『SS』 たとえば彼女の……… 5

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 まあ繁華街から少し路地に入れば、九曜が言うところのこじゃれたカフェーというものがあったりもする。俺などはあまり使用機会はないのだが、事あるごとにハルヒを接待しなくてはならない副団長から情報だけは得ているのであった。
 あなたから是非誘ってくださいと言う古泉の意見に今回は素直に従ってやろう、ハルヒじゃなくて悪いが。とはいえ、女の子二人とシャレたランチっていうのも柄じゃないことは承知しているんだが。
「―――――たぬきうどん――――プリーズ――――」
 うん、メニューにもないし、多分店員さん気付いてないぞ。九曜に何を食わせるか考えながらもキョン子を見れば、こちらも悩んでいる最中のようだ。
「うーん、あんまり食べると多いしね。どれにするかも迷ってんだ」
 おお、何か新鮮だ、食う量で悩むとは。俺の周囲には胃袋が宇宙な女性ばかりなんでな。
「どれで迷ってるんだ?」
「んーと、これとこれ」
 カルボナーラと鮭のクリームパスタ? なんだって似たようなもんで迷ってるんだ、こいつは。
「いいじゃない、あたしが好きなんだから」
 はあ、俺こういうの好きだったかなあ? まあキョン子がそうなのだから、もしかしたら俺も好みの味なのかもしれないな。
「それじゃ俺がこっちを頼むから後で一口やるよ」
 その代わりにお前のも一口くれ、と言うと、
「えー、あー、いいけど…………」
 何故顔が赤くなる? ついでに九曜の分も頼むけど、どうする?
「―――たぬき―――パスタ?」
 ねえよ。

 時間帯が少し遅かったこともあり、そんなに待たずに注文は揃う。ああ、九曜のやつは和風パスタだ。アサリのスープパスタだっけか、何故かうどんのイメージから離れないな。
「それでどうするの? これから」
 カルボナーラを食べながらキョン子が聞いてくる。俺はまだいいが、時間制限なんかないのか? 九曜次第でどうにでもなりそうなので話を振ってみると、
「こちらの世界と――――向こうの世界を繋ぐのは――――もう少し後に―――なる―――」
 そうなのか? 来る時もそうだったのだが、九曜を以ってしても時間がかかるものなのかもしれない。
 …………それなら何故繋いじゃうのかってのは聞いたらいけないんだろうなあ。
「そっか、それならもうちょっとこっちにいられるんだね」
 よかった、と呟くキョン子は確かこっちにきてもパスって言ってなかったか? などともう聞けるはずもない。とてもじゃないが、ホッとしたようなその顔を見ても帰ろうと思えるような奴はいないだろうさ。
「――――かもよ?」
 って時間差過ぎるだろ! というか本当に帰れるのかすら不安になってきた。
「まあ後は九曜にお任せってことなのね、それならそれでいいや」
 いいのか? 
「うん、九曜なら悪いようにはしないって」
 こっちで言うところの長門のポジションを確保してるみたいだな、どうにもキョン子と俺とでは九曜の認識にギャップを感じるのだが。
「九曜はいいやつさ、あたしが保障する」
 だ、そうだ。よかったな、九曜。
「―――――そう」
 いや、そこまで真似なくていい。とにかく九曜はそれでいいだろう、こっちも開き直るだけだ。
「ダシが―――――効いている―――」
 ん? ああパスタか。和風のスープの事らしいが随分唐突だな。
「――――まさに―――わか―――」
 何故か物凄く嫌な予感がしたので全部は言わせなかった。せめて他の海産物にならなかったのか、お前は?!
