『SS』なちゅらる 3

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 さて、何やら内密に話し合う三人組と変に勢いのあるハルヒを連れて(俺が引きずられる格好だが)ショッピングモールの雑貨屋巡りとなったのだが、ここまでの電車賃が二人分なのはもう諦めるとして(当然のように切符を待つハルヒが財布を持っているのか不安になった)問題はその様子を見ていた三人の評価である。
 このままでは傍若無人な高飛車女に見られかねない(実際にそうなのだが)。
 仕方なく俺は無けなしの小銭を追加して缶の紅茶なんぞを買ってみる。
 切符と一緒に「ほら」と手渡すと、
「…………えらく気が利くじゃない、どういう風の吹き回し?」
 なんて疑いの目で見てきやがった。
 ったく、俺だってこんな事はしたくないんだ。
 だがハルヒ及びSOS団の悪名をこれ以上轟かせたくはない(少なくとも北高周辺以外にまで拡散させたくはない)ので精一杯愛想よく、
「何言ってんだ、このくらいはいつものことだろ? 団長にはいつも笑顔でいて欲しいからさ」
「な、なぁっ?!」
 追従なんて古泉みたいで不愉快ではあるがハルヒのリアクションも驚き過ぎだろう。
 空気の足りない金魚のように口をパクパクとさせているハルヒは放っておいて三人組に笑顔を見せるか。
 ウチの団長は尊敬されている存在なんだぞって(まあ専制政治でもあるので媚びているように見えなくもない)。
 とりあえず俺たちの関係が良好であるというアピールが出来ればいいのだ。
「…………当然のように奢ってる………」
「しかも笑顔でいてほしいとか………」
「こ、こっちにも笑いかけてる!」
 どうやらアピールは成功したらしく向こうも笑顔で応えてくれた。
 よし、このままハルヒが大人しくしてくれれば大丈夫だ。
 何故かいつものように調子に乗ってはしゃぐこともなく切符と紅茶を持ったままのハルヒに若干違和感はあったが、どうにか俺たちは目的地へ向かう電車に乗り込んだ。
 車内でも細心の注意を払わねばならない。
 というのも、いつものように騒ぎ立てられでもすれば即ち悪評に繋がりかねず、かといって大人しくするようなタマでは無いことは十分承知の上でもあるのだ。
 そこで俺が選んだ手段はハルヒを座席の端に座らせ、その隣りに三人組を配置することによりハルヒの動きを出来るだけ封じるという作戦だった。
 当然俺は吊り革に掴まりハルヒの正面に立つ。
 これによりハルヒ包囲網が完成するのである。
 俺の足腰にかかる負担は自己責任として我慢しかないが、せっかくなので隣りに座る元級友と親交でも温めて貰えないかと淡い期待も込めてみたのだが、これは高望みというものだろう。
 だが、やはり往きしなから打ち解けた会話などは出来るものではなくハルヒは俺が買ってやった紅茶の缶を抱え込んで顔を上げず、三人も適当に小声で話しているようだがハルヒに話しかけるまでには至らなかった。
 仕方が無い、これが今までのハルヒに対する評価というものなのだと思うしかない。
 それは些か、いや、かなり寂しいものだけどな。
 改めてハルヒが孤独であったという事実に思う所は多々あったが、俺はあえて何も言わなかった。
 言わなかったが心の中では誓っておく。
 帰るまでにはこいつらにハルヒが変わったんだってとこを見せてやるってな。
 その上で今日という日がこいつらにどう思われるのかまでは知ったことではない。
 ただ帰りもこんな風に無言にならないように何とかするのが俺の役目ってやつなんだろうさ。
 相変わらず大人しいハルヒと、警戒しているのかチラチラ俺を見上げながら話す三人を見て無けなしのSOS団への愛着と涼宮ハルヒってやつへの友誼を果たそうと思うのだった。
「………なんかしっかりガードしちゃってますけど」
「涼宮さんってあんなに素直だった?」
「どうしよう、話しかけた方がいいのかな?」
 しばらく妙な気まずさの時間が過ぎ、とりあえず目的の駅に着いた俺たちは改札を抜けてお目当てのショッピングモールへと向かった。
 電車から降りたハルヒは大きく背伸びをして紅茶の缶をゴミ箱に投げ入れると、
「さーて行くわよ!」
 さっきまでの態度が嘘のように明るく歩きだしていた。
 慌てて三人が後を追う中で俺は小さくため息を吐く。
 …………他の連中は気付いていないようだがそれで切り替えたつもりか? 無理してるのが分かっちまうのもどうかと思うが。
 少なくともSOS団のメンバーならば気付いていただろうハルヒの強がりに付き合ってやるしかないのかね。
 いや、そうじゃない。
 そんな虚勢ではない涼宮ハルヒを見せてやらなくちゃいけないのだ。
 俺はまたも皆を置いていこうとするハルヒの手を取り、
