『SS』 余物語

001

 この話を思い出すのは実際に気が引ける。
 というのも、僕だけでは無い幾人かの人間のプライベートというか恥部というか、とにかくそういうものに引っかかるからだ。
 まあ引っかかったところで困らなそうな連中でもあるけど。
 それを言ったら物語を語ること全てを止めなければならず、よって今までの話も無かったことにしなければならないというか、実際あれだけ赤裸々に語っていたら訴えられたら負けるだろうなあとか。
 一人称語りの弱点だよね、これ。
 でも二次元だから許されるのだよ?(多分) 
 それはそうと話を戻そう。
 かといってあの出来事を忘れたいかと言われればそれもまた違うというか。
 あれはあれで今にして思い出しては笑ってしまうしかないのだけど。
 いや、笑えるだけで忘れてはいけない出来事の一つなのかもしれない。
 忘れてしまえば思い出せない。
 出来事そのものは寧ろ忘れたいのだけど、忘れてしまう事で忘れたくない事もある。
 思い出話の中でしか会えない奴もいるのだから。
 だからこうして、精々思い出してやろう。
 今は亡き、というか初めて会った時から亡くなっていたけど。
 死んだ後も迷い続け、たまたま僕と出会ってしまった故に帰っていった女の子のことを。
 幽霊のくせに生意気で、小学生のくせに小憎たらしくて。
 だけど、あいつのおかげでなんと僕にも恋人が出来てしまった。
 その恋人よりも、他の誰よりも僕が話して一番楽しかったあいつのことを。
 僕が心から愛するツインテールの小学生、あの八九寺真宵が居なくなった後のささやかな笑い話を。
 こうしてニヤニヤと気持ち悪く笑いながら語ってやろうじゃないか。
 あいつの毒舌がないことを寂しく思いながら。
 あいつが取りそうなリアクションを想像してニヤつきながら。
 僕は小学生にドン引きされそうな胡散臭い笑みを浮かべて思い出話を語ろうと思う。



