『SS』ヒトメボレらぶぁ〜ず そのいち

そうだな、俺は自慢にもならんがこれでもなかなかの修羅場をくぐってきた経験がある。
この平和な国に生まれ、なんの障害もなく平凡に育ち、何ら危険も感じることなく高校生まで成長したわりには、現実問題として生命の危機を感じた事が一度や二度ではないというところが我ながら難儀な話だと思う。
つまり俺は高校生ライフで一生涯分の修羅場を経験したと言えるのではないだろうか?
しかもその高校生ライフはまだ前半戦を終了したにすぎない時間しか経っていないんだからな。
それならば、出来れば高校生ライフの後半戦ぐらいは静かに、平穏無事に終わって欲しいと思うのは世の中の常だと思わないか?





よし、現実逃避はこのくらいにしておこう。とりあえず今の状況を整理するんだ、冷静になれ、俺。
朝目が覚めたら、俺は女になっていた。現実の認識終わり。
「なんでなんだ――――――――――ッッッッ!!!!」
ああ、確かに起きた時に違和感があったよ、まず髪の毛の多さとか。えらく手が小さいとは思ったんだ、それで頭を掻こうとしたら髪が多いし長い。
「なんだこりゃ?」
と言った声が高い時には状況が理解できたよ。はっきりしてなかった頭さえばっちり目覚めるくらいの衝撃でな。
転がり落ちる勢いで洗面所に向かった俺が鏡で見たのは、眠けまなこの髪の長い女だったんだ、驚くなと言う方がおかしいと思わないか?
とにかくよく分からんが、まだ親や妹に見られるわけにはいかない気がしたので急いで部屋に戻り現在に至る。いや、至らないでほしかった。
現状は認識できた。俺が女になった理由は分からんが、女になってしまったのはどうしようもない。
いかんな、どうも奇天烈な連中と奇天烈な事件に巻き込まれすぎたせいか衝撃の割には冷静な俺がいやがる。
幸いな事に妹が俺の部屋に乱入してくるのには時間がありそうなので、まずはこんなときに一番頼れる奴に連絡するのがこの場合のセオリーなのだ。
携帯電話を取り出してメモリの二番目を押せば、1コールも鳴らないうちに、
「問題ない。」
となる訳だ。へ? 問題ない?!
「ちょっと待て長門、問題ないってどういうことだ?! その前に俺じゃなかったらどうするつもりだったんだよ!」
あー、それどうでもいいか。それより長門が問題ないって言った事のほうが問題なんだって!
「この時刻に電話がある可能性はあなたしかいない。」
そうですか。
「そして私が出した結論としては問題ない。これは情報統合思念体も容認している。」
お前の親玉までかよ?! ということは俺が女になったところで何の問題もないというのはマジな話なのか。
「えらくマジ。これは一時的なものにすぎない。」
一時的なものねえ、ということはやっぱり。
涼宮ハルヒが原因。」
なのかよ。まったく、俺が女になったところで何の得があいつにあるんだ?
「…………………原因は特定できない。が、恐らく一時的な現象として収まるものと推測される。」
そうなのか? それなら俺はどのくらいこんな訳の分からない状態でいなきゃならんのだ。
「期間は未定。」
なんだと?! 
涼宮ハルヒの精神状態による為、私にも期間等についての断言は出来ない。ただし一時的なものであることだけは予測できる。」
ん? それで何故一時的と言えるんだ? などという俺の疑問は、
「そろそろ登校時間。」
という冷静な長門の声で思考ごと中断された。なに? もうそんな時間かよ?!
「あなたはすでに女性として認識されている。よって不登校など行えば涼宮ハルヒに逆に不信感を与えかねない。」
ちッ、このまま学校をサボるという選択肢は消されたか。
「…………また学校で。」
あ、おい長門!! 言いたいだけ言ったのか、電話は切られた。まあ確かに学校で対策を聞けばいいのかもしれん。それより俺が女性として認識されているとはどういうことだ?
という答えはすぐに出たんだが。
キョン子ちゃーん、朝だよー!!」
妹の台詞のおかしさでな。男の俺にちゃん付けはないだろうからな。というかキョン子ってなんだよ。あまりに悲しくないか? それ。
「あれー? キョン子ちゃんもう起きてるー。」
そりゃ俺だって起きてるときはあるさ、なにより兄の部屋に勝手に入ってくるなと何回言えばいいんだ。
「兄?」
あ、えーと、今の俺は兄じゃなかったんだったか。
「えー、姉の部屋に入る時はノックしなさいといってるだろ?」
「えー? だってキョン子ちゃん寝てるもん。」
お、違和感なく捉えられたところを見ると妹は本当に俺のことを姉だと思ってるらしい。
「さきにご飯食べてるからねー。」
そう言って妹はドタバタと台所へ降りて行った。ごめんなさいは言って欲しかったな、兄として。いや、姉としてもだろうが。
……………これで俺は世間的には女であることが判明したわけなのだが、ここで最初の問題が早くも発生した。
「うぅ、や、やっぱこれなのかよ……………」
クローゼットを開けた俺の目に飛び込んできたのは、もちろん見慣れた北校の制服である。セーラー服であることを除けば。
もう一度言おう、俺は男なのだと。
「これ、短くねえか? それにこうなんだ? スースーするってのは漫画の表現じゃなかったのかよ?!」
ああそうさ、着替えたさ俺は。なんだこの屈辱感は、なんの罰ゲームなんだよ、これ?!
しかもだ、着替える前から薄々気付いてはいたが、見てしまって絶望した。
俺、下着も女物になってるよ…………………しかもなんで縞パンなんだ? 誰の趣味だ? 少なくとも俺の意思ではない、はずだ。
おまけに上はスポーツブラと言われるやつだ、妹に買ってやってるのを見たからこれは知っている。妹がそれをしているかは分からないが、兄としてはまだ早いような気がする。
話が逸れた、とにかく俺の下着はなんの面白みのないスポーツブラで、しかもそれが妙にフィットしてしまったのだ。
何とも言えん気持ちになる。あー、朝比奈さんとは言わないがせっかく女になったんならな? もうちょっとこう…………ボリュームというものがな? いや長門のことを思えば……………いやそれにしても…………………
何故こんなことを朝っぱらから悩まねばならんのだ、まったくハルヒのやつは俺をどんなイメージで見てやがったんだか。
何にしろ甚だ不本意な制服姿だ、しかも、
「なんで女子の制服というのはこんなに寒いんだ?」
俺の体感温度的にはそう感じてしまうのだが、そこんとこ他の女生徒の皆さんはどうなんだろうか? とにかく下半身を中心に冷える事この上ない。暦の上ではもう夏を迎えようとして、衣替えも近いはずなんだが。
「とりあえずこれしかない訳だな…………」
クローゼットの端にかけられた学校指定のカーディガンを羽織って少しでも寒気をカバーだ。多分俺くらいじゃねえか? この時期にカーディガン羽織ってるのは。これもハルヒの願望なら、俺を冷え性にする意味を問いただしたい。
とにかくセーラー服にカーディガンという一般的な北校の女生徒(あくまでも俺は男である)となった俺は、飯を食ってから登校と相成ったのである。両親ともに何も言わないことで女になったことを再確認させられたのが正直へこんだ。





