『SS』キョン……、の消失 6

そんな事があって、もう夜になる。
ご飯も食べたし、お風呂は帰ってからでいいや。
あたしはジーパンにTシャツというラフな格好で九曜のマンションに出かけた。
女の子が一人で出かけるには遅い時刻だと思うんだけど、佐々木の家に行くと言うと一発でOKが出た。
こういう時に佐々木の様な信用度の高い友人を持つと助かる。
後で口裏を合わせるのが大変だろうけど、まあそこまでウチの親がやるとも思えないしね。
さて、あたしがジーパンなのは自転車に乗るからってのもあったんだけど、おかげで10分前にはマンションに着いた。
オートロックなので玄関のインターフォンを押す。
もう何回目だろうな、九曜の部屋に来るのも。
7階の8号室っと……………なんか慣れ親しみすぎてないかしら?
九曜の部屋ってだけでなく、この数字をあたしは何度も見た気がする。
そんな変なデジャブを味わっていると、部屋の主が出たようだ。
「―――――――――」
あのね、あたしだからいいけど普通はその沈黙は誰もいないと思うわよ?
「九曜?あたしだけど。」
「――――入って―――――」
自動ドアが開く。んじゃお邪魔しますよ。
と、
「あー!ま、待って下さーい!!」
なんだ橘か。明るい色のミニのワンピースというえらく可愛い格好の橘があたしに抱きつくように飛び込んできた。
走ってきたのか息を整えながら、
「いやー、ナイスタイミングなのです。私一人じゃ九曜さんが居ても分からなかったでしょうし。」
そんなこと自信満々に言うな。まったく、九曜とも長い付き合いじゃないの。もう少しは分かってあげなさいよ。
「いえ、キョンさんほどにはなれないのです。九曜さんも変わったとは思いますけどキョンさんは信用されてますもん。」
そうかな?たしかに九曜も少しは人間の事を理解してくれるようになったようだけど。
エレベーターで昇りながら、
「私だってそうです。認めたくないけど藤原さんだって、キョンさんといて少しずつだけど変わってきてます。もちろん佐々木さんだって。」
うーん、あたしみたいな一般人にそんな力があるはずないんだけど。
「たしかにキョンさんは何も力はありません。それは『組織』のお墨付きを与えてもいいのです。」
いや、そんなお墨付きいらない。
「でも、なんと言いますか、キョンさんの側にいるとみんな暖かくなるのです!佐々木さんの内面世界を見てもらいましたよね?あれでもキョンさんと逢ってマシになったのです。」
あの白い世界が?
「もっとあの世界は酷いものでした。冷たい、ただ真っ白な世界………………誰も居ない白の中に私が初めて入った時、凍死すら思ったんですから。」
そうなの?今でもあたしは、あの世界が好きになれないのに。
「今は安定している、温かみすら感じられる世界です。それほど佐々木さんの精神は落ち着いているのです。」
橘の顔が優しく微笑む。
「すべてキョンさんのおかげなのです。」
なんか改めて言われると照れちゃうな。
「だから私はキョンさんが困っているならどんな事でもします。たとえ『組織』と考えが違っていても1度は逆らってもいいとすら思っているのです。それだけはお約束します。」
そんな風に言われてもね。気持ちだけは受け取っておくわ。
「ですから今回も私に出来ることがあったら遠慮なく言ってくださいね。私はキョンさんの友達なんですから。」
ありがとう、あたしも橘は大事な友達よ。
『誘拐犯とは友誼を結ぶつもりはないぞ』
?!誰よ誘拐犯って!!
『ならその胡散臭い笑いを止めろ』
それはにこやかに微笑むハンサムな男の子。誰?!
キョン………さん?」
心配そうにあたしの顔を覗き込む橘。
「ううん、大丈夫。早く九曜のところに行かなきゃ。」
あたしは努めて明るく笑った。
エレベーターは目的の階に着いていた。
8号室に二人で行く、とタイミングを計ったようにドアが開いた。
「―――――よう―――――こそ―――――」
九曜、どこから見てんのよ?分かってても驚くんだから!
でも九曜は軽く首を傾げただけで(この仕草もどっかで見た気がした)さっさと部屋の中に入ってしまった。
仕方なくあたしと橘もその後に続く。
「遅いぞ、お前ら。」
室内にはすでに藤原さんがいた。いつからいたのか、というよりどうやって九曜とコミュニケーションをとって入ったんだか気になるなあ。
「なんですか!時間通りに来たのに文句なんか言われたくないのです!」
「もういいから座って、橘。」
あまりに殺風景な部屋の真ん中に鎮座しているコタツ机のそれぞれの位置に座る。左に藤原さん、右に橘という位置だ。
正面に座るはずの九曜は、あたし達を部屋に入れるとフワフワと台所に消えていった。
「―――――――どう―――――ぞ―――――」
しばらくしてフワフワと戻ってきた九曜は手にお茶の入ったお盆を持っていた。
ゆっくりした手つきで全員分のお茶を淹れると、黙ってあたしの正面に座ったんだが、えーと、九曜?
「――――飲んで――――」
あ、ああ。あたしは一口緑茶を飲んだ。
藤原さんほどではないが、たしかにおいしい。その証拠に同じように飲んだ藤原さんがなにも文句を言ってないんだから。
しばしお茶を黙って飲む。
その沈黙に耐えかねて、橘が叫んだ。
「ああっ!もう!なんなのですか、これは?!」
「――――おか―――わり?」
「もういいです!!」
そのわりに3杯は飲んでるけど。
「とにかく、お互いの今の状況を説明しましょう。キョンさんもいいですよね?」
ああ、元はあたしのことだからね。
「では僕の方から話そう。上とあの後掛け合ってみたんでな。」
それまで九曜の淹れた茶の味を堪能していた様子の藤原さんが口を開いた。
九曜を除いた全員がそちらに注目した。さあ、未来はなんと言ってるの?