『SS』ちいさながと

桜も散り、新緑の葉の輝きが目にも明るい季節となり、それに釣られるかのごとくポカポカと陽気も鰻上りな今日この頃。
俺の好きな夏まではまだ鬱陶しい梅雨というものがあるが、これもこの国に住む限りには甘受しなきゃいけないものだと諦めつつも、出来ればこう穏やかな日々であり続けてもらいたいもんだ。
などと呑気な気分でぶらぶらしていられるのは、今日が日曜日だからであり、俺はデート中だからである。
ちなみに俺の恋人は只今俺の右肩の上で脚をぶらぶらさせながら、周囲を興味深げに見渡している。
「退屈じゃないか、有希?」
「そうでもない。」
ならいいんだが。
肩に乗る彼女、宇宙から来たインターフェイス、といってもちょっと小さな女の子なだけである長門有希は相変わらず俺にしか分からないような表情の変化で、楽しそうに頷いた。
いつもなら長門のマンションでゆっくりと過ごすか、図書館デートといったとこなんだが何故か今日は心地よい陽気に誘われて、俺からデートの提案と相成った訳である。
もちろん長門(大)の体を借りてデート(これは長門同士の話し合いによるが)もいいのだが、俺としては有希とこうして歩きたかったのだ。たまにはいいだろ?
問題は有希本人の意思と見た目が男一人ってことだけなのだが、有希は
「………………あなたが望むなら。」
と、あっさりOKが出たので俺は自転車を駆って少し遠い繁華街まで繰り出した。電車賃分は有希の食費に回さないといかんからな、俺のママチャリの耐久性と俺の体力が持つまでは。
そして近くの店などをウィンドーショッピングしながら現在に至るってことだ。
この際、男一人で可愛い小物などを物色してる様にしか見えないのは目をつぶっておく。有希が楽しければいいのさ、俺は。
暫しそんなことをしていると、
「おーい、そこにいるのはキョンくんではないかいっ?!」
ん?まさかこんなとこでこの間抜けなあだ名を呼ばれるとは………………
「って、鶴屋さんじゃないですか?」
そう、そこにはSOS団名誉顧問にして朝比奈さんの親友であり、頼れる先輩でもある鶴屋さんがいたのである。
ジーンズにTシャツ、Gジャン姿のラフな格好は名家のお嬢様、には見えないな。というかここまでカジュアルな鶴屋さんも珍しい気がする。
「どうしてここに?今日は朝比奈さんは一緒じゃないんですか。」
元気が固まって出来てるような先輩は、
「うーん、今日はみくるもいないよっ。まあちょろっとお忍びってやつさっ。」
と笑顔で述べられた。お忍びって言葉がこんなにしっくりこない方もいないと思うのだが。
なんと言っても美人でもあるし、その雰囲気だけで周囲を明るく照らし出してしまえるようなお方なのだから。
「って!」
有希に耳をつねられた。いや、そんなに見てないって。
「ん?どうしたんだい、キョンくん?」
「い、いえ何でもないです。」
「ふーん、まあいっか!それよりキョンくんこそ、こんなとこまでどうしたにょろ?」
うっ、学校の奴らに会わないようにと配慮したつもりだったんだが、まさか鶴屋さんに会うとは思ってもいなかったぜ。
有希は……………見えてないよな?
1ナノの肯定。ならいいんだ。
どうする?なんと答えりゃいいんだ?
うろたえる俺を見た鶴屋さんは、
「はっはーん?もしやキョンくん………」
!!まさかばれたのか?!有希のステルスを信用してない訳じゃないが、なんといっても鶴屋さんなのだ。
ハルヒすらも凌ぎかねん、その直感はあなどれん。
冷や汗が背中を伝う。肩に乗る有希すら息を飲んだようだった。
「誰かにプレゼントでも買っちゃうのかなっ?」
へ?
力が抜けた感じの俺をよそに鶴屋さんの勢いは止まらない。
「なーるほどねぇ、キョンくんはシャイだから誰かに見られちゃったら困っちゃうんだね?でもでもっ!おねーさんは口が堅いから大丈夫っ!!」
バンバンと肩を叩かれた。有希が乗ってる反対の方でよかったぜ、それでも有希が振動で落っこちそうなんだけど。
「なーに、あたしだってお忍びなんだからおあいこだよっ!そんじゃ、じっくり選んでやっておくれよっ!!」
言いたいだけ言うと、鶴屋さんはあっという間に人ごみに消えた。まったく風のようなお人だ。
と、風が吹き抜けるように戻ってきた。なんだ?
すると鶴屋さんは俺の耳に口元を寄せ、
「ちなみに誰へのプレゼントなのか、おねーさんにはこそーっと教えてもらえないっかな?どうにょろ?」
えー、ノーコメントでお願いします。
「あっはっは!まあキョンくんが選んだんだから間違いはないと思うけどねっ!じゃあっ!!」
再び鶴屋さんが走り去る。しかしなんともパワーのある………
あ、鶴屋さんが振り返った。今度はなんだろうか?
そのまま大声で
「それと、プレゼントは形のあるものにしなよっ!!食べ物ばっかじゃダメだかんね?!あたしからのささやかなアドバイスさっ!!ほんじゃね!!」
そう叫んで、そのまま今度こそ鶴屋さんは行ってしまった。
「なあ、有希………」
「なに?」
「本当に鶴屋さんには見えてないんだよな?」
「視覚制御操作は完璧。」
「だな。」
その証拠に俺の横を通る人々に有希は見えていないようだ。流石は鶴屋さんと言ってよいのだろうか。
こうして俺はなんとなく立ち寄ったアンティークショップで、輸入品のドール用指輪などを買ってしまったのだった。
あんなに小さいのにえらく高かった気がするのだが、形あるものにしないとな?
「………………………ありがとう。」
サイズなんかまったく判らなかったんだが、それは有希の薬指にピッタリと納まった。
有希がなにかしたのかもしれんが、そんなことは俺にはどうでもいいことだったしな。
有希のどちらの手の薬指だったか?
そんなもん内緒だ。