『SS』 ちいさながと

年の瀬も迫りきった十二月の末日は、世間的には大晦日と言われている。一年の終わりをこうして無事に終わる事を感謝しながらのんびりと過ごせればいう事はない。
「そう」
そうだよ、しかもお前と一緒に過ごせるなんてな。去年の俺に自慢してやりたいもんだぜ。
「わたしも」
そうか、そう言ってもらえて嬉しいよ。俺は肩の上に座る恋人にそっと手を添える。
俺と小さくなった長門有希が二人で過ごすようになってから新年を迎えるなんて、確かに想像なんかしてなかったもんな。
「…………わたしも」
ああ、そうか。俺は目の前にいる長門有希を見ながらこいつとも新年を迎える事に一瞬不思議な気持ちになる。
何故ならば俺にとっての長門有希とは俺の右肩に座る小さな彼女のことであり、かといって目の前にいるのもまた長門有希と言うのもまた確かであったりするのだったりするのである。
この長門(大)とは本来の有希が居なくなった(小さくなってしまった為)から有希の親玉が作ったダミーだった。
それが過去形になったのは、今までの有希とは違っていたダミーが処分されようとした寸前に有希との接触でそのデータを引き継ぎ助かったからだ。つまりは有希でありながら有希ではない長門になったということらしい。
それ以来、SOS団の一員として、または小さな有希のフォローとして長門は俺達の欠かせない仲間となっている。
まあ多少は普段から俺にくっ付きたがるようにはなっていて、それでハルヒが多少俺を責めてはくるのだが、これは有希とのデータの共有により仕方が無いことらしい。そう言っていた有希まで不機嫌なのが何とも言えないのだが。
とにかく長門も有希であり俺にとっては大切な仲間であるのだ。
「ありがとう」
長門は元々の有希よりも雄弁で積極的かもな。だが俺の真横に座って肩に頭を乗せるのは嬉しいけど遠慮してくれないか? 反対の肩にいる有希が何か言いたそうなんだけど。
「わたしが望んでいること」
それは長門なのか、有希なのか。
「その点についてはどちらも」
そう言った小さな有希は俺の頬に寄り添う。それは……………喜んでいいんだろうか? ということで二人の長門有希に両肩を占領されながら新年を迎える事となったのだ。


さて、ここで何故俺が長門のマンションに居るのかを説明しよう。要は年明け早々から出かけねばならず、その待ち合わせには長門のマンションが一番近いというだけだ。
出かける先は神社、つまりは初詣ということだな。もちろん言い出したのはウチの無鉄砲な団長閣下である。
深夜なので妹は寝てしまったのが幸い、俺は少しでも楽をする為、というか有希とゆっくりと過ごそうと思ったのでノコノコと長門のマンションまでやってきたのだった。部屋でもいいけど少しでも近くで暖かい所がいいんでな。
そこで長門と有希と三人で過ごしているといった次第である。
ここにはテレビも無い。エアコンはあるので寒さの心配はいらないが、後は長門が淹れてくれたお茶の湯気が静かに立ち上り、長門の本のページがめくれる音がするだけである。


それが心地良いのだからどうしたもんだろうね? 俺は年越しはテレビのリモコンから手が離れない人間だと思っていたんだがな。
何も無い部屋に若い男女がいるってのに。
「わたしはかまわない」
それはどっちの意味だろうか、と思わなくも無いが心の中を読まないでくれ。
「……………浮気者
お前までか。うん、耳を引っ張るな。
ということで携帯も見れないから時間も判らずにただ座り込んでいた訳なのだが。







……………………いつの間に寝てたんだ?
ふと瞼を開ければすぐ真横には長門の美しい寝顔があった。こいつの寝顔が見れるとは貴重そのものだな。
いや、実は有希の寝顔は何度か見ているのだ、それも可愛くていいのだが。だが実際のサイズで見るその閉じた瞳と小さく寝息を立てる横顔は綺麗だとしか言い様がなかった。
軽く開いた唇から吐息のような息遣い。
いかん、なんというか普段から有希を見ているせいか、その唇に引き込まれそうになる。思わず生唾を飲み込んじまった。
しかもその長門の頭は俺の肩の上であり、その体勢は俺にしっかりと寄り添っているのであり。まあなんだ? 色々な部分が当たってるんですよ。どこか? それはいつの間にか長門の手が俺の腰に回っていた事で判っていただけるのではないかと思う。
うん、ヤバイです。本当にまずいです。これが有希と付き合う前でも危険なんだが、今やこいつが十二分の一サイズではあるが色々と知ってしまっているのだ! なにを? それは禁則事項だ!
その全てを知っている長門有希がリアルサイズでいるんですよ? それはとても危ういのです。思わず口調が堅苦しくなるほどに。


と、ここまでくればウチのヤキモチ焼きの彼女から鋭い視線の一つも突き刺さりそうなもんなのだが。というか何故俺がこの状況で冷静さを失わずにいられるのかと言うのもそれだあったりする。
「……………く〜………」
俺の右耳には優しい寝息が聞こえてくるのだ、これが俺の理性の綱だな。
しかし耳を抱きかかえるようなその体勢は長門とまったく同じである。まあ同じなんだからそうだろうけど。
しかしなあ、両方から抱きかかえられてる俺ってどうなんだろ? 嬉しいようなくすぐったいような。
などと思いながらもこんな年明けがいいもんだと思えてる俺はかなりの幸せ者らしい。
その幸福に俺も浸ろうと、再び瞼を閉じてみた…………






それでだな? けたたましく鳴り立てた携帯の音で叩き起こされた俺なのだが、気付けば除夜の鐘が鳴っていた。
青い顔して携帯を見れば秒単位で着信アリ。相手は言うまでもないよな?
ということで俺より遥かに早く気付くはずの宇宙人少女二人を慌てて起こして駅前まで駆けつけたのはいいのだが。
「…………なんであんたと有希が一緒に来る訳?」
とまあ新年早々命が危険になったことはまあ思い出したくない思い出であろう。