『SS』 たとえば彼女も 01

 たとえば彼女も…………(1)




 クリスマスイブに何の脈絡もなく出会った異世界人の魔法使いは言いました。
異世界は想像を絶するほど半端なく宇宙空間よりもはるかに広いの上に、異世界というものは大宇宙を含めて一つ。そんな世界がいったいどこにどれだけあるのか想像もつかないので異世界の目的地を自由に行き来できる可能性は皆無に等しい』と。
 ところが、何にでも例外はあるもので、俺の知っている奴の中に、その困難なことをあっさりやり遂げる奴がいた。
 それは情報統合思念体に作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースGirlsではなく、当然、ハルヒでもない。古泉はハルヒの創り出す閉鎖空間には入れるのかもしれないが異世界となるととても無理で、朝比奈さんが越えてくるのは空間じゃなくて時間だ。
 じゃあ、誰かって?
 あえて語る必要もないと思うのだがタイトルが思いっきりネタバレになってしまっているあいつである。
 しかしだ。
 その『あいつ』とは、この世界の俺の親友の傍に付き添っている方じゃない。
 別世界の、並行世界に存在する方の『あいつ』だったのである。




 きっかけは何だったのかと言うと、これは俺の右肩にいる恋人、とある事情で十二分の一になっている長門有希の、口調は何気ないのだが、内容はちっとも何気ないとは言えない一言だった。
 とある土曜日。本来であれば不思議探索があってもおかしくない日なのだが、年中無休がモットーのはずのSOS団団長が珍しく休みを言い渡したのである。
 理由は知らん。
 まあもっとも、俺と有希は、ハルヒが本当に休みにするかどうかを疑っていた訳で午前中は事あるごとに携帯電話と二人でにらめっこしていたんだ。
 なんせ気まぐれな奴だからな。それと俺だけを嵌めようとしても何の不思議もない。
 ところが本当に休みにしたのか、電話は一向に鳴る気配もなく、昼食を終えたところで有希が口を開いたってわけだ。
「かの魔法使いが住む世界に行く方法を見つけ出した。手筈は整えてある。ほぼ確実に行けると思う。わたしはクリスマスのことと、以前、助けられたことのお礼を言いに行きたい。もちろん、あなたと一緒に。許可を」
 もっとも今は俺の右肩ではなく、机の上にいる。
 俺は椅子に座っているのでちょうど目線を合わせられるとでも言えばいいのか。
 ……今、有希の奴、何つった?
「ええっと、あの時、出会った魔法使いの住む世界に行く、と言ったのか?」
「そう」
「……マジか?」
「えらくマジ」
 うむ。有希は嘘なんてほとんど言わない、というか、少なくとも俺は聞いたことがない。冗談であれば何度か聞いた気もするが嘘となるととんと無い。
 ということは本気で異世界に行く手段を見つけたということなのだろう。
「……どうやって?」
 当然、俺は生唾を飲みこんで神妙に問う。
 もし、こんなことが可能ならハルヒではないが、俺だって探究心と好奇心をそそられるってもんだ。
 なんたって異世界だぞ。退屈な日常、平凡な毎日を抜け出した世界がそこにある。これでわくわくドキドキして来なきゃウソだろ?
「わたしは、あなたと供にいて退屈とも平凡とも思ったことはない」
 あーすまん。今のは言葉のアヤってやつだ。俺だってお前と一緒にいて退屈とも平凡とも思ったことはない。ただ、非日常の香りがするものと言うのはそれだけ俺のような、まだまだ夢を追いかけたい年頃の高校生は胸を躍らせるんだよ。
「わたしよりも?」
 だから意味が違うって。
「というと?」
 お前はいつも傍に居てやりたいし居てほしい大切な存在。異世界トラベルはたまには遭ってほしい刺激だ。それに異世界トラベルは二人でも楽しめるじゃないか。
「わたしはあなたと一緒にいられていつも楽しいし幸せ」
 ううん……とっても嬉しいお言葉ではあるのだが、いったいこれでは何と説明すればいいのだろう?
