『SS』なんと素敵な紆余曲折 1

衣替えも無事というかようやく終わり、半袖のシャツは朝は肌寒く、昼は大して意味を持たないという半端な季節がやってきた。
俺もご多分に漏れず、汗がべた付くシャツが帰りには寒さすら感じるくらいに冷え込むんだろう、夏はまだ遠いものなのかなどと考えながら、放課後の廊下を歩く。
その足はSOS団の部室に向かっている訳じゃない、自分のクラスに歩いてるんだが。
きっかけはもう定例と化しつつある、俺の下駄箱に放り込まれた1通の手紙による。またシンプルな白い封筒でな。
「……………やれやれ、またか」
俺なんかにこう何度もお誘いがあるってのは一体どういう訳なのかね? それも甘ったるいもんじゃないってのが分かるのも、何とも言えないものがある。
放課後に夕日に照らされる教室。
何度見たんだ、この光景。ため息しか出ないぞ、もう。
しかしそれでも俺はドアを開けるしかない、そうじゃなければまたえらい騒動にしかならないからな。それなら俺だけえらい目にあった方が世界の為にはいいらしいってんだから、どうなってんだ世界ってのは?
「まあ………………あの時よりはマシなんだろうが」
そう呟きながらドアを開けると、
「遅かったね」
そう言うな、これでもハルヒをかわしながらここまで来るのに結構苦労したんだぞ。
「あっそうか、あの時よりもあなた達は親しいものね」
誤解するなよ、別に好きで親しくなったんじゃねえんだ。
「ふふ、でもそれももうお終いだから」
セミロングの髪をなびかせた、このクラスの元委員長が谷口いわくAA+の美貌で微笑んでいる。
去年と同じ様に、朝倉涼子は西日の中を満面の笑みで俺を迎え入れたのである。





