『SS』誰かさん〜CLOSE YOUR EYES〜

呼び出したのは真夜中過ぎ。
決して断わられる気はしなかったが、それでも俺は携帯を開いて時間を確認した。
どうしても腕時計ってやつには慣れないな、そう思って苦笑する。
お、来たようだ。
少し小走りで駆けてくる、誰かさん。
「待たせたわね」
いいや、全然。俺は背中を預けていた自分の車の助手席のドアを開ける。
どうぞ、お嬢様。
「ふふっ、あんたにしては気が利くのね」
そりゃそれなりにはな。誰かさんが席に座るのを確認しながら、俺は自分も車に乗り込む。
中古ながらも自分の金で買った愛車の助手席に初めて座るのはやっぱりこいつだったな、などと思いながら車を走らせる。
『どうしたの?』
とは尋ねてこない誰かさん。カーステレオから流れるのは俺たちが生まれてすぐの頃のヒットナンバー。
二人だけの静かな時間。お前とこういう沈黙の心地良さを覚えるようになるなんてな。
そのまま車は俺たちを運ぶ。
あの時はお前を後ろに乗せて必死に自転車を漕いだもんだが、今は楽になったのかな?
そう、俺たちの目的地は決まっている。あの時、俺が告白した場所へ。



「綺麗ね…………」
着いてから車を降りたとき、最初に聞いた言葉はそれだった。
宇宙の中心にいるような声で。
そうだな、ここはこの辺で一番星が近いかもしれない。だからこそ俺はあの時もここに来たのだから…………



あの時、俺は大汗をかきながら精一杯の想いを打ち明けた。自転車を漕ぎ続けたからではない、誰かさんへの想いの強さで。
そうしないともう会えないだろうと思っていたからだ。
卒業という高校最後のイベントが直前まで迫り、俺とあいつが違う道を歩き出す事が分かったからだった。
それまで俺たちは色んな事をしてきた。
まあ命を狙われてみたり、時間を遡ってしまったり、違う世界に行ってしまったりもしたが間違いなく楽しかったと言い切れる。
その中心にはいつもこいつがいたのだから。
黄色いカチューシャを揺らしながら100万ワットの笑顔で俺を引っ張るあいつが。
そして俺自身の気持ち。
それに気付くのに3年掛かったというか、最初からあった想いに踏み出す勇気が必要だったのが3年だったと言うべきか。
とにかく、俺はあの日も真夜中にアイツを呼び出し、自転車を漕ぎ出してこの丘に来たのだった。
あの時もあいつはこう言ったんだ。
「綺麗ね…………」
この星空全てを抱きしめるように両手を広げながら。
そう言ったあいつもそれは綺麗なもんだったさ。
だから俺は想いを伝えたんだ、とてもじゃないがカッコいいもんでもなかったけどな。
そして俺の一世一代の告白の後、あいつはこう言った。
「ゴメン」
と。まるで自分が振られたような泣き顔で。
覚悟はしてたさ、いくらあいつの一番側にいたとはいえ、俺なんかが吊りあえる訳もなかったんだろうと。
「違うの……………」
どうしてお前が泣いてるんだ? そしてどうして俺は泣けなかったんだろう。
「嬉しくて……………あたし…………嬉しすぎてどうにかなりそうなの…………」
ああ、お前を泣かせるつもりなんか無かったんだ。俺はお前に笑っていてほしいだけなのに。
「でも…………絶対あたし、あんたに溺れちゃう…………何も周りが見えなくなっちゃう、あたしがあたしでなくなっていっちゃう……………」
泣きじゃくりながら、自分が世界の中心にいるかのようだった女の子が小さく肩を震わせている。
「あたしはあたし、そう思っていたのに…………でもあんたがいたら全部あんたになっちゃいそうなの…………」
黙って俺は聞くしかなかった。こいつにここまで想われていたことに気付かなかった自分への苛立ちも込めて。
「ねえ、だからあたしの最後のお願い。もし、もしも二人が別々に暮らして、あたしがあたしでいられるようになったら…………」
俺は全部を言わせなかった。力一杯あいつを抱きしめ、
「もう一度会おう、必ずだ」
それだけ言うと自転車へ歩いた。後ろで離れない気配に安心し、終わった事への失望を胸にしながら。
帰りの道は無言のまま。
俺たちは卒業し、俺は県外の大学へと進学した。あいつもそうだった、単に成績の問題というだけではなく、それがあいつなりの覚悟だったのかもしれない。