「……謝罪する。あなたを困らせてしまった」
 とと、俺の苦笑を捉えた有希が落ち込んでしまったな。いかんいかん。
 俺は両手で有希を包み込むようにそっと持ち上げ、その額にそっとキスをする。唇でもいいんだが、今は謝罪のためだ。唇同士だと慰めではなく別の意味になるからな。
 もちろん、有希もそこに意味を見出す文化については認識しているさ。それは以前、ゲーム作りしたときにこいつ自身が言っていたことだ。そういやあんときは、当時の有希にしちゃえらく積極的だったよな。
「ありがとう」
 最近はほんのりと表情に赤みを差すようになった有希が、俺だけにしか分からないような慈しんだ瞳を見せてくれる。
 うむ、とっても可愛いぞ。
 しばし二人、心地よく沈黙。
「では、早速出発しようと思う。いい?」
「もちろんだ」
 いつもの、明るさが戻ってきたとは言い難いが、平坦な声に戻った有希が促して、俺は勿論即答だ。
 その答えを聞いた有希が俺の右肩にジャンピングシットダウン。んで、当然耳の傍にいるので、いつもの高速呪文が聞こえてくる。
 高速なのにこれほどまでに長く感じたのは初めてなのかもしれないな。
 まあ仕方がない。それだけ待ち遠しさが俺を支配してしまっているってことだ。あの人に会えるのは勿論、それよりも異世界に行けるというのがこうも俺を興奮させるとはね。おっと、残念ながらデジカメも携帯も不所持だ。なんたって記録を残すようなものを持って行ってはいかん。万が一、ハルヒに見つかってしまえば非常に面倒なことになるからな。という訳で、俺の脳内フォルダに焼き付けておこう。永久保存にできんかもしれんが。
 などと考える俺の視界の端に有希が右手人差し指を突き出して何もない空間を指している。
「オープン・ザ・ゲート」
 静かに呟くと、その先に空間が風景ごとうねり渦巻いて、やがて――
「……………………………………」
「――――――――――――――」
 その向こうに、有希と同じく、右手人差し指をこちらに向けている、思いっきり見覚えのある二人が、これまたおそらくは俺たちと同じように唖然茫然愕然の表情で固まって居るのである。


 深遠なる暗闇のような黒髪は周囲を覆いつくさんばかりに全身を覆い。
 その中でも白皙の顔は輝かんばかりに漆黒の真ん中に浮かび上がる。
 その輝き以外は黒い制服に身を固めている、もう夏服衣替えの季節が来たってのにまだ長袖の冬服なんだよな。
 何にしろ、あまりにもいつもと変わらない。最初に会った時と同じ様な無表情。
 その隣に佇む呆気にとられた顔は毎朝、鏡で見る平凡などこにでもいる高校生。
 服装は、北高夏服姿ということは、時間的にはおそらくは休日補講の帰りにでも捕まったのだろう。こっちと時間軸が同じなら、だが。
 身長的には当然、隣の奴よりは頭一つ半高い。
 しかしなぜだろう? そのツーショットはあまりに馴染んでいる。
 そうだ、周防九曜と俺は気付けばいつも一緒にいるのが当たり前になってしまっている……


「って、何で俺とそいつが一緒にいる!?」
「それは最初にすべきツッコミ」
 心の中で妙に習慣化している感じがするモノローグを流していたところ、ほとんどノリツッコミと言っても差支えない俺の言葉に有希が至極冷静に、というか、どこか警戒心を漂わせて、それでも平坦な声で指摘してくれる。
「……あー、なあ九曜? どうやら違う世界に来ちまったみたいなんだが?」
「――――――そのよう―――――――――だね?」
 うお!? 何だ随分親しげだな? というか、向こうの俺たちはこの状況の呑み込みがえらく早いんだが?
 などと俺が再び茫然としていたので気付かなかったのだが、
「……不可視フィールド解除」
 と有希が呟いた声が聞こえてようやく我に返る。
 え? 俺、有希の高速呪文が聞こえてなかった?
「ぶっ! 何だ? よく見たら長門のフィギアか? この世界の俺ってそんな趣味の奴なのか?」
 失礼な。
「わたしは人形ではない。詳しくは説明する必要はないが訳あって現在十二分の一になっている」
 もちろん、有希も憮然と答えたさ。ただしそこには二つの対抗心にも似た感情が入り混じっている。
 ひとつはおそらくは情報統合思念体とは敵対関係にあるかもしれない天蓋領域のイントルーダー・周防九曜を真正面から直視してしまったこと。
 もう一つは……
 なあ有希、アレは俺じゃなくて別世界の俺だろ? お前の俺はここにいるんだぜ?
