『SS』 ちいさながと そのに 11

前回はこちら

「何故、朝倉涼子が復活したのかお聞かせもらえますか?」
 古泉の単刀直入な言葉に俺は、
「分からん、だがハルヒは思った以上に喜んでいたみたいだな」
 とだけ答えた。古泉は肩をすくめると、
「そうですね、それだけが救いと言えばそうなります。けれどもそれで是とはならない事はあなたが一番お分かりではないですか?」
 一々引っかかる言い方だが古泉の立場からすれば仕方がないとも言える。
「『機関』へ連絡するのか?」
「まだ様子見といったところですね。どちらにしろ朝倉涼子が北校に復帰したということは僕が報告しなくても把握は出来ますので」
 だろうな、『機関』の連中もどのくらいこの学校にいるのか分かりはしないのだから。
「ならそれでいいだろう、何でわざわざ俺に聞くんだよ」
 分かっているくせに、といった感じでニヤケ面を向けた古泉は、
「……………長門さんの様子がおかしい事には気付きませんでしたか?」
 確信を突く一言をぶつけてきたのだった。やはり分かってやがったか、
朝倉涼子が復帰するならば、まず長門さんが何らかのアクションを起こすはずなのですが何もなかった。それどころか互いに牽制するかのように無関心を装うのは涼宮さんの手前とはいえ不自然すぎます。そこで考えられるのは長門さんも予想できなかったハプニングなのか、」
 指を立てた古泉が笑みを消して呟いた。
「我々にすら言えない事情を内包しているかです。ちなみに僕は後者だと推測してますがね」
 こういうところだけは鋭い奴だ。しかも古泉が懸念している以上に事態は複雑であり、それは俺しか分からない事なのである。見えていないのは分かっているが右肩につい視線をやり、有希が小さく首を振るのを確認した。
「ですが、可能性として長門さんがあなたにだけは事情を話すのではないかと思ったのです。これも僕の推測ですけれど、鍵であるあなたは事情を知っているのではないですか?」
 本当に鋭いな、だが半分正解であっても俺が本当の事を話せるはずもない。
「いや、俺も長門から何も聞いてないんだ。何故朝倉がここにいるのか、俺の方が知りたいくらいだぜ。いきなりクラスメイトが帰ってきたんだ、ハルヒが何を言い出すかとヒヤヒヤしてたんだぞ」
 これは半分は真実だ、俺は実際長門に何も聞かされてないからな。朝倉と長門の関係は把握しているだろうが、喜緑さんの事まで話す必要もないだろう。
「そうですか……………長門さんがあなたにも話さないとなると余程の事情なのではないでしょうか? 情報統合思念体朝倉涼子を使って涼宮さんを、」
「それはないな」
 古泉の話を遮るように俺は断言した。古泉の目が軽く見開かれると、今度は眉を優美に顰め、
「何故ですか? 僕としてはあらゆる可能性を考慮するべきだと思うのですが」
 それも分からなくはない。だが、
長門がいるからな、それは無いと思うぞ」
「…………何も話さなくてもですか?」
 それでもだ。たとえ今は話してくれなくとも、長門長門である限り俺は信じるのさ。SOS団の、俺達の仲間の長門有希はそんなに柔な奴じゃねえよ。
「心配いらねえよ、ハルヒには手を出させないさ。少なくとも長門はそう言うはずだ」
 そうさ、長門ならそう言うに決まっている。部室のドアへ視線を向ける振りをして肩の上を見ると、小さく、だが力強く頷いてくれる長門有希がいるのだから。
「わかりました、僕もあなたのように長門さんを信じましょう。ですが、僕個人と『機関』の意見が必ずしも一致はしないという事も心得ておいてください」
 こんな事を言っただけでどうなるか分かりませんしね、とスマイルを取り戻した古泉だが油断は出来ないってとこだろう。それを暗に匂わせたのかもしれないがな。だが俺は長門を信用するくらいは、このハンサム面も信用してやることにしておくのさ。そのくらいSOS団ってやつは俺達の中に入り込んじまってるのだからな。
「…………ありがとう」
 礼を言われることじゃないぜ、俺の知る長門有希はそういう女だ。そして俺の有希ならこう言ってくれると信じてるんだよ。
「そう」
 有希が肩から俺の頬に寄り添ったところで古泉が時計を確認した。
「さて、流石に朝比奈さんの着替えも終わる頃でしょう。この後ですが、とりあえず僕は駄目元で生徒会へと接触します。まあ、あの方が何か口を滑らす確率はないでしょうけどね」
 確かに喜緑さんはそんなに甘くはないな。だが古泉の目をそちらに向けてくれれば助かるのも間違いではない、そこまで期待するのもおかしな話なのだが『機関』がうろつくというのも都合が悪いしな。
 そこにタイミングよく、
「おまたせー! いやー、つい朝倉の前でみくるちゃんのナイスバディを見せ付けちゃってさー」
 それで背後の朝比奈さんが泣きそうなのか。ついでに朝倉も苦笑いながら止めなかったところを見ると余程ハルヒが上機嫌だったのだろうな。だが何故お前が朝比奈さんの豊満なプロポーションを朝倉に自慢しなければならないのかだけは腑に落ちないのだが。
「いいじゃない、SOS団のマスコットの可愛さを朝倉に思い知らせてやったんだから!」
 だからって朝比奈さんに抱きつくんじゃない、朝比奈さんもそろそろNOと言えるようにならないとまずいですよ?
