『SS』なんと素敵な紆余曲折 2

「あら、あなたは?」
「ああ、お名前だけは知っていましたが初対面になるのでしたね。古泉一樹と申します、覚えて頂かなくて結構ですが」
距離を取った朝倉と古泉が緊張感を孕んだ挨拶などしているのを、腰が抜けたままの俺が眺めている。何で古泉がここに入ってこれたんだ?
「説明は後です、まずはコレを」
そう言った古泉は俺の手に小さな薬剤を入れるようなカプセルを乗せた。なんだ?
「とりあえず飲んでください、早く!」
わ、わかった! 意味は分からんが、俺は渡されたカプセルを飲み込んだ。うえ、水もないから喉に引っかかりそうで気持ち悪い。
「では行きます!!」
古泉は俺がカプセルを飲み込んだと同時に俺の手を引っ張って起こした。うおッ?!
腕を引かれたと同時に襲い掛かる強烈な違和感。何なんだ、古泉! お前何やりやがった?!
すると、
「!!!これは?!」
朝倉が驚愕の声を上げた。俺は声すら出ない。それはそうだろう、古泉に手を引かれた瞬間から朝倉が作った空間から周囲の光景が変わっていったのだから。
しかも俺はこの光景すら見たことがある。ここは、
涼宮ハルヒの閉鎖空間……………」
朝倉の額に汗が浮かぶ。どうやら閉鎖空間の存在は知っていたようだが、もちろん見たことは無いはずだろう。
「そうです、あなたと僕が飲んだカプセルに入っていたナノマシンがこの空間へとこの部屋自体を移行させたのです」
そういうことか、ということはこれはハルヒが作った閉鎖空間ではないんだな?
「はい、涼宮さん自身が作られた閉鎖空間ではありませんが、僕とあなたの記憶や実体験に基づいて作られた擬似閉鎖空間なので僕の力もこうして発揮できる訳なんです」
右手に光球を浮かべた古泉が嬉しそうに説明するのを、俺は呆然と聞くしかなかった。
「そんな、そんなこと出来るはずがない! たとえ長門さんだったとしても!!」
朝倉が叫ぶ、さっきまでの余裕はないようだ。古泉はそんな朝倉をスマイルを崩さないままに見やり、
「ええ、これは長門さんの力ではありません。が、長門さんの依頼により動いてくれた方がいてくれたのが僕達にとって救いでした」
長門じゃない? それならば古泉をここに送り込み、しかも閉鎖空間のそっくりさんまで作り出したってのは、
「ああ、その方からのメッセージです。まあ傍観しているだけなのも不都合そうなので、この程度は私の権限でどうとでもなります、とのことです」
あの人ならそれくらいやりそうな気もするな。俺の頭にもあの緑色のウェーブヘアが浮かんでくるよ。
喜緑江美里……………穏健派が介入するなんてね」
というか、長門ですら出来ないような事を平然とやってのけたのか、あの方は。
「そうですね、まさに彼女は長門さんのお目付け役なのでしょう。もしかしたら僕達の知るTFEIの中では最強なのかもしれませんね」
ううむ、鶴屋さんといい、喜緑さんといい、ウチの先輩連中というのは俺の想像を超えすぎるなあ。あ、せめて朝比奈さんはあのままで頂きたい。
「でもまだあなた達が助かったというわけじゃないのよ?」
そうだった、まだ俺達は変な空間の中に留まったままなのだ。朝倉はナイフを構えなおし、
「別に私の能力が全て封じられた訳じゃないの。まあ自分の攻勢情報空間じゃなくなったから、ちょっとやりにくいけどね!!」
言葉が終わらない内に、朝倉が俺たちに向かってダッシュしてきた!
「ふんもっふ!!」
古泉の光球がそれを迎え撃つ!
「甘いわ!!」
朝倉のナイフが光球を切り裂く、そのままナイフが古泉の喉下へ!!
「ふん!」
古泉の足元が赤く光ったと思ったら、人間離れした跳躍で飛びずさる。なにかジェット噴射でもしたかのようだ。
「もっふ!」
いつの間にか左手を光らせていた古泉が、その腕から光線を出した! 髪を掠める間合いでかわす朝倉。なんだこれは?!