「あれはあなたであっても、わたしにとってのあなたではない。わたしの苛立ちに似た焦燥はまったく別の理由」
 そうなのか?
「そう」
「――――困ったことが―――― 一つ――――」
 ん?
「そう」
 あれ、有希は気づいてたみたいなんだが? って、
『ええええええええええええええええええええええええ!』
 ものの見事に向こうの『俺』と俺の絶叫がハモったな、なんて呑気な思考が頭を過ったころにはもう、
 俺と有希と『俺』と周防九曜は、なんだかブラックホールに近い黒い穴に吸い込まれてしまった後のことだった。




「迂闊」
「――――粗忽」
 漢字二文字で二人で納得し合うな。
「陳謝する。わたしと天蓋領域が同時に異世界への道を開いてしまったため、目的地が強制的に、この天蓋領域が普段存在する世界へと転送された。理由は天蓋領域の帰巣本能によるもの。以前、わたしが別世界に迷い込んだ理由と戻ってきた理由と同じ」
 なるほど。つまりは、『長門有希の消失』を読まないと意味が解らない、ということか。
「そう」
「いらっ――――しゃぁ――――い――――?」
「対応は適切。ただし、手をかきあげるならもっと音階を付けた方がいい」
「って、それは俺のセリフだ!」
 有希に対してのツッコミは俺じゃなくて周防九曜と一緒にいた方の『俺』だ。ったく、ややこしい。
 あーそれにしても何でこんなに俺たちは和んでいるんだろう? 確か周防九曜は有希にとって敵じゃなかったか? 
「わたしは一度も彼女が敵、と言ったことはないはず」
 その割には駅前で凄まじいにらみ合いをやってたような気がするが。
「あれは天蓋領域とのコンタクトを試みただけ。それに、あの後、その話は分岐している。天蓋領域を敵視しているのはαサイド。わたしはむしろ危険レベルが低いと予想したβサイドに考え方が近い」
 それはそれでまた別の並行世界じゃないのか? しかもお前、βサイドはβサイドで、お前は攻撃を仕掛けられたんじゃないかって古泉が予想していたぞ。
「その認識は正しい。ただ、その世界がこの並行世界群の主幹。別の分岐点で枝分かれした我々の世界は進行しているが、どういう訳か、主幹世界は流体結合情報、分かりやすい言葉を用いるなら時間を凍結されてから二年が経過している。どこで凍結解除されるかは不明」
 何だってそんなことになってるんだ?
「理由も不明。ただし、今回の話を作った製作者は総括世界と創造主の間で何かあった、と疑っている。しかし、可能性としてはそれほど高くないと思われるが2009年秋には動き始めるかもしれないという予測もしている」
 うむ。この話はやめておこう。なんかこう……色々な意味でヤバい気がする。
「了解」
 という俺たちの一通りの会話が一段落したところで、とある人物がこの部屋に入ってきた。
 で、そいつを見た俺と有希の印象なんだが……
「な、何なんだ!? どうしてキョンが二人いるんだ!? いったいなんで……!?」
 うん。まるでどこかで聞いたようなおっかなびっくりなんだけど、これを言っているのが口調から解るとおり、その人物は朝比奈さんじゃなくて、俺自身は初対面なんだが、なんとも初対面などとはまるっきり思わない、多分普段は眠たげな目をしているんじゃないかと思うんだけど、今回に関して言えばびっくり眼になっていてやけにつぶらな瞳に見える光陽園学院、さすがにこっちは夏服の女の子だ。
 んで、絶叫してる声に反応して、なかなか似合ってるポニーテールが文字通り尻尾のように振動で揺れている。
「――――付いて――――きた?」
 俺たちはおまけか? まあ有希の説明からすると表現的には間違いではないが。
 ちなみに『俺』の説明によるとこの世界は『俺たちが普段いる世界での北高生』だけが性別逆転している世界らしい。
 もっとも、だからと言って今は北高にいるわけじゃないがな。
 『俺』と一緒にいた周防九曜が俺たちの世界と同じで光陽園学院の生徒であり、しかも佐々木、橘京子、藤原、んでもってこの世界の『俺』、すなわち今目の前にいるこのポニーテールの女もまた光陽園学院の生徒だそうで、その関連で俺たちは今、周防九曜に連れられてこの世界の光陽園学院の校舎の一室にいるのである。