「でも凄かったわね、同性から見ても感心しちゃうわ」
 混ぜ返すな、朝倉。いや、嬉しそうにハルヒと朝比奈さんを見る朝倉はどこか雰囲気が違っていた。そうだな、羨望っていうと微妙に間違っているのかもしれないが。
 その後に長門も続いていたのだが、こちらは何も関心が無いようだった。朝倉と同じ空間にいて二人に会話がなかったのだろうか、長門を見る限り無かったようにしか見えないのだがな。
「さあ、帰るわよ! 朝倉は有希と同じマンションでよかったの?」
「うん、上手く同じ部屋が空いてたからそこにお世話になることにしたの」
 上手くというより規定事項ってやつなのだろうが、ハルヒとしては好都合だろう。即座に一緒に帰る約束を交わした二人は案外馬が合いそうなのである。
 こうしてSOS団に一名追加での帰宅となったのであった。もしかしたらこれが定番になっていうのではないかと頭を掠めたくらいに先頭を歩くハルヒと朝倉は話し込んでいる。朝比奈さんもそれを微笑んで見ているのであるから、賛成派となってしまったのだろうな。後を続く古泉は無関心を装っているが様子見だという事らしいからハルヒに逆らうことはない。
 最後の一人は無関心というより無反応でも貫くのではないかと思わんばかりに無口なまま歩いているのだが。俺はといえば古泉が珍しく前列にいるために有希を肩に乗せたままで最後尾を歩いていた。有希も長門の動きを待っているようなので肩から飛び出そうとはしていない。
 このまま全員で下駄箱に到着し、いざ帰ろうかと上靴を履き替えようとした時だった。今まで最低限の言葉しか発していなかった長門がついに口を開いたのである。長門ハルヒに向かい、
「忘れ物をした。今から取りに戻る、許可を」
 いきなりのドジっ子発言に空気が凍ったのは間違いない。既に靴を履き替えていたハルヒは、
「あら、それなら待ってるから早く行ってきなさいよ」
 と鷹揚に対応したのだが、長門は数ミリの首振りでそれを拒んだ。
「多少時間がかかるので先に帰ってもらって構わない。活動中に忘却していたわたしのミス、陳謝する」
 おまけに頭まで数ミクロン下げるというサービスぶりだ。SOS団が誇る万能選手の思わぬ失態にさしもの団長も困惑の色を隠せない、
「べ、別にそのくらいはいいわよ。それより本当に先に帰っちゃっていいの? なんだったらみんなで戻ればいいからね?」
 兎角長門には甘い面のあるハルヒは俺には絶対に見せそうもないほどの妥協を見せているのだが、 
「いい。今日は客人もいる中で失態を犯してしまった、わたしが迂闊」
 なんと長門は朝倉をダシにしてまで自分を卑下してみせたのである。ここまで言われるとハルヒとて何も言えなくなるものだ、
「そう、それじゃあたし達は先に帰るけど遅くなっちゃダメだからね?」
 とりあえず長門が何を考えているのか分からないがハルヒ達を先に帰そうとしているのは確かなようだ。朝倉も、
「もしかしたら同じマンションだから話す機会もあるかもしれないしね。それじゃ涼宮さん、あまり遅くなると長門さんも困ると思うから、ね?」
 などとフォローを入れたのだが、もしかしたらこいつは長門が残る事情を知っているのかもしれない。それを朝倉から訊いていいものか考えながら靴を履こうとすると、長門はまたもハルヒを呼び止めた。
「もう一つお願いがある」
「どうしたの? 有希のお願いなんて滅多に無いんだから遠慮せずに言っていいのよ」
 本当に長門には優しいな、そんなハルヒ長門は、
