『SS』 例えば彼女を……… 中編

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 などという会話があって数分後、おでんのダシまで綺麗に飲み干した九曜と俺は初日の出を見るべく牛車ならぬバスに乗り込み一路目的地へと向かった。深夜にバスがあるのは俺たちと同じ目的の者が多いということで臨時バスが出ているからだ。普段なら人っ子一人いない山へと向かう道はそれなりに車も通っている。
「―――――おお―――――」
 そして九曜はいつもと変わらない態度である。即ち、
「だから何で靴も脱がずに椅子に乗って窓の外を見ちゃうんだよ!」
 しまった、電車でもやるのだからバスだって同じだった。結局のところ靴を脱がせて俺の膝の上に乗せてから騒がないように抱っこする。
「それにしても外は暗いだろ、見ても変わらないんじゃないか?」
「―――つい―――クセで――――?」
 そんなクセいらんわ。乗客が少ないとはいえ制服姿の女子高生を膝に乗せている男がいたらどう思われるんだ。
 すっかり乗り物での移動は九曜を膝上に乗せることを当たり前だと思っている自分に若干の衝撃を覚えつつバスは目的地である山の麓へと着いたのだった。
「降りるぞ九曜。靴はちゃんと履けよ」
「―――かしこまり―――――」
 どんどんフランクになっていくなあ、お前の口調。そんなお子様の手を引いて向かうは何度か訪れた事もある小高い山(正式名称不明というか俺は知らない)である。本来ならばSOS団総出でこの山を登り、朝日を見ながら記念撮影らしかったのだが重いカメラや機材を持つ必要が無くなった分だけ今の方がいいかもしれない。記念撮影など携帯でも充分だろ。
「ということで登るぞ」
「――――マジっすか―――」
 あれ? 何か不満そうだな。
「――――しんどい――――っすわ―――――」
 なんだと?
「―――あんなん―――登ったら――――筋肉痛に――――なりますやん―――――」
 何だ、このダメ生き物。手を離したら座り込みそうな勢いでやる気のない宇宙人を無理やり引っ張る。
「っていうか、お前ら筋肉痛とかならねえだろ! さっきまではしゃいでたくせにいきなりやる気無くすんじゃねえよ!」
「―――だるい―――っすわ―――帰りましょうよ――――にいさ〜ん―――――」
「誰が兄さんだ! お前の先輩になった覚えなんぞないわ!」
 その前に先輩のことを兄さんと呼ぶ芸人用語を何故知っているのかは置いておく。まあ九曜だし。
「――え〜?――――にいさん―――ダルダルキャラ―――ですやん――――そないに―――頑張るこ―――ちゃいます―――や〜ん―――――」
「誰がダルダルキャラじゃ、つかそのゆる〜い関西弁をやめろ!」
 いいか、一応全国区なんだぞ? 舞台が関西だと丸分かりでも標準語を使って会話するのがマナーというかモラルってものなのだ。
 考えてもみろ、ハルヒ長門が関西なまりだなんて………………ちょっといいかもしれないじゃないか。この場合、朝比奈さんや鶴屋さんなんかは京都弁がいいな。
「―――ほいじゃけぇ―――なまってもええじゃろが―――――」
「だからって広島弁になるなー! お前どこ出身なんだよ?!」
 なんというフレンドリーな宇宙人なのだ、うちの宇宙人はちゃんと標準語だぞ? 言葉が難しすぎて理解不能なとこもあるけど。
「――――新しい―――?」
 かもしれない。方言ベラベラの宇宙人とか。
「―――まあ―――ニコちゃん大王―――には―――負けるだぎゃ〜――――」
 名古屋弁だったっけ、あれ。というか、えらい古いものを知ってるなあ。
「―――なあ―――ミスター――――スランプ――――」
「誰がだ!」
「――――スリップ――――」
「それ原作でもやってたネタだぞ」
「――――ストッパ――――」
「下痢止めだ!」
「――――ストリッパー――――」
「あたい、脱がないわよ?!」
「――――いえーい――――」
「いえーい」
 ハイタッチを交わす宇宙人と地球人。異文化交流成功だ。
「―――ちがくね―――?」
 だよねー。などと小粋な会話をしながら山登りをしている俺たちは一体周囲からどう思われているのやら。


