『SS』 たとえば彼女も 02

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 たとえば彼女も…………(2)



「なるほど。そちらの彼は元の世界に戻ることは造作でもないけど、キミの方はそうはいかないので、こっちの世界の長門さんに会わせてほしい、ということか」
「そう」
 佐々木がしみじみ頷いて有希がその言葉をあっさり肯定する。
 というのも、俺は結構楽観視していたんだが、有希曰く、有希だけの力では異世界に行くことも異世界から元の世界に戻ることもできないとのことだ。
 有希は、かの魔法使いが住む世界へ行くために、彼女の存在形態の痕跡パターン、というと何のことかさっぱり意味が解らなかったんで、分かりやすく説明してもらったんだが、有希に残っていた彼女の『匂い』を辿る方法を取るつもりだったそうで、これを辿るならたとえ幾成層世界を隔てようがほぼ確実に行けるとのことである。幸い、有希は以前、情報統合思念体に謹慎処分を受けた際、それでもこっちの世界に戻ってきたときにあの魔法使いの左肩に乗っていた。その感触と痕跡が有希に残っていたので彼女を追えるということらしいのだ。
 で、向こうの世界からこっちの世界に戻ってくるときは、今度は前に有希が元の世界に戻って来た方法と同じで、元はダミーのはずだったんだがとある事情で99.9871%の長門有希となった彼女の『匂い』を辿る予定だったらしい。
 しかし、確実な行き来は一人の力では為し得ない。それが可能ならクリスマスイブに出会った魔法使いは俺たちの世界じゃなくて本来の目的である別の並行世界の俺たちの元に着けるはずだし、また有希を元の世界に連れてくるときに命綱は必要ない。有希にしたって自分の力で元の世界に戻れたはずさ。それができなかったということは一人の力では不可能だということになる。これは単純に使用エネルギーが半端じゃない、というのが一番の理由だそうだ。辿るにせよ戻るにせよ。『探知する力』と『移動させる力』を同時に行えるほどのエネルギーを所有することなどまず不可能で、必ず分担しないと成功しないという予測が立ってしまっていたのである。命をかけてまで是非を確かめる奴なんているわけがない。それは俺は勿論、有希も同じだ。
 で、向こうの世界であれば、あの魔法使いが協力してくれるだろうし、現にあの魔法使いは俺たちの世界に現れた。ということは異世界移動の術を知っているということになる。
 あとは有希が元の世界の長門を辿ればいいだけだ。
 ところがこの世界に協力者はいない、と思われた。
 なぜなら周防九曜にその力はあるのかもしれないが、非常にまずいことに有希と周防九曜は目の前にいてもコンタクトできないのである。それはあの駅前の睨み合いで証明されてしまっていて、あの有希が推測でしか周防九曜のことを語れなかった。
 ということは、周防九曜は有希の力になれないという意味なのだ。
 ウソだろ……?
 俺の心はもちろん憔悴に駆られたさ。当然だろ? あの有希が絶望的なことを言ったんだ。
 俺はもう世界の終わりを感じたさ。
 しかし、それを泣き喚き、当たり散らす前に、有希が続けてくれたんだ。
「天蓋領域は力になってもらえないが、この世界の『わたし』であれば話は別になる。なぜなら世界は違っていても本質的には同位体。よって『わたし』の力を借りることができれば帰還可能」
 地獄から天国とはこのことだ。
「なら不本意だが仕方がない。今日は北高に向かおうか。キョンのお気に入りの彼とキミが同一人物なら無碍にできないしね」
 佐々木は一つ鼻でため息を吐いて諦観の笑顔を浮かべていた。


 さて、北高までの道なんだが、これはまあ、俺も『俺』も、ついでに光陽園学院文芸部もよく知っているので誰も迷わない。私鉄沿線の駅を二つ越えて、もうすぐ例の坂道が見えてくる。
 そこでちょっとした出来事があったんだが少し紹介するのもいいだろう。


 北高急勾配に差し掛かった時、突然、周防九曜が足を止めた。
 ん? こいつならこんな坂道なんて問題ないだろうに何故?
