『SS』 例えば彼女を………


 この話は波乱万丈という言葉がしっくりとくるというか、まさに読んで字の如しといった一年がようやく終わり、新たなる気持ちを持って迎えるべき元旦当日に日付が変わって数十分後の出来事から始まる。
 俺はコートにマフラー、手袋とカイロというフル装備にも関わらず寒さに震えながら一人深夜の住宅街を歩いていた。
「あ〜さぶい……」
 ポケットに仕込んだカイロを揉みながら一人ごちる。何故にこんな目に逢わなければいけないのかと。
「ったく、あのバカは何やってんだか」
 ここで言うあのバカとは畏れ多くもSOS団団長であるところの涼宮ハルヒそのものを指すのであるが、あいつはバカ呼ばわりされるに相応しい行動をしたのであり、その結果として俺は深夜の帰宅を余儀なくされているのであった。

 ――――事の起こりは大晦日の昼にかかってきた一本の電話による。
『夜十時に集合!』
 理不尽なる団長命令により泣く泣くコタツに別れを告げた俺はそこで見目も麗しく着飾った着物姿のSOS団女性陣と、俺よりも遥かに値の張っていそうなコートに身を包んだ古泉と合流した。
 ここまではいい。
 その後、団長プロデュースによる除夜の鐘突き&初詣を敢行し、その流れのまま初日の出まで見に行く弾丸ツアーを決行する予定であった。
 まあ色々言いたいこともあるが団員同士の結束を強めるという意味ではいいのかもしれない。
 しかし、予想だに出来なかったアクシデントが俺たちを襲った。
 肝心のハルヒが初詣を終えた途端に倒れてしまったのである。何事かと色めき立つ俺たちに対して介抱していた長門は一言、
「単なる睡眠不足」
 とだけ言った。
「ああ、そういえば昨日、正確に言うと一昨日の時点から涼宮さんは今日の事を考えて眠れないようでしたね」
 などとハルヒ専門の精神科医を自称する古泉まで続けたものだから俺はこう言った。言うしかなかった。

「遠足前の子供かっ!!」

 楽しみすぎて眠れなくて当日になって熱を出して倒れるなんて高校生のやることかよ? 年明け前からどんだけおめでたいんだこいつの脳みそは。
 ただまあ団長であるハルヒがこうなってしまった以上他の用事のないメンバーはなし崩しに解散となってしまう。ハルヒは朝比奈さんが介抱するということで古泉が手配した車に乗って一緒に帰ってしまった。古泉も「涼宮さんが起きた後のフォローが必要ですから」と朝比奈さんたちの車に同乗して途中まで送るらしい。
 残った長門は俺が年明け一人だろうから一緒に家まで来るかと誘ってみると、
「それならば互いに仮眠を取った後に合流した方がよい」
 と答えた。なるほど、それが正しいかもしれないな。だが互いにということは長門も一応寝るのだろうか、あんまり寝ている姿を想像出来ないのだが。
 それも長門なりの優しさかもしれないと、俺はお言葉に甘えて帰って寝ることにしたのであった。幸いなことにうるさかったであろう妹がこの時間には寝ているのも分かっているしな。
 ――――と、ここで冒頭に戻るわけなのである。

 吐く息の白さに寒さを実感し、早く帰るかと足を早めようと思った時だった。
 そういえば俺が一人歩いていると出番なのだったっけ。


 ……………いつからそこにいなさった?


 漆黒に沈む瞳は深遠な冬の星空のように光を湛え。
 白磁の顔は今にも降りそうな雪のように淡く輝き。
 闇夜に溶け込みそうな程黒く長い髪は濡れているかのように光る。
 そしてこの寒さでも上着一枚纏わない制服姿。



 そう、周防九曜は新年早々にも俺の傍らにいるのであった。



「―――――――」
「…………………」
 年が明けても変わらないお約束な沈黙を挟んでいつものやり取り開始といくか。
「―――――――」
 あれ?
「―――――――」
 どうした、動かないぞ?
「―――――――」
「お〜い、九曜?」
 新パターンなのかと思ったが様子がおかしいので声をかけながら九曜の頬に手をやってみると、
「冷てぇ! っていうか凍ってる?!」
 よく見りゃ肌が透けそうなくらいに白くなっている。
「おい九曜! 大丈夫かっていうか生きてるのか?!」
 言いながらマネキンと化した九曜を小脇に抱えて走り出していた。どうでもいいが軽いよな、こいつ。
「ったく、本当にいつからここにいたんだよ!」
 怒鳴りながら深夜の住宅街を駆け抜ける。妹などと面識がある長門ならともかく凍った九曜なんかを両親もいる家には連れていけない。
 どうする? 考えるんだ! 俺は小脇に抱えた九曜の冷たさを我慢しながら走るのであった。