ヒュッ!
凄まじい勢いで繰り出される朝倉のナイフを古泉は紙一重でかわし続け、
ボッ! ボッ!
光球が飛び交う中を俊敏に潜り抜ける朝倉。
「これでどう!?」
朝倉が前にも見た青い結晶を雨の様に降り注がせる! が、
「なんの!!」
古泉が両手を大きく振ると、その軌道に合わせて赤い光が光の盾を作り出し、

ゴゴゴゴォォォォン――――!!!!!

青い槍が空中でことごとく食い止められた。
「うわっ!」
その眩しさに俺は思わず目を閉じる。
「もらった!!」
朝倉が古泉に飛び掛った!!
ナイフが古泉の胸元へ!!
「ふもっふ!!」
古泉の左手が光り、赤球がそのナイフを受け止める!!

バリ―――――ンッッッ!!!

古泉が左腕にしていた腕時計が衝撃でカバー部のガラスが割れた。
「あと3センチでしたね」
そう言った超能力者が手を振ると、光ごと朝倉が吹き飛んだ。

ガシャーンッ!!

朝倉が古泉が登場した時に出来た瓦礫の山に激突して埋まる。
それも凄まじかったが何言ってんだこいつは、と唖然とする俺を尻目に、
「ふう、『機関』からの支給品とはいえ、結構気に入っていたんですが」
などと腕時計を外しながら呟くスマイル野郎。
その腕時計を無造作に投げ捨てると、
「やはりあのくらいでは何ともなりませんか」
その先には瓦礫から這い出た朝倉がいた。その目には炎さえ見えそうな輝きがある。
有機生命体の人間ごときがここまでやるとは意外だわ」
朝倉の口調が違う、今までの少々浮かれた感じはどこへやらだ。
「いくら閉鎖空間といえ、ここまでやるなんて予想外ね。どうやら私も遊びすぎたみたい」
その手からナイフが消えている。しかし手ぶらの方が恐怖心が増してくるのはどういうことなんだ? 
「でもね? キングさえ取ればチェックメイトなの!!」
そう言った朝倉の右手が勢いよく振られたかと思うと、

ズザザザァァァァァァッッッッ!!!!

俺の足元からあの槍が湧き出てきやがった! やばい! と、
「それは想定内です!!」
古泉が俺を抱きかかえるように飛んだ! 見ればその全身が赤く光ってきている。
「あまり時間をかける訳にはいきません、長門さんが涼宮さんを連れ帰るのと僕らが元の世界に戻るのが同時でないと意味がありませんからね」
そのまま静かに俺を降ろすと、
「出来ればよけられる範囲で逃げてくださいね、僕も本気で行きます!!」
赤い光に包まれる古泉はそれだけ言うと、宙を飛んで朝倉に襲い掛かった。神人と戦うときのように。

ジャリ―――ンッ!!

朝倉の腕が巨大な槍のように伸び、古泉を貫こうとするが、赤い光と化した古泉の表面を削るように滑っていくだけだ。
「クッ! こんな……」
朝倉の顔にはもう笑みはない。それどころか、

シュバッ! ズバッ!

古泉が化した赤い光球が朝倉を掠めるたびに、朝倉の傷が増えていく。
「――――修正情報が追いつかない!?」
朝倉が悲鳴のように叫んだ。古泉の攻撃が効いているのか?
喜緑江美里の攻勢プログラムがここまでなんて…………」
どうやらインターフェース最強という古泉の説を信じざるを得んかもしれん。あの朝倉涼子が防戦一方なんて見れるとは思わなかった。これなら俺へ攻撃する隙などないだろう。
「それなら!!」
しかし朝倉は最後の賭けに出たのだろう、俺へと猛ダッシュをかけてきたのだ! 古泉はよけろと言ったが、そりゃ無理だ!!

ズシャァァァァッッッ!!