 俺は肩越しに振り返って声に出さずに問いかけている。もっともおそらくは俺の目はちゃんと問いかけていただろう。
 はて? よく見たら俺をロックオンしているようにも感じるのだが……
 なんて思っていると突然、あいつは両手を開き気味に腹部のあたりで構えて、何やら呟いている。
 あの十二月二十日から時間遡航した時の七夕の有希を見る思いだ。あんときは注射器だったり拳銃だったりしたわけだが。
 で、やっぱり想像通りで周防九曜は何かを情報連結させているのだろう。その手の間、少し上向きの手のひらの上がぼんやり光を帯びている。
 あれ? ちょっと待てよ? あの時、有希はメガネを媒体にしたよな?
 だが、今の周防九曜は何を持っているわけでもない。もしかしてこいつは何にもないところから何かを生み出せるのだろうか? まあ深く考えるのはやめておこう。こいつは別世界の周防九曜だ。俺たちの知っている周防九曜とは何かが違うのかもしれん。
 そして出てきたものは、
「ぱぱら――――ぱっぱ――――ぱー――――」
 どこかで聞いたような効果音だな。棒読みだけど。
「『スモ〜ルライト〜』、とでも言うつもりか? 大方、『俺』の肩に乗っている長門が羨ましくなった、とかそういうことだろ?」
 周防九曜がソレを掴んでいる右手を掲げたところで『俺』が苦笑を浮かべてツッコミを入れている。
 同時に、周防九曜がなんだか虚を突かれたように固まった。
 図星かよ。随分お茶目な面があるんだな。この周防九曜は。
 などと一瞬の静寂。
 そして、周防九曜は気を取り直して続ける。
「デカ――――チビ光線――――銃ー――――」
「そっちかよ! というか、明らかに今考えたろ!」
 うお、随分、完璧なタイミングでツッコミを入れやがったな『俺』。そのまま二人で漫才師になってもいけるんじゃないか?
「夫婦――――漫才――――目指せ――――第二の宮川――――大介――――花子――――」
「お前に花子は無理だ」
「じゃあ――――鳳啓助――――京唄子――――」
「もっと無理だし、それは別れる前提と言う意味か? というか明らかにお前の方がボケ役なのに俺がボケ役でどうする」
「おお――――盲点――――」
 こいつは本当に周防九曜なのだろうか?
「間違いない。しかし、我々の知り得る天蓋領域とは明らかに性格は違う」
 有希が淡々と答えてくれて、しかし俺にしろ有希にしろ、どうもこいつらの掛け合いは見ていて楽しいものがある。
「掴みは――――OK――――」
 それは違うぞ。って、掴みって何だ?
 などと疑問に思う俺の目の前で、周防九曜は『デカチビ光線銃』を自分に向ける。
「チビ――――」
 と呟きながらスイッチを入れて光を当てると、なんとまあ本当に小さくなったのである。そうだな、さっきの十分の一くらいだ。
「正確には十二分の一」
 ありがとうよ。的確に教えてくれて。
「とお――――」
 俺が有希に礼を言っている間に、周防九曜は行動に移る。
 間延びした掛声と同じく、なんとなく飛ぶ姿も思いっきり間延びしている訳だが、さて、着地地点と言うと、
「こらぁ九曜! 何であんたがキョンに乗ってんのよ!」
 キョン子がムキになって突っかかる。そう、周防九曜がちゃっかり陣取ったのは『俺』の左肩だ。
 しかし何でまた?
「――――彼女の――――真似――――?」
 言って指差すは俺の右肩に乗っている有希。
 なるほど、どうやら『俺』の予想はどんぴしゃだったようだな。確かに幼い姉妹ってのは妹は何でも姉のやることに羨ましさを感じて真似をしたがる。たぶん似たようなものなんだろう。周防九曜が生まれてどれくらい経っているのかは知らんが、天蓋領域がハルヒに興味を持った時期を鑑みれば有希よりは後に生まれたはずだろうから、精神年齢的にその行動は間違いではない。
「むぅっ! じゃあ、あたしはこうするからね!」
「って、お前ら! というかキョン子! 歩き辛いぞ!」
「いいじゃない! さっき、そっちのキョンが言ったけど今さってやつよ! たかだか腕を組むくらいもう大した話じゃない!」
 あーなんか、傍目にはじゃれ合っているようにしか映ってないんだろうな。
「そうだね。僕もそう思う。しかし意外だな。キョンにあんな積極的な一面があったとは。実に興味深い」
 そう言えば、これも今さらなんだが、お前の喋り方も元々、俺たちがいる世界のお前と変わらんな。
「そうなのかい? ということは並行世界では当人はそうは変わらないのかもしれないな」
 まあ、だからと言って決めつけるわけにはいかんがな。並行世界にしたって星の数ほどあるだろうし、その世界全てで俺やお前が同じ性格だとは限らん。
「くっくっくっく。確かにその通りだ。それにしてもキミも不思議なことを言う」
 と言うと?