 んで、周防九曜が、とりあえず、この世界の『俺』だけをこの『文芸部室』に呼び出したということだ。
 時間軸はどうやらずれいるようだ。なんたってこっちの世界は今日が金曜日だからな。




「だいたいの状況は呑み込めたわ。まったく……やれやれね」
 ポニーテールが首を振るたびにこれまた左右に揺れる。
 つまり、彼女は今、額に手を当てて嘆息を吐き、かぶりを振っているということだ。
 さすがにこの女も俺だけあって、世界は違っていても不条理極まりない現実を受け入れるスキルを身に付けている。あっさり、俺の説明を信じやがった。
「で、どうするの? そっちのキョンは元の世界に戻れるだろうけど、肩に長門を乗っけてるお前の方は?」
 いきなり『お前』呼ばわりかよ。
「うるさいわね。そもそもさっきのお前の説明だって、初対面の人間に対する割には、結構馴れ馴れしくて無礼だったじゃない」
 そうかい。まあ自分同士なんだからいいだろ。
「それもそうね。お前となら『同じ人間』扱いでいいか」
 あっさり納得し合う俺と彼女。なんたって俺たちはお互い自己紹介すらしていない。もちろん有希のことも『元の世界から一緒に来た、今は訳あって小さくなっている恋人』という紹介だけで名前は言っちゃいない。それでも何の違和感もなく和んでる訳だからさすがは自分同士と思えても仕方ないってやつだ。
 ちなみに彼女はキョン子と呼ばれているらしい。
 ……性別逆転してても俺のあだ名はキョンかよ……どこかに俺をちゃんと名前で呼ぶ世界はないのか?
 もっとも、彼女は締めるときになんか妙な言い回しをしたが気にしなくてもいいだろう。
 どうせ、いずれ解るさ。その言葉の意味はな。
 などとさらっと流した彼女の言い回しだったのだが、その意味を悟るのに、それほど時間が要らなかったことは言うまでもない。
 まあそれはそれとして、
「今、あなたはわたしのことを『長門』と表現した。確か、彼はわたしの名前は紹介していないはず。そしてあなたは光陽園学院の生徒。どうしてわたしの呼称が『長門』だと思った?」
 と、どこか真顔に少しだけ愕然を浮かべた有希がキョン子に問いかけたのである。
 確かに言われてみればそうだよな。俺は有希の名前を教えていないんだから。
 ま、別に難しくもない推論はあっさり浮かぶし、もちろんキョン子はあっさり俺の推論の正解を言ってくれる。
「あたしたちと北高の、ええっと……あんまり関わりたくないんだけどSOS団とは友好のための相互交流をしていてね。んで、多分、お前の世界の方でもSOS団ってあるんでしょ? その長門さん、あの長門、そっくりだもん。身長と性別以外は。設定は宇宙人、でしょ?」
 だ、そうだ。
「これは好都合」
 ん?
「あなたにお願いしたい。この世界の『わたし』に会わせてほしい。この世界の『わたし』の協力があれば、わたしと彼は元の世界に帰れる」
「え、ええ……? SOS団のところに行くの……?」
 うむ。渋面に苦笑を加味したお前の気持ちは分からんでもないぞ。しかし、その割にはまんざらでもない表情にも見えるんだが?
「む……さすがに鋭いな……」
 そりゃそうだ。伊達に俺じゃないからな。
「あ、でも勘違いしないで。あたしはSOS団よりも、こっちの光陽園学院文芸部の方が大切だから」
 それも仕方がない。
 なんたってお前は北高生じゃなくて光陽園学院の生徒だ。いくらSOS団に愛着があろうとも他校の団体を在校の団体よりも重視することはないだろう。
「分かってくれてありがと」
 なかなか可愛いウインクを見せてくれるじゃないか。本当にこいつは俺か?
「クス、そう言えばキョンも同じこと言ってたね」
「まあな」
 隣にいる『俺』に笑顔を送るキョン子はなぜか妙に可愛い。って、そう感じる俺ってそんなにナルシストなのかね?
 ちなみに俺はキョン子を真正面に捉えている。それでも俺はキョン子に異性としての興味はわかないから安心しろ。
「当然」
 その割には少し怒っているように見えるんだが?
