『SS』ちいさながと ウォーキング・イン・ザ・レイン

全国一斉、というわけではないが、季節は梅雨である。大体、四季といっているのに何故コイツだけは自己主張するのだ?
シトシトと降りぼそる雨音ってのは、5月も過ぎたのに憂鬱な気分を呼び起こして病気じゃないのに再発させようとするものだ。
などと詩人にはなれそうもない、ショパンの調べがまず分かってない俺としてはおとなしく部屋でゲームなどしておくに限るのである。別に晴れててもゲームはしているが、それはゲームが面白いのが悪いのであって俺が出不精ということでは無い。
「…………………………」
という言い訳など、俺の肩の上でゲーム画面を眺めている彼女に通用するはずはないのだが。冷静沈着、無表情がデフォルトながらも長門有希様は実にご機嫌がナナメでいらっしゃるのだよ。ああ、原因は間違いなく俺だね。


それは3日ほど前まで遡る。長々と続く雨などもなんのその、SOS団は年中ほぼ無休状態で大絶賛活動中だった。
その活躍たるや、専属メイドたる朝比奈さんは長雨の湿気に負けないお茶の缶詰収集に余念がないし、長門はついに広辞苑を1日で読破してみせた。古泉は詰め将棋で敗北するという荒業を見せ、団長たるハルヒはSOS団のホームページのカウンターをたった一人で100回も回したのだ。
かく言う俺だって対古泉のオセロの連勝記録を更新し続けている。
まあなんだな、要は、
「あー、暇すぎるわー」
と言う団長の一言に尽きるのである。うん、それ言っちゃあオシマイだ。
「そろそろ限界ですかね」
何がだ古泉? お前の連敗なら将棋になったところでまだまだ止まる気配すら見えんぞ。それよりも顔が近い、俺も不快だし有希がわざわざ反対の肩に移動しなきゃならんのだぞ?
「いえ、僕の連敗は止めてみせますが涼宮さんのご機嫌はどうにもなりませんから」
と言ってる古泉の飛車が俺の桂馬に取られたところであと3手で詰みなんだが。
「……………待ったは?」
なしだ。それよりハルヒがどうした? 有希が興味無さ気に眺める将棋板のほぼスカスカな古泉の陣地のように、将棋の結果よりもハルヒの方が優先なんじゃないか?
「ええ、まさか梅雨入りから毎日本当に雨しか降らないとは予想外でした。もしかすれば涼宮さんが望んでいる、というよりも想像しているのではないかと『機関』では予測しているんですが」
待て待て待て待て、つまりは何か? ハルヒが「あー、梅雨だから雨ばっかだわー」って思ってるから毎日雨が降ってるってのか?!
「可能性としての話です、涼宮さんの固定概念が強い気持ちとなって実現化すればこの状態もありえる、ということですよ」
んなアホな。と有希を見ればなんと頷かれるという始末。そりゃアホだ。
ということはアホが自分で梅雨空を作っておいて「暇だわー」と文句を言っていて勝手に機嫌が悪くなっているとしか言えんじゃないか。
「あくまで可能性の話ですよ、それにあんまりそういうことを言うと………」
「コラーッ! アホキョン! アホが何をAHOAHO言ってんのよ!! それよりあんた、何か暇を潰せるアイデアとか無いわけ?!」
悪魔の耳を持つアホから理不尽な怒鳴り声を上げられるのか。ごっつやな感じだな。
しかしこのような理不尽な非難を受ける哀れな子羊は必ず神(目の前のカチューシャ除く)に救われるものなのだ。
そして神の名は長門有希と言う。ああ、我が女神よ。と、急に立ち上がった長門を救われた思いで見ていたら肩の上の女神に耳を引っ張られた。いやだからお前を見てるんだが。
その長門は俺の方をチラリと見て、本を机に置くと、
「少々外出する。許可を」
と団長席に座っているハルヒに言った。長門からの外出許可などというSOS団始まって以来の珍事に、団長閣下はしばしキョトン、とした目をしたのだが、
「え、いいけど? でもどこ行くの?」
というえらく軽いノリで許可を与えたのだった。長門は、
「コンピ研」
という言葉を残してSOS団の部室から退出したのであるが、その後から、
「ねえ、ちょっとさあ、」
却下だ。
「えー? でも有希が何でコンピ研なんかになんの用事があるのよ?」
そりゃ暇つぶしだろ。
「なによ、あんたSOS団の団員が活動をほっぽり出してまでやらなきゃいけない事に興味がないわけ?」
だから許可を求めたんだろうが。あっさりと許可しといて何を言うか。
「それなら団長自ら団員の活動を見守りに、」
父兄参観じゃねえんだぞ、長門が戻ってくるまでおとなしくしてろ。などというハルヒの世話に終始せねばならなくなったのだ。おい長門、まさかこれが狙いじゃないだろうな?
という俺の心配は杞憂に終わったようで、長門はものの5分程度で戻ってきた。
「これを」
帰ってきていきなりハルヒ長門が差し出したのは、
「なにこれ? CD?」
確かにそれはCDである。わざわざお隣さんまで行って、それを持ってきたのか?
「違う、今作った」
作った? CDをか?
「馬鹿ねえ、作るって言ったらこの場合はゲームか何かでしょ」
そうか、ゲームねえ。そういえば奴らのところにはそんな素材だらけだもんな。
「あ、あのー、こんな短時間でゲームって出来るんですかあ?」
えーと、きっと前から作ってたに違いありませんよ朝比奈さん。ハルヒが気付かなければ時間なんてどうでもいいんですから。
だからお隣さんから壁越しでも分かる大声で、
「うわあああ!! な、なんだったんだあれはぁぁ!!」
「神だ! 神が間違いなく光臨されたんだッ!!」
長門さまぁー!!! カムバーック!!」
などという悲鳴のような声は全て無視してくれても構わないんです、はい。
ハルヒはすっかりご機嫌で、
「そう、せっかく有希が作ったゲームなんだもん。団長が最初にテストプレイしてあげないとね!!」
と言いながら早くもパソコンのスロットを開けている。やる気満々だな、お前。
さて、ウキウキとゲームを立ち上げたハルヒなのであるが、
「うわっ!!」
「え、ここ?」
「あーッ!!」
などとうるさい事この上ない。朝比奈さんと古泉は苦笑、長門と有希は無関心なのだが俺はさすがに気が散るぞ。
その内に長門がパタンと本を閉じた。
「え? もうそんな時間なの?」
などと言ったくらいなのだからハルヒはよほど夢中になったとみえる。いそいそと着替えの用意をする朝比奈さんがいるので俺と古泉、有希は廊下へ。
「すまんがトイレ行ってくる」
そのまま古泉を置いてトイレに。本当は古泉が見えなくなってから、
「すまなかったな、ハルヒの機嫌もよくなったみたいだし」
有希にそう言いたかったのだ。長門が立ち上がった時に有希とアイコンタクトしたのを俺が見逃すはずはない。
「いい。あなたが非難されそうだったから」
あぁ、やっぱりお前は俺の女神だ。思わず両手で抱きしめてキスしたくなったほどだ。
「思っていてもキスはする」
そうだな。ということでキスしといた。
しかしハルヒをここまで夢中にさせるとは流石は長門だ。あいつはコンピューターゲームの類はほとんどといっていいほど興味を持たないのにな。
「やってみたい?」
そうだな、ちょっとばかりやってはみたいかもしれん。
「そう」
有希は何か考える風だったが、
「わかった」
とだけ言って、とりあえず部室前まで戻った。これ以上古泉を待たせると、というよりハルヒ達が出てこないうちに戻らないと何かと都合が悪いからな。
その帰り道。
「これを」
と言われて長門からCDをもらった。なんと、あの短い時間でコピーしてくれたらしい。
長門と有希に感謝しながら、俺はそのゲームを持って帰宅したのだった。


