『SS』ちいさながと 2

そうだな、だからと言って俺の方に何か変化があったと言うことは無い。
いつものように放課後をSOS団の活動という名の時間の浪費に精を出し、古泉の黒星だけが増えたボードゲームの結果と、マイエンジェルの甘露なるお茶の味だけが収穫と呼べるものなんじゃないだろうか。
ハルヒも珍しくおとなしくネットサーフィンに打ち込んでたしな。翌日にどんな結果として帰ってくるかなんて考えるだけ無駄ってもんだ。
まあせいぜい古泉が笑って、朝比奈さんが慌てふためき、長門が無言で俺が奔走する程度だろう。
そういや、この時には長門に関して何も変化の兆しなどは無かった。
別にあいつを注視している訳ではないが、まあ古泉と向かい合っていても必ず目の端には姿が入るようになっているだけだ。
今日もいつものように電話帳が裸足で逃げ出すようなハードカバーの本を、規則正しくめくっていたしな。
そして、いつものタイミングで本が閉じられて、
「さ、帰りましょう!!」
ってな具合にハルヒが言うわけだ。
帰り道もいつもの通りだった。先頭にハルヒと朝比奈さん、そのすぐ後ろに長門
すこし遅れて俺と古泉が歩く。
「今日も平穏無事でなによりです。」
まったくだ。ただお前な、それだけの話をするだけならそんなに顔を近づけるな。
「いえ、少々涼宮さんがおとなし過ぎたのではと。」
そんなことはないだろう、あいつだって黙ってネットの海に浸ることもあるだろうよ。
「それが次の展開を考えてるならよろしいんですが…………」
なんだ?
「単に退屈を覚えてるのでしたら、厄介なことになるのではと。」
苦労するな、お前も。まあ、あいつが退屈ならお前が睡眠不足になるだけだ。
「たしかにそのとおりなんですけどね。」
いつものニヤケ分に多少の苦味を加えて、
「そろそろ『機関』のほうでも新しいイベントの提供でも考えた方がいいですかね?」
その時は俺を外してもらえるなら、どんな無茶なイベントでも許してやるぞ。
「ご冗談でしょう?すべては貴方無しで考えられるものではありませんよ。」
それなら何故に厄介事になりそうなイベントとやらは俺の方からしたら事後承諾しか得られないのかね。
「それも神の思し召しですよ。」
言ってろ、このえせスマイル野郎。
ここでも長門には何も異常は無かった。会話は無かったがそれくらいは分かるさ。
長門のマンションの近くで、
「それじゃあ今日は解散!!また明日ね、特にキョン!遅刻なんかするんじゃないわよ!!」
なんで名指しされにゃならんのだ、まったくやれやれだ。
と、俺がいつもの口癖で締めた時だって長門長門だったわけだ。
だから俺は家へと帰り、普通に妹の相手をして普通に晩飯を食い、普通に妹の後で風呂に入ろうとした。
どうでもいいが妹よ、もう小学校も高学年なんだからいい加減の俺と一緒に風呂に入ろうなんて言うんじゃありません。
兄としてはいつまでも甘えてもらえて嬉しい限りなのだが、さすがに倫理的にはどうかと思うのだよ。
そして妹が風呂から上がり、さて俺もって時に俺の携帯が鳴り響きやがった。
ハルヒか?」
まずこんな時間にかけてくるのはあいつぐらいなもんだからな。
と、軽い気持ちで着信画面を見た俺の表情が固まるのが判る。
『着信・長門有希
なんだと?!あの長門がこんな時間に電話なんて一体何事だ!俺は慌てて通話をオンにする。
「もしもし?長門か?!」
「………………………」
おい、妙に間が長くねえか?無口キャラはいつものことだが、そっちからかけておいてそりゃないだろ。
「………………私。」
よかった、声を聞いただけで何故か安堵する。
ただ、声が小さすぎるのは俺の気のせいか?
「どうした長門?一体なにがあったんだ?!」
もう判ってる、これは異常事態だってことはな。
「………………………」
だから間が長いって!不安感だけが増しちまうじゃねえかよ!
「……………………来て。」
それだけ言うと、突然電話が切られた。間違いなく異常事態だな、こりゃ。
俺は親が何か言ってるのを聞き流しながら、玄関を飛び出した。言い訳は後から宇宙人にアイデアを出してもらうとしよう。
まあ実際はそんなこと考える間もなく自転車を飛ばしていたわけだが。
こうして俺は進路を競輪選手にするべきじゃないかと思う勢いで長門のマンションまでやって来たんだ。