『SS』 例えば彼女と……… 中

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 ということで我々は街へと繰り出した。手を繋いで街へと繰り出した。駅を出ると、
「人が多いな」
 流石は繁華街、しかも休日だから人の群れでごった返している。
「――――見ろ――――人が―――――ゴミのようだ―――――――」
 何様だ、お前は。しかも平地で言いやがって、そのセリフは天空の城でのみ発言出来るのだ。天空の城と言ってもドラゴンが居て自分で操作する方ではない。
「いいからはぐれるなよ、ほら」
 そう言って手を繋いで歩く。だが、目的が無いままなのでやがて行き詰ってしまった。街の中で佇む俺と九曜。
「まいったな、ネタがない」
「――マジでか――」
 えらくマジだ。何をすればいいのか分らないままで彷徨うのも面白いかもしれないが疲れてしまう。ここはサービス精神を発揮して九曜の喜びそうな事を考えなくては。
 何よりも折角繁華街までやってきたのだ、このまま散歩は味気無い。かといって、ショッピングとなると中々財布が厳しいのも実情だ。それに九曜の欲しい物も分かる訳もない。
「どうすっかなあ……」
 こんな時にリード出来ないってのも男の沽券に関わるものだ。デートとまでは言わないが、流石にこんな優柔不断は良くないよな。九曜の手を引いたまま暫し思案していると、ふと思いついたのが、
「なあ、お前映画とか見るか?」
 ある意味デートの定番みたいなものだった。単純な思考だ、九曜が映画を見たことがあるとは思えない。万が一見ていたとしてもDVDだろう、佐々木達と一緒に見てたらかなりシュールな光景だが。
 はたして、
「――――?」
 映画というものが分かってなかったのか、九曜は小首を傾げてしまった。
「――――――キネマ?」
 古いな、おい。
「――――ああ―――活動写真か――――」
「遡ってどうすんだよって言うか、何歳だお前は」
 だが、どうやら九曜も乗り気なようなので俺達は映画鑑賞と洒落込む事になった。
 そういえば映画などミヨキチと観に行って以来ではないだろうか。あの時はミヨキチのリクエストで些かマイナーなものを観たのだが、今回はそういう訳にはいかないだろうな。
「まあたまにはいいだろう、お前もそれでいいか?」
「――――なう」
 ということで映画館である。九曜風に言えば映画館なう。ここで何を観るかを決めてチケットを購入となるのだが。
「何を観るかだよな……」
 ここ最近は映画館で映画を観る機会も無かったので俺も楽しみであったのだが、いざとなると迷ってしまう。アクションも良いが、コメディも嫌いではない。日本映画と外国物でも違うし、もう少しリサーチしておけば良かったかと後悔してきた。
 何より、見逃してもDVDがある。いや、むしろDVD待ちすらしている自分がいる。映画館で観るからこその良さも分かってはいるけれどレンタルの方が安いのも事実だ。
 つまりは久々の映画に舞い上がっているのは俺も同様であったりするのだ。九曜には悪いがじっくりと何を観るのか選んでいきたいところなのだが、流石に待たせると退屈で何しでかすか分からんだろうな。
 ふむ、と暫し考えてみて、俺はある映画を観る事に決めた。
「これでいいだろ、九曜?」
 それは子供向け、それも女の子向けのアニメ映画だった。小学校高学年にもなったのに未だ熱心に朝早起きして妹が見ているテレビシリーズの劇場版である。かれこれ七〜八年くらいやってるそうで、その間何シリーズもやっているのだが劇場版では今までのシリーズで登場したキャラが全員登場という大盤振舞である。
 初めての映画なのだ、出来れば明るく楽しい方がいいだろう。それにアニメだと分かり易い上に俺も手が掛からなくていい。妹が見ている影響で多少キャラも知っているのもあるしな。
 しかし、この提案を九曜は却下したのだ。理由は簡単、
「―――――おこちゃまか――――」
 両手を挙げて抗議の声を上げる生まれたてのおこちゃま。確かに高校生同士で観るにしては些か間違ったチョイスかもしれないが、さっきまで熱心にポスターを見ていた奴と同一人物だとは嫌でも思えてしまう。これは何だろう、ツンデレでもやってるつもりなのだろうか。
「――――別に―――観たいなんて――――思ってない――――んだからね――――――」
 語尾を変えればツンデレになるのかよ。というか、お前のツンデレストック少なくないか?