「そっちじゃない。それと先走るんじゃねえよ、俺が連れていってやるからさ」
 抗議の声を上げる前に引っ張ってやれ。
「あっそう。目的地までちゃんとエスコートするのもあんたの大事な役目なんだからね!」
 へいへい、承知致しましたよ。
 意外と素直に従ってくれたハルヒの手を引いて歩く。
 後ろを三人組がついてくる構図なのだが、もう少し打ち解けてくれてもいいような気もする。
 まあ人混みの中を五人も並んで歩けば迷惑に違いないのでありがたくもあるのだが。
「ほうほう、彼氏くんリードですか」
「嬉しそうよね、涼宮さん」
「涼宮さんかわいい!」
 こうして目的地である雑貨屋が並ぶエリアに到着である。
 ここは数軒の雑貨や洋服を取り扱う店が並んでおり、予想通りハルヒは手当り次第に店に飛び込んでいくのだった。
「ねえねえ! これみくるちゃんにどうかしら?」
「そうだな、制服の上から巻いていたら教師に呼び止められそうな勢いだ」
 どこの民族衣装だと言いたくなる派手な柄のストールを手にしたハルヒに適当に相槌を打ちながら、少し離れている三人にも気をかける。
 このままではハルヒがただ暴走するだけで何の為に昔の級友が集まっているのか意味がない。
 そこでハルヒが夢中になっている隙に三人のリーダーっぽい子に話しかけた。
「ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「えーっと、俺たちの友人というか仲間に朝比奈さんって女性がいるんだけど、今ハルヒが見ているのはその朝比奈さんに似合うアクセサリーを探しているわけなんだ」
 コスプレ衣装用とは言っておかない方がいいだろう、朝比奈さんの為に。
「それで俺はどうにもこういうのに疎いので、良かったらあいつに付き合ってもらえないか? ほら、久々に会ってるわけだし」
 ちょっと白々しいかと思ったがショートカットの子が、
「その朝比奈さんってどんな人なんですか?」
 と食いついてきてくれた。
「朝比奈さんは俺たちの先輩だけど優しく愛らしい天使のような人ですよ」
「へえ、そんな人と涼宮さんが知り合いなんですか」
「ええまあ」
 その時ハルヒがビーズクッションを振り回し、
「ほらこれ! みくるちゃんのおっぱいくらいあるわよ!」
 などとトンデモない事を言ったものだから、
「朝比奈さんっておっぱいおっきいんですか………」
「………ええ、まあ」
 こっちがえらく恥をかいてしまうのだった。
 それでもこれがきっかけになったのか、三人はハルヒに近付いて話しかける。
「ねえ涼宮さん、私たちも見ていいかしら?」
「なに? あんたたち勝手に、」
 おっと、ここでハルヒに喋らせるとまた拗れかねないぞ。
「なあハルヒ
「何よ?」
「お前は俺にファッションセンスなるものがあると思うか?」
「………お世辞にもあるとは言えないわね」
 そこはもう少し否定して欲しかったが仕方無い。
「そうだ。そんなお世辞にもファッションセンスのない俺に朝比奈さんの衣装についてなど語ることは出来まい。精々似合ってると言うくらいが関の山だ」
 言ってて悲しくなってきた。だが事実でもある。
「そこでやはり女性の意見が必要不可欠だろ? だから俺が彼女たちに頼んだってわけだ」
 まだハルヒは何か言いたいようだったが俺のセンスの無さは承知済みなので(それについては不本意ではあるが)渋々ながら彼女たちの意見を聞きそうだ。
「それにSOS団にだって新たな刺激は必要だろ? 幸いな事に昔の知り合いなんだから話しにくいってことはないだろうさ。なあ?」
「え、まあ………」
「そう言われると………はい」
 これは三人に対しても同じ意味になる。つまりはあんまりギクシャクするなってこった。
「ということで俺は少々休憩させてくれ。正直なところ日曜の朝から早起きは勘弁してくれよ、そこのベンチに居るからな」
「あ、ちょっと!」
 ハルヒが何か言う前に退散しておくに限る。
 上手い事ショートカットが「ねぇねぇ朝比奈さんって巨乳? どんくらいあるの?」などとハルヒに絡んでくれたおかげで無事? ベンチに腰掛けて一息吐く事が出来た。
「やれやれ、何で俺がこんなに気を遣わなきゃならねえんだ?」
 コーヒーでも買うか、でも面倒だし目も離せない。
 仕方なくぼんやりと騒がしい四人を眺めながら無為なる時間を過ごすしかなかったのである。
 っと、いうわけにもいかなかったな。
 気にはなるが少々席を外させてもらおう。
 幸い話に夢中みたいなので気付かれない内に行動だ。
「いや〜、さすがに自慢するだけあるねえ」
「べ、別に自慢とか」
「でもこんな風に涼宮さんと話せるなんて思ってもみなかったもの」
「う………」
「いい人なのね、彼」
「そりゃ………まあ………ね……」
 しかしあいつら一体何を話しているんだか。