『SS』ちいさながと 21

その日の夜、俺と長門長門のマンションへ向かった。
親には国木田の所へ勉強に行くと言ってある。用心の為に国木田にも連絡済みだ。
「大丈夫、上手く言っておくよ。」
本当にありがたい。持つべきものは親友だ、WAWAWAが無い方の。
「今度僕が同じ様なことがあったら頼むから。」
ああいくらでも言ってくれ。
「今までもあり得たはずのシチュエーションだからね、どんな質問にも対応できるつもりだよ。」
どういう意味かわからんが、まあ思春期の男子にはアリバイ作りも必要なんだよ、うん。
「ところで今回は誰との逢引なのかな?」
それは誤解だ。何よりも逢引相手すら見当たらない。
「…………そうなんだ…………」
電話の向こうからため息が聞こえた気がした。というか肩の長門まで同時にため息をついた気がしたのだが。
「気のせい。」
そうか。
「みんな大変なんだね………………」
何か達観したような国木田に妙な引っかかりもあったが、とりあえずアリバイは確定だ。これならハルヒにも言い訳できる。
俺は愛車を飛ばしてマンションにたどり着く。
インターフォンを鳴らす事も無く俺達は自動ドアをくぐった。
もちろん長門の力だが、それならなんでこいつはオートロック付きのマンションに住んでんだ?
「今回は非常事態。通常は私も鍵を使う。」
そうなのか、まあインターフォンを鳴らしてもあの長門が出る気もしないがな。
エレベーターの中で俺はあのダミー長門と意思の疎通ができるのか考えていた。
あいつは長門であって長門ではない。長門の行動だけをコピーした存在。
しかしその態度は俺の良く知る長門とは雲泥の差があった。
そんな本当の人形のような長門に俺は何を言ってやればいい?
こうして肩にいる小さな長門に対しても。
「なあ長門。」
「なに?」
「お前、あのダミーに会ってどうするんだ?」
「…………………」
長門は黙り込んだ。
「おい、何も考えてないのか?」
「…………策はある。でも今は言えない。」
なんなんだ、俺にも言えないってのは。しかし長門が策があると言うのだ、俺には信じるしかない。
エレベーターを降り、長門の部屋へ。
ポケットから鍵を取り出したのだが、
「鍵は開いている。」
………………ここでもお前じゃない事を思い知らされるのか。
俺はドアを開ける。しかし部屋の主が肩の上に乗っかってるのに、不法侵入する気分だな。
「…………入って。」
ああ分かってるさ。俺は部屋の中へ入る。
しかしダミーの奴は何も反応が無いな、何故か妙に気になる。
反応の無い理由はすぐに分かった。
長門は、ダミーの長門有希は部屋の中央、テーブルの前に座っていた。
そうだ、ただ座っていただけなんだよ!!
俺達が入ってきても何の反応もしない、ただそこにいるだけの存在。
長門…………これは………………?」
「ダミーは私の行動を忠実に再現している。」
これが……………そうだというのか?!
この何もない部屋にただ一人で座るだけ。
こんな姿がお前だと言うのかよ!!
「食事や読書もしている。ただしダミーにはその必要が無いだけ。」
それにしてもだ!こんな、こんな寂しい風景がお前の景色だなんて言わないでくれ!!
俺の胸の中になにか熱いものが込み上げてくる。
まったく俺らしくない、何故なら長門がこの部屋に一人っきりだってことはよく知ってるはずじゃねえか。
だがこれを見て何も思わない奴なんているか?!
暗い何も無い部屋でただ一人座る無表情な少女を見て、だ!
俺はテーブルを挟み、長門の正面に座る。
黙って肩の長門がテーブルの上に飛び移った。
それでも目の前の長門には何の動きもない。もちろんお茶なんかを望んでる訳でもないが。
「なあ、長門。」
俺は目の前の長門に話しかけた。とにかくそうしないといけないと思ったからだ。
「……………」
無反応。その黒瞳に何も写すこともなく。
「お前が俺の知る長門じゃないことは分かってる。でも聞いてくれ。お前は長門を忠実に再現してるつもりなのかもしれん。」
ここで一息つく。あぁ長門、お前の淹れてくれた茶が恋しいぜ。
「だが俺には分かっちまうんだ、お前が長門じゃないことが。で、それがどうにも辛いんだよ。」
何を言ってんだ俺は。だが小さな長門も目の前の長門も黙って聞いてくれている。
「俺だけじゃない、長門だって辛いと思う。それにSOS団の連中だって多分気がつくはずだ。お前が長門じゃないことを。」
現に朝比奈さんは今日の長門をおかしいと思ってるはずだし、古泉も感づくだろう。
もちろんハルヒがそれを見逃すはずはない。
「だから、そのー、なんだ?もう少し融通を利かすというか、どうにかならんのか?」
これは長門に対してではない。長門の向こうにいるあいつの親玉に対してだ。
なんでこいつらは、こうも人間の気持ちってのがわからんのだ?!
俺は口調こそ長門に向かってだからおとなしくしてるが、内心はハラワタが煮えくり返りそうなんだ。
しかし長門の反応は、
「……………」
無反応だった。俺の語彙が足らなさ過ぎるのだろうか…………
その時、小さな長門がダミー長門に向かい正面に立った。
「この素体を通して、情報統合思念体へのコンタクトは不可能。」
やっぱりそうなのか。だが俺は、
「それでもあなたは私ともう一人の私の事を第一に考えてくれた。」
当たり前だろ、たとえダミーだと言われたって長門長門にしか見えんのだから。
「そんなあなただから、私は私となれた。感謝する。」
そう言った小さな長門の全身が白い光に包まれてゆく。
なんだ?!どうしたんだ長門!!
見るとダミーの長門も光っていく、何なんだよ一体!!
「ダミーの情報を強制解除し、メンテナンス中の私の有機生命体をここに転送する。」
そんなことが出来るのか?!
「可能。ただしこれは情報統合生命体の意思に反する行為。」
!!!!
待て!それってまずいんじゃないのか?!
「成功率は0,000000001%」
なんだと?!それじゃあお前!!
「………………言えば必ずあなたは反対する。」
当たり前だ!!お前をそんな危険な目に遭わせてたまるかッ!!
「だからこそ私は今まで黙ってこの作戦の為の情報操作に集中していた。」
止めろ!今すぐにだ!!頼む!
「……………それでも……………私は…………あなたと…………いたい…………」
光が二人の長門を繋いでいく。
「私は……………あなたの…………あなたが………………」
長門ぉ―――――――ッッ!!!!
光が部屋中に広がっていく。
その光に俺も包まれ………………あまりの眩しさに俺は思わず目を閉じてしまい…………最後に見えたのは小さな長門の微笑みだった気がする……………
長門……………………