朝倉の腕に貫かれる覚悟などなかったが、どうしようもなくなった俺が目をつぶってしまった瞬間、
チェックメイトです」
その声に俺が目を開けると、そこには……………


「………………そんな……………」
赤い光に胴を打ちぬかれた朝倉がいた。そのまま前のめりに倒れる朝倉。
「ふう、ギリギリでしたがこちらの誘いに乗ってくれましたか」
そう言いながら光が段々と薄くなり、いつものニヤケ面が何事も無かったように立っていた。ん? 誘い? お前まさか、
「すいません、わざとあなたとの距離を作って朝倉涼子がそちらに目がいくように仕向けました」
てめえ! 俺を囮にしやがったな?!
「そうでもしないと短時間の決着は望めなかったのです。あなたに危害を加えさせないのは当然という前提での作戦です、驚かせたとは思いますが勘弁してください」
この野郎…………………その姑息な策略を俺とのボードゲームの時にも見せてみやがれ、というかやはりあれは本気じゃないのか?
「いやー、あなたと対戦しているときも十分本気なのですがね。なにしろあなたがお強いもので」
言ってろ、ちくしょう。
「…………う、うぅ……………」
俺が今度の勝負のときは古泉からジュース代でも巻き上げてやるなどと場違いな思考に移りかけた時に、朝倉が呻いた。こいつ、まだ生きてるのか?!
しかしもう動くことも碌に出来ないようだ、朝倉はうめき声を上げているだけだ。
「ああ、ここから出る前に止めを刺しておかないと」
軽くそう言った古泉が右手に光球を浮かばせる。なんだと? 止め?!
「はい、もう脱出は可能です。ここから朝倉涼子の影響は無くなりましたから。ですから止めを刺して脱出します」
そういう古泉はあのスマイルを張り付かせたままなのだ、俺の背筋が寒くなった。
「待て、古泉! 止めを刺すって殺すことなんだぞ?!」
「それは少々語弊があるかと。殺人鬼に狙われたのを撃退しただけですし、今後を考えれば処分が必要じゃないですか」
赤い光に照らされた最高の微笑み。こいつは確かに『機関』で訓練された戦士だ、俺達とは違う。
だがなあ、
「それでも俺の目の前で人が死ぬなんてのを見過ごす訳にはいかねえんだ! 今すぐその赤球をしまえ、古泉!!」
すると古泉は意外そうに、
「おや? さっきまであなたは彼女に命を狙われてたんですよ? それなのに助けろと」
そうだ。それでもだ。
朝倉涼子は人間じゃありません。ましてや『機関』としてはあなたを狙うようなインターフェースなど排除した方が都合がよいのですが」
そんな都合知るか! たとえ人間じゃなかろうが、朝倉は朝倉じゃねえか!!
「………………」
俺は倒れた朝倉を指して怒鳴り上げる。
「大体その理屈なら長門だって朝比奈さんだって『機関』からすりゃ都合の悪い奴らってこったろ、それならお前は『機関』の命令ならSOS団の連中でも消すのか?!」
そのまま朝倉を抱き上げてやった。
「俺はそんなの納得いかん。自己満足で大いに結構だ、もし朝倉がいらないなら長門がなんとかしてしまうかもしれんが、少なくとも俺はここで止めなんぞというのは賛成できん!」
朝倉を抱えたままの俺を見下ろしていた古泉の目に一瞬だけ光が走ったが、また元の笑い顔に戻ると、
「はあ、あなたって人は…………………」
苦笑を加えた笑みで、
「だからこそ僕や長門さん、朝比奈さんもそうですし涼宮さんは言うに及ばずですが、あなたの傍らにいたくなるのかもしれませんね」
気色悪いこと言うな。それよりもここを出るぞ。
朝倉涼子の情報操作プログラムが消去されたのです、あとは閉鎖空間と同じですよ」
と言う古泉の言葉に促されるように。
空間に亀裂が入り、そこから灰色の空間が裂けていく。
ああ、前も見たな。こう言ったらなんだが、何回も見たいもんじゃねえ。
「僕はこれで一仕事終わりかとホッとしますけど」
サラリーマンみたいなこと言うな。アホな事を言っている内に空間は綺麗に消え去り、色の付いた世界が俺達を迎えた。
と言っても、結局は俺のクラスなんだが。
やれやれ、これでとりあえずは一安心なのか?
傍らでつっ立てる古泉は、いつもと変わらないスマイルだしな。
「ふう………………」
ようやく俺は大きくため息をついた。








しかし、この話はまだ終わっていなかったのだ。
俺はそのことをまったく失念していた。
そう、自分の両腕に温かい重みを感じていたはずなのにな。