『SS』8・31〜エンドレスが終わるとき〜  キョンサイド

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八月三十一日 キョン




それは過ぎ去ろうとする夏の最後の抵抗だったのかもしれない。
 俺は夏休み最後の日、疲れ果てた体を投げ出すようにベッドに倒れこんだ。
 明日? 始業式だから大したもんはいらんだろ。それよりも夏休みに蓄積されたダメージを少しでも回復せねばならんのだ。
 最後の最後に俺の家でやった宿題が、この馬鹿馬鹿しいループを終わらせる手段だとは思いたくもないんだがな。
 知らないのはハルヒだけだが、これでようやく終われると思ったときの古泉と朝比奈さんの顔は晴れ晴れしていた。
なによりも長門にこれ以上負担をかけずにすんだかと思えば俺の怠け心も役に立ったのかね?
「来年は通用しない」
だろうな、今度は閉鎖空間を呼び出すだけだろう。
兎にも角にも、これで無事に新学期を迎えるだけなんだ。


と、思ってたんだがなあ………………
「やれやれ、またかよ………………」
 俺は大きくため息をつくしかない。
 目を閉じて開けてみたら、そこは見慣れた光景だった訳で。
朝比奈さんの衣装はきちんとハンガーにかけられ、長門の本棚にはぎっしり本が並べられ、古泉のボードゲームは出番を棚の中で待っている。
 そして部屋の中央には、制服姿の団長さんがすやすやとお眠りあそばされている、といった状況なのである。
 まったく、呑気なもんだぜ。
まあこのお姫様を起こさない事には話は始まらない。
「おい、起きろハルヒ
 軽く揺すってやると、
「何よ、まだ朝じゃないはず……………ってええっ?!」
 意外とあっさりハルヒは起きた、というか飛び上がった。
なるほど、これだけ目覚めがはっきりなら朝が早いのも頷ける。
 だがなあ、
「まったく、夢とはいえお前にはここしかないのか?」
 そう言うしかないだろう? なんで毎回SOS団の部室なんだよ。
「なんであんたがここにいるのよ?」
 いや、質問を質問で返すな。それにそれはこっちが聞きたいくらいだ。
「どうしてあたしの夢にキョンが出てくるのか聞きたいんだけど?」
「そんなもん夢を見てる本人が分からんのに登場人物の俺が知るかい」
 そうとしか答えられない。まさかお前に呼び出されたからここに来ました、なんて言えるかよ。
「それよりハルヒ、お前はこの夏休みはどうだった?」
 そうだ、俺がここにいるってことはハルヒの中でまだ何か足りないものがあるからだろう。
俺はそれを聞きだして解決しなけりゃいかんらしいからな。もう何故俺か、などと聞く気にもなれん。
「へ? いきなりそんな事聞かれても答えようがないわよ!」
 そりゃまあそうだわな。だからといって、はいそうですかって訳にはいかんのだが。
「あー、ここに俺がいて、そういう夢を見ているって事はだな? なにかお前の中で欲求のようなものがあるんじゃないかってことだ」
 うーむ、上手く説明できんが要はそういう事なんだろ。
それを聞いたハルヒは、
「欲求ね…………」
 としばし考えていたのだが、
「…………そうね…………特には何もなかったわよ」
 などと、俺の予想とは違う答えを導き出してしまったのだった。おいおい、それならこの状況はなんだよ?
「そうかもしれない、だがお前の本心として何か心残りなんかなかったか思い出して欲しいんだ」
真剣に思い出してくれ、このままじゃ八方塞なんだ!
「随分な言い方ね、本人がないって言ってんだからある訳ないじゃない!」
 ついにハルヒの機嫌を損ねてしまった。というか逆ギレじゃねえか!
などと憤慨しても仕方がない。
「うーむ、そりゃ参ったな……………」
 と頭をかくしかない俺なのだった。
 するとハルヒは何が面白かったのかクスクスと笑いながら、
「そういえばこうやってあんたと二人で話す機会がなかったわね」
 などと言い出したのである。
「そういやそうだったか?」
