『SS』たとえば彼女に………

桜の花も咲き、陽が昇れば吹く風にも暖かさを感じる季節となった。要はもう春だなってことだ。
そんな麗らかな小春日和の休日に、俺は一人散歩としゃれ込んでいた。
なに、いつもの不思議探索とやらがハルヒの都合で無くなったから暇ができたんでな。
たまには一人になりたい時だってあってもいいだろ?


なーんてな、俺は一人になりたかったんだよ。何しろ臨時収入があったんでな。
何でも親父が些細ながら宝くじに当たったとかで、母親に内緒でおこぼれに預かったのだ。男同士にはこういう秘密があってもいいもんなんだよ。
おまけにハルヒまでいないから奢る事もない、なんという幸運。
ついつい足を伸ばして出かけたくなるってもんだね。
と言うわけでいっそ遠出をしてみるか、などと考えながらとある公園の前を通り過ぎようとした時。
あいつに出会ってしまったんだ。
いつからそこにいたのか分からない。少なくとも俺がくるまでは誰も居なかったはずだ。
しかし今、あいつはそこにいる。
長く量の多い黒髪が身体全体を覆うように見える。
その中に白皙の顔が浮かぶように。
その瞳はブラックホール並みの黒さと光の無さ。
いつもの制服と相まって、まるで黒い塊に人形の顔を付けたみたいだ。
そう、周防九曜はいつも突然に俺の前に現れるのだ。
「…………」
「―――――」
なんだ、この沈黙?俺から話しかけないといかんのか?
「あー、どうしたんだ九曜?一体いつから居たんだ?」
それに対し、
「――――――私は―――――――観察する―――――――――」
何をなんだ?
「―――――私を――――観察したい――――――?」
いや、遠慮する。
「――――――――――そう。」
だからそれは長門の専売特許だろうが。
ああ、いつかもこんなことがあったな。
と、ここで春だからか俺の妙な好奇心に火が着いた。
そういえば、こいつもいつも制服だよな。
しかし俺は何度かとは言え長門の私服姿も見た事があるのだ。それはとても可愛らしく清純で…………ってそっちの話じゃないな。
とにかく俺は『こいつが私服を着てたらどうなんだろう?』と思ってしまったんだよ。
だが多分こいつは私服など持ってないだろう。
ところが俺の財布は珍しく過剰供給されている、ということは結論が見えるよな?
「なあ九曜、お前暇か?」
まあ暇なんだろう。普段こいつが何をしてるか知らんが。
予想通り頷いた。長門より首の角度が大きいからよく分かる。1ミリが1センチになってるもんな。
「それなら俺に付き合わないか?お前に有機生命体の服装ってのを教えてやるよ。」
「――――――――学習する――――あなたと――――――」
そうか。なら行くぞ。
こうして俺と九曜は電車に乗って繁華街へ赴いたのである。

