『SS』 金銀・ダイアモンド&パールプレゼント 2

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 そんなふわふわ時間もあっという間に過ぎ行き、というか飽きっぽい奴が早くも飽きたというべきか。
「あんまり動かないのねえ……」
 そりゃ積極的に動く方じゃないな。ドジョウなんて物陰でジッとしているイメージの方が強い。
「でもドジョウすくいだってあるじゃない」
 宴会芸と現実を一緒にするな。それにアレだって無理矢理ドジョウを捕まえようとするからへんてこな動きになったんだろうが。ドジョウに罪はないぞ。
「う〜ん、でもつまんないわねえ。あ、何か遊ぶ道具とか用意すればいいんじゃない?」
 犬や猫じゃないんだから無駄だろうな、元々ドジョウはそんなに動く魚じゃないんだ。岩陰などの狭い隙間でじっとしてるのが本来の姿なんだから、こいつはまだ元気に動いてる方だぞ。
「そういうもんなの?」
 そういうもんだ。そう言うとハルヒは一気に興味を無くしたようだった。席を離れて団長席に戻ると、
「それでそのドジョウはどうするのよ?」
 と訊いてきた。それが問題なのだが、
「古泉の知り合いに引き取り手がいないかと思ってな。それともお前が持って帰るか?」
「無理ね、家に持ち帰っても世話をする時間が取れないもの。そんな無責任な事したくないわ」
 どうやら団長は飼ってくれないようだ。そんなに忙しいのか、お前は。しかし持ち帰っても飼えないという点では朝比奈さんや古泉に頼むのも難しいような気がする。古泉は常にハルヒの気分次第で出動しなければならないだろうし、朝比奈さんの場合は生き物を飼うのはいいが世話の仕方が分からないだろうしな。
 そうなると古泉に訊いたように『機関』辺りに引き取り手を捜してもらうのが一番いいのかもしれない。
「それなら返事があるまで二〜三日ほどここにドジョウを置かせてもらいたいんだがいいか?」
 『機関』の連中から返事があるまでそのくらいの日数があればいいだろう。古泉も頷いた。
「まあいいわ、ただし世話は責任持ってあんたがするのよ」
 それは仕方ないだろう。長門に視線を向けると他の連中には分からない程度に頷いてくれたので心配もいらないはずだ。
「分かったよ、早めに引き取ってもらえると助かるな」
 さりげなく古泉に釘を刺しながら話を終わろうとしたのだが。
「あっ! そうだ、魚を飼うんだから空気を入れるやつとかいるわよね? ついでだから取ってきてあげましょう! どうせどっかに余ってるわよ、行くわ!」
 いきなりハルヒが大声をあげると俺の席までやってきてネクタイを引っ張った。
「うわっ! 何すんだ!?」
「だからドジョウの為に色々道具を調達してくるのよ! あんた飼い主なんだから手伝いなさい!」
 いや何もしなくても大丈夫だ、と言ってもハルヒには通用しない。朝比奈さんと古泉の生暖かい視線に送られて俺はハルヒに引きづられて校内を奔走する羽目になったのだった。それでなくても今日は重い荷物を持って登校して昼は土いじり、止めがこれとは辛すぎる。心から俺はドジョウを持ってきた事を後悔した。
 それでも探せば何か見つかるものだ、例えば職員室で水槽と空気を入れるポンプが見つかったり(どうやら昔観賞用に飼っていたらしい、引き取り手がいないものだから勝手に持って行けと言われた)、水槽の底に入れる石などを拾ったり(これは朝比奈さんと古泉も借り出された、長門はドジョウの見張りだそうだ)とまあSOS団総員でドジョウ一匹を飼う為に苦心惨憺した訳なのだ。
 結果として立派な水槽にポンプから空気が送られる泡が立ち、底面には砂利が敷き詰められて大き目の石や枯れ木が適度に影を作っているという見た目的にはそこそこ立派なアクアリウムがそこには完成したのであった。こういう時のハルヒのセンスは侮れない、あんなゴミのような枯れ木がちゃんと配置することで空間を作り出している。