「並行世界が星の数ほどある、といった点だ。それではまるでキミは異世界について何かを知っているような言い回しだ」
「些少ではあるが、我々は異世界について知っている。なぜなら並行世界ではない異世界人に知り合いがいるから。その人物が異世界の広さと数を語ってくれて、またその理論は納得できるものであった」
 答えたのは有希だ。
 おっと言っておくが、確かに俺の右隣りには佐々木がいるのだが、俺の右肩には当然、有希がいる。だから、有希も俺たちの会話に参加できるってことだ。
 というか、有希の奴、俺が他の女と話すのをあまり好まんしな。
 当然だろ? 俺は有希のもので有希は俺のものだ。
「それは凄い話だね。もしそれが本当ならパラレルワールドの解明が一気に為されてしまう。頭の固い科学者に言ってやってほしいくらいだ」
「推奨できない」
「分かってる。言ってみただけだよ」
 佐々木と有希がなんとも和んだ会話を交わしている。
 あれ? いつの間にか、俺が蚊帳の外じゃね?
 ん? 橘京子と藤原か?
 もちろん最後尾を肩を並べて歩いているさ。
 ただな……
 キョン子と『俺』ほどではないが、そっちの二人も傍から見ればほとんど痴話ゲンカかじゃれ合っているようにしか見えない言い争いをしながら歩いているんだ。
 解るだろ? 俺たちを見る周りの視線がどんなものか。
 つーわけで、俺と有希と佐々木は極力、他人の振りをしているという訳さ。


 さて、そんな俺たちは、俺と有希と『俺』にとっては、あんまり馴染みたくはないんだがお馴染みの急勾配坂道をただひたすら登っている。
 ……確か、この世界は北高が性別逆転しているんだよな?
 いったい、ハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉はどんな姿をしているのやら。


 坂を登り切り、学校事務局の警備員さんに挨拶して、俺たちはこの世界の旧館へと向かう。
 SOS団との相互交流があるというのは間違いなさそうだ。警備員さんはあっさり俺たちを構内に入れたもんな。
 ふうん。この学校のデザインも空調も俺たちの世界と変わらないのか。夏は暑くて冬は寒そうだ。
「おっと、確か涼宮くんに長門さんと九曜さんを見られるのは面倒なことになるはずだから二人とも、僕たち以外には見えないようになれないかい?」
「可能」
「大――丈――ぶい」
 ほんと細かいボケをかますな、この周防九曜は。まさかとは思うけど。
「な、何俺を見てやがる! 言っとくが九曜の芸と俺はまったく無関係だ!」
 ほんとかよ。俺は、てっきりお前が逐一、どんな小さなボケでも見逃さずに細かくツッコミを入れてやるから周防九曜が面白がってどんどん芸風が変わっていったんじゃないかと疑っているんだが。
「あ」
 あ、て。
「ううん……確かに言われてみればそんな気がしないでも……」
 ぶつぶつ呟きながら、右腕はキョン子に支配されているので、左手を顎に当てながら考察する『俺』はなんとも真面目な表情を浮かべている。
 おいおい……
『不可視遮音シールド展開完了』
 今度は二人同時か!?
 というツッコミを入れると、俺たちの目の前にはおなじみの部室のドアが見えてきた。もちろん、その表札には――さすがにこちらは結構力強い字だな――『SOS団』と書かれた紙が貼ってあるのであった。
「こんにちは」
 言いながら佐々木がドアをノックしている。
 もしこれが、俺たちの本来住む世界であれば、
「はぁ〜い」
 という至極のエンジェルボイスが聞こえてくるわけだが、って、今、甘さは朝比奈さんには及ばないが、それでも結構中性的な甲高くて柔らかい返事が聞こえてきたよな!?