「気のせい」
 そ、そうか……
「お前も凄いわね。あたしにはその子の表情が変わったの、全然分かんなかったよ」
 そりゃ付き合いの長さの差だ。俺と有希は二十四時間、常に一緒にいる。ついでにこれで一年近く経つ。
「そう……」「ん……」
 俺が少し胸を張って誇らしげに告げると、なんとも少しテンションが下がる『俺』とキョン子
 何だ? 俺、何かまずいことでも言ったか?
「この――――二人は――――逢いたくても――――わたしがいないと――――逢えないから――――」
「って、九曜!」
 周防九曜のなんとも平坦な説明に反応したのはキョン子だ。
 え? てことは『俺』とキョン子ってそんな関係?
「あ……う……」
 さすがに俺の今の問いにはキョン子も『俺』も答えてくれなかった。
 つっても、その表情見れば言葉にしなくても分かっちまうってもんだがな。
「天蓋領域に問う。あなたは異世界間を自由に行き来できるの?」
 え? 有希のびっくり声なんて初めて聞いたぜ? そんなに凄いことなのか?
異世界間移動は、一人では困難。必ず何か媒介にする存在がないと不可能。しかし、今の天蓋領域の言葉はこの世界と『彼』の世界との行き来が自由であることを意味する。二回目以降はともかく最初の一回目にちゃんと行き来できたことが理解不能
「天蓋――――なめんなー――――」
 え、それだけ? それって精神論だと思うんだが?
 なんかこう……宇宙的ギミックとかじゃないのか?
情報統合思念体が天蓋領域に劣っているとは思わない」
 うわ、有希が対抗心を燃やしてるし!? さっき敵と言ったことはない、とか言わなかったか!?
「ま、まあいいじゃないか。どっちにしたってできることとできないことがあるさ」
 よし、さすがは『俺』だ。不穏な空気を察知して即座に宥めてくれたのはありがたい。
「その通りだぜ、有希。情報統合思念体にだって天蓋領域にできないことをやってるじゃないか」
「たとえば?」
「有能なインターフェースを三人……いや四人も生み出したじゃないか。天蓋領域はまだ一人だ。しかも今後増やせるかどうかも分からんのだぜ。それで充分だと思うが?」
「なるほど」
 ふう、どうやら収まってくれたようだ。
 などと言う俺たちの会話が終わるのを見計らっていたのだろうか。
 うまく一段落ついたところで、
キョン、もう来てるのかい?」
キョンさん、佐々木さんを置いて先に来るなんてひどいのです!」
「ふん、僕より早く来たなら、たまには茶でも入れてくれればいいのにな」
 という、この世界の、容姿は俺たちの世界とは全く変わらない、しかも性格もあんまり変わらないような気がする、しかし光陽園学院の制服と学ランに身を包んだ、佐々木、橘京子、藤原がこの文芸部室に入ってきたのである。
「おや? キョン、こちらの方は……双子かい……?」
 佐々木が俺たちを見止めて、少し戸惑い気味に問う。
 まあ当然だな。こっちの佐々木たちからすれば俺たちのことは知らないし、しかも同じ顔が二つだ。
 そりゃ誰だって困惑する訳で、
「あ、ううん、違うの。こっちの二人はね、この世界の並行世界から紛れ込んだ人たち。で、こっちの彼が以前、あたしの頭の中にいた人で、こっちの肩に人を乗せてる人は初めて会った人。でも二人とも同一人物よ」
 うぉい! んな、朗らかに重大発表を交えた紹介をするんじゃない!
「別にいいじゃない。どうせ佐々木は、橘が超能力者で、藤原先輩が未来人で、九曜が宇宙人だって知ってるんだから。これで異世界人の一人や二人増えたところで大した差はないわ」
 うわ。随分とオープンな話だな。俺と『俺』は向こうの世界でハルヒに、ひた隠しにひた隠していることだってのに。
「そう言えば、こっちのキョンが言ってたわね。でもまあそっちの『ハルヒ』と違って佐々木は別に世界を不思議空間に変えようなんて微塵も思ってないし、問題ないわよ」
 ふ、ふうん……てことは佐々木は自分の力を自覚して、それでいて平穏に居るって訳か。
 なんとも俺たちの世界の佐々木と変わらんな。
 って、ん?
「おーい佐々木?」
 なんだか佐々木が俺たちを見てぽーっとしていた。
「あ、ああ、すまないキョン。思わず彼らに見とれてしまっていた」
「…………………………ふ〜〜〜〜〜〜〜ん?」
 あれー? キョン子の佐々木を見る目、なんだかジト目に近いんだが?