 そしてその中にいるのはドジョウが一匹。それも枯れ木の陰に隠れてもう見えなくなっている。ドジョウからすればようやく落ち着く環境になったと言えるのかもしれないが、何度も水を替えたり砂利を敷き詰めるなど肉体労働を強いられた俺としては些か納得いかんな。
 とはいえこれはこれでハルヒとしても満足だったのか、そこからは何も言わずにたまにドジョウを眺めながらも長門が本を閉じるまで再び平穏が訪れたのであった。






 そして長門が本を閉じて放課後の活動も終わりとなる。俺と古泉は朝比奈さんの着替えを待つべく廊下で佇んでいた。
「で、あのドジョウの引き取り手に心当たりはあるか?」
「まああのくらいなら何とでも。それに涼宮さんがあそこまで関心をお持ちですからね、無碍になど出来ませんよ」
 そうだな、阪中のとこのルソーを相手にしていた時もそうだったがハルヒは何気に動物に対して甘い面があるようだ。それならば『機関』としては下に置けないレベルで接待しなくてはならないといったところか。どんだけ偉いんだ、あのドジョウ。
「日常の中での些細な変化ですし、涼宮さんも満足されているようです。長門さんや朝比奈さんも興味深げに見てましたからね」
 ああ、そういう意味では良かったんじゃないかと俺も思う。
「ですので僕の親戚の誰かに引き取ってもらうという事で話をしようかと思います」
「出来れば後で見に行けるようにしといてくれ、妹も気にしてるからな」
 かしこまりました、と言う古泉のセリフに被るように、
「お待たせ! それじゃ帰りましょうか」
 女性陣三人が出てきたので話を中断した。とりあえずは古泉に任せてよさそうだしな。一応最後に出てきた長門に、
「今晩一晩だがドジョウは大丈夫か?」
「問題無い。ポンプの動作に異常は無く、酸素は定期的に供給されている。餌も配布済み、今晩中に水槽内に変化が起こる可能性は0.02%」
 それが高いのかどうかが分からないんだが。
「外部からの侵入者の可能性を考慮してセキュリティを強化している」
 そうか。とんだVIPだな、魚一匹に宇宙人の能力に『機関』の協力という最強タッグなのだから。とりあえずは安心という事でいいと思うことにする。
 そんな珍客に湧いた一日が終わろうとする帰り道、いつものように朝比奈さんと話しながら帰るハルヒが急に俺と古泉に向けて振り向いた。
「ねえキョン、あのドジョウってどのくらい大きくなるのかしら?」
「さあな、だがドジョウは大きくなっても20センチそこらだったと思うぞ。ウナギとかじゃないんだから、そんなもんだろ」
「ふ〜ん、そんなもんなんだ…………もっとドカーンと巨大化とかしないのかしら」
 してたまるか。アレはドジョウであって未確認生命体なんかじゃないんだからな。
「妹が学校からもらってきたんだ、そんな怪しいもんになられたらあいつが悲しむだろうが」
「まあねえ、妹ちゃんがもらったものがそんなUMAだったら小学校に探索に行かなきゃならないわね」
 勘弁しろよ、妹まで巻き込まないでくれ。思わず頭を抱えそうになったが、ハルヒはそこで興味を無くしたようだった。
「まあいいわ、早くいい人に引き取ってもらえればいいんだけど」
 こいつなりに心配してくれているようだ、本当に動物には甘いな。雑用係にもそのくらいの気遣いをしてほしいもんだぜ。
「あなたが持ってきたから心配も一入なのかもしれませんよ?」
「それは穿ちすぎだ」
 などと言い合いながらいつもの場所で解散となる。その別れ際未だ何か考えていたハルヒが、
「でも巨大化なんて言わないけどドジョウも進化とかすれば面白いのにね。ほらポケモンとかみたいに。あたし達が餌とか色々してあげたんだからお礼に進化してくれてもいいと思わない?」
 アホか。餌くらいで一々進化してたらシャミセンは今頃どんな生き物になっちまってんだよ。
「そこはほら、団長自ら率先して世話してあげたんだもん。感謝を表そうとして独自に進化してもおかしくないじゃない」
 既におかしいとこだらけだ。何でお前に礼を言うくらいでドジョウが進化せねばならんのだ? それに世話をしたというか水を替えたり水槽を整備したり餌をやったのはほとんど俺だ。