「あ、光陽園学院のみなさん、いらっしゃい」
 ドアを開けて迎えてくれたのは、
 うむ。小柄で可愛いという言葉がぴったりの、ふわふわした亜麻色のショートカットが良く似合う女顔で、メイド服ではなく執事服に身を包んだ男の子が迎えてくれたのである。たぶん、この人がこの世界の朝比奈さんなのだろう。
「どうぞお入りください」
 と笑顔で促されて佐々木を先頭に入室する俺たち。
 おお、部室風景は何も変わらないな。一番向こうの窓際に陣取っているのは……男なのにカチューシャというのはこの際、目を瞑ろう……ハルヒの勝ち気な笑顔がそのまんまの男子生徒だし、その前のテーブルの本棚側には、おっと、これは想像以上に可愛い顔してるじゃないか、でもどことなく古泉に似ている女子生徒がいて、その後ろには、って、あれがこの世界の有希か? えらいでかい男だなおい。
 もちろん、古泉似の女子生徒の前には誰もいない。この世界の『俺』は北高生じゃないからな。しかし、『俺』が居ないのに何でSOS団が結成されているんだろう?
 確か古泉曰く、俺がハルヒにヒントを与えたからできたんじゃなかったか?
 いや、そうでもないか。よく考えてみれば、俺がハルヒにヒントを与えてしまったのはハルヒが中一のときで高校に入ってからじゃなかったよな。
 で、部室の黒板側にはやっぱりコスプレ衣装が数多くかけられている。
 よし。朝比奈さん似の男子生徒に女装をさせていないことだけは、この『ハルヒ』を褒めてやってもいいだろう。俺は女装した男子というものはあまり見たくないんでね。
「紹介するよ。一番向こうに見えているのが涼宮ハルヒコくん、窓際で本を読んでいるのが長門有希くんで、机のところにいるのが古泉一姫さんだ。そして僕たちを招き入れてくれたのが朝比奈みつるさんさ」
 なるほどな。確かに北高生徒だけが性別反転世界だ。 
 ん?
 何か妙な視線を感じるのだが……
 という訳でそちらに目線を移せば、そこにいたのは座ったままの、古泉一姫と紹介された女子生徒。
 ……なんか、さっきの佐々木と同じ目をしてないか?
「どうしました?」
 俺は軽く声をかけてみる。
「い、いえ! 何も!」
 即座に彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。へぇ、なかなか可愛いしぐさじゃないか。本当にこいつが古泉と同一人物なのかね?
「今、不穏なことを考えなかった?」
 な、何を仰いますやら有希さん! 俺にとって女はお前だけですよ! ですから、そんな前髪で影を濃くした瞳で俺を見つめないでくださいませんか!?
 有希は応えてくれなかった。
 と言っても、そうなった理由は全く別だ。有希が怒ったからじゃない。
「って、おいこらお前! 何、キョン子と腕組んでやがる!」
 などと、さっきまでの勝ち気な笑顔が一転、マジで切れてる涼宮ハルヒコが、俺の後ろにいた『俺』とキョン子を見止めてがなりたてやがったからである。
 ……まずい……非常にマズイ……何か嫌な予感がする……
「何、って、別にいいじゃないか。キョンだって女の子なんだ。男の子とこうやって歩くことを夢見る年頃だとしてもおかしくもなんともないだろ?」
 『俺』でもキョン子でもなく、答えたのはやけに誇らしげな笑顔を浮かべた佐々木だ。
 ちょっと待て……その態度は返って涼宮ハルヒコをヤバい方向へと導くんじゃないか……? もし、俺が知ってるハルヒと、この涼宮ハルヒコが同一人物であれば、だ……
 というか、わざと佐々木はそういう態度を取ったようにすら見えたんだが……
 ……ひょっとして、この世界の『ハルヒ』と佐々木は仲が悪いのか……?
「その推測は概ね正しいと思われる。そしてこれは我々にとっても好ましくないこと」
「と言うと?」
「我々は光陽園学院文芸部と供に現れた。涼宮ハルヒコと佐々木なる人物が敵対関係にあるとすれば、この世界のSOS団と光陽園学院文芸部もまた敵対関係にあることを意味する。となると、この世界の『わたし』は我々に敵意を抱く。協力体制を引くのが困難になる」
 ……マジか?