002

 高校三年生の一学期にして初めて受験を自覚するという現代社会において落伍者のレッテルを貼られて当然な僕ではあったが、それでも学年トップクラスと全国トップクラスの同級生(しかも異性である、ヒャッホー!)に家庭教師をしてもらえるという僥倖のおかげでどうにか成績も右肩に鰻っていった(上がっているということ)。
 そんな遅いスタートを切りながらツインブーストで何とか追いつこうとしていた僕なのであったが、好事魔多し。
 なんと、高校三年生にもなって夏休みの宿題を終わらせずに二学期を迎えるという失態をしでかしたのだ。
 ついでに始業式もサボってるんだけど。
 しかもその間にあった出来事はここだけで語り尽くせるものではなく、単行本一冊にまとめても時間軸的に前後あと二冊程度は必要なくらいのものなのだ。
 ということで次回シリーズも期待しておこう。
 とか言ってこれで全然違う展開の話だったらどうするんだろうなあ。可能性0じゃないのが怖い。
 兎にも角にも、それでなくても出席日数だの授業態度だので内申点には全く期待出来ない状態であった僕は二学期始めから土下座で職員室を練り歩くという苦行からスタートしたのであった。
 まあ教師の冷ややかな目線なんて怖くないけどね。
 いや、怖いけどそんなものは一過性だし耐えられるもんだ(耐えたからって状況が改善される訳でもないし)。
 その後に訪れる冷酷な目線に比べれば。
「…………屑ね」
 違った。
 目線すら合わせてくれなかったよ!
 僕のクラスメイト兼、家庭教師その一兼、恋人である戦場ヶ原ひたぎは顔を見せてもくれなかった。
「土下座している人間に合わせる視線なんてないわ。精々見下してあげるから、そのまま地面を這う蟻と視線を交わしておきなさい」
 頭上から刺すような声に縫いつけられて頭を起こせなくなった僕は地面を歩く蟻どもの群れに労働基準法の適用について一席語るしかないのだろうか。
 仕方無い、こう見えても理数系な僕だが覚えたての公民の知識をフル活用して蟻どもに民主主義の尊さを説いてやろう。
 何が女王だ! 何が兵隊だ!
 僕らは働くだけの奴隷じゃない!
 立ち上がれ、万国の労働者達よ!
 多数決ならば僕らの勝ちなんだぞ!
「鬱陶しいから顔をあげなさい」
「はい」
 僕は素直に顔をあげた。
 いや、民主主義だって唯一の美しいものには賞賛を贈るだろ?! 芸術なんて量産品より一点物を尊ぶ世界だし。ましてや美人の言う事に逆らえるはずなんてないじゃないか!
 しかも間違いなく美人なんだしさー。
 この美人、僕の彼女なんだぜー。
 いいだろうー(いやらしい笑み)。 
 そんな僕の優越感丸出しの笑みを見た戦場ヶ原は道端に落ちているゴミ屑を足で蹴るのも穢らわしいという風な視線で見下すと、
「何を阿良々木君ごときが蟻と同等に話そうとしているのかしら? 私は視線を交わすだけになさいと言ったはずだけど」
「僕は蟻以下か?!」
 人権って何だろう。
「私たち二次元ですから! 非存在青少年ですから! 人権? なにそれおいしいの? だから私ったら脱いじゃっても可!」
「可! じゃねえよ! 論理をすり替えてまでケンカ売ってんじゃねえ!」
 そんなに脱ぎたいのか?!
 お前はめだかちゃんかっ!(同人らしいツッコミ)
 まあ法律がどうであれ現実として戦場ヶ原に脱がせる訳にはいかないからな。
 僕の前以外では。
 まあ僕もまだ見たことないけど。
 下着までだし。
「それよりも阿良々木君、毎度の事だけど受験を間近に控えた高校三年生らしくもない、いえ、お情けで進級させてもらっておきながら惨めったらしく受験までさせていただこうという立場のあなたが何故二学期の始業式という大事な行事をすっぽかした挙句に宿題を忘れるなんてとても阿良々木君らしい失敗をしているのかしら? しかも教壇の前でクラスメイト全員に向かって「テヘペロ〜♪」なんてウィンクしながら」
「誰も「テヘペロ〜♪」なんてやってねえよ! 男があんなポーズしたって気持ち悪いだけだろ!」
 いや、実際にウィンクしながら舌出してる女の子見てもムカッとすると思う。
 ああいうのは二次元の、しかも美少女だけに許された聖域なのではないだろうか。
テヘペロ〜♪」
「うわすっげえかわいい!!」
 心臓止まるかと思った!
 あの戦場ヶ原が可愛くウィンクしながら頬に指を当てて舌を出してる姿なんて公式キャラクターブックにも載ってないぞ!(八九寺ならあったっけ)
 何これ、何のご褒美だこれ?!
「私は阿良々木君の度肝を抜くためには自分のキャラを崩壊させることも厭わないわ」
「そこは自分を大事にしようよ?!」
 でも僕と付き合いだしてからの戦場ヶ原ならばあってもいい。
 というか、僕と二人っきりの時ならばむしろ望むところというかやってくれてるし。
 いいだろう? 羨ましいだろうー?(いやらしい笑み)
「それよりもどうして始業式に参加しなかったのかを訊いてもいいのかしら?」
「あー、まあ色々あったんだよ」
 それこそ単行本一冊くらいにはなる量の色々なのだけど。
 おまけに僕にとって大切な友達との別れまであってしまったのだけど。
「もう少し落ち着いたら話せると思うからさ、ちょっとだけ待っててくれないか?」
「………分かったわ。私からは何も訊かない」
 どうせいつものことだしね、とため息を吐かれてしまえばこちらも何も言えなくなる。
「でも、羽川さんには話しておきなさいよ。私のように信用して放置するなんて出来ない人なんだから」
「ああ、わかってるさ。上手いこと話しておくよ」
 僕はズボンの埃を払いながら立ち上がった。
「本当ならばこのまま阿良々木君を拘束して全てを洗いざらいぶちまけさせたいところだけど、今日は私の日じゃないから羽川さん……羽川様にお譲りするわ」
「いやだから何故同級生に対して敬語に言い直さねばならないんだよ?」
 この二人の関係もよく分からないよな。
「そうね、仲よくお風呂に入るくらいの関係ではあるわ」
 な・ん・だ・と?!
 戦場ヶ原と羽川が仲よくお風呂に入っていたというのか?!
 僕抜きで! 僕の許可も無く!
「というか、そんな楽しい状況に何で僕を呼ばないんだよ?!」
「勝手にどこかに行っていたのはそっちよ」
 まあそうだけど。携帯の繋がらないとこにもいたしなあ。
「だから心配しないで。たとえ阿良々木君に何かあっても私には羽川さんがいるから」
「心配さが増してくる言い方だ!」
 神原がああなったのはやはり戦場ヶ原のせいだったのか?! 
「阿良々木君と羽川さんが同時に助けを求めてきたら迷わず羽川さんを選ぶわよ」
「それを恋人に向かって堂々と言っちゃうかよ?!」
「だって、」
 戦場ヶ原は髪をかき上げて、
「だって、阿良々木君だったらまず自分を助けるより羽川さんを助けろって言うじゃないの」
 そう言うとそのまま振り返ることもなく歩き出してしまった。
「それにあなたは自分で何とかしちゃうしね。心配なんてするだけ損なのに羽川さんは優しいから」
「…………もしお前と羽川が同時に助けを求め
「羽川さんを助けなさい。それより勉強の時間に間に合わないわよ、さっさと行きなさい」
 颯爽と、未練など欠片も感じさせることなく戦場ヶ原は僕を置いて帰ってしまった。
 僕は若干呆然と、あまりに見事な去り際に見惚れているかのように間抜けに見送るしかなかった。
 しかし恋人である自分と羽川を比べて羽川を優先させるか、普通?
「…………まあ戦場ヶ原なら自分でどうにかしちゃうんだろうけどさあ」
 戦場ヶ原ひたぎとはそんな女だ。
 それでもあまりに危なっかしいから。
 自分がどれほど危険な目に遭おうとも我慢してしまうような彼女だからこそ。
 僕はきっと戦場ヶ原を助けに行くのだろう。
 たとえ羽川を置いてでも。
 答えは出ている。
 けど、それはまだ秘めておいてもいいはずなのだ。
 だから僕は急いで羽川と勉強をするべく図書館へと向かうのであった。
 ママチャリが無くなってしまったので、のんびりと歩きながら。