『SS』キョン……、の消失 2

あたしの教室は5組なので9組の橘とは下駄箱でお別れとなる。
「ではキョンさん、また放課後なのです。」
「ああ、またね。」
で、教室なのだが2年生になってから上の階に移ったのが結構憂鬱だったりするのだ。
なんで上級生になるたびに階段を昇る数が増えねばならないのよ?
『どうにも長い昇りが面倒でいかん』
そうよね、まったくやれやれだわ。
……………………なんなの、これ?
よくわからないけど、まるであたしが二人いるような………
「――――なんてね。」
どうもあたしも周りの連中に毒されてるわね。
そして教室に入れば、あたしのやっかいの種にして回復薬たるあいつがいるワケで。
「やあ、おはようキョン。今日は存外に早い登校じゃないか。」
嫌味か。んなキャラじゃないわね、どうせあたしはギリギリにしか登校しないわよ。
「気分を害したなら謝罪するよ。どうにも君の顔を見ると余分な心配をしてしまう様なんだ。」
そうですか、別に心配してもらうのは悪くないわよ。
私の席の後ろの住人、佐々木との会話は大体この様に始まるのだから。
しかし中学の時からの付き合いとはいえ、塾でも一緒(この時に徹底的に教えられてなければ今のあたしはなかったんだけど)、その上クラスも一緒なのにおまけに席はあたしの後ろときた。
それももう2年目になるんだから、これはもう運命なんでしょうよ。
………………佐々木が望んでるんだからね。
そう、佐々木にはそんな力があるそうなのだ。
あたしにはよく判らないし、判りたくもないけど。
ただ、そのヘンテコパワーとやらであたしの1年生生活はなかなか刺激に富んだ1年だったのは間違いないんだけどね。
そんな事を考えてると佐々木は少し困ったように、
「どうしたんだい、キョン?本当に気分を害してしまったのかい?」
何でもないわよ、ちょっと物思いにふけったりしただけ。
「くっくっく、君は朝から思考の海で漂えるほどの余裕があるのか。申し訳ないが僕にはまだそこまで達観できるほどの心の機微はないようなんだ。」
なによ、その言い方。
それにしても佐々木の話し方は変わっている。それもあたしに対してだけ。
橘などと話している時はあたしみたいに女言葉で話すのに。
何か疎外感を感じるから、佐々木に問いただした事もあるのだが、
「どうも君とは中学の初対面の時に緊張から固く話してしまったんだが、これが僕の性格に妙に相性が良かったようでね。逆に君に対してでなくてはこのように話せないんだ、親愛の情だと思ってもらえると僕は嬉しいな。」
だからと言って『僕』っていう一人称はちょっととも思うんだけど、もうあたしも慣れてしまった。
『だいたい他人の口調に文句をつけるほど国語力には自信がない』
そうそう、それが親愛ってならそれでいいじゃない。
それよりも、
「あたしにだって余裕なんかないわよ。今日だって目覚めが悪かったし。」
すると佐々木は肩をすくめ(こういうのが絵になるのよね)、
「おやおや、それは僕も同情の感を得ないな。。けれど、余裕とはその事じゃないんだ。」
じゃあ何よ?
「本当に忘れてるのかい?今日は2限の数学で小テストがあるじゃないか、僕は予習の為にいつもよりも30分も早い登校を余儀なくされたっていうのに。」
へ?あ、あ、あーッ!!そうだ、一昨日の数学の時間に言われてたじゃないの!
しかもウチのクラスだけ!!なんなの、この格差。
橘も何も言わないはずだわ、もし判ってたらあいつだってあんなに余裕あるわけないわね。
ウチは一応進学校なのでこのような抜き打ちなテストは多いの。
そしてあたしは、これまたいつものように、
「ごめん!佐々木!」
「分かってるよ、君の分のノートだ。一夜漬けならぬ一時間漬けだが、ないよりは遥かに健闘が期待できるよ。」
「恩にきるよ、いつもごめんね。」
苦笑する佐々木にノートを借りるはめになるのよね。もうこれも中学の時からの恒例。
しかもここに進学してから頻度が増してるんだから自分でもどうなのって話よ。
多分、佐々木が早めに登校したのもあたしの為のノートを作ってくれるため。
ほんと、橘じゃなくても神と呼びたいわね。
てなワケで、あたしはこの後は佐々木のノートと首っ引きでテストに向けて勉強する事になったしまった。
佐々木の忍び笑いを背中に聞きながら、ね。
あ、あの声の事は………………放課後でいっか。
さあ、上手く頭に入ってよ、公式の皆さん!!