「彼を借り受けたい」
 と何故か俺を指差して言ったのである。いきなり何だ?! 俺もハルヒも目を見開いてしまったじゃねえか。いや、朝比奈さんや古泉も何も言えなくなっている。だが長門は淡々と、
「持って帰る荷物が多くなる可能性がある。よって人手として彼が必要。許可を」
 若干強引な理屈の気がするが長門が言うのだから説得力があるような気がしてくるから不思議である。
「それならあたしが残るわよ、別にキョンじゃなくてもいいじゃない」
 ハルヒは当然そういうのだが、
「彼は雑用。わたしも雑用を頼みたい、団長の許可を申請する」
 正当な理屈で返されてしまえば何も言えなくなるものだ、しかし長門にまで雑用と言われてしまうのは悲しいものがあるな。とはいえ長門がここまで催促しているのだから俺に用事があるのは間違いない。つまりは話す事があるって事なんだよな? 有希が肩の上から乗り出そうとしているところを見ても長門の独断なのだと思う。
「しゃあねえか、どうせ俺は雑用だしな。それに万が一遅くなったら長門一人じゃ心配だろ?」
 諦め口調でそう言えば、
「あんたじゃ有希一人より心配よ! 間違っても有希に何かあったらどうすんのよ?!」
 とまあハルヒが人の名誉を著しく傷つけやがるのだが。とはいえ、
「彼には家まで荷物を持ってもらうだけ。雑用を頼めるのは彼、あなたがそう決めた。わたしは彼を雑用として使用したい、お願いする」
 そこまで雑用を強調するな、何だか悲しくなってくる。しかしハルヒもようやく折れてくれた。
「そう、有希がそこまで言うならしょうがないわね。いい? あんたはSOS団の雑用として立派に有希の役に立つのよ! 万が一有希に手を出したらただじゃおかないんだからね!!」
 どこまで俺はケダモノなんだよ、第一俺には長門有希という立派すぎる彼女が居てだなって目の前にいるのも長門有希なのだが。
「とりあえずは何でも言ってくれ。荷物持ちくらいならいくらでもやってやるさ」
 本当ならどんな重量や大きさの荷物であろうが長門一人で十分なんだがな。俺は履き替えたばかりの上靴に再び足を入れながら長門に話しかけた。
「ちょっと! まだあたしは許可してないわよ!」
 いいから先に帰っておけ。朝比奈さんや古泉、それに朝倉も手持ち無沙汰なようだしな。視線で促せば勘のいいハルヒはすぐに理解出来たようだ、渋々ながらも、
「……………今日は朝倉を送っていくから特別に許可してあげるわ。でも二人だからってのんびりしてたら承知しないからね?!」
 それだけ言うともうハルヒは振り返らずに朝比奈さんと朝倉が待つ方へと合流してしまった。古泉の顔色が若干悪くなった気がするのは例の空間が発生するかもしれないってとこなのかもな。
 だからといって今更止める訳にもいかない、俺は長門と共に部室へと戻ったのであった。





 部室に入った途端に、
「ここならば磁場が混雑している為に情報統合思念体にスキャンされることはない」
 長門はそう言うと俺に椅子に座るよう促した。素直に従うと、有希が肩から長机に降りる。それを見届けた長門は静かに口を開いた。
「オリジナルとあなたに伝えたい事がある。これはあなた達にとって有益とは言えないかもしれない、でも聞いて」
 その言葉に机の上に正座する有希と俺は居住いを正したのだった。
 そして長門の話は俺と有希をまさに絶望させるに足るものだったのだ、そこから真に俺達は思考の迷宮へと入り込んでいったのだから…………………