「――――担当が――――いますからねえ――――――」
 あのカチューシャか? あいつがツンデレ界のテンプレと呼ばれて幾久しいが俺はあれがデレたところを見た記憶がないぞ。
「――――サムデイ」
 何か言ったか?
「――――――信じる心―――――いつまでも――――――」
 ああ、佐野元春さんか。いい曲だよな。まったく上手くなく誤魔化しながらも映画の上映時刻は待ってくれない。
「どうするんだ、何か他に観たい映画でもあるのか?」
「――――団地妻―――――濡れた昼下がり――――」
「それはポルノ映画だ」
「―――女子高生――――恥辱の満員電車―――――」
「それもポルノ映画だろ」
「――万引きして――――マッチョな警備員と――――二人きりで警備室に――――入りました―――――」
「それホモ映画だ!」
 此処に上げたタイトルは空想です。そんなにポルノ映画だとか知ってるはず無いだろ。
「―――という言い訳を挟んでおいて―――――」
 いや、事実だから。でもありそうなタイトルだよな、探したら出てきそうだ。
「じゃなくて、ほら行くぞ九曜」
「―――――パンフ―――――買ってね―――――」
 観る気満々なんじゃねえか。俺はいつの間にかチラシもきっちり取っていた九曜を引き連れてチケットを買うべく家族連れの列に並んだのであった。
 ここで一つ小さなトラブルがあった。
「――――何故――――?」
 何故と言われても。九曜が無表情のくせに恨みがましく見つめる視線の先には俺の妹よりも年下(だと思うが妹が紛れ混んでいても見分けがつかない気がする)のお子様達が嬉しそうに会場で貰う特典のライトを振っている。それ以外にもカードとか貰ってたな、今時の子供向けは特典が多い。それも戦略なのだろう、某アニメ映画などリピーター特典などという手法で二回以上見ないと貰えない特典などもあったと聞く。おかげで何回見に行ったと思うんだ、消失(言っちゃった!)
 しかし、特典とはあくまで小さな子供向けだ(リピーター特典は違うと思う、あれは視聴層も違うだろうし)。チラホラと大きなお友達もいるようだが基本的には子供向けアニメは子供が観るものであり、特典もまた子供が貰うものなのである。大人は黙って後からネットオークションでも見て回りなさい。
 けれど、それはあくまで大人の話だ。小さな子供はオモチャが貰えなくて心痛めているのだ、俺の隣りの女子高生は。
「―――私より――――年上なのに―――――」
 それを言ったらお前より年下で映画を観る子供はいないだろ、生まれて間も無い赤ちゃんじゃないか。
「仕方無いだろ、お前は見た目だけは高校生なんだから」
「―――――ぶう―――」
 年齢制限を見るとウチの妹なら貰えるんだよな、と思いつつも、
「分かったよ、帰りに何かオモチャ買ってやるからそれで我慢しろ」
 特典ならチケット代だけだったのに余計な出費に頭を痛めながら、それでも九曜のご機嫌を取っている自分の人の良さに呆れてしまう。
 だが、この知識だけは宇宙規模で実質何も知らないお子様宇宙人が周りの子供を見て羨ましそうなのを見てしまえば誘った責任を取るべきではないかと思うのも仕方が無いだろう?