 …………数分後。

「あのさあ、俺があそこを通らなかったらお前はどうしていたわけ?」
 頭の上にカイロを乗せ、俺のマフラーを首に巻き、おでんを頬張る周防九曜と俺はコンビニからそんなに離れていない公園のベンチに座っていた。マジで二十四時間営業の恩恵を受けたよ、今日は年明けで客も多かったからおでんも揃っていたしな。
「―――はふ―――はふ――――ー」
「ああいいから、食べてから話せばいいからさ」
 チクワを銜えたまま話そうとする九曜を止める。なるほど新パターンだが俺の財布に直撃するので二回目は勘弁してほしい。
 ということで、お食事を終えてほんのりと生気を取り戻した九曜と新年一発目のトークである。
「凍るまであそこにいたってのはまあ置いておくとして、佐々木の方はいいのか?」
 SOS団のように皆で初詣って柄でもないだろうが、もう少し協調性があってもいいんじゃないか?
「――――観測対象は―――――家族で―――年を越した―――――――」
 そうか、年末年始も勉強漬けって訳じゃなくて安心したぞ。それに両親と一緒に過ごせるのはいいことだ、深夜に家を抜け出している俺が言うものではないが。
「―――――その後――――――現在は――――就寝中――――――――」
「いい子だなあ!」
 高校生でもう寝てるなんて俺の発想にはなかった。年越しまでテレビを見ながらダラダラしている俺とはえらい違いだ。
「まあ、だからこその優等生なんだろうな。で、他はどうした?」
「―――――ツインテールは――――忘年会―――――」
 マジか、あいつらの組織にもそういうのあるんだな。って、あいつも一応未成年だよな? そこんとこは大丈夫なのだろうか。
「――――一件目で出来上がっちゃって―――――二次会で――――愚痴大会で――――――その後オールで――――カラオケ―――――」
「全然大丈夫じゃなかった! というか、どこのOLだあいつは」
 多分十年後も同じことしてそうだよな、と思った瞬間にとある女性の顔がチラついたが無視しておいた。将来ああなるという意味ではツインテールもメイド服を用意したほうがいいかもしれないけど。
「それで? 未来人は何やってんだよ」
「――――――コタツで――――――みかん食べながら――――――紅白見てるよ―――――――」
「普通だ!」
「――――インスタントの――――ソバを食べて―――――さっちゃんの衣装を―――――楽しみにしてたね――――――」
「普通すぎる!」
 一体何をしにきてるんだ未来から! そんなに気になるのかさっちゃんが! 
「…………お前らが自由すぎることだけはよく分かった。そりゃ俺んとこに来るわな」
 もうちょっとは九曜に構ってやってもいいのではないだろうか、佐々木は起きたら連絡しそうでもあるけど。
「けど俺だって帰るとこだったしなあ………どうしたもんだか」
 時間を確認すると帰るには遅すぎで何処かに行くといっても初詣くらいしかないが俺自身さっき行ってきたばかりだし…………………待てよ?
「なあ九曜、お前は初日の出って知っているか?」
「―――――概念なら―――――」
「当然見たことないよな?」
 メタで悪いが年越しそのものは経験済みのはずなのでそこは割愛する。だが初詣や初日の出見物などはやる必要はなかったはずだ。
 つまりは九曜は年越しというものを概念と知識として認識してはいるものの体験したことはないということになる。
「元旦の日の出、つまり初日の出を見るというのは古来より日本では縁起のいいものとされてるんだ。俺も実はそれを見に行くはずだったのだけどアクシデントがあってな」
 というか、ワガママな子供が熱を出した程度のことだが。しかもそれを幸いと帰って寝るつもりだった俺が言うものでもないのではあるけれど。
「だから俺がお前に初日の出ってものを見せてやるよ」
 まあどうせ同じことをするのだから面子が変わったくらいでいいのだろう。九曜だって一人で何もせずに凍っているよりは建設的だと言えるのではないか?
「――――ほう――――」
 ほら、興味深そうだ。おでんの大根を食べながら俺の話を聞いていた九曜は瞳に新たなる星の光を湛えている。
「そんなに遠い所に行くわけでもないし、今からなら丁度夜明けには間に合うだろう」
「―――――む?―――――」
「どうする?」
「――――むむむ――――――」
「ゆくのか、ゆかぬのか?」
「―――――ぬう―――――」
「ゆこうぞ九曜」
「――――ゆくか―――――」
「ゆこう」
「ゆこう」
 そういうことになった。



「このネタ判りにくくないか?」
「―――――案ずるな――――」