原さんもすでに居て、
「おい、人を待たすとはいいご身分じゃないか。それとも体調が悪いならそれは早く言うべきだ、いらない心配を周囲にかけるもんじゃない。」
などと言って、
「あなたも十分な私たちを待たせたのです! それに女の子がトイレに言ってたのにデリカシー無さ過ぎです!!」
と自分もデリカシーのない大声の橘に叩かれたりしていた。
そんなことがあった夜の7時。
あたしは川沿いを歩いている。
興味があるわけではないわよ、でも待たせっぱなしじゃ悪いからちゃんと断ろうと思っただけなんだから。そうでなければわざわざ夜出かけようなんてするわけないじゃない。
しかし川沿いの公園ってだけで何であたしはここに来たんだろう、他にも当てはまりそうな所はいくらでもありそうなのに。でもここしか思い浮かばなかったのよね。
春なら桜が咲き乱れていそうな並木道を歩くとベンチが目に入った。なんとなくだけど、ここだなと思って座ってみる。
するとタイミングを計ったかのように前方から二つの人影が歩いてきた。ん? 二つ?
影は細身の長身と、あたしくらいの小柄なもの。どうやらこちらに向かっているのであたしに手紙を書いた本人のようなんだけど。
「す、すいませぇ〜ん。お待たせしました〜。」
そう言って来たのは小柄な方の影である。というか声は高いがもしかして……………
影が近づいてはっきりしてきた。長身は見覚えがある、あの長門くんだ。そして小柄な方は、こちらも初対面のはずなのに見覚えのある人なのだ。
それは確かに男の子なんだが、ふわふわとした髪の毛といい大きな潤んだ瞳といいなんというか庇護欲をそそられる方だ。あたし、女なんだけどなあ。
まるで天使のようなその男の子は傍らの長門くんに、
「ありがとうございました、すみませんがしばらく二人でお話させてもらいたいんですけど…………」
何故か遠慮がちに長門くんに言うと、長門くん(何故だろう、彼も呼び捨てにした方がいい気がする)は1ミリ程度頷くとさっさとあたし達の前から去ってしまった。
うーん、彼にも聞きたい事があったんだけど。しかし呼び出したのはどうやらこの子のようだし。
「あ、あのー………僕も座っていいですか?」
え? ああ、遠慮はいりませんよ。どうぞ。
「すいません、失礼します。」
そう言って天使はあたしの傍らに舞い降りたのだった。えらく礼儀正しいというか、遠慮がちになんだけど。
そして沈黙。あのー、呼び出したのはそちらなんですけど。
「え、あの、すみません。えー、僕は朝比奈みつると言います。北校の3年生なんですけど。」
なんと、年上なんですか?! なによりあの藤原さんと同い年だとはとても思えないんですけど。
で、年上の他校の男子に呼び出されたあたしはどう反応したらいいんだろう。まさかの展開なのだろうか、こんな可愛い男の子に告白されたら否応なくオーケーを出さざるを得ないじゃないの。
しかし世の中とはそう上手くいかないようには出来ているってのをあたしはこの1年間で嫌というほど思い知らされてるわけで。
その例に漏れず、朝比奈さんもあたしの予想を越えたところから話を始めてしまったのだ。
「実は僕はこの世界の人間ではありません。正確にいえばこの時間軸にいるべき人間じゃないんです。」
あーあ、やっぱりこうなるのね。目の前のエンジェルはやはりこの世のものではないそうよ。
キョンさん、と呼ばせてもらいます。キョンさんも僕と同じ様な人をご存知だと思うので話を簡潔に伝えようとしたんですけど、突然すぎて驚かせてしまったでしょうか?」
いいえ、あなたのような方が言われるならほぼ疑いなく信じてしまえそうです。苦虫を噛み潰したような顔か、嫌味な笑みを絶やさない同じ様な人物をご存知なので。
すると朝比奈さんはクスクス笑うと、
「それは言いすぎですよ、彼だって一生懸命なんですから。」
おや? 朝比奈さんと藤原さんは知り合いなんだろうか。
「いいえ、正確には違います。時間軸というか、僕と彼とは違う世界から来たと言えばいいんでしょうか。詳しく言いたいんですけど禁則事項になるんです、すいません。」
あなたも禁則なんですね、未来人というのはそれさえ言えばなんとかなると思ってんのかしら。