「おいおい、そんな目をしないでくれ。大丈夫さ。僕にはきみしかいない」
「ちょっ佐々木! それ解釈の仕方、間違ってるから!」
「くっくっくっく。冗談だよ。僕だってノーマルさ。同性愛者に見られることは本意ではない。それに安心したまえ。僕はきみの幸せを願う親友だ。きみが彼と添い遂げたいと考えているのであれば心から祝福を送るよ」
「な、何言ってんのよ! あたしとキョンはそんなんじゃ……!」
 で、実際はどうなんだ?
 妙に焦っているキョン子を見れば、俺はまったく身に覚えがない訳だから、当然何かあるとすれば『俺』の方なのだろう。
 少しいぶかしげに聞いてみると、
「――――街中を――――肩を抱いて――――歩き回って――――ファミレスで――――1つの皿とフォークで――――食べ合った仲――――」
「九陽お前!」「く、九曜!?」
 しかし答えてくれたのは『俺』ではなく周防九曜である。
 うわ。すげえな。そこまでやってんのか? 文字通りバカップルってやつじゃないか。
「確かに」
 しみじみと頷く俺と有希。
 有希にとっては『俺』は俺じゃないんでかなりの他人事になっている。関心はないこともなさそうではあるが声はいたって平坦だったしな。
 まあ俺たちも人のことは言えんが、それは伏せておこう。
「くぅ! このこの、何が違うんです? 九曜が嘘を付かない人ってことはキョンさんもご存知のはずですよ?」
「ち、違うのよ……本当にそんなんじゃなくて……」
 弱り目に祟り目とばかりに、しかし思いっきりほくそ笑みながら、キョン子の肩を肘でぐりぐりやる橘京子を見ていると、確かにこの世界は俺たちの知っている世界と違いがあることが良く解る。
 向こうの世界の橘京子と俺はとても相容れることはできないだろうけど、この世界の俺と橘京子はとっても仲睦まじい。
 もっともキョン子の表情は耳まで真っ赤にしてしまっているから、周防九曜は嘘を言っていないのだろう。
 ついでに『俺』を見ても同じように顔が真っ赤になってやがる。俺と有希が視線を向けると気まずげに目をそらしやがったし。
 てことはだ。
「なあ、ひょっとしてまだ何かあるのか?」
 今度は周防九曜に直接問いかけてみよう。
「って、こらこらお前は何を聞いてやがる!?」
 もちろん、『俺』が割ってくるのだが。
 ふっ、甘いな。俺だけを止めてもどうにもならんぜ。
「――――――――ということも――――ありました?」
「興味深い」
「って、あー! 長門っ!」
 なんとも珍しく、いつの間にか移動していたのか、周防九曜が右手を口元に当てて左肩に佇んでいる有希に耳打ちしているである。
 そんな有希をとっ捕まえようと『俺』が周防九曜へと突進するのだが、周防九曜も有希も柳の枝の動きのようにゆらりとかわして、有希は俺の右肩へと戻ってくる。
 もちろん、『俺』は勢い余る訳だから。
「きゃっ!」「おわっ!」
 この文芸室に埃が舞い上がり、ちょっとだけ地面が揺れる衝撃音があったと思ったら、
「きゃー! やっぱりそうなのですね!」
「くっくっくっくっく。橘さん、これは事故だと思うのだが、ひょっとして二人はこうなることを願ったのかい? それとも九曜さんと長門さんの策略とでも言えばいいのかな?」
「――――予期せぬ―――出来事――――」
「偶然」
「別に今さら、ってやつだろ?」
「茶番だ」
 などと、それぞれの感想を述べ合う俺たちの眼下では、『俺』が突進の勢いをうまく殺すことができずに、そのままキョン子に突っ込んでしまったわけだから、図らずもキョン子を押し倒した形になって、その上、思いっきり唇を重ねて固まってしまっているのである。
 俺は有希から聞いたのだが、周防九曜曰く、どうやらこの二人、以前もこういうことをやったことがあるとのことだそうだ。
 それにしても、よく考えれば俺も含めてこいつら、えらく冷静だよな。
 普通の高校生がこういう場面に突然出くわしたら、びっくりして絶句すると思うぜ。