「――――――昆布とは―――言わせない――――」
 自分で言うなよ。
「おお――――失言―――でした?―――」
 いや、何と言うかいいボケじゃなかったんじゃねえか? 自爆もネタだ。
「驚いたよ、九曜ってこんなに話す奴だったのね」
 そうか? 俺も慣れてしまってるのが不思議ではあるな。キョン子から見てもこの九曜は変わって見えるのだろう。
「うん、あたしも九曜の表情を読めるのは自分だけだと思ってたけど流石ね」
 こういう能力だけはあるような気がしてくるよ、宇宙人の無表情を読んだり、超能力者のスマイルの裏読みしたりな。
「橘は分かり易いけどなあ、古泉ってやつ? あいつとはまだそんなに話してないし」
 ああ、出来れば話さないほうがいいぞ。理屈が多いし上手く誤魔化しやがる。
「…………胸も大きいし」
 ん? どうした?
「いや、なんかムカついてきた………」
 すまん、こっちの世界の古泉。どうやらお前はキョン子の禁断の何かを刺激してしまったらしい。とりあえずは古泉よりも橘ってことらしいのは俺にはイマイチ理解し難いのだが、こっちの世界の橘が反省して謝って来れば話だけは聞いてやろうという気にはなってきた。この世界の橘に免じてってやつだな。
「まあこっちの世界ではSOS団だっけ? あいつらとは関わりが少ないから、あたしにはよく分かんないんだけど」
 その方がいい。関わらないに越した事がないのがSOS団だ、それは俺がつくづくそう思ってるんだからまず間違いはないだろう。
 まあ俺からすれば佐々木の取り巻き連中とは関わりたくないのだから、一概に言えないところではある。なにしろこっちの世界のあいつらと俺の世界のあいつらでは違いすぎるようなのでな。
「うーん、それなら佐々木達にも会わせたいよね。藤原先輩は嫌がるかもだけど」
 せ、先輩? あー、あの藤原をそう呼ぶのか…………一番俺も関わりたくない人物だけどな、あいつの顔を見るなら古泉のインチキスマイルの方がマシだぜ。
 だがキョン子の手前、あまりこっちの世界のイメージで悪く言うわけにもいかない。ただどうにも拒否反応が出てしまいそうな予感だけはあるのだ。
「そんなことないよ! みんないいヤツらだし、あたしはその、結構満足してるっていうか、悪く言わないで欲しいっていうか……」
 ああ、なんとなく分かる。俺も多分言いながらもSOS団には愛着っていうもんがあるしな、キョン子にとっての佐々木たちはそれにあたるのだろう。それに、
「――――観測対象は―――暖かいの――――です――――」
 まあ宇宙人とは既に接触済みなんだ、しかも悪い気もしていない。九曜がこれなのだから多分他の連中も俺が知る奴らよりも遥かにいいヤツなんだろうからな。
 別の世界の佐々木か、相変わらず理屈っぽいのかね? そうだな、会ってみたい気がしてきたよ。
「……………………」
 どうした? 何でキョン子の機嫌が悪くなってんだ?
「いや、べっつにー」
「――――複雑なのは――――乙女なのよ――――」
「い、いらんこと言うなー!!」
 なんだか分からんが九曜がキョン子をからかったらしい。そういう事も出来るんだな、お前。顔を真っ赤にしたキョン子が九曜の肩を掴んで揺らしているのを、つい微笑んで見てしまう俺なのだった。
「………誰のせいでこうなったと思ってるのよ………」
 また小さく何か呟いているがキョン子は俺と違って思った事が口については出ない方なのだろうか? いや、俺もそんなつもりはないのだが。
 


 と、まあくだらない話などしていたのだが、
「ほれ、一口やるよ」
 キョン子が食べたがっていたのを思い出した俺はフォークにパスタを巻いてキョン子の前に差し出した。
「あ? え? あ、あのー、それって………」
 いや、お前が食いたいって言ったんだろうが。何故に目を白黒しているのかが分からない。
「ソースが垂れるから早く食えよ、いらんのか?」
 まあカルボナーラが気に入ったのならそれでもいいしな。俺も結構これが気に入ってきた、やはり同一人物だと味の好みも似るもんなんだろうな。
 しかしキョン子は何を迷っているのか、顔を赤らめてモジモジしていたのだが、
「い、いただきます…………」
 一気に一口でパスタを食べた。いや、そんなに急がなくても誰も取らないから。それに顔が赤くなるような物は入ってなかったと思うぞ?