「すいません、僕も何も知らされないことが多くて…………」
いいんですよ、朝比奈さんを責めてる訳じゃないんですから。しかし男の子に言う台詞じゃないけど、可憐という言葉がよく似合うお方だ。
「それでですね? 僕が何故キョンさんに会いたかったかと言うと、僕の所属する時間軸に異常な時間震が観測されたからなんです。それは僕らの未来に大きな影響をもたらすほどの。」
それは………藤原さんは何もなかったと言ってたけど。
「もちろん彼の立場からしたら現在は安定してると言えるかもしれません。あくまで僕の都合なんですから。」
しかしですね? それだとあたしに何か出来るとはとてもじゃないけど思えないんですけど。
「でもこの事態を修正するにはあなたの力が必要なんだと、それが規定事項だと出ているんです!」
真剣な表情であたしを見る朝比奈さん。どうやら嘘というわけじゃなさそうなんだけど、だからといって全面的に信じられるかと言えばそれもどうかとも思う。
何故なら今のあたしにとって現状は平穏無事にしか見えないからだ。藤原さんも九曜も、橘だってそう言っている。なによりも佐々木の楽しそうな微笑みを見れば異常があると言われてもねえ。
そんなあたしの様子を見た朝比奈さんは少し眉を曇らせ、
「そうですね、いきなりこんな事言われても戸惑うだけかもしれません。僕の配慮が足りませんでした、ごめんなさい。」
そう言って頭を下げた。なんだかこっちが悪い事をした気になってきちゃうなあ。
「いいんです、あたしも何だかよく分かんなくって。少し考える時間をもらえませんか?」
「はい、もちろんです!僕の方はいつでもお待ちしてますから!」
朝比奈さんは嬉しそうに携帯を取り出し、
「では番号の交換をしておきましょう。僕の方は…………」
何故か携帯の番号を交換した。どうしよう、実は藤原さん以外の男の人の番号なんて初めてなんだけど。
こんなに積極的な人だったのかと思いながらも、ちょっとだけ嬉しい気持ちがなかったかと言えば全然そんなこともなかったんだけどね。
こうして未来人との2度目のコンタクトを果たしたあたしの前に、宇宙人の男の子まで現れた。
「あ、すいません長門さん。キョンさん、ではまた会いましょう。」
そう言って朝比奈さんは長門(やっぱり呼び捨ての方がいいんだ)の元に走って行った。
そのまま二人が立ち去ろうとしたのでつい、
長門!」
と呼び止めてしまった。しかも呼び捨てで。最悪だな、あたしって。
ところが長門
「なにか?」
と止まったどころか、あたしの側まで近づいてきてしまったのだ。しまった、何も考えてなかった。
「あー、あのね? ついでだからあんたの携帯番号も聞いておこうかと思って。」
うわー、これじゃあたし逆ナンじゃないの? なんだかめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
思わず顔が赤くなりそうなあたしに対して無表情な長門は一言、
「携帯電話を持っていない。」
え? そうなの? 今時珍しいわね、でもこいつならそうかもと納得してしまってる自分もいる。そんなに知ってる訳でもないのに。
「そのかわり。」
長門は制服の内ポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、スラスラとペンを走らせた。
「これ。」
と言ってメモを渡された。電話番号が二つ書かれている。二つ?
「私の自宅と古泉一姫の携帯番号。」
そうか、古泉は別にいらないけど。まあ、ありがとうと言っておこう。
「別にいい。」
そう言って今度こそ長門と朝比奈さんは夜の闇に消えていってしまったのである。
ということは、あたしも帰らなければならないってことだ。
帰り道に長門と、しょうがないから古泉の電話番号を携帯のメモリに入れながらあたしは今までのことを思い出していた。
謎の光景。
あるはずのない記憶。
九曜と違う宇宙人に橘と別の超能力者ときて藤原さんとは違う未来人までご登場ときたもんだ。
ああ、平穏だったあたしの生活はどこに行ったのかしら?
こんなことを考えていたくせに、あたしはちっとも思い至らなかった。
藤原さんに朝比奈さん。
橘に古泉。
九曜に長門
では佐々木には? ということを。