 まあ山登りというと大仰に聞こえるが、ここは山というよりも小高い丘といった感のゆるやかな坂を登るだけの道だ。北高へと向かう坂の方がよほど急なくらいである。
 なので俺としてはそこまで苦しくもなくスムーズに登っていたつもりなのだが。
「――――つか―――れた――――?」
 疑問形で言われても知るかいな。一応光陽園というお嬢様学校に通う九曜には些か長い距離のようだ。いや待て、こいつ歩いて学校に通っているのかよ?
「―――ローラー――――シューズで―――――」
「危ないなあ」
「―――ローラー――――コースターで――――」
「どこに設置するんだ、そんなもん」
「―――ロード―――ローラーだ――――――!」
「これで終わりだ、ジョジョーッ!」
 お前なら本当に時間を止めちゃいそうだよな。というか、三部ネタかよ。
「まあ疲れたのなら少し休むか? 何とか日の出には間に合いそうだから座ってもいいぞ」
 できれば急ぎたいところでもあるが、日の出の時刻が確定している訳でもないので十分くらいは休憩してもいいかもしれない。
「――――いえいえ――――そんな―――――」
「遠慮しなくていいぞ」
「――――では――――こうして―――――」
「そうそう、俺の背後に立ってだな」
「―――こうして――――」
「そうそう、両腕を俺の首に回しておいてね」
「―――――んしょ―――んしょ―――――」
「ふむふむ、俺の背中によじ登って」
「――――ほぅ―――――」
「そうだな、俺の頭に顎を乗せて〜俺がお前の脚を持って支えてやれば…………」
 うん。
「何で当たり前のようにお前をおんぶしてやってんだ俺はーっ!」
 驚いた、すごく自然に九曜が乗ってきた。それをすごく自然に受け入れている俺がいた。どうなっているんだ、これは。
「――――慣れという――――ものですよ―――――」
 やだなあ、慣れたくないぞそんなの。でも気が付けばおんぶか抱っこをしているような。公式では全くと言ってもいいくらいに接点がないのにいつの間にか一番スキンシップを取っているのがこいつになっているぞ? 大丈夫なのか、俺。
「――――そういう――――スタンスですから―――――」
 まあそういうものらしい。あまりメタに話しても仕方がないので、
「とりあえず体重だけは操作しておいてくれ。流石に女の子一人背負っての山登りは勘弁だ」
「――――任せて―――体重操作は――――得意―――――」
 微妙にあいつをパクるなよ、怒られるぞ。とはいえ操作しなくても軽いのではないかと思われるほど軽い九曜を背負って俺は登山再開となったのであった。
「―――いやあ――――らくちんだ―――――」
 などと言っているが九曜にとって歩くのと体重を操作するのとどっちが楽なのだろうか? 宇宙人の能力の限界というものに思いを馳せながら俺は山を登る。

 しかし、そんなこと思っている場合ではなくなった。

「あら、彼氏におんぶしてもらってるの? いいわね」
 残念ながら彼氏ではありません。
「お? 兄ちゃん彼女連れか? 羨ましいねえ、ぴったりくっ付いちゃって」
 こいつが勝手に乗ってきたんです、俺としては不本意なのですよ。
「ヒューヒュー」
 手前らサクサク追い抜かすんじゃねえよ。というか、からかうだけか? てっきり絡んでくるかと思ったがその場合は絶対に守らないとな、九曜から奴らを。
 などと追い抜かれざまに声をかけられているのだ。これは恥ずかしい、制服姿の女子高生を背負って初日の出を見に行く男なんて他にはいないだろう。
「っていうか、何でこんな時だけお前は存在感を発揮するんだよ?!」
 いつもなら誰にも気づかれないのが特徴のはずだろ、自分のアイデンティティーを見失うんじゃねえよ!
「――――ZZZZ――――――」
「しかも寝てる?! 寝た方が気づかれやすいの、お前?」
 当然それには答えてくれるはずもなく。
 俺は寝ている九曜を背負ったまま通り過ぎていく人たちの生暖かい視線を浴びて足を速めていくのであった。なにこの羞恥プレイ。