 土曜日に出費も無かった事だから、ここは不思議探索で奢ったつもり出費と考えよう。奢る前提で話を進める自分にも情けないものを感じてしまうが、それは全部銀河の彼方にあるであろう棚に上げておく。
「――――いいの?」
「仕方無いだろ、特典まで確認しなかった俺も悪い。けど、あんまり高いものは買えないからな」
「―――ありがとう―――?」
 うむ、九曜の良いところはこの素直さだな。疑問系でなければ尚いいのだが。
「と、結構半端だな」
 ごちゃごちゃしながらチケットも買い、スケジュールを見れば15分程度の待ち時間だ。予告などがあるから5分前には入れるとしても少々の時間がある。のだが、これくらいは意外に潰せてしまうものでもある。
 九曜にねだられたパンフレットを予備知識を得るためにと購入し、関連グッズを冷やかしていたら(買うのは終わってからだと九曜に釘を刺しながら)気付けば入場時間が迫っている。
「おい、そろそろ行くぞ」
「――――あい」
 その前に映画といえば、
「どれにする?」
「―――――キャラメル――――」
 おこちゃまじゃねえか。必要以上にでかい器に一杯のポップコーンと無駄にでかいコーラのカップを抱えた九曜は違和感無く周囲のお子様と溶けこんでいた。存在感の無さが売りではあったが、これは違う意味で目立たないな。頭一つ以上高いはずの身長まで縮んで見えてくる。というか、本当に縮むなよ? 流石におかしいと思われてしまうぞ。
 かくいう俺も付き添いのお父さん方に紛れるように九曜の隣りに立っている。こちらは違和感が無いと言われてしまうと些か複雑な気分だ、そんなに老け込んでいるつもりはないぞ。
「――――ぱぱ――――」
 やめろ。
「――――パピー―――」
 俺は犬か。
「――――車に――――」
「ポピーって、もう全く違うモノになっちゃったからね?!」
 まさに王道を走る三段オチ。ボケを拾いながらツッコミというのがコツだ、ノリツッコミの変形とも言える。しかし行数を使いまくるな、このやり方。
「――――美味しいよね――」
 美味しい言うな、やる側は大変なのだ。また改行が多いとか言われちゃうんだぞ? いや、改行って何のことだろう。メタな部分が出過ぎているとしか言いようがない中で俺達はようやく上映室へと乗り込んだのであった。




 子供連れの騒がしい群れを縫うように天然ステルス機能を発揮した九曜に連れられて中々のポジションを確保した俺は、ようやく一息吐く事が出来た。隣りに座る九曜は早くもパンフレットとにらめっこ(無表情なので負けるとは思えない)である。
「暗くなったら読むのは止めろよ」
 こいつなら暗黒でもハードカバーの本を読めるのかもしれないが、周りの目もあるから一応の注意は入れておく。聞いているのか、顔も上げない九曜は俺にしか分らないくらいのわずかな頷きでパンフレットから目を離さない。このようなところは宇宙人同士良く似ていやがる、あいつも本から目を離さないままで頷くもんな。
 大人しくパンフレットを読む九曜の隣りで騒がしい子供達を宥める親御さん達に少しだけ優越感を持ちながら(ウチの九曜は聞き分けいいだろう的な)暫し待つと、やがてブザーの音と共に場内の照明が落ちていった。同時に騒がしかった子供たちの声がピタリと止む。この辺は妹も同じだけど良く分かってるな。
 僅かな光で確認した九曜も言いつけ通りにパンフレットを閉じてスクリーンに注目しているようだ。と思ったら、早くもポップコーンに手を出していた。
 さてさて、久しぶりの映画がアニメってのが若干気恥ずかしいが払った金額分は楽しまないとな。いや、隣りにいるおこちゃま宇宙人さんを楽しませてくれたらそれでいい。
 俺は少しだけ椅子に深く腰掛けて背もたれに体を預けつつ、九曜と一緒に映画を楽しむ姿勢を取ったのだった。