教室に入るとそこはいつもと変わりがない光景である。俺が女である事を除けば、だぞ。
そして国木田と谷口に挨拶を、と、そういや俺は女なんだがこいつらとはどういう付き合いになってんだ?
「おはようキョン子、今日は早いね。」
どうやら国木田との付き合いは普通らしい。こいつとは中学からの付き合いというのはハルヒも知っているからだろうな。問題はもう一人の女に声をかけることを人生の習慣にしている男だ。こいつの反応如何によっては俺の鉄拳が火を放つ事間違いなしだからな。
「…………おう。」
おや? 予想とは違う反応だ。別に期待してた訳ではないが、女に対するこいつを嫌と言うほど知ってるだけに拍子抜けだな。
「ほら、キョン子だってもう気にしてないんだから、そんなに何ヶ月も前に振られたことなんか忘れて友人として挨拶しなよ。僕だって間に挟まれると居心地悪いんだから。」
なるほど、どこか説明的だが谷口はすでに玉砕済みだったんだな。そして国木田もさりげなく本音を混ぜるな。
「………………もう俺のことはほっといてくれ!」
お友達でいようなんてもう十分なんだー!!!という台詞をエコーのように響かせて、谷口は教室を飛び出したのだった。おーい、ホームルームまでには帰って来いよー。
さて、まあアレはアレでいいだろう。問題というか本命はこっちなんだからな。
俺の後ろの席にすでに着いて、外の景色を多分見ていないくせに窓の外を眺めている涼宮ハルヒの機嫌は…………
「あれ?」
何故か俺の感じているのは不機嫌オーラ満開なんだがどういうことなんだ?
こいつのことだ、俺を女にした時点で興味深々のご機嫌モードだと信じて疑わなかったんだが。
とにかくこちらとしては確認するしかない。
「よう、おはようさん。」
出来る限りさりげなく自分の席に着いて、ハルヒに声をかける。
「………………おはよ。」
男の俺なら恐らく視線だけで無視だな、と思えるほどの不機嫌な声を出してハルヒは机に伏せてしまった。
おいおい、人の事を勝手に女にしておきながらその態度はないんじゃないか?
しかしハルヒはそれから一言も話すこともなく、ついでに谷口は帰ってくることもなく、なんと授業は開始されてしまったのである。
長門……………本当にこれ一時的なもんなんだろうな?
俺は心ここにあらずな気持ちで午前中の授業を過ごすはめになってしまったのだ……………