「えらくマジ。わたしが『わたし』の立場であればそう考えても不思議はない」
 と言うことはここはきちんと俺が宥めないといけないよな。『俺』では火に油を注ぐようなもんだ。
 などと考えて声をかけようとしたのだが、
「だいたいキョンは彼がお気に入りなんだ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまうぞ」
「馬鹿なことを言うな。お前がちゃんとキョン子を教育しないから、あんな精神病にかかったんじゃないのか? この落とし前はどうつけるつもりだ」
「そうだね、確かに僕も恋とは精神病の一種だとは思っている。しかし、かかる者も少なくないのだからそこは認めてやるべきだとも思うのだよ」
「ふん! 屁理屈も大概にしておけよ。明らかに今のお前は俺をからかって楽しんでやがることぐらい解るさ」
 う、うわぁ……ヒートアップしてやがる……
「あ、あの……涼宮さんを宥められませんか……? ああなっては私たちに止める手立ては……」
 古泉一姫が、おぉ! さすがに女の子の顔が近いのはやっぱり許せるもんだ、小声で俺に救いを求めてくる。
 よく見れば朝比奈さんもドアの近くでガタガタ震えているな。既に橘京子は藤原を盾にしているようだ。
 で、女の子が顔を近づけてきたってのに、有希までもがそんなことに構っていられないらしい。額に浮かぶ青い線を俺は横目に捉えているしな。
「おや? キミもなかなか洞察力が鋭いじゃないか。ところで思うのだが、キミの彼に対する態度は『嫉妬』と解釈すればいいのかな? とすれば、キミはキョンに、キミ自身が精神病と断定し、また否定した『恋の病』にかかっているように思えるのだが?」
 おい! マジでその辺でやめておけ!
「何だと? ひょっとしてお前、俺にケンカ売ってんのか?」
「ふむ。客観的事実を話すことをキミの脳内解釈ではケンカを売るってことになるのだな」
 だからぁ……って、よく見たら『俺』の左肩にいる周防九曜までもが震え始めてるじゃないか!?
「よく言うぜ。お前だってキョン子がお気に入りなんだろ? いや、それとも百合関係になりたいのを男がいたから抑えているだけか?」
 今度は涼宮ハルヒコが反撃だ。
 って、お前ら! それは泥沼ってやつだぞ!
「心外だね。確かに僕はキョンに好意を持っているが性的なものではない。彼女が想い慕う男性と結ばれるのであれば心から祝福してやれる親友なんだよ」
「どうだか。その割には俺には今のお前の発言は無理して感情を抑えたように聞こえたぜ。声色にドスが効いてやがったからな」
 もうだめだ……俺にだってこうなったら止められるわけがない!
「聞き捨てならないな! ならはっきりさせようじゃないか!」
 うぉい! 佐々木が吼えるなんて初めて聞いたぞ!
「ああいいぜ! だったらひと勝負といこうか! もちろん真剣勝負! 勝った方がキョン子の所有権を得るってルールでな!」
 でぇぇぇぇぇ! 何でそういう話になるんだよ!? いったいいつからキョン子がどっちのものか、って言い争いになっていた!? 友好交流はどうなったんだよ!?
「くっくっくっくっくっ……それはいい考えだ……僕も一度は君と本気で勝負してみたいと思っていたのだよ……その提案は賛同に値する……」
「へぇそうかい? 実は俺もなんだ。気が合うじゃねえか」
「そのようだね。もっとも今この時だけだけど」
「ああ、もちろんさ」
 う、うわぁ……佐々木とハルヒコが背景を真っ暗にして雷鳴を轟かせながら火花を散らして睨み合うとこんなにも周りの空気を震え上がらせるのかい?
 俺と『俺』と光陽園学院側にしか見えない有希と周防九曜ですら青ざめてるし、向こうの長門は無表情に見えても顔を上げられないようだし、朝比奈さんは藤原の影で涙目になって震えているし、橘京子も藤原の腕にしがみついてやがる。藤原にしたって、いつもの不遜な表情が消えて顔を引きつらせているんだ。古泉にいたっては携帯を見ることすら忘れて俺の左腕にしがみついて涙目だしな。もちろんキョン子も『俺』の右腕にしがみついている。そして俺と『俺』と言えば、さすがにこんな空気に声をかけるだけの度胸はなく、ただただ恐怖に慄いて壁に張り付くしかできない。
 うむ、元の世界に戻れたら絶対に佐々木とハルヒをケンカさせないようにしよう、な? な?