 あまりにもハルヒといるのが当たり前すぎて気付かなかったな。それが気に入らなかったのか、
「そうよ! いっつもあんたは有希やみくるちゃんとはこそこそ話すのに、あたしには仏頂面なんだからね!」
 そりゃ仕方ないだろ、お前に聞かれたらまずい話題だらけなんだ。しかも何も浮いた話ですらないのが我ながら悲しいもんなんだぞ?
「この夏休みだってそうよ、みんなで一緒だったからあんたはいっつも古泉くんとかと一緒だし!」
 それもお前の思いつきを古泉が勝手に実現しちまうからじゃねえか。むしろあのニヤケ面が近くに寄ってくるだけで気持ち悪い事この上ないんだぞ!
 完全に逆ギレだ、俺は何も悪くないじゃないか。
しかしハルヒは何かブツブツ言っている、もう勘弁してくれ。
 だが、その呟きの中で聞こえてしまったんだ。
「二人でいたかったかもしれない……………」
 と言ったハルヒの声を。
そうか、そういうことなのか、ハルヒ
 単純すぎるけど恐らくハルヒも気付いていない気持ち。
それなら俺にだって分かるさ。一つため息をついてから、
「やれやれ、そんなことくらいで一々悩むなよな」
 そう言いながらハルヒの両肩に手を置いた。
そのままハルヒの綺麗な瞳を見つめ、
「なあハルヒ? 夏休みは確かにもう終わりだ。でもな? 明日から嫌でも学校はあるし、始まっちまえば俺の席はお前さんの真ん前だ」
 だからな、ハルヒ
「あ、当たり前じゃない! それがどうしたってのよ?」
「つまりはお前が話したければ、俺は必ずそこにいる。だから気軽に話してくれりゃいい」
 お前もそれを望んでくれるんだろ?
「そ、それはそうなんだけど…………」
 どうした? それがいつもの風景なんだぜ。
「二人で話したいならいくらでも機会はあるさ、何と言っても毎日会うんだしな。それに……」
 それに? あれ? 俺は何を言おうとしてるんだ?
自分のセリフに固まってしまう。だがそれを許してくれるハルヒではない。
「ちょっとキョン! あんた何が言いたいの? そりゃ話ならいくらでも出来るかもしれないけど、あたしが言いたいのはそういう事じゃなくって、」
「分かってる、俺が言いたいのもそういう事じゃない」
 もっと大事な事なんだ。
「じゃあ何なのよ?」
 そう急かさないでくれ、お前は夢だと思ってるだろうが俺には結構勇気がいるんだ。
「あー、これはあくまでお前の夢で、しかも俺はその中の登場人物であるのだが、これはその夢の中の俺の言葉だと思ってくれ」
「そんなにしつこく言われなくたって分かるわよ!」
 そう言うな、それだけ認識して欲しいってこった。
「だが、きっと現実の俺もこう思っているに違いない。それはな、ハルヒ? 俺だってお前と二人でいたいと思うことがあるってことだ」
「ああそう、ってえぇっ? な、な、何言ってんの!」
 驚いたろ? 俺もだ。だが言葉を止めるつもりもない。
「そうさ、確かにSOS団としての活動も楽しかった。でもハルヒと二人ってのも悪くない、と俺は思ったりもするんだよ。だから明日、俺はお前に会えるのが楽しみなんだ」
 こんな二人っきりじゃなくってな。
「そ、そうなの?」
「ああ、これから先にもっと俺たちは色々やってくんだろ? その中でお前が楽しければ俺だって楽しい。そうだな、それを二人で一緒に見つけに行こうぜ」
 ハルヒとなら出来る。俺一人なら無理な事だって、お前と二人なら大丈夫だろうさ。
「うん! あたしもキョンと一緒にいたいもん!」
 うわ、夢だからか? こんな素直なハルヒが見れるなんて。
しかもここまで可愛いとは反則だろ! 俺は笑いながら、
「おう、だがお手柔らかに頼む。これでも俺は普通に生きたいんでな?」
 なんて言ってみたら。
「なに言ってんの! 普通じゃないものを見つけに行くんだから! あんたと、キョンと二人で!」
 そう言われ、ハルヒに力いっぱい抱きつかれた。夢の中なんだ、このくらいは許してもらえるだろ?
「っと! おい、ハルヒ!」
 バランスを崩さないようにしっかりハルヒを支える。

