『SS』ちいさながと

・プロローグ
さて、何ゆえ世間ではGWというものがあるのかは諸説あることではあるし、何が正解なのかは俺のような一学生には預かり知らんところであろう。
ただ言えるのは、俺達学生にとって大型の連休はとてつもなくありがたいものであり、それを供用できることに素直に感謝するだけだ。
とは言え俺にとっての連休がそのまま皆の言うところの休養に値するのかは甚だ疑問を呈するのではあるのだが。
なにしろ俺は高校入学以来SOS団などという学校非公認の謎の部活動と呼んでいいやら分からんものに従事させられ、あげくに活動の範囲は毎週末の土曜日にまで及び、俺の財政をも圧迫し続けるのである。
そんなSOS団の神聖にて不可侵たる団長閣下がこれだけの大型連休に団員たちを野放しにすると思うか?断じてそれは無い。
つまりは俺にとってGWというものは休みというものをこの暴君から勝ち取る事からスタートになるという世間のサラリーマンの方々よりも1動作多い手間がかかる訳なのだったりする。
しかし、ことGWには俺にとって最大の切り札があるのだ。
それはこの時期には家族揃って田舎に帰郷するという一大イベントである。去年もこれのおかげでSOS団はGW中は活動休止と相成ったのだが、別に俺がいなくとも出来ることはあると思うがね?
今年もこの錦の御旗はその効力を大いに発揮してくれて、
「仕方ないわね、その代わり幽霊なり神隠しなり見つけてくること!それから連休明けの不思議探索はお詫びとしてあんたの奢りだからね!!」
という最小限の被害に止まったのである。この際週末の奢り確定は目をつぶっておく。
こうして俺はほぼ無事に家族5人で田舎へ帰郷となったのだ。奢り分のこずかいが稼げるよう期待しつつ。
なに?俺の家族は4人じゃないかって?それはな………
俺、父親、母親、妹。
そして、
「…………………」
俺の肩のこいつを忘れちゃいけないだろ?そういや俺の田舎に連れて行くのは初めてだな。
1ナノの肯定。
長門有希は俺の肩に乗ったまま、車の窓の外の流れる景色を興味深げに見つめていた。

・初日
「う〜ん………」
とりあえず田舎についたらまずは背伸びである。なんといっても車に長時間乗っていたわけだからな。
ちなみに妹は絶賛睡眠中だ、いつも休憩のSAで騒ぎすぎて着く頃にはお休みしている。もう小学校も最高学年なんだから分別というものがあってもいいと思うのだが。
見れば肩の上に立った有希も背伸びをしている。お前は俺の肩の上で脚をブラブラさせながら座っていたり、SAで俺がこっそり買ったフランクフルトを一人で全部食べたり、しまいには俺の頭に上半身を乗っけてまるで机に伏せて寝るみたいな格好で本当に寝ちまってたじゃねえか。
「空気がおいしい。」
わかるのかよ。
「大気成分から検出される不純物の割合が少ない。これは本当に空気がおいしいということ。」
そうか、やっぱ田舎の空気は違うってことだな。そう思うともう一回くらい深呼吸をしても罰が当たらんような気がしてくるよ。
「私は真空中でも活動可能。」
台無しだ。
まだ寝ぼけている妹をとりあえず俺達が泊まる予定の部屋へ連れて行き、俺は先に来ていた親戚に挨拶。まあこの歳の若造なんで当たり障りのないもんだ、というか何を話していいのかも分からん。
「…………私の紹介は?」
いや、見えてないだろ。というか見えたら困る。紹介は…………また今度な?
「そう………」
えーと、有希?俺の肩の上で器用に正座して三つ指を着くのは何故ですか?
「妻となるものとして当然の礼儀。」
あー、ありがとう、と言っていいのやら。なにより妻ってことは紹介ってのは……………
「いや?」
そんなことあるか。ただ高校を卒業したらここに来るのが確定なんだと思っただけさ。無事卒業できたらの話だが。
「大丈夫、わたしがさせる。」
そうか。
そして形どおりの挨拶を終え(この時の臨時収入が帰ったらすぐに消えていくのが悲しいが)、居間から出てきた俺達をあっという間に子供達が囲む。
従兄弟達に会うのも1年ぶりか、それなりに成長はしているがまだ俺を兄の様に慕ってくれるのが嬉しいね。これで妹の影響でみんなが「キョンくん」と呼ぶのを止めてくれたら言う事がないんだがなあ。ああ、お兄ちゃんは悲しいぜ。
この頃には妹もバッチリと目が覚めたのか元気爆発で俺達の元に走ってきた。家の中でバタバタ走っちゃいけません。
「……………」
何故お前まで手足をバタバタさせるのだ有希よ。
「その場の勢い。」
やめてくれ、頭に手が当たってるんだ。なんでその場のノリで叩かれねばならん。そういうのはハルヒに任せなさい。
「了解した。」
有希は素直に手の動きを止めた。まだ足を揺らしているが、こいつも楽しもうとしてるんだろ。
その後は子供達を先導しながら近所の川へ。まだ水も冷たいのだが子供達には関係なさそうだ、無邪気に魚を探したりなんぞしている。
やれやれ、ちょっとは休めるかな。俺は土手に腰掛けると持っていたペットボトルのお茶を一口飲んだ。
「…………私も。」
ああ悪いな、気がきかなくて。俺は子供達に見えないようにペットボトルの口を長門に持っていく。
しかし有希は1ミリの首振りで俺の動きを制すと、
「違う。」
そう言って川の方を指差し、
「私も魚が見たい。」
と言い出した。なんと、あの有希がここまでアウトドアな行事に積極的になるとは驚きだ。
「あなたが子供の時の風景だから。」
そうだ、俺もガキの頃はあの川で魚取りに夢中になってたもんだった。今の従兄弟達みたいに。
それを有希は見たいのかもしれない。俺の思い出ってやつを。
ここでふいに思いだしてしまった。有希には子供の頃の思い出がないってことを。
そうだ、4年前にこの世界に生み出された有希には当然幼少の頃の思い出というものはない。ただ一人でいきなりあのマンションの部屋に居たんだからな。
暗い部屋にただ佇む無口な少女。
見たくも無い光景が脳内に浮かんでしまい、俺は小さく首を振った。もうそんな思いをこいつにさせるわけにはいかない。
俺は肩の有希を優しく包むように撫で、
「なあ、お前には思い出ってのをたくさん作ってやるからな。」
俺なんかに出来る事はそれくらいなもんだからな。そんな俺に、
「…………期待している。」
有希は俺の顔に寄り添うように言ってくれた。ああ、期待しておいてくれ。
俺は川に向かって歩く。ガキどもに魚取りのコツってのを教えてやらんとな。
水しぶきを上げて走る俺の肩の上の有希に暖かな笑みが浮かんでいたのは俺にとっても最高の思い出になるだろうな。



とは言え5月の水はまだまだ俺達には早すぎたようだ。すっかり水浸しになった俺と有希は帰ってから冷え切った体を温めるために風呂に飛び込んだことは言うまでもない。
従兄弟達には悪いがこっちには有希がいるんだ、一緒に入るのは勘弁な?
「見えないから平気。」
俺の精神的に我慢できないんだよ。
「そう、見ていいのはあなただけ。」
そういうことだ、だから俺達は風呂に入るんでここまでだ。じゃあな。
「あと2日ある。」
それでもだ。