『SS』『ツンデレ議員 安部五十鈴!!』第0話前編

♪あ〜お〜げ〜ば〜とお〜とし〜♪

………定番とは言えつまらんな。
最近は歌ってるとこも少なくなったらしいけど。
パイプ椅子に座りっぱなしで睡魔と戦いながら、この俺『英 智則』(はなぶさ とものり)は卒業式の一風景に溶け込んでいた。
我らが母校、県立東高校の70何回目だかの卒業記念式典に二年生の在校生代表の一員として俺は嫌々、そう正に嫌々参加している。
大体来年は否応なしに参加しなくてはならないものに好き好んで参加する必要などないだろうが。
そのために参加の是非をわざわざアンケートしてくれている親切な学校なんだ、うちは。
平日の昼寝という総ての学生にとって最大級の誘惑に逆らうつもりの無かった俺は当然のように不参加を表明した。
つもりだったのだが。
いつの間にか俺のアンケート用紙には参加に丸がつけられて提出されていたのだよ、これが。
犯人は解ってる。
つーか、こいつしかいねえ。
その犯人は俺の隣で卒業生よりも遥かに大粒の涙を流し………おい、鼻水はないだろ。
俺はポケットティッシュをそいつに差し出す。
「おい、安部。せめて鼻ぐらいはかめ。間抜けにしか見えん。」
しかし安部は俺の親切(まあ見苦しいからだが)に対して、
「っさいわね!この感動を少しは情感を持って味わいなさい!何の為にあんたまで参加させてあげたって言うの?!」
いや、別に参加なんぞしたくもなかったし。
つか、いいから鼻をかめ。
「もう!ハンカチぐらい出しなさいよ、女の子が泣いてるのにポケットティッシュなんてデリカシーの無い!」
鼻水拭かれるのが解っててハンカチなんぞ出せるか。
まあ持ってきてもないが。
「ほんと、あんたって頭でっかちなくせにエチケットとかの知識は皆無なのね。」
暴言も甚だしいな、コラ。
悪態を尽きつつ、『安部 五十鈴』(あんべ いすず)はセーラー服のポケットから可愛いデザインの青いハンカチを取り出し、涙を拭った。
おい、鼻水の方が先だろうが!
とツッコミを入れようとしたタイミングで安部が俺のティッシュを奪い取り、思いきり鼻をかみやがった。
いや、もう少しこう………恥じらいってものがないもんか?
それなりに静かだった体育館中に鼻をかむ音を響かせた張本人は周囲の白い目をまったく気にすることなく、なにを思うかまだ涙を目尻に溜めて厳粛な(うん、上手い表現だ、つまり退屈な)卒業式を見詰めていた。
式の方は在校生の送辞、卒業生の答辞とつつがなく進んでいく。
そんな中、ほんの少しのサプライズとして本来生徒会長が読むべき送辞を何故か俺の隣に座っていた泣き虫女が読んだことがニュースと言えるんじゃないかね。
「私たちは全ての先輩方とお話できた訳ではありません。でも………先輩方が残していったものを少しでも受け継げれば………」
てな具合に、その答辞は感極まった安部五十鈴の涙声も相俟って、なかなか感動的であったようである。
そりゃ今まで漏れなかった卒業生の席から啜り泣く声が聞こえてきたくらいだからな。
俺は泣きすぎて訳の解らなくなった後半部分の解読に頭を使っていたのであまり感動とか…………ちょっと視界が揺れたのは欠伸をかみ殺したからだよ。うん。
しかし安部もわざわざ答辞を読むなら始めっから生徒会長になれば良かっただろうに。
それに対して答辞を終えて満足気な安部女史はこう述べられた。
「あのねぇ、生徒会長は推薦されてた人が頑張ってるの!だからいいのよ!勝手に立候補なんかして本当にやりたい人を邪魔するなんて愚の骨頂極まりないわ!
答辞だけは生徒会長だけでなくて在校生にも卒業生を快く送り出す気持ちがあるってのを見せたかったから無理言って頼んだけど。」
素晴らしい愛校精神だな。
生徒会長もいらん仕事が減ってさぞや感謝してることだろうよ。
その博愛で何故俺の睡眠が削られるのかは解らんが。
「大体アンタが推薦してくれるって言うなら…………それにワタシが会長になってもアンタ、生徒会なんか入る気ないだろうし………」
なんか呟いてるが答辞で言い足りないことでもあったのかね?
まあ、生徒会長なんぞにこいつがなったら俺がなんらかの被害を被ることは間違いないわけだから、このくらいで済んでヨシとせねばならんのだろうさ。
自分を買い被る訳ではないが、こいつは仕切りたがりの割りには妙に小心的なとこもあったりするからな。
答辞を無理やり引き受けるくせに会長職には立候補しないって矛盾に気づいてんのかね。
さて、そんな二重人格な安部的には感動的な卒業式が終わり、卒業生達は思い思いに自らの学びやを懐かしんでいるようである。
在校生側はというと生徒会はまだ色々と用事がありそうだが、他の者は卒業生と想い出話をしていたり、義務は果たしたとばかりに帰る奴もいる。かく言う俺もその一人だな。
まあ参加自由の式に出席している時点で積もる話もある奴の方が多いのだが。
ふと見れば私服も混じっているが、式には参加しない出待ちか何かか?
わざわざ式が終わってくるぐらいなら最初っから俺と替われ。そして出待ちしてるのが女なら、待たせてる男はムカつくから浪人でもなんでもしやがれってんだ。
心の中ではいくら悪態をついても罪にはならないので、脳内で気前良く罵声を浴びせながら一人ブラブラと校門に向かい歩く。