『SS』 たとえば彼女の………
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まあ今日俺が出かけたのはコンビニで立ち読みでもしようという軽い気持ちであって、ついでに缶コーヒーでも一本買って、帰って読みかけの漫画をよんだり途中のままのゲームを少しでも進めたりしながら片付かない宿題をやり過ごしてしまえばいいと思っていたからである。
よって財布を持っただけの身軽な格好だった訳であるが、これが良かったのか悪かったのかは今以っても謎なところである。と言うのも、
「何でこうなるんだよ………………」
最早ため息も出てこない。不思議現象に慣れすぎたのか、ゆとり教育の弊害なのか、俺はこの状況になっても尚多少冷静な自分を褒めるべきなのか悩むのであった。
「――――――――」
そして元凶である奴は相も変わらず無表情なままで何処を見ているのか分からない目線を明後日の方向を向いている。まったくもって、やれやれという口癖を繰り返すしかない。
「で? どうすりゃいいんだ?」
傍らにいる周防九曜に話しかけてみれば、
「―――――こちらへ――――」
ゆるゆると連れられて歩くしかないってことなんだろうな。しかし目的地にいきなり連れて行くという手段は取れなかったのかね、こいつは。
目の前にいるのにすぐに見失ってしまいそうな九曜の後ろを歩きながら、俺は何故こうなってしまったのかを思い出そうとしていた………………
俺はコンビニに向かいのんびりと歩いていた。急ぐことなど何もない、今日は日曜日だから呼び出しもないはずだ。というか、あったら困る。
だが俺は迂闊にも失念していた。何もない休日? それはつまりあいつの出番だってことを。
……………いつからそこにいたんだよ?
深海に准える事も出来る黒瞳は黒く光もないが澄み切っている。
その大きな瞳は抜けるような白い顔によって存在を増してゆく。
黒く長い髪に包まれるように浮かぶ白皙は暗黒の宇宙に輝く超新星の輝きにも似て。
その髪の黒と溶け込むような黒い制服はいつものように皺一つもない。
そう、周防九曜は気が付けば俺のすぐ傍で佇んでいるんだよ。
「――――――――――」
「…………………………」
まあこれも既にお約束になっているのだが、この段階を踏まないとどうやら会話が成立しないみたいなんだよな。
ということで沈黙の後に会話の口火を切るのも俺の役割という事なのである。
「あー、今日は何の用だ? 生憎とこっちにはネタがないぞ?」
実際コンビニに行くだけだしな、それともこの宇宙人はコンビニエンスストアに興味があって、という流れなのだろうか? それよりも、
「毎回聞くのも何だけどさ、お前佐々木はいいのか?」
下手したら佐々木より会ってるんじゃねえか、俺? というくらいこの宇宙人は観測対象を間違っておられるようなのだ。
「観測対象は―――――学習中で――――あります?」
ああ大変だなあ、進学校ってのも。ただ疑問系なのは何故だ?
「学習中――――勉強中――――私は観察中?」
はあ?
「ななななー―――――――ななななー―――――――観察―――――撲殺―――――」
あ、何となく分かった。けど何と言うリズム感の無さだ。しかも動きもなく突っ立って言われても面白くないぞ。
「音ネタは――――難しいわ―――――」
特にお前らはな。しかしこの方面での九曜の修行はいつまで続くのであろうか?
「文字だと――――伝わらない――――」
とちょっと斜めで腕を腰にぶつけるポーズを取る芸人修行中の九曜。あ、これあれか? M1チャンピオンか?
「―――――ケヘッ!」
それ準優勝。というか春日はお前には無理だ。無表情すぎるだろ、それ。
「まあいいや、んで残りの連中はどうした?」
本当にどうでもいいが、こいつを野放しにしておかないで欲しいんだけど。
「来年のM1を――――ご期待――――ください?」
マジでか?! もしそうなら馬鹿馬鹿しすぎて逆に面白そうだな。
「レッツ――――――フォーリンラブ――――――――」
ネタそれかよ。
と、まあいつものというには余りにも悲しいやり取りを挟んで、
「結局どうすりゃいいんだ?」
軌道修正を図るのも俺の役割なのである。これ以上話せばネタを使い尽くしてしまうのは大人の事情なのである。
「私は―――――あなたに――――――見せたいものが―――――――あるの?」
あるの? って言われてもなあ。あるのなら見せてくれればいいよ。無いのならコンビニ行っていいか?