「む〜、いいじゃない! ドジョウ一匹進化したくらい!」
 全然よくないだろ! ダーウィンが泣くわ! 軽い冗談じゃないの、と言いながら未練がありそうなハルヒはブツブツと呟きながらも何とか家まで帰るようだった。
 それについていくように朝比奈さんが頭を下げて軽やかに帰り、古泉も連絡してみると言い残してこの場を後にした。残った俺はやれやれと溜息をついて忙しかった一日を振り返る。
「まったく、最後まで騒がしい一日だったな」
 まあそれでもハルヒも楽しかったようだし、少しは変わった一日もいいんだろうさ。ということで傍らで無言で佇む宇宙人に、
「そんじゃ後は頼んだぞ、長門
「任された」
 校内にいてもまったく影響は無さそうな最強の管理者にドジョウを任せて俺も帰宅する事にした。ちなみに帰ってから妹にドジョウがどうなったかを延々と説明させられたのだが、それでもドジョウの無事も確認できた上に引き取り手も見つかりそうだというので安心したようだった。
 と、こうして慌しくも騒がしい一日がどうにか無事に終わるのだ。俺はそう思っていた。






 しかし、これは俺が油断していたとしか言い様が無い。何故ならば俺は涼宮ハルヒという女がどういうものなのかということを失念していたのだから。
 それを痛感したのは俺が晩飯を終わって風呂にも入り、宿題の存在を無視するように床に就こうとした時だった。いきなり携帯電話が鳴り出したのだ、この時点で嫌な予感しかしない。嫌々ながらも万が一俺が恐れる相手ならば即電話に出ないと何を言われるか分かったもんじゃない、出ても罵声を浴びせられるのだが。一応電話に出てみると、
『…………』
 無言で返されてしまう始末、いたずら電話か? と切ろうとしたら、
『……聞こえる?』
 と、滅多に電話では聞けない相手の声を聞いてしまったのでこっちが慌ててしまった。
長門か? どうしたんだ、こんな時間に?」
『緊急事態』
 まさか、一気に顔から血の気が引くのが分かった。あの長門が電話までしてくるのも異常だ、しかも緊急事態だと? 
「な、何があったんだ?! いや、そっちに今から行く! 待ってろ!」
『学校に来て欲しい。古泉一樹朝比奈みくるにも連絡済み』
 何で俺が最後なんだよ、それより学校? 学校って北高の事か? しかし長門は答えずに、待っているとだけ言って電話を切ってしまった。
「ったく、何なんだよ!」
 せっかく風呂まで入ったのに台無しだ、などと愚痴りながらも俺は急いで身支度を整えて家を飛び出した。 
 ああ、帰ったらシャワーでも浴びなおさないと。というより帰れるのだろうか、今日中に。不安が頭を過ぎるものの、スピードを上げて学校まで自転車を飛ばす。





「待っていた」
 俺が自転車を置いて坂道をほぼ全力で駆け上がると既に三人は閉じた校門の前で待っていた。古泉と朝比奈さんは流石に私服だが長門はいつもの制服姿だ。
「一体何があった? 古泉、長門から訊いてないか?」
「いえ、僕も先程着いたばかりでして。長門さんはあなたが到着してから説明するつもりなのか何もおっしゃっていません」
「あ、あたしも古泉くんのすぐ後に着いたんですけど何もまだ教えてもらえてないんです。あの〜、何があるんでしょうか?」
 朝比奈さんが怯えているのを見ると規定事項というやつでは無さそうだ、つまり長門の言う緊急事態というのはそのままの意味なのだろう。
長門、何があったのか教えてくれ!」
「事情は移動中に説明する。こちらへ」
 焦る俺に冷静な長門は校門前から移動を促した。訳も分からず俺達三人は長門の後に続く。
「ここから校内に侵入する」
 学校の塀に沿うように歩いた先は職員用の通用口だった。俺達生徒は滅多に利用しないというか、俺は少なくともこちら側に回ったことは無い。
 長門がドアノブを回すと扉はあっさりと開き、俺達は夜の学校へと進入した。鍵? 長門がドアを開けたんだ、そんなものはあって無いようなものだろう。
 こうして施錠やセキュリティなど完全に無視した長門がドアを開けていき、俺達は何も無かったように校舎内を歩いていた。
