『SS』キョン……、の消失 1

ある日ある時、自分の人生が変わっていたら皆様はどうお思いだろうか?
例えばでいい、自分の性別が変わっていたりすれば人生をどのように送っているのか考えた事はないか?
あたしだって、そう思わなかったと言えば嘘になる。
ただ、そんな馬鹿な話はないことに少し早く気付いてしまっただけ。
そう、幼稚園の頃見た赤服のじいさんを冷めた目で見ていたような……………
「キョーンちゃーん!!あっさだよー!!」
…………人がせっかく人生について思想しながら布団の温もりの中に逃避しようとしていたのに何故それを妨げるのだ?弟よ。
なによりも年頃の乙女の部屋に軽々しく入るんじゃありません。
「なに言ってんだよ、キョンちゃんが起きないのが悪いんじゃん。」
あのねえ、仮にも実の姉に対してあだ名で呼ぶのはやめなさい。もう小学校も高学年なのになんでこんなに幼いんだろ。
「先にご飯食べてるからー。」
ドタドタと弟がリビングに下りていく。はあ、まあ慕ってもらえるのは悪い気はしないんだけどね。あたしも甘いなあ。
さて、あたしも顔を洗って着替えますか。
まあ簡単に顔を洗って、あ、化粧は嫌いなんだ。そんなに映える顔でもないのは自覚してる。
で、いつもの制服に………………………?!
なにかあたしの頭の中を走っていった。
『俺の制服ってこんなのだったか?』
……………何考えてんだ、あたし。もう嫌になるほど見飽きてるじゃないの。
あたしはいつもの黒のスカート、黒のブレザーに袖を通した。
鏡も見ないで髪をゴムでくくる。
自慢じゃないけどポニーテールを作らせたらなかなかなんだよ?もう完全に手に馴染んでるっていうか。
『俺、ポニーテール萌えなんだ』
ん?なんなの?そりゃ楽だしずっとこの髪型だけどさ。
なんか変な感じだなあ、あたしもいよいよあいつらに染まっていってるのかね?
適当にパンを齧りながら、あたしは妙な違和感に包まれていた。
まあ、学校に行ってから考えよう。こういうのが好きだからな、あいつは。
「ひょんひゃん、ひょうもおほひの?」
こらこら、食べながら話すんじゃありません。
「ああ、多分部活ね。」
「ふーん、たいへんだねー。」
そうよ、高校生はなにかと忙しいのだ。ただあたしの場合は普通より精神的に疲労する気がするけど。
「いってきまーす!」
「いってくる。」
二人で家を出て、途中で弟と別れる。友達のところに行く前に手を振ってくれた。
いつまでもその素直さを持ってて欲しいわ、姉として。
そしてあたしも学校へと歩く。
平坦な道だけど距離は結構あるのよね。
でも、あそこに通うよりは遥かにマシね。
見上げた山の中腹あたりにある学校を見て、あたしは安堵のため息をついた。
これなら頑張って中学に勉強した甲斐もあったってもんよ。苦労は若いうちにしろってね。まあ今も若いんだけど。
そうして歩いていると、同じ学校の生徒もちらほらと増えてくる。
すると見慣れた奴の背中を見つけた。あたしは声をかける。
「おはよう、橘。」
橘はあたしに振り返り、
「あ、おはようございますキョンさん。」
馬鹿丁寧にお辞儀した。ツインテールが合わせて揺れる。
「今から登校?」
「はい、ちょっと深夜番組にはまってしまったのです。」
「どうせ通販番組でしょ?」
「あー、もうキョンさんヒドイのです!………………まあそうですけど。」
橘は同級生なのに変に馬鹿丁寧な言葉使いだ。あいつに比べればマシだけど初めは慣れなかったものだ。
だが、今では気の合ういい奴だ。あたしも知らないようなファッション関係の話なんかさせると止まらない。
『誘拐犯が何言ってんだ』
??何、今の?!
「どうしたんですか、キョンさん?」
「い、いやなんでもない。ちょっと目覚めが悪くって。」
「えー?朝ごはん、ちゃんと食べてますか?」
大丈夫、食べないくらいなら遅刻する。
「それならいいんですけど…………心配させないでくださいよ?」
「ごめんごめん。」
などと話していたら、
「おい、お前らそんなに悠長な歩きでいいのか?時間はあまりないと思うぞ。」
むっ?この声は……………
「自分もこの時間で、しかも後から走ってきた人に言われたくないのです!」
「ふん、僕はまだ走らなくても十分に間に合うと確信している。お前らのようにくっちゃべってないからな。」
「おい、藤原さん。あんまり橘をいじめないでくれよ。」
「なら少しは急ぐことだな。」
そう言うと藤原、一応は先輩なんでさん付けしておくが、先輩はさっさと先に行ってしまった。
「もう!あいつはいっつもああなんです!!」
「お前も落ち着け、橘。たしかにあたし達も話すぎたみたいだしね。ちょっと急ぎましょうか。」
キョンさんもみんなも、あいつに甘いのです!でも急ぎましょう!」
どっちなんだよ。
やれやれ、お前だって藤原の言う事は聞いてるじゃない。
こうしてあたし達は急ぎ足で校舎に向かった。
あたし達の母校、光陽園学院に。