「あまり驚かないのね」
まあ実際は心臓が口から前方3回半宙返りで見事なダイブをしても仕方ないくらいには驚いているんだが、こいつに悟られる訳にはいかないからな。
「さすがに慣れてきたからな、それで今度は何のようだ?」
そうだ、まずはこいつが何故復活出来たのかを聞きだしながら、時間稼ぎもしなければならない。それが俺の役目だからだ。
「ああ、時間稼ぎのつもりね? まあいいわ、私も久しぶりに再構成されたから少しはお話がしたいもの」
げッ! 結局ばれてんのか、しかし朝倉は笑みを崩さないままで机の上に腰をかけた。というか、そこは俺の席なんだが。
「まあね、私としても突然呼び出されたって言った方がいいんだけど」
俺の机の上で脚をブラブラさせながら朝倉は話し始めた。
「私が所属していた、と言っていいのかな? 情報統合思念体の急進派という存在はほぼ駆逐されたといってもいいの」
それならお前を蘇らせたのは誰だ?
「ところが情報統合思念体の中にも様々な思考が存在するのね。長門さんが属する主流派といえど例外じゃなく」
どういう…………
「主流派の中の一部が涼宮ハルヒの長時間の観察で得た情報の少なさに失望したの」
失望? そりゃお前らにとっては大した事無いんだろうが、こっちはそのおかげで結構な目にあってきてんだぞ?!
「それは人間であるあなたの主観でしょ? 情報統合思念体の欲する結果とは違うもの」
そりゃそうだが、それにしてもなあ。などと言う俺の言葉を無視するように朝倉は話を続けた。
「だからその主流派の一部は涼宮ハルヒの周囲の環境に変化を与えたいと欲したのね。そこに急進派の残骸が合流した、というわけ」
それでお前の登場という事か。
「そう、急進派が保存していた私のデータを主流派が再構成したのが今の私ってことね」
まったく、お前を生き返らせた時点でもうそいつらは急進派じゃねえか。
「そうね、多分その一部の主流派も今は削除されてるかもしれないわね」
創造主が無くなるということを楽しそうに語る朝倉。こいつにとってはどうでもいいことなのか?
「私には私の役割があるもの。あの時は私の独断だったかもしれないけど、今なら違う」
そう言った朝倉が俺の机から降り立った。そして俺の方を向いて笑う。
「さあ、時間稼ぎはもうお終い。私の用件に付き合ってもらうわ」
お前の用件? それはもしや………………
「ええ、あなたを殺して涼宮ハルヒの出方をみる」
その右手には見覚えがありすぎるナイフ。そこまで同じなのかよ?! 俺はそれを見ると同時に後ずさる。
「うふふ、あの時よりも大規模な情報爆発が期待できちゃうわね。もしかしたら主流派の考え方も変わっちゃうかも」
おい、それより主流派とやらが現状維持ならそれに従えよ! 俺は無関係じゃ………………ないかもしれんが、やり方を考えやがれ!!
うん、それ無理
ナイフを持った朝倉がゆっくりと近づいてくる。その足どりに合わせるように俺も後ろへと下がる。
ジリジリと距離を縮めないように下がり続けた俺だったが、しばらくもしない内に壁へと背中をぶつける事となってしまった。あわてて横を向くが、
「やっぱ反則じゃねえか………………」
当然のように壁しかなかったんだ、ちくしょう長々と話すんじゃなかった。
「まああなたも分かってると思うけど、」
これはお前の情報操作空間ってんだろ? くそっ! 分かっててもムカつくぜ!!
「正解。それじゃおとなしくしてくれないかな? それとも前みたいにした方がいい?」
どっちも御免だね、それよりそろそろ………………
「あら、長門さんなら来ないわよ?」
な?! どうしてそれを!!
「ふふっ、やっぱり時間稼ぎはそれなのね。でも残念、私だってそこまでお人よしじゃないのよ?」
そんな馬鹿な、こいつが長門に何か出来るとは思えん。
「種明かししちゃうとね、あなたの事だから手紙を見た時に真っ先に長門さんに報告に行ったはずなのよ」
確かにそうだ、俺は下駄箱で手紙を見た途端に長門の元へと走ったんだから。
「だから手紙の文字の中にデコイを仕込んだの。それはあの部室で手紙を開くと同時にあの部屋のパソコンへと移動したわ」
なんだって?! しかしそれなら長門が気付かないはずは、
「一応私も主流派が作ったインターフェースよ? 同系列だからこそ気付けないプログラムだってあるわけ」
それは本当に反則だ!! ということは、
「ええ、部活前に抜け出したのは失敗だったかもね。涼宮さんは必ずパソコンのスイッチを入れるんでしょ?」
しまった、そこまで読まれていたのか! ハルヒにいらん行動を起こされん様に早めに動こうとしたのが仇になるとは!
「今頃長門さんは異世界で涼宮さんを探すのに一生懸命かもね」
例のカマドウマがいたやつか? こいつ、そんなことまでやりやがるとは。だが長門をなめるなよ?!
「もちろん長門さんの能力はあなた以上に分かってるつもりなんだけど? だから時間稼ぎしたのは私の方」
そうか! 俺がやってたのは、
「そう、あなたは涼宮ハルヒ異世界に行くまでの時間を私にくれたの。それだけあれば、あなたを殺せるもの」
ナイフが西日に照らされ、キラリと光った。本能的に湧き上がる恐怖。
「じゃ、死んで」
ナイフが、いや朝倉が全身バネのように跳ねて俺の胸元に向かう。動けない、動けるはずもない! 俺は何度こんな目にあうんだ?!





その時、轟音と共に空間が破壊された。
「うおわッ!!」
その衝撃で吹っ飛ぶ俺。ああ、これも何度目なんだ?
濛々と立ち込める砂煙が徐々に落ち着くと、朝倉のナイフが何かに遮られていた。あれは…………
「すいません、遅くなってしまいました」
なんでお前がここに居るんだ? 朝倉のナイフを赤い光球で遮ったまま、閉鎖空間限定超能力者であるはずの古泉一樹は朝倉もかくやの似非スマイルで俺に笑いかけてきたのである。