そして3日後。つまりは現在である。
未だに雨は降り止む気配もない。梅雨とは言えやりすぎだ、今度は洪水などの心配すらしないとやばいんじゃないか? しかしハルヒがそこまで望むはずもないと楽観もしながらも、俺はコントローラーから手が離せないでいた。
そうだ、あの日に長門から渡されたゲームが異常なまでの面白さだったのである。ゲーム内容を言えば恐らくまた3日ほど経過しそうなので省略するが、シュミレーションとRPGが格闘アクションゲームになってシューティングの要素を盛り込めるなんて誰も考えもつかなかっただろう。
これなら大祭が開けそうな勢いの面白さであることが伝わればいいのだ。
と言うわけで雨が降っているのも幸い、ハルヒのように部室までゲームを持ち込めない(あれはハルヒ一人しか持っていないことになってるからな)俺としては、帰宅後に没頭するしかないのだよ。
しかし、今日はまずかったのだ。なぜならば今日は学校も休日、ハルヒもゲームに夢中、つまり有希と二人で過ごせる機会だったのだ。
すっかり失念していた俺は起こされた訳でも無いのに朝から起き、パソコンを起動させるやゲームを開始してしまったのだ。もはや中毒だな、ここまでくると。
その間、有希は黙って俺を見ていたのだが。
うむ、気付いた時には、
「………………………」
肩の上からどす黒いオーラが部屋を充満させていたんだよ……………………………恐る恐る声をかけるしかない俺。
「あ、あのー、」
無表情すぎる肩の上の声。完全に怒らせてしまったらしい。
「……………なに?」
「その、すまなかった」
「いい。私が渡したゲームを楽しんでもらえるのは嬉しい」
嘘つけ、それならそんな声するか。
「私の声帯に異常はない。いつもと同じ声」
そうだな、そういう意味なら声は変わらないだろうさ。だが俺には違いが分かってしまうんだから仕方が無い。
「いや、俺が一方的に悪かった。すまん、有希がいるのにこれはないな」
そう言って俺はパソコンの電源を切る。セーブ? 出来るか、そんなもん。
「それはパソコンにとって良くない行為。データの破損の可能性もある」
ああ、それなら後でまたお前の力を借りなきゃならないかもな。だが俺にはそんなことよりも大事な事があるんだと気付かされたよ。
俺は有希を肩に乗せたまま部屋を出て、玄関で傘を取ったら外へ。
「何故? 外はまだ雨が降っている」
ん? なんとなくだ、雨の中歩くのも悪くないだろ?
傘を持つ手に有希を移動させる。窮屈かもしれんが、これならまず濡れないからな。それに俺の顔に寄り添うような形になるのが好きだな、こういうのも。
「……………ごめんなさい」
いいや、恋人を放り出す俺が悪い。お詫びにもならないが、このまま図書館にでも出かけようぜ。
「……………あなたとなら、どこでもいい」
ありがとよ。
俺たちは雨の中を歩く。傘をリズム良く叩く雨音。
その音がショパンを知らない俺にとっても心地良く聞こえるのは、きっと一人じゃないからだ。
そうさ、恋人といれば誰でもそれは最高であるはずなのさ。
それに気付いたある雨の日だったってことなんだ。