『SS』ちいさながと 20

いつものように見える帰り道。
ハルヒと朝比奈さんが並んで歩き、その後ろを長門(ダミーだが)。朝比奈さんがいつもより長門の方を振り返るのは、きっと一度も口を付けられなかった湯呑みのせいだろう。
あの朝比奈さんの落ち込んだ顔を見た時、そしてその朝比奈さんを見ている小さな長門を見たら今の状態がどんなに間違ってるか分かるはずさ。
そうさ、今だって長門は俺の肩の上で朝比奈さんを気にかけもしないもう一人の自分を悲しそうに見てるんだ。
俺だってそんな長門を見るのは死ぬほど辛い。そうなんだよ、俺は長門に何もしてやれないんだ。
「どうやら涼宮さんの機嫌は悪くはないようです。」
そうかい。俺は隣で歩く古泉にどうでもいいように答える。
実際はあのシャーペン騒ぎの事もあるから、ハルヒの機嫌についてもう少し気を配るべきなのだろうが。
「その話なら僕も聞きました。しかし閉鎖空間は発生しませんでしたしね。」
まあハルヒがあれだけ騒いだんだ、お前の耳にも入るだろう。そうじゃなくても、お前ならこのくらいの情報を把握できない訳ないしな。
「ええ、まあそうなんですがね。しかし涼宮さんはおそらく、貴方へ怪我を負わせたという事実に軽いパニック状態に陥ったと思われます。」
それなら閉鎖空間が発生してもおかしくないか?
「ですがその後、涼宮さんは自分でも驚くほど冷静かつ的確に貴方に対し怪我の処置を行った。」
そうだな、ちょっと過保護なぐらいだったぞ。
「しかも図らずも貴方と二人での時間を過ごす事ができ、その上貴方には所謂『できる女』な部分をアピールできたと。」
いや、それはお前の考えすぎだろ?確かにハルヒの万能ぶりは再確認できたが。
「ですがそれなら、涼宮さんの機嫌が良いのも理解できるのですが。」
つまりあれか?あいつは俺に怪我させといて、その治療をできた自分に満足してるってのか?
「……………そういう解釈も出来ますか………………」
他にあるのかよ。
「私も治療した。」
そうだな、傷口も綺麗に無くなってたし感謝してるよ。
「………………そう。」
少しでもお前の機嫌が良くなって欲しいからな。
「どうかしましたか?」
なんでもない、機嫌がいいならなによりだ。
「そうですね、結局貴方頼みなのはこちらとしても心苦しいのですが。」
そうさ、あいつのご機嫌取りならお前の担当なんだからな。
「肝に命じておきます。」
古泉の笑顔がようやく離れた。まったく、いちいち顔が近すぎるんだよ。
それよりも俺は長門の方が気になるんだからな。
と言ってるうちに長門のマンションの近くか。結局俺は小さな長門に何も気の利いた事も言えず、ただ歩くダミーの後姿を眺めていただけだった。
「じゃあ解散!!」
ハルヒの号令で帰宅となるのだが、
「ちょっとキョン!」
なんだよ、俺はこの後長門にどう声をかけたらいいのかで頭が一杯なんだ。
「あのね……………腕、大丈夫………………?」
ああ、まだ気にかけてくれるのか。
「い、一応ね!ほら、あの後あんた何もなさそうだったけど団長としては団員の状態はいつも把握しておかないといけないじゃない?例えヒラの雑用だったとしてもね!!」
そうかい、嬉しくて涙が出てきそうだぜ。
「なんともない。お前が治療してくれたからな。」
正確には長門のおかげだが、古泉に貸しだ。実際感謝もしてるがな。
「そ、そう!当ったり前よ!あたしが診てあげたんだもん、今までの三倍は治りが早いにきまってるわ!!」
そこまでいけば言い過ぎだろ。もう治ってることは内緒なんだけどな。
「じゃあまた明日ね!キョン!怪我を遅刻の言い訳にするんじゃないわよ!!」
だからなんで俺の遅刻決定なんだよ。
キョンくん、また明日。」
「では失礼します。」
「………」
みんなそれぞれの家路へ。ただ俺はこのまま帰る気がしなかった。
言うまでもない、あの長門が気になるからだ。
「一旦、このまま帰宅して。」
なんだと?お前あのままでいいのか?
俺には我慢が出来ん。しかし肩の長門は、
「まだ古泉一樹に気取られる恐れがある。一旦帰宅したほうが良い。」
…………お前がそう言うなら従うよ。ただな?
「………………」
そんなに固く拳を握らないでくれ、お前の気持ちが痛いくらい伝わっちまうんだ。
今晩の外出の言い訳を考えながら俺は長門と家へ帰った。
そうさ、この長門の為なら親のカミナリなんて安いもんだ。
「…………ごめん…………なさい……………」
言わないでくれ。俺もあんな長門を見たくない、それだけなんだからな。
「………………私も………」
固く握られたままの拳。決意に満ちた瞳。
俺にでもわかるほどの決意。
そして俺は馬鹿だった。
何故長門がここまで思いつめていたのか理解もしていなかったのだから。
それを俺は後悔する。
長門の部屋で。長門の前で。
この時の俺にはまったく分かってなかった………………