別段変わった大学生活だったわけじゃない。そこには未来人も宇宙人も超能力者も神もいない。
ただ俺がいて、生活していた。それだけの話だ。
それなりに友人も出来たし、中には生涯友としてやっていけそうな奴もいる。
俺なんかにでも想いを寄せてくれる人もいてくれた。
成績も落とさず済んだし、こう見えてもなかなか順調だと言えるだろう。
もちろんバイトや遊びにも精一杯手を出した。そこで得たものも、失ったものもあるだろう。
つまりは俺は普通の生活というものを満喫し、それはとても有意義なものだったと言える。
だが足りなかった。
非日常がではない、単純にいるべき人間がいない気がしたんだ。
そうだな、何か心に穴が開いたような、パズルのピースを欠けさせたままのように俺は大学生として過ごした。
そして大学も卒業といった頃、俺はある企業への就職を決めた。
もちろんそれなりに考えたのだが、結局俺は地元に戻りたかっただけなのかもしれない。
就職も決まり、卒論も上げ、ゼミの連中との別れを惜しんだところで、俺は電話をかけることしか考えていなかった。
もちろん、同じように時を過ごしたであろう誰かさんに。



空を見上げながら俺に尋ねる誰かさん。
「どうだった? 大学」
ああ、楽しかったさ。お前はどうだ?
「もちろん! 結構周りの連中も面白いヤツばっかだったし」
そうか、それはなによりだったな。俺は心底安心する、社交性という面での不安は隠せなかったからな。
「あら、あたしミスキャンパス候補だったりしたんだから! まあめんどくさいから断わったけど」
お前らしいよ、というか断わってくれて感謝したいね。
これ以上お前が離れていく事に、俺は耐えれそうにないからな。
そして俺も聞いてみた。
「どうだった? この何年間かは」
すると急に黙り込む誰かさん。
「うん、充実してた、あたしは。絶対に楽しかったはずなのよ…………」
それならなんで俯いてるんだよ。
「あたし、あんたがいなくても自分で何でも出来たんだ。友達も出来たし、一人暮らしもやっていける」
なのに泣き出しそうな誰かさん。
ゆっくりと近づいて彼女の傍らへ。
「だから、あんたも、きっと上手くやれてるって思って、それなのに、あんたの電話が嬉しくて、あっという間にあの頃のあたしになっちゃって、」
いいじゃねえか、忘れてもらえなくて俺は嬉しいんだ。
そうさ、そんな俺たちをここの星たちも待ってくれてたんだろうから。
「目を閉じてくれないか?」
「えっ?」
いきなり言われても困るか? でもそうして欲しい。
「うん…………」
そして俺は自分の唇をあいつの唇に合わせる。
「!!」
そうだよ、キスの時はお互いに目を閉じるものなのさ。
ゆっくりと唇が離れ。
「どうして…………?」
泣き出しそうな顔で戸惑う誰かさん。
答えは決まっているのに。
だから何も言わず抱きしめた。その温もりを離したくない。
いつの頃からか夢見ていたような。
それが夢でなくなっていく。
そしてそんな時だから。
「夢のようね…………」
と呟く誰かさん。ああ、一番最初の時のは、お前は夢だと思っているんだったな。
でもな、今感じているお前の感触は決して夢なんかじゃない。
「そうね……………だって、こんな夢なら覚めて欲しくないもの」
抱き合った二人の間を穏やかに、包み込むように時間が流れていく。
こんな気持ちをなんと言えばいいんだろうか………………



「ねえ? あたし、馬鹿な事……………してたのかな?」
どうしてだ? 腕の中で俺の胸に顔を埋めたままの誰かさん?
「だって…………結局あたし、あんたがいないと駄目みたいなんだもん。あんなに楽しかったのに」
背中に回していた両手の右だけを頭の方へ。優しく頭を撫でてやる。
「なのに絶対あんたがいた方が楽しいって思っちゃうの。辛い時にあんたがいれば絶対大丈夫なんだって思っちゃうの!」
絶対って口癖は変わってないんだな。俺だって思ってたさ、おまえが側にいてくれることを。
それが何よりも俺にとって必要なんだってことを。
「遠回り…………してたの…………?」
そうかもしれない。だけどな? こうして俺はお前の側にいる。
夜が朝に会うように。
そんな事があってもいいのさ、そうだろ? お星様。
「なあ?」
「なに?」

幸せか?

返事の代わりに、もう一度口づけを交わす。
相変わらず泣きそうな顔で。



静かに見守っていた星たちも、朝の光がその役目の終了を告げてくれている。
「行きましょ!」
温もりが離れ、明るさを取り戻した声が俺を促す。ああ、行こう。
少しだけ前を歩き、車へと向かう後ろ姿。
愛してる。心から。
「愛してるぞ」
そう思う。だから。
涙が零れ落ちないように空を見上げる誰かさんに。
「ありがとう…………ハルヒ
もう一度俺は全ての想いを込めて抱きしめた…………

このSSの元となった曲が分かった人っています?まあむりくり当てはめたとこもありますが(苦笑)

これともう一曲ネタにしたSSを書いてます。そちらもよろしければ読んでやってください。