「なあ、そろそろ何があったのか教えてくれないか?」
 歩きながら説明すると言ったまま無言で俺達を先導していた長門に業を煮やした俺が話しかける。
「文芸部室内に急速な高エネルギー源が発生、室内にて多大な分子構造の変換を確認した。これによる地球規模での情報因子への影響は計算出来ていない」
 何を言ってるのか分からなかった。説明ってのは分かりやすくないと意味が無いんだぞ? しかしこんな説明でも理解出来る奴が分かりやすそうに理解不能な翻訳をしてくれるのである。
「つまりは部室の中で何かが変化したということですね? しかしあの空間内でそれほどの巨大エネルギーの構成など……」
涼宮ハルヒの能力。彼女は部室内部での変化を求め、それは質量を無視した強制的構成変化により叶えられたものと推測する。室内は混濁した情報因子が乱雑に空間内を飛び回っているので現在はスキャニング不可能」
 長門の説明はさっぱり分からなかったが、やばい状況なことだけは十分に伝わった。あの長門ですら様子が分からない文芸部室内に今から突入するということを含めて、だな。
「あ、あのう〜、あたしも行かなきゃ駄目なんですよね……」
 確かに朝比奈さんが必要なメンバーだと思えないのだが、居ないままで状況を説明などして動揺されてしまえば色々とまずいような気もする。一蓮托生とまではいかないが、どうせ酷い目にあうなら早いほうがいいだろう。
「うう、酷い目にはあうんですね」
 まあこの流れだと間違いないかと。それと多分、朝比奈さんだけじゃなくて俺も酷い目に遭いますからご安心ください。などとまったく安心出来ない事を口にして自分でも落ち込みながらも俺たちは目的地である文芸部室前までやってきたのだった。
 まったく見た目には変化を感じないのだが、長門曰くこの空間内でとんでもない何かが生まれたと言っている。今更ながら俺達がいて大丈夫なのか?
「心配は要らない、物理的変化は感じられるが敵対的能力を有している可能性は低い」
「涼宮さんが望んだのですから危険性は無いと思いますよ。誰かを傷付けるような望みを持つような方ではありませんし」
 いや、そういいながらあのカマドウマを生み出した奴だぞ? 
「あの程度ならば我々で十分対応出来ますので心配は要りませんよ」
 確かに古泉の能力も使えるようなら長門と二人で十分な戦力にはなる。長門も自信ありげに頷いたところを見ても俺と朝比奈さんへの危害はないのだと信じるしかないだろう。
「それでも一応朝比奈さんは最後に入ってもらうことにしよう。長門、頼めるか?」
「了解。これより室内に侵入する」
 長門が宣言したと同時にドアを開ける。おい、まだ心の準備が! と言う前に長門は素早く室内に入って行った。
「我々も続きましょう」
 古泉に促されて俺は朝比奈さんを庇うように部屋へと入る。まさか通いなれた部室に緊張しながら入るなんて思いも寄らなかったんだが。朝比奈さん、目を瞑ってるままだと危ないですよ。思わず転びそうな朝比奈さんの手を引いて俺は古泉の後に続いた。
「…………なんだ、これは?」
 何だと言いながらも何も無かった。少なくとも部室そのものは。
「…………これが構成変化の結果」
「いやはや、何とも言い様がありませんね」
「ふぇ、キョ、キョンくん? 何があるんですか?」
 ああ、もう目を開けていいですよ。俺に言われて朝比奈さんが目を開ける。そこで俺と同じものを見たのだげ。
「え? あ、あの……どなた様ですかぁ?」
 そうだよな、それが正しい反応だ。
「――――――?」
 いや、首を傾げられても。
 俺達四人の前に現れたのは、長い黒髪を二つに結んだ色黒の少女だったのだ。頭のほぼ頂点近くで結んでいるにも係わらず腰まである長い髪。大きく丸い瞳は白目が少なく一点を見つめている。肌は黒く、俺達日本人とは根本的に違う人種のようだ。一見迷彩柄のようなワンピースに身を包んだ少女は何故ここに自分がいるのか分かっていないような無表情で立ち尽くしていたのだった。