さて、九曜の服を見ると意気込んだのはいいものの、俺に女性の服を選ぶセンスなどありはしない。
だがこれでも母親や妹の買い物に付き合わされたり、ハルヒや朝比奈さんの買い物に付き合わされるなど、店を見る目はそこそこあるつもりなのだ。
そこで朝比奈さんが気に入っていた一軒のブティックに九曜を放り込んだ。
もう店員さんのセンスにお任せする気満々だぜ。
「可愛らしい彼女さんですね、まるでお人形みたい。」
一部誤解はあるが、可愛らしい人形というのは的を得てるな。
「いいですねー、こんな綺麗な黒髪だと明るい色なんかが映えますよ。」
そういうもんですか?いまいちこいつが黒以外を着てる姿が想像できん。
だからこそ来たんだけどな。
ちなみに九曜はこの間、身動きすることなく前方を見てるだけだった。お前の話なんだがな。
「じゃ、何着か試着してみましょうか。」
そのまま九曜は何も話すことなく店員さんに連れられていった。
ここに来るまでもそうだが、本当に無抵抗だな。
そして俺は周りに女性しかいない店内に一人取り残されるんだった。自分で言い出したとはいえ、これは恥ずかしい。
しばらくして、
「どうですか?いつも暗めの服装が多そうなのでまずはイメージに合わせたんですけど。」
はあ、そうなんですか?それは黒のロングドレスにレースが散りばめられた所謂ゴスロリってやつか?
黒髪と身体のラインをレースの白が引き立てていて、九曜の色白な顔と併せて日本人形がフランス人形になったようにしか見えん。
「――――――どう―――――?」
「うーむ、可愛いがなんかいつもと変わらないような…………」
「そうですね!今までの彼女のイメージを残してみたんですけど彼氏としてはイメチェンもいいかもですよね?!」
なんか店員さんノリノリですね。後、彼氏じゃないです。
「じゃ、次行きましょう!!」
また九曜が引きずられ、また俺は羞恥心と闘った。
しばらくして、
「どうです?ちょっと春っぽくしてみたんですよ!」
「へえ………………」
今度の衣装は白のロングのフレアスカートにフリルのついたピンクのブラウス、白いカーディガンを羽織っている。
なるほど、白い服が黒髪に包まれるとまるで光ったように浮き出してる。
またピンクが意外とアクセントなんだな、九曜の顔も幾分明るく見える。これで表情に恥じらいがあればどこの良家のお姫様って感じだ。
「――――――どう?」
ああ、さっきよりかいいぞ。お前も明るく見えていいだろ?
「――――――――可愛い―――――――」
そうか、そういうのが分かるのか。こりゃいい方向に九曜の気持ちが向かっているのかもしれん。
「うーん、でももうちょっと彼女さんの雰囲気を変えてみたいんですよねー。」
あれ?まだやるんですか?
「だって、この子可愛いじゃないですか!?」
そ、そうですね。
「ああー!憧れちゃうんですよ、こんな黒髪。だからもう少し彼女さんお借りしますね!」
いやだから彼女じゃ………………行っちまったよ。
さすがに店員が興奮気味にファッションショーをやってりゃ注目もされるわな。俺への目線も多くなった気がしてきたぞ。
もういいから次でラストにしていただこう、そうじゃないと俺の方がもたん。
しかし今までよりかなり時間が掛かっている。
もう耐えられなくなり、一旦店を出ようかと思った俺の前に店員がやってきた。
「お待たせしましたー!いやー、彼女ほんっとうに可愛いんだもん!」
えらいテンションだな、おい。そのまま今度は俺が店の奥に引っ張られていった。
いやいや、それは勘弁してもらいたかった。入り口付近だけで精一杯だったんですから。
しかし店員のテンションは上がったまま、俺は試着室の前に連れてこられた。
よほど自信があるのか?
「それでは、どうぞーっ!!!」
試着室のカーテンが開く。
「!!!!!」
そこに居たのは……………
白のミニスカートにパステルブルーのレギンス。
グリーンとイエローのストライプのハイソックスにパステルピンクのスニーカー。
ピンクのパーカーに白のジャケットを羽織って。
それもすごいのだが、なによりも髪型だ。
あの長い黒髪を一点で括り上げている。そう、ポニーテールにしているのだ。
よくあれだけの量の髪をまとめ上げたな。
無作為に広がっていた髪が括ると綺麗にまとまっている。
それは長さ、量ともに最高級のポニーテールと呼んでも過言ではないだろう。頭の上で括ってるのに踝まで届くポニーなんてそうそうお目にはかかれないぞ。
そしてポニーテールにすることにより、九曜の顔の小ささや身体の線の細さがよく分かり、それが活発な衣装の中にも儚い清純さを醸し出している。
自分でも何を言ってるのかさっぱり分からんのだが、とにかくあの九曜がここまで変わるとは。
いやー、女ってすげえなあ。
「――――――――どう―――――かしら――――――――?――――」
「ああ、こう言ったらなんだがいつもより遥かにいいぞ。」
「――――――可愛い―――――?」
「おう、自信持っていいぞ。」
「―――――――わかった―――――――」
そう言った九曜の目にかすかに喜びの光が見えたのは決して俺の気のせいではないはずだ。
「いいなあー、彼氏に褒められるのが最高の評価ですよね?」
だから彼氏じゃ…………おい九曜、なんで誰にも分かるように頷くんだ。
「―――――あなたが――――――教えて――――――くれる―――――――」
……………そうか。
まあ、誤解はしょうがないが九曜にとってまた一つ何かを学べたなら良しとしよう。
俺も珍しいというか、いいものを見られたからな。
結局、俺はその服を九曜に買ってやった。店員さんがえらく九曜を気に入ったせいか、思ったよりリーズナブルだったしな。
会計を終えた俺達は店を出た。
帰りの電車の中で服の入った袋を大事そうに抱えた九曜は何とも言えない綺麗なものだったな、多分夕日がその白い顔に映えていたからだと思う。

いつもの駅前。
今まで無言だった九曜が口を開いた。
「―――――――ありがとう――――――ございます――――――?」
そこは疑問系じゃなくていいぞ。
「――――――あなたは――――――いつも―――――――暖かい――――――――」
そう言われると照れるな、純粋な好奇心からだったんだが。
「―――――私も―――――あなたに―――――――なりたい――――――」
いや止めとけ。お前はお前だ、その方がいいぜ。
「――――――――――――」
九曜はそのまま背を向けた。お別れってことか。
「―――――また―――――――」
ああ、またな。
「―――――――図書館――――――――――」
わかった、行こうな。
「―――――――この服で―――――――――――――」
楽しみにしとくよ。
「―――――――――いい。」
それはやめてくれ。
と、九曜の気配が消えた。目の前には居たはずなんだがね。
「やれやれ、もう少し余韻ってのも………………」
「何の余韻かしらー?」
そりゃお前、別れ際のだな………
「ふーん、誰との別れ際なのかしらねえ?」
えーと、そうですね、友達なんかではないでしょうか?
「ずいぶんと可愛い友達よねー?あんたの友達。」
ははは、いえいえお前に自慢できるほどじゃないですよ。ところでですね?
「なに?」
なんで此処に居るんですかハルヒさん?
「あたしも買い物に行ってたの、悪い?!」
いや、それはお前の自由だ。ただ俺が振り向けないのは何故なんだろう?
「有希の私服に春物がないからって探索を中止して二人でね!!」
何ぃっ?!ということはそこには………………
俺は恐る恐る振り返る。
二人の鬼がそこにいた。
一人は黄色いカチューシャを揺らしながらマグマのような目で。
一人は短い髪を逆立てながらブリザードのような瞳で。
「どういうことか!」
「説明を求める。」
こうして俺の臨時収入は言い訳の為の美少女二人の食事代となって綺麗サッパリとなくなってしまったのである。
幸運とは長続きしないという教訓を皆も学んでいただけたのではないだろうか?
「いいから!あの子となにしてたの?!」
「…………………何故二人で?」
学べただろ?だから助け……………………
「キョ――――――――――ンッッ!!!!」