『SS』キョン……、の消失 12

あたしたちは図書館を出てからお昼を食べて、橘の提案で夏物のファッションを適当に見てから解散した。藤原さんが居心地悪そうにしてて橘にからかわれてたのが印象深い。
佐々木が白のカットソー、橘がイエローのサマーセーターを買った。あたしも色々見たけど結局パス。九曜は興味なさそうだったけど、橘に薦められるままに何故かピンクのワンピースを買っていた。あれ、着てるの見る機会あるのかしら?
そんなことがあった夜、あたしはお風呂上りでパジャマに着替えてからベッドに寝転がっていた。課題?明日ってものがあるわよ。てことで変に暇だったりするこの時間があたしは何気に好きだったりもする。平穏万歳。弟の闖入さえなければだけど。
そしてなんとなく本棚なんかに目を向けるとそこには図書館で借りてしまった本が所在無げに並べられていたりもする。
なんだろう、別に読むつもりもないのに手に取ってしまった。やっぱ重いな、とか思いながら適当にページをめくる。
うん、さっぱりわかんない。なんで借りちゃったんだか、こんなの。
長門くんだったか、眼鏡くんの顔が浮かんだけどやっぱりどっかで会ったような……………
と、本のちょうど半分くらいのところから何かがヒラリと落ちてきた。栞?誰が忘れたんだろ。つい手に取ってしまった。
!!!
強烈な既視感があたしを襲う。急いで栞を見た。思ったとおり何か書いてある。あれ? なんであたしはこんな栞のことを知ってる訳?
栞にはまるで印刷されたような綺麗な明朝体
『扉を全て揃えよ』
とだけ書かれていた。今回は時間制限はないの?いや、今回ってなによ?!
まったく訳が分からずにただ呆然と栞を見ていたあたしだったけど、とりあえずこれがあたしに対してのメッセージということだけは理解できた。自惚れではない、経験と直感ってやつ。
そんな経験ないはずなのに、あたしは何度もこんなシチュエーションを乗り越えてきたんだから。なぜか。
とにかくあたしは扉とやらを揃えなくてはいけないのだ。自分でも説明できないくらい、そうしないといけないと感じてるんだ。
あたしはベッドに横たわって布団をたぐり寄せた。とにかく寝よう、明日九曜たちに話してからだ。休息を取ることこそがあたしに今出来ることなんだから。あたしは部屋の明かりを消して目を閉じたのだった………‥

………白状すれば、あまり眠れなかった。やはり栞が気になってしまって本から取り出してカバンにしまったり、それからも色々考えてしまったからだ。
結局ようやく眠れた頃には弟から布団を剥ぎ取られる時刻だったりする。なんともやりきれない気持ちで制服に着替えながら、あたしはまだ自分がどうすればいいのか考えていた。
重い足どりで登校するあたしの後ろから声をかけるのはやはり橘だったりもする。
しかし橘は今までにあまり見たことのない表情をしていた。真剣さを交えた笑みなんてお前らしくないわよ。
「できればお昼時間に部室に来てほしいのです。九曜さんと藤原さんには連絡済みです、もちろん佐々木さんには内緒なんですけど。」
なによ、断ること出来ない状況で来て欲しいはないんじゃない?
「すみません、緊急事態なのです。」
おいおい、お前の緊急事態はシャレになってないんだぞ。
「ではお願いします。佐々木さんには上手く言ってくださいね。」
で、肝心なところはあたし任せってことね。はあ、やれやれだわ。

ところが偶然なのか佐々木が何か感じ取ったのか、その日のお昼はいつも一緒に弁当のはずの佐々木が珍しく弁当を持ってこなかったのだ。
「実は両親が急な訃報で昨夜から外出してしまってね。一応明日までは僕一人で過ごすことになってしまったんだ、もちろん十分な生活費は預かったがね。しかし登校中にコンビニでも寄ればよかったよ、君との食事時間は僕にとって珠玉の時なんだとはこうなってから気付くものなんだね。」
ああ、あたしもいつもの光景じゃないのは一抹の寂しさは感じるわ。ただ、そこまであたしとのランチタイムを大切に思ってくれるのは嬉しいけど食堂が混むわよ?
「そうだね、ここの昼食は未経験だったがなかなかのものだと聞いている。これを機に新しい味覚への挑戦というのも悪くはないかもね。」
だからその挑戦が出来なくなるぞって言ってるんだけど。
「くっくっく、どうも君と話すという行為は僕にとって食事以上に執着心をもたらしてしまうようだ。ああそんな顔しなくていいよ、流石にそろそろ行かないと本当に食事の時間が取れなくなりそうだ。僕にとっても君にとっても、ね。」
そう言いながら佐々木は食堂に向かっていった。なんで走らないんだろう、いつもなら真っ先に学食へ走って行って……………黄色いカチューシャがヒラヒラと揺れた。ような気がした。
「やれやれね、あたしも行かないと。」
佐々木がしているはずのないカチューシャの画像が頭から離れないまま、あたしは弁当を持って部室へと急ぐのだった。これも緊急事態なんだと自分に言い聞かせながら。