「様々な可能性を――――考慮して――――――実行に値するわ―――――です―――」
ほう、そこまで言うなら見せてもらってもいい気がしてきたなあ。何といっても宇宙人的なものに興味を無くしている訳でもない俺の好奇心を刺激してくるんだよ。
「そうか、お前から言ってきたんだから見てやろうか」
よくよく考えてみれば、この時点で相手がSOS団の敵対勢力だとか長門とは違う宇宙人だとか考慮していない自分の不明を恥じるべきだったな。
だが、どうにも俺はこの何とか領域とかが送ってきた宇宙人に警戒心を抱けなくなってきているのもまた確かなのである。少なくとも敵意は感じないし大体こいつに敵味方の区別がついているのかというのがそもそも怪しい。
「では――――れっつ―――あんど―――――ごう――――」
走り出せ、サイクロンマグナム! という勢いは無論無い。
「古いと――――思うの―――――」
そうだな、俺もそう思う。まさかアバンテ兄弟とかは知らないだろう? とまあ些か周囲を置いていきながら俺と九曜は歩き出したのであった。
そして歩くことしばし。
「なあ、どこに行くんだよ?」
相も変わらず目的地が定まっているように思えない程にふらふらと歩く九曜の後を気を抜くと気配ごと消えてしまいそうな中で追いかけていたのだが、
「しばし――――――お待ちを―――――」
と答えながらも足取りは不安定な九曜。本当にどこかに行くつもりがあるのだろうか?
だが、どうやらこいつなりに目的地はあったようだ。
「ていうか、ここかよ……………」
そこは俺にとっても馴染みのある場所だった。というか最早見慣れすぎている景色なんだけど。
「何でここなんだ?」
川沿いの公園、長門や朝比奈さんと何度も会話したこの場所には謎の力でも働いてるって言う事なのか?
「そのとお―――――――り――――――――」
え? うそ、マジで? ここも不思議空間の仲間入りしてたのか!! 衝撃の事実に俺が愕然としていると、
「ということで―――――出発―――?」
といきなり九曜に袖を掴まれてしまい、
「うおおおおおっっっ?!」
目を閉じる暇もないままに強烈な勢いで目の前が回転していく! って、これは時間移動?! いや、それよりタチ悪い! 何の準備もないままに引っ張り込むな!!
いつの間にか目も閉じていた、いや、意識が無くなっていった……………あんまりじゃねえか? これ……………
「気をつけて―――――ください――――――」
いや、遅すぎるって……………
「おはやう――――――」
指を変な形に曲げたピースサインをしている白ご飯大好き宇宙人を目の前にした俺は一体どのくらい気を失っていたのだろうか? 何よりも九曜が白米が好きかどうかをまず知らないが。
とりあえず体を起こそうと、
「…………何してた?」
いや分かるけどさ。
「―――膝枕―――ですけど――――なにか―――――?」
ええ、そうですね。お前の位置からすぐ分かるべきだったよ、頭の感触とかも道理で気持ちよかったはずだ。
「私は―――――なかなかやる?」
そうだなあ、でもまず気絶しなくて済むようにしてほしかったんだけど。しかし気付いてしまうと気恥ずかしい、急いで俺は起き上がった。
「遠慮しなくて――――――いいのよ?」
遠慮させてください! そこだけ強気な理由を聞かせろよ、このやろう!
「――――――――ドリーム?」
ああ、男の夢だなあ。ってお前に言われたくないわ!! 何より何故に俺が気絶させられていなくてはいかんのかを教えやがれ!
すると黒い宇宙少女は無い胸を張って、
「約束―――したじゃない――――」
と得意気に言い放った。ちなみに周りから見れば無表情に小声で呟いたようにしか見えないことは保障できる。
で、約束? 何かお前と約束なんかしたっけか? 俺の記憶力はそんなに自慢できるものじゃないが、それでもここ最近の出来事を忘れるとも思えないのだが。
しかし九曜は自分で言っておきながら約束の中身は言おうともせず、
「それでは――――――行くわ―――――よ?」
勝手に歩き出してしまったのだ。おい、それよりまずここはどこなんだ? 時代とかは今の俺が知る時間なんだよな? その全てに答えることもないままに、周防九曜は前方をふらふらと歩いている。
「まったく、やれやれだ…………」
こうなったらついていくしかない、俺は九曜の後を追うのであった。俺がこの世界は何なのかを知る事になるのはまだまだ先の話である。
そしてまだまだ先だった頃からしばらく経っている今現在。九曜に連れられて歩き出してから結構な時間が過ぎたような気もしたが、まだまだ日も高いのでそうでもないのかもしれない。
そういえばこの世界はどうやら俺の良く知る世界と似ているようだ、見覚えのある景色が多い。というか、俺たちの住む町そのものなのだが、どことなく違和感もある。時間軸が狂っているからなのか、九曜が作り出した世界だからなのかも判断がつかないってのは俺がこういう事態に慣れ過ぎたからなのだろうか? 九曜は何も説明しないまま前方をふらふらと歩いている。
「あのさあ、そろそろ何か言ってくれないか? このまま歩くだけのために俺はこんなとこに連れてこられたのかよ?」
流石に我慢出来ずにそう言うと、
「―――――もうちょっと――――ですとも――――?」
本当かよ? と気付けば何と俺の良く知りすぎている場所が近いのだった。いや、途中から気付いていたけど、これっていつもの駅前だよな?
