『SS』ちいさながと

・2日目
今日も今日とて従兄弟達のお相手である。ただし昼まで寝れたのが唯一の救いといえば救いだろう。というのもさすがに子供達が疲れてくれたってのもあるんだが。身体を張った甲斐もあるってもんだ。
なんと言ってもこちらは休養に来てるんだからな。それに多分起こされても起きない自信もあったが。
なんにしろ妹が久々に隣の布団に俺がいるってことで妙にテンションが上がってなかなか寝かせてくれなかったものの、概ね快眠だったと言えよう。
有希も珍しく俺よりも長く寝ていたくらいだもんな。なにしろ隣の妹の寝相で有希が押しつぶされないように気を使いながら、妹に背を向けて有希を包み込むようにして寝ることになったんだ、このくらいゆっくりしてもらう方がいいさ。
「今後もこの方法を推奨する。」
いや、横向きで寝続けるのも腰とかによくないと思うぞ。
ちなみに普段の俺達は俺の上に有希が乗ってる形だ。どんなに俺の寝相が悪かろうと、最終的にその形にはなっている。
そうだな、たまには腕枕なんかも悪くない。軽いから腕が痺れる心配もないだろうし。
などと思いながら居間へと行ってみると親戚一同勢ぞろいである。なんだか俺達を待っててくれたらしい。
見れば食卓の上には緑の葉っぱに巻かれたものが。ああ、そういや今日はそんな日だったな。
「ひょんふん、おほーい。」
だから食べながらしゃべるなって。相変わらず行儀の宜しくない妹の隣に座り、俺もそれを手に取った。
「なに?」
ああ、柏餅だ。今日は子供の日だからな。
「知っている。五節句の一。5月5日の節句。もと中国の行事。軒に菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を挿し、粽(ちまき)・柏餅を食べて邪気をはらう。近世以降、男児のいる家では鯉幟(こいのぼり)を立て、甲冑(かっちゅう)や武者人形を飾って祝うようになった。現在は、こどもの日として国民の祝日になっている。端午の節句。」
そうだ、だから柏餅があるのさ。良く見てなかったが表に鯉のぼりもあるだろうから後で見に行こうな。
1ミリの頷き、かなり興味があるようだ。
「柏餅。」
そっちかよ。
しかしこの場では無理なので後で外に出るときに何個か持って行くとしよう。
「粽も忘れないで。」
わかってるよ、なんだったら弁当代わりに包んでもらうか?
「お願い。」
小さく頭を下げられた。
という訳で俺は弁当箱を持って従兄弟達を連れ立って昨日の川へ。
今日はさすがに水遊びは遠慮させていただき、その代わりと言ってはなんだが近くの野草を使って船を作ってやったりした。
笹があればいいんだが、あいにく近所には無いんでな。しかし覚えているもんだ、そういやタンポポの茎で水車を作るのとかあったな。
セイタカアワダチソウを使った綱引きとか、草笛なんぞもやってみる。子供たちにはこういう単純な遊びが受けるんだよな。
ゲームとかばっかりやるもんじゃないぞ、家に帰ればやりかけのソフトが待っているのはこの際おいて置くんだ。
ある程度子供たちだけで遊ぶようになったら、俺は少し離れて(もちろん目に届く範囲だ)弁当の包みを開ける。
中には柏餅と粽がキチンと並べられていた。
「ほれ、待たせたな。」
俺はまず柏餅を一つ取ると肩の上の有希に渡した。ここなら餅が宙に浮いてても分からんだろ、子供たちは遊びに夢中だしな。
「ありがとう。」
自分の上半身よりも巨大な柏餅を軽々と持ち上げている有希は小さな口で餅を食べだした。というか餅に埋まっているみたいだな。
さて、俺も一つ頂こう。柏餅を一つ食べる。うん、餡も甘すぎずいい塩梅だ。こういうのは田舎の味ってやつなんだな。
「…………………」
どうした有希、まさか喉に詰まらせたとか言うなよ?
「葉っぱ。」
あ?葉っぱがどうしたってんだ?
「食べるの?」
ああ、最近は模造品もあるし食べられない葉が多いけど、これは大丈夫だ。食べていいぞ。
「そう。」
またも餅の中へ埋まる顔。それよりも口の周りがアンコだらけだぞ。
何にしろウチの柏餅は有希のお口に大層合ったらしい、気がつけば俺が一つ目を食べ終わる頃には有希は五つ目の葉を小鳥のように齧っていた。
「次は粽。」
もうかよ。俺は粽を差し出す。ああ、これは葉っぱは食えんからな。
「………………そう。」
いや、そんなに残念そうな顔されても。
そして有希は初めての粽体験と相成ったのだが、これが曲者だったのだ。
「………………」
ああもう、そんなに顔中ベタベタにして。
皆知ってると思うが、粽とは米粉や葛粉を餅状にして蒸したものだ。それは笹などの葉に包まれているんだが、なにしろ蒸しただけなのでとてもベタベタする。手なんかにくっつくのが嫌で食べない子もいたもんだ。
恐らく蒸し方なんかでもう少し固めにも出来るんだろうが、ウチの場合は柔らかめになっている。それを小さな有希が口いっぱいに頬張っているのだ、髪の毛とかに付きそうで危なっかしいことこの上ない。
ほら、俺が持ってやるから手を一回拭きなさい。舐めるんじゃないぞ。
こんな感じで俺は粽を一つも食う事なく、有希の胃の中に収める作業に終始した。
「………………美味しかった。また。」
なにかネコのように頬に付いた粽を指で掬い取っては舐めながら、有希は満足そうにそう言った。
そうだな、また食わせてやるさ。でも今度は有希に作ってもらいたいってのは贅沢か?
「……………善処する。」
ありがとよ。
「あー!キョンくんだけずるーい!!」
おっと、妹に見つかったようだ。やれやれ、これで俺の食う分は無くなったな。
子供たちに残り少なくなった柏餅と粽を分け与えたら本当に綺麗に無くなったしまった。帰ったらまだ残ってることを祈るとしよう。


夕暮れが迫るまで遊び倒した後、俺と有希は子供たちを家へ帰し、表にある鯉のぼりを見上げていた。
「大きい……………」
ああ、こんな田舎だから立てられるんだよな。
「子供の頃のあなたも見てた?」
そうだな、あまり覚えてないが間違いなくこいつはあったよ。
「そう…………」
鯉のぼりを見上げる有希の顔は夕焼けに照らされ、赤くなっていた。
「ウチにもあるはずだから今度お前のマンションまで持っていっていいか?」
「いい。」
有希は小さく頷いた。ウチで押入れの肥やしになるより有希のマンションで優雅に流れる方が鯉のぼりも本望ってもんだろ。
それを有希と二人でみるのも悪くはないもんだ。田舎へ帰る前だけだがそれならハルヒ達にも見せてやってもいいかもな。
「二人でならここで見れるしな。」
そう言う俺の顔も多分赤いんだろう、夕焼けに照らされて。
寄り添った影は一つとなって長く伸びていた……………


ついでに。今日の風呂は菖蒲湯だった。それを身体に巻きつけた有希の姿をお見せできないのが残念だ。
無論見せる気など毛頭ないがな。