それがとても柔らかく、温かい。

ハルヒは俺に抱きついたまま、
「それじゃ、また明日ね! 遅刻なんかしたら、」
「死刑なんだろ?」
 わかってるさ、俺達は抱き合ったまま笑う。
こんな夢を最後の日にやれるなんてな。
……………サイッコーの夏休みだぜ!
 そして明日を迎えるために。
「さて、良い子はお休みの時間だぜ?」
「なによ、まるで保護者気取りね?」
 こうでも言わなきゃずっとこうしていそうだからな。
「これ以上いたら遅刻しちまうからな」
 もちろん言い訳だってするさ。
「フフッ、そうね、あんたならやりかねないわ」
 おいおい、そう言うなって。
「それじゃあな、ハルヒ。おやすみ」
「うん! でもどうやったら夢が終わるんだろ?」
 素直に答えてくれるハルヒ。やべえ、可愛いなこいつ。
 ちょっと心残りだが夢から覚めるのは、
「簡単さ、目を閉じりゃいい」
 それだけさ、方法は。
「それもそうね」
 本当に素直なハルヒ
 そして俺はそのハルヒの唇に自分の唇を重ねる。
ハルヒの唇はやはり甘かった、とだけ言っておこう。
「…………………ハア……………」
 もはやため息しか出てこない。
なんてこった、前回は成り行きかもしれんが今回は確信犯だ。
 多分、今の俺の顔は真っ赤だろう。これだけ頬が熱かったら嫌でも分かる。
 親や妹が起きたら困るからそれ以上は声も出さず、その代わりベッドで転げ落ちそうになるまで悶える。
 シャミセンならとっくにベッドの下に避難済みだ。
それより…………なにやってんだ、俺?
ていうかなんて事言っちまったんだよ! しかもハルヒの奴もなんであんなに素直なんだ!
 あー、もう! 恥ずかしさで死ねるぞ!




 そうやってしばらく一人でジタバタしてみたものの。
でも………………やはりハルヒは可愛かった。
 一人で悩んで、一人で勝手に解決しようとするくせに。
そんな事をしなくたっていいぞ、ハルヒ
 夢の中という事にはなってるが、俺はお前と一緒にいてやるぞ。
 何となくだが分かったんだ、きっと現実のハルヒもそう望んでくれているんだって事が。
 だから。
「おやすみ、ハルヒ…………」
 夢の中での事が少しだけ。
ほんの少しだけ現実になったらいいかもな、などと思いながら、俺はもう一度眠りにつく。


 現実のハルヒに会うために、明日が早く来るように願いながら。
 そうさ、夏休みが終わったって、あいつには会えるんだし、話だって出来るんだからな。
 むしろ秋なら秋、冬なら冬でしか出来ない事を。
その時、絶対ハルヒの横には俺がいる。
 そしてお互いに笑っているはずなんだよな?




「………………好きだ、ハルヒ
 夢でも言えなかった言葉を呟いて、それがあまりにも俺らしくなさすぎたようで。
 思いっきりタオルケットを引っかぶってしまった。
「言えたら…………いいんだがな…………」
 俺らしくないが、でも本当にそうなったらいいもんだな。
 明日が楽しみになってきたな。
俺の夏休み最後の夜は、結局ハルヒの事ばかり考えて過ぎていってしまったのだった………………


































久しぶりの制服に身を包み。
騒いでるクラスメイトを横目で眺め。
重い眼を叱咤しながら自分の席へ。
すると後ろの席の女の子は思いっきりの笑顔で言ってくる。

「おはよう!」

 また新しい毎日が始まるんだな、それが楽しみなんだから我ながらいかがなもんかね。
100万ワットの、輝く笑顔のあいつも一緒に、な。