まさか本当に時間移動でハルヒがいない世界にする為に俺を連れ出したのか?! そうだ、こいつはあくまでも佐々木が神でなければならない側の住人で俺たちの敵なのだった! いかん、長門や朝比奈さんはこの事に気付いているのか?!
最近九曜と接していて俺に油断が無かったと言えば嘘になる、慌てて周囲を確認してから九曜から距離を置こうとしたところで、
「―――――約束――――ですもの―――――」
いつの間にか目の前にいた九曜本人に袖を掴まれてしまった。反射的に振り解こうとして、つい目が合ってしまう。
そしてその黒く大きな瞳を覗き込むような形になって分かってしまった。表情が無いはずの九曜の瞳は、俺の良く知るあいつと同じように雄弁ですらあるのだからな。
「……………分かったよ、駅前まで行けばいいんだろ?」
ついでに言えば俺はこの物言わぬ瞳の言葉にどうにも弱いらしい。それにしても宇宙人は目で会話をするのかね? ショートカットだろうが長い黒髪だろうが関係はないみたいだな。
考えすぎたのかもしれないし、これが油断させる為の罠だとしたら俺はまんまと騙されている事にもなるのだが、とにかくもうしばらくは九曜に付き合う事にする。お人よしといえば反論は出来ないな、こりゃ。
そこであまりにも通いなれている駅前に着いてしまうと、
「おそーい、はい、罰金。もしくは死刑だっけか?」
いや、そんなにやる気無く死刑にされたくはない。それに遅いも何も、お前と時間を合わせた記憶もない。
「あたしだって九曜に言われたから来ただけよ。まさかお前にまた会えるというか、本当に連れてくるなんて思わなかったもの」
ああ、あれだけ疑ったのがアホみたいだ。見れば九曜は得意満面である。多分分かっているのは俺とあいつくらいだが。
「とりあえず久しぶり。元気だった?」
まあな、それなりによろしくやってたよ。
「ふん、相変わらずみたいね」
お前もな。
明るい黄色のパーカーに水色のミニスカート。
白のニーソックスとの間に作られた絶対領域は理想に近いゾーンを作り出している。
胸の前で腕組みされているのに全く強調されていないのは禁則事項なんだろうな。
いつから居たのかは分からんが、おそらくいつ見ても眠たげに見えてしまう瞳にはからかうような光が宿り。
何よりも俺の理想に限りなく近い形のポニーテールは同一人物だからこそのシンクロニティなのかもしれないな。
そう、キョン子は気が向いたら俺の前に現れるようになってしまっていたんだよ。
「―――――約束―――どおり―――」
あれは約束だったのかよ? 確かに前に会った時に向こうの世界に行ってもいいとは言ったような気がするが。
「こっちもいきなりだったから何事かと思ったわよ。でもまあ本当にパスするのも後味悪いしね」
そうかい。俺が同じ立場なら…………………変わらんか、お前も俺なんだしな。
「そういうこと! それじゃ行きますか!」
うむ、俺よりは多少積極的な感じはあるがそれは男女の違いかもしれんし周りの面子の違いなのかもしれないな。
もう一人の女になってしまっている自分のいる世界に連れてこられた俺は、女の子の自分に案内されてこの世界見物としゃれ込む羽目になった、ということらしい。
「ったく、それならそうと言ってくれよ」
いつもの口癖と共にため息をついて傍らの道案内した宇宙人を見てみれば、
「―――サプライズ―――?」
ああ、思い切り驚いたよ。
「――――そう」
お前、それも使いこなすようになったなあ。そろそろあいつに使用許可をもらわなきゃいけなくなりそうだぞ。
「くだらないこと言ってないで行くぞ、こんなとこ突っ立っててもしんどいんだから」
身も蓋もないな、お前。しかし俺でもあるから文句も言えん。
こうして俺は、見た目には両手に花の状況で異世界見物に出かける事となったのであった。どうなることやら分からんな。
「ああ、そういえば」
なんだ?
「ようこそ、あたしたちの世界に! 歓迎してやるよ、キョン」
ありがとよ、こっちこそ頼んだぜ。
まあこいつの笑顔が俺とは思えない可愛さだったのはとりあえずのサプライズなのかもな。