『SS』 ワガハイハネコデアル


吾輩は猫である
 名前は長門有希
 いつ頃からか生まれたのかはとんと判らぬが、記憶メモリ上での生命活動開始は約四年前。
 わたし(吾輩という呼称は男性的である故に以降一人称はわたしに統一する)は自意識を覚醒して以来某所にて飼育されている。
 わたしは猫というカテゴリの中では飼い猫に相当する。主人は高校生と呼ばれる年齢であり、わたしは彼に幼少時に拾われたらしい。その間の記憶メモリは定かではない。
 ただ、彼の腕の中は温かかった。わたしの記憶はその時点から開始する。
 そして現在の時刻は午前七時。そろそろわたしの飼い主の起床時間である。
「…………おい、長門
 わたしの主人は寝起きが良くない。因みに低血圧、という訳でもない。厳密に言えば低血圧が寝起きに左右する訳でもない。単に起きないだけ。
 しかし、主人が起床出来ない原因は他にある。
「そろそろどいてくれないか?」
 現状を説明する。わたしが今居る場所は主人の胸部上。体勢は俯せている。そのまま主人の胸に顔を埋め、主人の心音を聞きながら体臭を嗅いでいる状態。
 主人の鼓動は優しく温かい。心地好いリズムがわたしの精神を安定させ、この位置から離れられずに定着してしまう。出来る事ならば、ずっとこのままで。
「あのなあ、遅刻しちまうだろ? いい子だからどいてくれよ」
 そう言いながらもわたしを乱暴に排除しようとはしない主人の優しさが嬉しい。だが、それに甘える訳にはいかないのであろう。主人の学業を妨害するような行為をわたしは望まない。望まないはずなのにわたしの体は動こうとしないのは何故?
「おーい、長門さーん?」
 これ以上の停滞は危険。流石に主人の機嫌を損ねる可能性も有り(可能性は低い)。それでも離れがたいという願望を少しでも解消する為、わたしは主人に一つの提案をする。
 わたしは主人の顔に自らの顔を寄せ、その鼻先を舌で舐める。少しだけくすぐったそうに身を捩った主人は、
「やれやれ、甘えん坊だな長門は」
 そう言いながら笑ってわたしに口づけをしてくれた。わたしの思考を理解してくれた上で最適な行為により、わたしの望みを叶えてくれる主人に感謝しながら主人の身体から離れベッドを降りる。
 主人はベッドから降りて立ち上がると高校生という職を全うする為に制服と呼ばれる衣装へと着替える。その様子を俯せの姿勢で観察する。わたしは猫なので退室する必要はない。
 寝間着から学校と呼ばれる施設に移動するために制服という呼称の衣装を装着するのだが、その際に主人はシャツを脱ぐ。意外と無駄な脂肪がない筋肉質な身体は本人が運動不足と嘆く割には整った体型であると言える。
 あの厚い胸板にわたしは自らを委ねる。その温もりがわたしを安らげるのだ。今も飛びかかって抱きしめられたい衝動を抑えている、主人に迷惑はかけられない。これは飼い猫であるわたしに科せられた使命。
「じゃあ、行ってくるな。大人しく待ってろよ、長門
 制服に着替えた主人が学校へと向かう為に退室する。わたしは惜別の意を込めて「にゃあ」と鳴いた。永遠の別れではない、と理解していても寂寥感は否めない。
 軽く手を振ってくれた主人を見送ると、わたしは室内を物色する。といっても、主人の本棚から数冊の本を抜き出すだけなのだが。
 わたしはゆっくりと、且つ慎重にページをめくる。猫である弊害として爪が紙に食い込んで破ってしまわないよう細心の注意を払う。そして、文字が作り出す文章という名の世界にわたしは没頭するのだ。

 …………本を読むという行為は猫として妥当な行為なのかは定かではない。

 ただ、この緩やかに流れる時間は好ましい。わたしが読書をしているという事実は主人にも話せない秘事であるのだが、現時点では気付いていない模様。
 
 ……………彼にはもう少し本を読んで貰いたい。
 
 午後の時間。読書中に主人が用意してくれていた食事を摂る。食しながらの読書は消化吸収的にも公共倫理的にも最適とは言えない。けれどわたしは猫なので問題無い。
 食べかすを本に落とさないようにカリカリとキャットフードを食して読書を再開。だが、麗らかなる午後の陽射しは猫であるわたしには危険。
「………あふ」
 欠伸をかみ殺すと瞳が潤む。それでも我慢出来ずに欠伸をする。主人には見せられないくらいに大きく口を開けて。
 まだ読書をしたい、という理性を睡眠欲が妨害する。自然とわたしの視界に遮がかかり、ゆらゆらと頭部が揺れる。
「…………くぅ」
 有機生命体である猫は本能に逆らう術が無い。わたしの瞼は自然と閉じ、意識は深淵へと沈み込んでいった…………

半端ですまん

続きは是非本をお手にとってみてくださいね。