「うー、分かってないのが反則なんだー」
 何言ってんだ? キョン子は口を小さく動かしているが、
「それより旨いか? 俺は結構好きなんだが」
「へ? 好き?! うん、好き!」
 そうか、そんなに旨かったならいいんじゃないか?
「あれ? あ、うん! そうね! 美味しいよ?」
 何故そんなに焦ってるのかは分からんが、満足したか? なんだったらもう一口いるか?
「あー、うん………」
 今度は急に大人しくなりながらも、キョン子は黙って俺のパスタを食べたのだが、お前食いすぎがどうとか言ってなかったか? 思った以上に食われたので少々思うところはあるものの、好きなんだからしょうがないのか、選べなかったんだからなあ、と思いながら残りを食べる。
「あ………」
 なんだ? まだ口元を見ているキョン子。そんなにじっと見られると恥ずかしいんだが。というか、まだ足りなかったのか?
「う、ううん! もう大丈夫だから!」
 それならいいんだけどな。だがキョン子の視線は俺のフォークから外れる事はなかった。
「………気付いてないにも程がないか?」
「――――まあね―――――」
 何言ってんだ、お前ら?
「なんでもないっ!」
 まあ仲がいいんだな、お前ら。ということで食事も終わりなんだが。
「あ、あたしのも一口………」
 と、キョン子カルボナーラを差し出したので素直に食うことにした。うん、これもいけるな。
「えー、あの…………」
 どうした? 何故顔が赤いんだ?
「いや、あー、なんでもない…………」
 そうか。とにかく食べた事だし行くとするか。俺はいつものくせで伝票を持ってレジに向かった。
「うー………ばかぁ………」
 どうしたっていうのだろうか、キョン子は俯き気味で大人しくついてきたのだが何で九曜が慰めるように寄り添っているのだろう?
 それでもキョン子と九曜は自分の会計は自分で払ってくれたのである。これだけでも感動しそうな俺の気持ちは分かっていただけるだろうか? まあ自分の食べた分は少々減ってしまったが、キョン子が満足してくれたのならそれでいい。
「さて、残り時間は何をするべきなんだろうな」
 キョン子が何か当てでもあればいいんだろうけどな。そうじゃなければゲーセンかカラオケってとこか?
「…………どこでもいいよ」
 もうすっかり当たり前になったかのように俺の腕にしがみついているキョン子は顔を赤くしたまま、そう言っているのだが。
「―――――適当に―――歩けば―――――――――」
 そういうもんでいいのか? 九曜も反対の腕を掴んで離さないので、とりあえずは従う事にしよう。
「棒に―――当たれば――――おいしいわ――――」
 おいしいのはお前だけだ。なにより棒がそんなにあるもんかい。
「―――うまい棒が――――」
 あれは当たりはないだろ、確か。と、ここまで言えばもうひとツッコミあって然るべきなのだが、
「…………………」
 本来のツッコミ要員がだんまりを決め込んでしまっているのでどうしようもない。
 それどころか、くっ付きすぎなんじゃないか? いや、当たってるのが判るから! ささやかな、って言ったらまずいのがわかるけど、でも当たったらまずいもんが当たってるんだよ! しかも結構柔らかいんですから!
「あ、あてて………」
 はい?
「なんでもないっ!」
 それなら力を込めないでくれ! より密着してどうするんだよ?! それよりツッコミどうするんだ! いや、その前にもう少し離れてくれないか?
「やだ」
 いや、やだって……
「それより行こうよ、時間ないんでしょ?」
 って引っ張るな! だから当たってるんだって! いや九曜、お前まで!
「――――あててんのよ―――?」
 当たってんのか? 
「あ、あたしも!!」
 いや、当てないで!!
 なんだか大騒ぎしながら俺たちは残り時間を惜しむように繁華街を歩くのだった。

 ああ、周囲の視線が痛い…………