「りょ、了解した」
 おい、有希がどもるなんてあるのかよ。
「なら、これで勝負と行こうか。幸い隣のコンピ研にパソコンが五台ある。五対五の真剣勝負だ」
 好戦的な笑顔でハルヒコが取り出したのはいつぞや有希が初めて勝負事に熱くなったあの対戦型シューティングゲームだ。
 それの4? 確かあんときは3だったような……
「僕が作った」
 ああなるほど。こっちの長門が作ったのか。
「内容は前とほぼ同じだが、隠しアイテムが存在する。味方が敵を攻撃している間に、フィールドマップ内を展開している惑星に降り立つと見つけることができ、見つけ出した側がその戦艦に取り付けて戦闘することも可能」
 打ち合いやポイント取り、早期の索敵だけじゃないんだな。
 って、長門が作ったんじゃSOS団が有利じゃないか。佐々木たちはこのゲームを知らないんだろ? さすがに不公平だと思うんだが。
「問題ない。戦艦の性能は全て同じものでパラメーターの変化以外で差をつけることはできないようになっている。それとコンピ研を向こうのサポートに付けるので不公平は生じない。また隠しアイテムの設置は僕ではなくコンピ研にやってもらった。しかもアイテムの出現ポイントはランダムに設定してある。故に前にあった場所にあるとは限らない。なぜならそうしなければ僕が楽しめないから」
 ふうん。この世界の長門って結構ゲーマーなのな。それとも誰かのフィルタがかかっているのだろうか。
「分かった。じゃあ僕たちは隣の部屋へ行かせてもらうよ。おっと人数的な話だがキョンとこっちの彼を味方につけても構わないよね? なんせ、こっちの彼はキョンのお気に入りな訳だから。その代わり、そっちの彼を君らに進呈しよう」
「む……仕方がない……しかぁし! キョン子がそっちにいるからって俺たちは手を抜かんからな! 覚悟しろよ!」
「望むところだ」
 言って、佐々木が勢いよくドアを閉め、向こうの部室へと移る。
「これは好都合」
 有希?
「この世界の『わたし』はわたしたちに少なからず敵意を持っている。なぜなら、彼にはわたしも、そして天蓋領域も見えているから」
 そうか、そうなると俺とお前が周防九曜側の人間なんじゃないかと疑っている、という訳だな。
「そう。彼と天蓋領域は敵対関係にある。ちなみにこの場合の敵対関係とは情報統合思念体と天蓋領域の関係ではなく光陽園学院文芸部とSOS団の関係。故に我々がSOS団勝利のために貢献できれば、『わたし』は我々に敵意がないと判断し、元の世界に戻るために協力してくれるはず」
 解ったぜ。だとすれば何としてもSOS団を勝利に導かないとな。
「お? いいこと言ってくれるじゃないかお前! よし、あの高慢ちきな女の鼻っ柱をへし折ってやるぞ!」
 って、あれ、また俺声に出してた?
「そう」
 そ、そうか……
「期待していますよ」「お願いします」
 などと笑顔で古泉と朝比奈さんが声をかけてきてくれて、
「……」
 うむ。正面に捉えている長門の視線はどうやら疑念の色が少し弱くなったようだ。


 コンピ研の面々(でも全員女生徒)が、サーバーはコンピ研にあるのでLANケーブルでこっちの部室と繋ぎ、少し修正と試行した上で作業完了。
 ゲーム開始は今から十分後の午後四時半だ。
「では頑張ってください」
 言って、にこやかな表情を浮かべた、こっちの世界の部長氏が去っていく。どうもその表情を見ていると、向こうの世界と同じでハルヒコにかなり振り回されているのか、にこやかな割にはどこか関わり合いたくないような感じだった。
 さて、俺たちは配置に付く。
 基本操作はこっちの長門の説明によると、俺たちが前にやったものと同じだそうだから問題ないだろう。
 その長門は俺の正面に座り、古泉は俺の隣、朝比奈さんは彼女の対面。そしてさらにその向こうにハルヒコが団長机のPCに向かい合っている。
 嵐の前の静けさのような沈黙。妙な緊張感が支配する静寂空間。
 やけに時計の針の音が耳に響いてきやがる。


 そして午後四時半。


「全軍、前進!」
 ハルヒコの号令で俺たちは深遠の闇が支配する大宇宙へとそれぞれの艦隊を進ませるのであった。
 それにしてもさすがに長門が作っただけあって、丸と三角だけだったはずの戦艦が、各種、厳かなデザインでしかも3Dとなっているし、宇宙空間にも臨場感があり過ぎるのである。
 はてさて、どんなスターウォーズが待っているのやら。